108 侵入2
ウヌクとムギに付いたイオニア側では、目的地付近までバイクを飛ばしていると、道の端に髪の長い人が倒れていた。
「おい!」
イオニアが気が付いてバイクを止める。ウヌクは河漢青年の後ろに乗っていて、その青年もスピードを緩めた。
「私も。」
ムギも女性なら自分の方がいいかと近くに止まった。
「大丈夫ですか?!」
イオニアがサマーコートを着てうずくまった、おそらく女性であろう人に駆け寄って耳元で声を掛ける。
「…………。」
「もしもし?!」
「ちょっと失礼します。」
反応がないので首元に手を置いて脈を診る。
「………?」
どこが脈なのかいまいち分からないが、温かくヒクッと動いている。
「あの、大丈夫ですか?」
河漢ではこういう行き倒れも多い。でも服装や髪はきれいだ。
「………。」
「大丈夫ですか?!」
ムギも駆け寄りその人に近付いた。すると、その人はボーとした顔のままスーと上半身を起こした。
「?!」
「わっ?!」
驚く一同。
その人は、前髪を切りそろえたミルクティー色の長い髪。そして顔が驚くほど整って美しかった。顔の造りは、目が大きめ、奥二重のアジア人型。目の色もミルクティーのような落ち着いた薄いブラウン。
「ニューロス?!」
すぐに気が付いたのはムギだ。
「え?まさか……。」
バイクに跨ったままのウヌクがサーチを通すと温度はある。でも体に生体反応がない。メカニックか。
ニューロスアンドロイドの個人所有はできない。ということは簡易アンドロイドか。河漢は規模で言えば大房より大きな電気屋やジャンク屋がひしめく。そこも、自分たちの店や住まいに愛着があり移住拒否者が多い大変な地域だ。
「あの、ただの迷子ですか?はぐれメカ?」
「………?」
イオニアが聞くも答えないが、そのポケーとした顔がとてもきれいだ。
「…すごいきれいだな………。」
河漢青年も驚く。イオニアたちも河漢に来たシリウス以外の一般アンドロイドは、お祭りやイベントで見た宣伝役くらいだ。
「…………。」
これは、アンドロイドを個人所有したくなる理由が分かると思ってしまう、男性一同。ちょっと現実離れした美人という感じだ。ベージン社お得意の女神のような美しさ。
「どこのメカ?話さないなら『判』を見せて。」
ムギは冷静に対処する。ホモサピエンス型に限らず、メカニックは全て登録証と複数のシリアルナンバーがあり、一定の機関は無条件それを確認できる。ムギはその権限を持っていないが、データを送ることはできた。
「……あの、私はこの近くの電気屋の主人に買われた物です。」
「最近?」
「ええ。」
「『モーゼス・ライト』?」
「そうです…。」
個人所有が認められる、いわゆるアナログメカニック商品である。
「『判』を見せて。」
ムギは不躾に手を出すと、彼女も右腕の甲を出す。そこにはメカニック体の証であるキレイな模様の判があった。ムギがデバイスで読み取ると、一応登録されているという証明はその場でできた。
読み取った後、そのメカは手の甲をサワサワと触って、落ち着かない感じだ。
「動けるの?持ち主さんの所に行こか?この辺?」
「……」
「答えないなら、コードを送って特定してもらうけど…。」
そう言うと、またおずおずとそのアンドロイドは答える。
「……あっちです。」
指を指すと、やはりそれは少し奥のジャンク街の方だった。
「呼べる?」
「………。」
何も答えない。
「帰れる?」
と聞き直すとコクっと頷く。
イオニアは心配になる。
安いと言っても『モーゼス・ライト』は乗用車の平均的な値段はする。アンドロイドを持つ多くの人は、デフォルトから選ばず、少し変わったクセのある性格を付ける人が多い。少々動きがおかしいので設定された性格なのか、少しメンテが必要なのかは微妙だが、外見がこれだけキレイで出来がよければ高級車並みの値段であろう。
ニューロスより性能もセキュリティーも弱い『モーゼス・ライト』は、最近窃盗の的になっている。
法律で規制されていたため、これまで人間と区別のつかないヒューマノイドをこんな風に街で見かけることはなかったこともあり、窃盗も最近の現象だ。
逆にシリウスチップのメカニックは勝手に転売もできない。モーゼス・ライトにもその機能が付加されているが、『北斗』の原始時代の派生のようなアナログ機器のため、そこまで厳密でなく拘束も弱い。
SR社の正規チップの商品は、持ち主やしかるべき機関以外が初期化や改造など手を加えようとした時点で、通報がされ状況に応じて機能停止や政府機関権限などになる。そしてそれをいじろうとした環境も全部記録に残る。
「俺、持ち主のところまで見送ろうか?」
イオニアが一同に言うと、ムギが危ないから1人はやめた方がいいと言う。
「俺らも付いて行くか?別に先に仕事で電気街の説得に行ってもいいんだし。電気街ともう少し仲良くなっておかないといけないしな。」
他のメンバーが言う。
「一応女型だし、ムギ後ろに乗せられるか?」
「………アンドロイドは乗せない。」
「冷たいな。」
元々アンドロイドは好きではないムギだが、ベージンのアンドロイドなどお断りである。突然首を絞めたり、バイクから落とされそうだ。なら俺らが乗せる?というメンバーに、
「女のアンドロイドに触ると怒る持ち主も多いぞ。」
と、ムギが冷たく言った。
「アンドロイド擁護派が、アンドロイドを自分の所有物と思っているからな。」
ウヌクは、ルルカというアンドロイドを乗っ取られた大房の男を思い出す。あいつも、外の人間に姿が見られただけでブチ切れてたな………と。実際、機体の顔を潰してしまったのでかわいそうだったが。
このままでは動けないので、とりあえず少し考えていると、アンドロイドの方が話しかけてきた。
「主人は黒髪で少し茶色の黒目、それから…長髪です。」
「年齢は?」
「……20代です。」
「は?20代??!」
皆さん驚いてしまう。
河漢で20代で金持ち?
「もしかしてジャンク屋の中古?!今、現役で『商品』状態??…あ、ごめん。こんなこと言って悪いんだけど……。」
そんな若くて金持ち、河漢にいる必要がない。しかも退去命令が出ている場所だ。この機種ならまともな人なら、正規店に回収か正規の中古に出すだろう。もしくは完全なバックが黒い人間。軍に任せた方がいい領域だ。
「………主人は女です…。」
「へ?」
それにもみんなびっくりする。そして少し安心もした。男に手を付けられたわけではないのかと。なんとなく。
「私は主人のようになりたくて………。」
「………。」
「主人はきれいな優しい人で………黒髪だったんです………。」
「………そう、長い髪………だった………」
捨てられたのか、死んでしまったのかと予測し、何とも言えない空気が漂った。
ただ、簡易アンドロイドなら、状況判断で憂いている仕草だけだろうが。
「そうなんだ……。まあさ、ちょっと該当する人物がいるか、電気街で聞いてくるよ。アンドロイドが探しているというのは伏せてさ。」
「…………。」
河漢青年2人がバイクで電気街に向かうので、いったんその場で数人は待つことになった。
「…………」
無視したいのに、聞いてしまうイオニア。
「ウヌク………。響さんあれから大丈夫だった?」
「あれから?」
イオニアは太郎の件は知らないので、話している内容はその前、ダンス祭りの時だろう。そういえば、イオニアが響の顔を蹴ったのだ。
「大丈夫そうだったけど。」
「…………。」
ウヌク、響は強すぎやしないかと思う。精神的に。護衛が付いているらしいが、今も普通にインターンに出ているらしい。
ムギが話しかけるなと言うので、先のアンドロイドは道の瓦礫に大人しく座っていた。
一方、ウヌクが知らなくて、イオニアが知っていることは響がDP(深層心理)サイコスターということだ。しかも強力な。
響だって傷付かないわけではない。ただ、思考の切り替え方が一般の人と違う。相当の事件があっても全部第三者のように冷静に処理していくのだ。イオニアは、インターンやあれこれ抱え過ぎて、また響がいっぱいいっぱいになっていないだろうか心配になる。どんなに響が頭がよく、強く、様々な仕事をこなせられても、体は1つだ。
「………。」
イオニアは聞きたかったことをまたさりげなく出してみる。
「それにしても、あいつ何だったんだ?太郎とか言われていたの。」
「………。」
それを言うか、とウヌクは思ってしまい、一応アドバイスはしておく。
「……太郎は不可侵領域だ。触れない方がいい。」
それでも、イオニアは太郎が「ラボ」と言っていた時点でSR社や何か軍などに関わることだと予測はしていた。サイコス使いか、ニューロスか、サイボーグか。しかも、あの太郎。響への距離感がおかしい。響ゆえに身を引いたのに、あのタラゼドは何をしているのかと苛立つ。
「……」
とくに話すこともないので、それで会話は終わってしまい沈黙が続くと、今度はアンドロイドの方からヌクっと立ち上がる。
「……どうした?」
ムギが話しかけると、ポーとしたまま歩き出す。
「主人が心配で……。」
そのアンドロイドは暫くその辺をうろついた後、少し距離を置いていたイオニアに目を向けた。
「………どこかでお目に掛かりました?」
「……いや?」
イオニアにアンドロイドと接点を持った記憶などない。
「先ほど響とか太郎とか言っていましたが………。」
「……!知り合い?」
驚いて顔を上げる。
「………。」
アンドロイドはイオニアに近付く。
「私はあの人になりたくて………」
「あの人?」
すると、そのアンドロイドの目は、ミルクティーの白茶色から、茶系の黒に変わっていく。
!!
そして、ザッと浮かんだホログラムがアンドロイドの髪を黒に染めた。
「?!」
イオニアは、驚く。顔は違うが、明らかにそれは響の投影のように思えた。
「あの子が好きな子だから、私はこの人になりたかったの。だから私の心の主人は『麒麟』なの。」
「………?!」
『キリン』は太郎とかいう男が響を呼んでいた時の名だ。
イオニアは手に入らない響を思って、一瞬そのアンドロイドに触れたい思いになった。所有権さえ持てば、自分が自由にできる女体。
ポーとした顔のアンドロイドが妖艶に笑みを浮かべる。
……っ?!
ハッとして距離を置く。
「アンドロイド!」
「っ!」
急に外から声を掛けられて驚くと、ムギが怪訝な顔で眺めている。そのアンドロイドはスーと投影を消して、また目と髪が白茶色に戻る。そして、アンドロイドはイオニアにこっそり「しー」と人差し指を口に当て、少し笑いながら内緒と示した。
「………イオニアから離れろ。」
「…………。」
ムギを見たアンドロイドは、先ほどのボーとした感じで、何も考えていないようにのっそりイオニアから離れまた彷徨うようにうろうろしだした。
「………。アンドロイドに絆されるなよ…。」
ムギはいつもファクトに言っていることと同じことを言うが、イオニアは動揺していた。




