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ZEROミッシングリンクⅤ【5】ZERO MISSING LINK 5  作者: タイニ
第三十四章 触れても届かない手
11/110

10 一滴の



SR社のラウンジで響はシェダルに質問する。


「じゃあシェダル、あなたが普段一番に思い浮かぶものは何?」


「麒麟…………

………は、なんで麒麟なんだ?

龍の方がカッコいいだろ?」

「質問しないでください!それは前にも言いましたし、私が質問しているんです。」

それって、麒麟が思い浮かんだってことじゃない?と思う皆さん。


「じゃあ、ファクトに聞きます。あなたがイメージするものは何?」

「…ファーコックの装備をどうするか………。」

真面目に答えるが、みんなファーコック?という感じだ。


「……サイバー系にするか……迷彩にするか……。この前ネットで新しいダストガンが出たらしいから持たせたいんだけど、ログインだけしてまだ何もしていない………」

ゲームの話?と思いながら、誰も話について来れない。

「……ダストガン?下手くそが使うと自分が死ぬぞ。あのクソども最初に使い方を教えてくれなかったから、大怪我した。」

と、シェダルが横でぼやく。

「え?そういうリアルな話はいらない……。空想だから楽しいのに。」

「空想?イメトレか?」

いちいち現実に戻す太郎に、なんだか切なくなるファクトである。


「そういう話じゃありません!!

とにかくイメージを体現するの!


それから()()()()()()()()()()()()()。」



ファクトは道場でサダルと宇宙旅行をした時のことを思い出す。キファの飲んでいたペットボトル……。それが帰ってくる目印だった。


宇宙も意識も似ているのか。


「山や森に入る時、目印を付けていくのと似ているかも。一点一点で自分のテトリーを作る………」


「犬の小便みたいにマーキングするんだね。」

「そういう例えはやめなさい!ファクトに説明すると、全然話が進まない!!」

「突っ掛からずに、話を進めてよ。分かりやすい例えじゃん。」

「山の例えを出してるからそれでいいでしょ?!」

「………。」

自分の息子のしょうもなさに、ポラリスは申し訳なく思う。


「方法はいろいろあるけれど、1人じゃないから……

あなたに必要な人がたくさんいて……そこに……戻ってくるんだと思うんだよ。


この、今いるこの次元、この時軸、この世界、この場所に――


取り敢えず、そういうものがなくても()()()()()()。少なくとも私たちはそう思っているから。あなたが大切だって。」

博士たちやファクトも、キョトンと聞いているシェダルを見る。



響は初めて意識層で出会った時のように、強く、迷いのない顔をしていた。


すると真っ直ぐシェダルに見つめられるので、戸惑った顔をしているが、すぐに引き締まった表情になる。



そしていきなりシェダルが、

「じゃあやってみよう。」

と、一言言うと、そのままスーとセンターテーブルに倒れ込んだ。


「わっ!!」

こういうのを見たことがないリートが驚いて乗り出すが、チュラが引き止めた。


驚く響。

「え?うそ。」

もう意識下に入ってしまった。

「ちょっ!勝手に行かないで!!!まだ構造の話をしていないでしょ?!!なんで人の話を聞かないの?!!」



問題児である。






―――






シェダルはすぐに混沌の中にいた。



自分なのか、他人なのか。



意識世界は『共有』と『個』に分かれる。

誰もが認識しているわけではないが、誰もがそのふたつを持っている。


たいていの場合、『共有』は無意識下にあり、意識できる部分は『個』、(われ)である。



でもDPサイコスターはその無意識部分、深い海の様な、果てしない先のない宇宙の様な、広い心理層を動いていく。混沌の中を。




パリパリパリパリパリパリッ…………!!と急にガラスが、薄い氷が何枚も一気に割れていくような衝撃が走り、視界だけが誰かの層に移動する。





そこには水平線から広がる、見慣れたマーブルの世界が展開していた。



『響?!』


始めて麒麟を見付けた場所。でも麒麟はシェダルに気が付かない。




月夜の中、なぜか麒麟がフラフラとトイレに行きながら誰かに怒っている。



誰に?―――



パチン!と太い指の鳴る音がして、

髪の長いキリンが「お!」と少し驚き、そして微笑んだ。




その笑顔に触れたくて、ない手をそっと出す。自分には体がないので、先教えられたことを思い出す。


『体現する…』




初めての自由。初めての観光。



大房で見た寺の屋根を唐文様が思い浮かぶと、その装飾に彫られた文様や動物たちが動き出した。



麒麟が走り出し、山を越え、数々の集落や都市を越え、

そこに青い竜もあらわれる。竜は麒麟に似いて…でももっと複雑で大きい。



その東に、大きな白い虎がいる。虎はどんな生き物よりも強く山を駆け抜ける。



そしてそのさらに東に……


高い山の頂に、大きな美しい狼がいた。




最も高いその頂きの下に広大な雲海が広がり、群青から紫に美しい朝日が広がっていく。


狼はどこの世界を憧憬しているのか。


その時その頂きに、もう1人誰かがいる。

どこか知っているような大きな布を…その布を頭から被った……誰だ?




「ファクトなのか?」



狼がそうなのか、立っているその誰かがそうなのか。




見たい。あの布を取った先の、その姿を。女か?



その布に触れようとした時……


青い狼?


突然、自分が確立できないまま一瞬に全てが回転して、




パキン!と世界が弾ける。





あなたはダメ。ここに戻って来たら――――






―――





ガバっと起き上がるシェダル。


「っ!?」


授業中寝ていて、突然起こされた人みたいになっている。


「…。は?なんだ?」

「大丈夫?5分も経ってるよ?もう少しして起きなかったらソファーに寝かそうと思ってたんだけど。」

夜練も朝練し過ぎて学校が寝る所になっていた自分みたいだとファクトは思う。


「……なんか狼がいた。そんで女がいた……。何だろ?」

「………欲求不満?」

「…………」

なんだか先から隣の弟が癇に障るシェダルである。

「黙っとけ。」


バン!

と机を叩くのは響。

「あなたたちは、落第点です!!!」

「え?俺も?」

ファクトは隣にいただけである。

「するなということをして!好き勝手して!!!女だとかなんだとか!!!」

チュラやリートはびっくりして見ている。先生かオカンである。先生だけど。


「妬いてるのか?」

「誰が妬きますか?!!嫉妬や煩悩に飲まれたら帰って来れなくなることだってあるんですよ!!帰って来てから犯罪を犯したり、幻覚でおかしくなったり!!錯乱して人を刺した人も知っています。絶対女性に手を出さないでください!!そこのニューロスさん!もっとよく監視していてください!!」

壁際で立っている男性型護衛ニューロスにお願いをしておく。


「………。」

ガミガミうるさい響を、第三者のようにシェダルは見ている。シェダルは行き当たりばったり、与えられた指示で生きてきたので、細かい未来がどうなろうが知ったことではないのだ。

「麒麟って、よく喋るな……」

「何?!シェダルさんだってよく喋るでしょ!今日はもう終わりです!!勝手に行動したので、勝手にSR社と研究でも何でもしていて下さいっ!」


「あ!響さん怒らせた!せっかくここまでこぎつけたのに!!ほら、ファクト!!」

ポラリスが焦って息子に出動命令を出す。

「響さん、機嫌直して!また(とち)の実拾い行こうよ。あ、大房で出来なかったパーティーしようよ!ルオイ姉さんの家で!」

「大房…?」


イオニアに抱きしめられたこと、みんなが見ていたこと、ナンパ男ばかりいることを思い出す。


「絶対に行きません!行くとしてもローアのお店の開店祝いだけです!!帰ります!お休みなさい!!」

「…どうやって帰るの?送ろうか?俺、もう運転できるよ。父さんの車借りて……」

「タクシーで帰ります!せっかく、今日は…せっかく……」

段々声が小さくなって黙ってしまう。


「せっかく?」

ポラリスが聞き返すが、何も言わずに荷物を取って外に出ようとした。



「待って、麒麟っ。」

その時、咄嗟に響の手を握ってしまったのはシェダルだった。


「?!」

今まで180センチ前後の人たち、女性でも結構背の高い人間に囲まれていたので低く見えたが、シェダルはチコより少し高いのでそこそこだ。目の前の響を少し見下ろし、腫れている頬が気になった。みんなのように大丈夫か聞きたいが、シェダルには何がこのロケーションに合う正確な言葉なのか分からない。


「………。」

変な沈黙が流れるが、何も言わず響は表情も変えない。


「シェダルさん。お休みなさい。」

そう言って手を離して出ていくので、ポラリスは焦る。

「ファイナー、響さんを一番近い裏口から送って。ファクト、行ってくれるか?」

ファイナーは護衛ロボだ。

「うん…。お休み父さん、皆さんも。」



シェダルは響の手を握ってしまった自分の手の平を見つめる。

好きとかいう感情は分からない。でも、ずっと一緒に居たい。



『大切に思うものは、自分の懐に収めてしまえばいい…。獲られる前に…。』



モーゼスの言葉が響く。




だが、あまり人間経験のないシェダルでも本能で分かった。

この拳は………誰かを握りしめてはいけない……。そう自分の手を握りしめる。


数えきれないほど人を傷付け、殺してきたから。

きっともう、連合国に来たからと消えてなくなることではない。


それにずっと言われてきた。

「お前は()()以外では生きていけない」と。

あの囚われギュクニーで。あまりにも世俗と違う生き方をしてきたから。表立って生きることはできない。



そうならそうでいいと思って生きてきた。



この血に染まった手で、


ここにいる人たちの手を、響の手を、引っ張てしまう事だけはできないと、


()()()()()()()



やっと、やっとほしいと思ったものなのに……。




そして、長く大きなルバを広げて……

先ほど見た流れる世界が現れる。



誰かの叫び声がした。




『お願いします…許してください!』


『お前は嘘をついた!』


『分かっています…分かっています…。でも、どうか…どうか!ご慈悲を…』




ルバで覆い隠した顔がさらされ、茶色いきれいな目が、朧げに誰かの顔が見える。


その女性は叩かれ、もう一発叩かれそうで…しかし、そうしようとした男は震えながら自分の手を握りしめ……反対の手でその女の叩いてしまった頬を撫でて、どこかに行ってしまった。



先の大房でのことを思い出す。治療の時に響を抱いた男も戸惑っていた。あの男と自分は何も違わない。響が暖かく握り返してくれる手ではない。


温かくないわけではない。


ただ、自分が望むものとは違い、響は自分の願うものまでは望んではいないだけだ。




おそらく先の、大きなの布を被った女の涙が頬に伝る。




その一滴の涙は地下を伝い、土の中を通り、奥の奥の、ずっと底の底に流れていく。




ポチャンっ…



たった一つの涙は、最後に自分の頬の上に落ちた気がした。




「シェダル?シェダルっ!」

「?!」

これはヤバい展開にしてしまったかと、シェダルの近くに行ってポラリスはギョッとする。

シェダルの目に一筋の涙が流れていた。


そんなに響が好きなのか。行動予測不可能な人間に余計なことをしてしまったか。近付けてはいけないと思いながらも、サイコスの安定が図れるのではと2人を一緒にしてしまった。


「!?」


チュラたちも驚くがシェダルはそっと言った。



「俺じゃない…。泣いているのは俺じゃない。でも…」


でも、今までにない痛みが胸の底にがあった。







※意識層のお話はNOVELDAYS下記の第3、4話で説明しています。

『聖書からも読み解く、ZEROミッシングリンクの世界観解説チャット』

https://novel.daysneo.com/works/5966672d95cdb451fd3e97c97aeeacd0.html



●宇宙旅行とキファのペットボトル

『ZEROミッシングリンクⅢ』38話 宇宙に初めに行くのは肉体ではない

https://ncode.syosetu.com/n4761hk/39/

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