23 血の大地1 資本経済の終焉準備
※この回は、聖書の歴史の知識がいる回です。
サンスウスほど星はないけれど、ベガスの夜空はなぜか果てしなく感じる。
子供たちが就寝した後のスタッフミーティング終了後、ユラス人ナオス族の風貌のニッカが、外のエクステリアで一人風に当たっていたファクトに気が付く。
「ファクト!」
「…あ、ニッカ。」
ニッカは優しく手を振る。
「みんな楽しそうだね。先、メンカルの方たちも喜んでたよ。」
「そっか、よかった。」
「…ムギ。帰って来たよ。」
「…大丈夫だった?」
「うん。チコさんと約束してたから、50キロになるまで体重増やして来たって。でも空港の荷物計で測ったら50キロはなかったけど。元々細いからね。」
「……そっか。ニッカはお兄さんにも会えた?」
「…うん。昼の会議前に別れたけれど。………なんか私をあれこれアジアラインのことに参加させたくないみたい。現状くらい知っておきたいのに。」
「…心配してるんだよ。」
北メンカルはギュグニーと共に危険国家。この前のように、堂々と拉致や攻撃をしても、何もなかった、正当だと二転三転変わるような答えをして堂々としている。兄アリオトは心配なのだ。
………母ミザルもきっとそうなのだろう。
ただ、ただ心配なのだ。
チコも。
今の世代は、誰も戦闘に関わらせたくないと毎回言っていた。
マイラもギリギリ職業正規軍人ではない。マイラは優秀で物事の呑み込みも早い。カーフもマイラも何かあったら指揮下に収まらず先頭に行ってしまうタイプだ。なので、戦闘に関わることは何もさせてもらえなかったらしい。
チコの場合、ただ身内だから、心配だからそう思うのではない。
時代の象徴となる位置にいるムギやカーフなどに、新しい世代の担い手になってほしいのだ。
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チコの時代はセイガ大陸にとって、紛争の名残、旧時代の残骸の『突破と開拓』だった。
東アジアはユラスや他地域に、経済成長の財を流し込む。一方ユラスは自由側民主主義圏の砦となって各地で戦った。その形を作ったのはユラスとカストルだ。
それは自由圏の資本経済の崩壊も意味していた。
「資本経済社会は結局最後は経済の独占なのだ。身分制度、階級制度と実質変わりがない。政治的理念が何であろうと、最終的に人は経済を独占したがり、した人間が贅を尽くす。」
そう話すカストルの評価は真っ二つに分かれた。
贅沢はしていない、清貧だと言っても、その清貧な生活さえ見えない搾取労働に支えられている。
そして、労働側が結託しまた対立が始まる。
生活さえ難しいその層は、政治において荒れた団結団を作り、そこからまた超格差ができ、自由圏に助けを求める。その繰り返しになり、そして地球に環境的負担がかかり、いつしか住む場所まで失っていく。
世界が経済地域と貧困に、平和と不和に別れ、誰も信用できず、正しいことが良くも悪くも「正」とされない時代。
その状態がもう数十年続けば、狼の遠吠えから双龍まで、技術と経済を極めた大国アジアは端から崩壊すると気が付いていた人々がいた。
それをカストルが進言したところ、SR社を唆して大金を海外に流した反逆者とアジアでは指摘を受けた。
SR系列の会長、前社長カノープスは、女癖が悪く妻を放置した男だが、商売がうまく人への当たりはよかった。自信家で豪快、怒り早いが愛想もあり分かりやすい性格。狡猾で憎まれもするが、尊敬と好意も受けた。
カノープスとカストルは1週間話し合って、今でいう財の均衡法、「企業義務」が義務ではなかった頃に、中堅国家が買えるほどの個人資産を世界に流してしまった。カノープスの資産は、子孫に恵まれなかった親戚の企業家たちの遺産まで懐にあったから、膨大であった。
カノープスは独断的な男だったが、敵の話も嫌いな人間の話も利が転がっていないかとよく聞く男で、その分広い活動範囲を得て行った。
個人資産といえ、これまでの経済の型を崩してしまうほどの資産流出。
親戚筋や経営陣たちの怒りはすごかった。
寄付という名のお金の多くにユラスへの間接的な戦闘支援や再構築も含まれていた。その為、アジアとユラスの仲も最悪。カストルはその時さらにアジアに嫌われる。
しかしカストルはひるまなかった。
「東アジアは先立って得た技術も資金も懐に納め過ぎた。
流していかないと、国や都市の運気が滞てしまう。海外の何もない場所にお金を流していかないと、今度はアジアが閉塞する番だ。
人体の脈のように、全ての精神や生命、物質は循環していかなければならない。
私は星見だ。アジアはこれから2つを選ばなくてはならない。
アジアがアジアに籠ってアジアを濁らせ失墜させるか、ユラスから切り開いて新しい空気を入れ替えるかだ。」
この話に乗ったのはカノープスだけではない。
カストルは有名企業、財閥子孫などを回り、300人ほどに声を掛け、そのうちの半分以上が資産解放をしたのだ。そして、関心を持った資産家や中小企業も話に乗った。
これが後の「企業義務」の初期モデルにもなる。税とは別の社員や社会への分配金のことだ。
「前時代まで、資本主義や独裁経済が許されたのは、独裁強大国と対抗するための必要悪だった。強大国以上の強大国がなければ自由圏は守れないからだ。でも、その時代が終われば、今度は独裁経済が運勢の流れを失い衰退していく。メシアが生まれた時代の帝国が、自堕落で失墜したように。
宇宙は、地球はもう、自分たちを崩壊に向かわせる側の人間に味方はしない。」
運気の流れが分からない一般の人間は、カストルが何をしているのか、何を言っているのかさっぱり分からなかった。今の時代より上の時代はないと思っていたからだ。
資産を開放してしまったカノープスといえば、周りがどう言おうが余裕であった。
そして、自分とは違う位置から先進地域アジアの運気の閉塞感を訴えるカストルがおもしろかったので、好きにさせてやろうと思った。
多少の信仰心はあっただろうが、カノープスは星見は信じるタイプであったし、起業家としての世の中の気運の流れは感じている。賢い人間は、既に東アジアに人間の思想的な閉塞感を感じ始めていた。聖典の流れからすると、保守になり過ぎた国も解放され過ぎた国もいつか崩壊する。
歴史の長い大企業などは、ほとんどの家系に何かしら信仰が流れていて、地元の寺社仏閣、集落の墓地などを支えていた場合が多く、親族や先祖に1人は出家するほど信心が深い者がいる。
なので、親族に数人何かしら先見の目を持った者が現れるのだ。
だからカストルの進言に、未来を見据えた時代の変化の必然性を感じていたし、これで大企業や財閥として歴史の中で世界を搾取した清算が少しでもできるなら、カノープスは手元に1円も残したくなかった。
「お金はまた増やせばいい。」
何より、今、なおSR系列から大金が生まれ、これからも資産を増やしていく自信があったのだ。
「いずれにしても、血と労苦の染み付いたお金の責任など、自分には取れない。」
その意味の分かる者は幸いである。
SR社は、元々練り香水など化粧品という嗜好品と消耗品の会社。
石鹸から洗剤、企業用洗剤、家電など消耗品や必需品を握っていた時点でカノープスには勝算があった。当時社長でありながら、営業力もすごく、人間そのものが商売の塊のような男だった。
カストルに「世界で地位を築きたかったら、他財閥の悪事の清算までしろ」とまで言われた。でなければ、財閥などは地位を持たない層に取って代わられると。
財閥の中には前時代のさらに前、旧時代まで遡ると人身売買や、売春買春、集落がなくなるほどの環境破壊、独裁政権支援などしてきた者が多い。
その、清算をしろと言われて、カノープスは2つ返事で引き受ける。彼はお金が欲しいのではなく、世界を動かして何かを作っていけることが楽しかったのだ。周囲はバカバカしく思ったが、カノープスの手腕には逆らえなかった。




