104 第4弾、面接に入る
オリガン大陸で諸々の仕事を終えて戻って来たチコは、面接の資料と本人を見る。
そう、アーツ第4弾が始まるのだ。
既に、アンタレスの有名大学出身者数人、専門卒や大学中退だが見込みのある数人が次期リーダーとして決まっている。今日は個人面接だ。
「ローの弟な。聞いてる。」
チコは頬杖を付いたまま、片手で持った手書きの資料とデバイス、本人をじっと見極める。
「………。」
「あの………」
人生最大の勇気で自分から声を掛けるリギル。
「影何号ですか?4号辺り?」
そこは確認しておかないといけない。配信者の名に懸けて。
「……は?影もくそもあるか。」
「ユラス議長夫人、ご本人様ですか?」
「そうだよ。」
面接官の自己紹介はしていないが、黄色の入ったプラチナブロンド。ニュースなどで見るルバからチラつく面影、アーツメンバーの会話から面接官の金髪王子系の人が、チコ・ミルク。ユラス議長夫人だと分かる。
「よくもウチの悪口をあれこれ流してくれたな…。」
「………あ、すみません。」
「一歩間違えたらそれで内戦が起こることもあるからな。ユラス本土のアクセスはほとんどないけど、嗾けるような奴もいるし。」
「………」
資料を見ながら話し、そしてチラッとリギルを見る。リギルは萎縮して顔も上げない。
「……まあいい。」
「額と耳を出せ。」
「………?」
戸惑っていると
「前髪も上げて、顔を見せろ。」
と言われるので、片手で前髪を上げて前を向くと、きれいな顔と目が合う。他に左右にいた面接官も、リギルの顔を見てメモに何かを書き込んでした。垂れ顔とか書いたのか。気分が悪い。
チコの横にいた、今回はエリスの代わりに面接をしているクレスが話す。
「やる気は……あいまいだな。戸惑いと言うか………。でもまあ………ローの弟だし。」
弟というのは何か関係があるのか。それともコネか?とも思いながら黙っている。
リギルの手書きの履歴書の半分はアーツメンバーが書き込んでいた。字が全然違うし、他薦と書いてあったりするのですぐに分かるが、「生活改善」「自己鍛錬」「修行一筋」など、地域創生に関わりたいと入って来たリーダー格のメンバーと完全に意を異にしそうな提出書類である。
「もうポルノはみません」「しばらくお預けします」など、誰が書き込んだのか余計なことまで書いてあった。
「…………。」
面接官たちは何も言わずにリギルの面談を終えた。
この日はそれで終わりであったのに、
「たのもー!!」
と入って来たのは陽烏である。
「は?なんだ?陽烏。今日はお父さんはいないぞ。」
「いない方が都合がいいです!」
「何なんだ?」
「私も試用期間の参加希望です!」
「………。」
どうしようもない顔をしている面接官たち。
「私も参加させてください!」
「インターンはどうするんだ。試験もいろいろあるだろ。」
「陽烏君は医療デザインなんだから、藤湾医療の会員になった方がいい。」
「それは百回以上言われました。でも、………今はインターンのお給料でほぼ自立しています。勉強は続けますが、勤務は半年お休みします。」
「……………」
全員困ってしまう。
「まあいい。座れ。」
チコと他の面接官が座り、陽烏もウキウキ顔で座る。
「………陽烏…。サルガスはもう無理だぞ…。」
「違います!」
さらに心配そうに聞くチコ。
「もしかして、シャウラとかじゃないだろうな……。」
おいしいデザートを作ってくれるというだけで、最近シャウラがモテるらしい。とくに子供やラムダたちCDチームに。
「アーツに入って、何をしたいんだ。」
「私はベガスではなく、元々はユラスにいたり、アンタレス中央の学校に行っていた人間です。
これまで停滞していた河漢がなぜ一気に進んだのか。それを実感で感じたいのです。アーツが来てから進展したというのは間違いありませんし。私は両方の文化を知っている者として、両方の視点で分かること分からないことを整理していきたいです。」
「………。」
ここにいる面接官は、幼いころからの陽烏を知る面々だ。この言い分は悪くはない。
「実質アーツもVEGAも河漢では一緒に活動しているからな。VEGAにいても似たようなものなのになぜアーツなんだ……。」
チコがぶつくさ言っている。そこでエリスより柔らかい性格のはずのクレスがズバリ言ってしまう。
「彼らは何も考えていませんからね。その違いじゃないのかな?」
「………。」
答えないがみんなそんな気がする。自由。奴らは自由過ぎ、大房保守のくせに国境を超える。
「あのっ。人生が120年あるとして………。」
陽烏がまっすぐ前を向く。
この時代の人間は、個人差はあるが更年期も前時代より10~20年ほど遅い。停滞国家や地域はそのままの場合があるが、先進地域を中心に一気に寿命が飛躍している。
「………その半年くらい、アーツにつぎ込んでもいいじゃないですか!」
「………。」
「チコ様。何ですか?そのお顔は。」
「……トラウマが………」
婚活おじさんによってウチのナンバー1を持って行かれ、響をタラゼドに取られそうなことに胸が痛い………。
「大房民の本性を良く見極めるように。自分と違うとちょっと惹かれやすいけれど、大房民は大房民だからな!」
「……チコ様。それは大房の方に失礼ですわ。偏見です!それに就活の話に来たのです!」
「いや。あいつらは既に数えきれないほどナンパを仕掛けたからな。前科があり過ぎる。」
ユラス人も響に執着していたが。
「アーツの男性に声を掛けていただいたことは一度もありません!!ご安心を!」
ナンパという無粋な言葉を使いたくない陽烏は続ける。
「私は一生、チコ様のお仕事をお助けしますので心配なさらないで下さい。仕事が私の夫です!」
「あ゛ー!勝手なこと言うな!エリスが怒るだろ!!
結婚は絶対にするように!それも人生の鍛錬であり修行だ!!」
ユラス教も正道教も結婚を含めて教理である。聖典の創世記にはっきりそう示されている。
『父母を離れて男女は一つになる』
他人と生き、時には自分の執着を捨て、お互い譲歩や柔軟性を学ぶのだ。
人は死んだとき、自分の持っている感性や心しか次に持って行けない。
死んだときに、自分の凝り固まった姿に対面するのは自分なのだ。
もちろんそのために、婚前にみっちり教理を学ぶ。
なぜ男女が、姻戚関係が、根本的には人が、ここまでマイナス面で複雑化してしまったのか。性がいがみ合っているのか。根本から考察していく。そして、他人と生きる上で、お互いの共通点の見出し方。それに関し個人面と、人としての共通点両方見つめる。
そして、現人類に最も大切な一つである「自分の我や欠点」を知り見つめる力。その他男女のすれ違いの把握。貫くべきことと譲歩。天敬を中心にした自分の中のその折り合い。国際結婚の盲点、国際条約や法律なども含めた違いなども学ぶ。
人間的思考では乗り越えられないことも、本来人間はより高い天啓に接した時、越えられるということを、この争いと惰性の世界で忘れてしまったのだ。
正道教や元々混血が多かったユラスでは、この内容を子供の頃から学ぶ。アーツ試用期間でも2時限くらい授業枠を入れていたが、サルガスとロディアの前例でもっときちんと学ばせることになった。
とくに大房民。
***
「リギル!チコさんに殺されなかったか?!」
面接を終えたリギルにキファが楽しそうに聞いてくる。
「影しかいなかった……。」
「影?」
「皇帝がつくばうような豪傑はいなかった…。金髪王子はいたが。」
「何を言っているんだ?それがチコさんだろ。」
「………。」
みんな黙ってしまったリギルを見る。
本当にあれが豪傑議長夫人なのかと考えている。態度はデカいが美人ではあった。それに、人の命にもかかわる争いの種のような事を言われたら、今までアップした動画も考え物である。人を煽った自覚はあるが、命に関わったらそれは困る。自分のコンテンツの練り直しが必要であった。
「デコと耳を見られたんだが、あれは何?屈辱でしかないんだが。」
それにはファクトが答える。
「霊性と人相学を見ているんだと思う。おでこって霊性が結構はっきり見えるからね。おでこが大きくてきれいだと、結構いい先祖の加護があったりするんだ。耳も福耳とかあるだろ。いろいろ分かるみたいだけど。自分は耳はよく分からん。」
「………」
容姿に100%自身の無いリギルが落ち込む。
「泣くな!いいデコしてんぞ!」
「泣いてない!!」
「めっちゃいいデコじゃないか!」
「境目が分からないだけだろ?バカにすんな!!」
そう言って鬱陶しい奴らを散らかす。
「安心しなよ。チコは全然人の容姿とか色眼鏡で見ないから。サダル議長やユラスのエリートより、結婚するならアーツの妄想チームの方がいいって言ってたらしいし。」
「うお!なんだ!その新情報!!」
「面倒見たいタイプだから、守ってくれる男には興味がないらしい。守られるにしても別に夫じゃなくても護衛や側近がいるし。そう言ってユラス人をがっかりさせているとユラス軍人が言っていた……。」
「え?なんでユラス人がっかりするの?チコさんモテるの?ユラス人、チコさんと結婚したいの?」
「え?チコはモテるらしいよ。」
「ユラス人、こわっ。あまりに人間が違う………。」
やはりどうでもいい情報で盛り上がるアーツであった。




