103 唐揚げを食べながら
「陽烏ちゃん。婚活は下町ズ以外の人としなよ。不毛でしかないよ。」
「婚活ではありません!進路です!」
「アーツに進路とか、ステータス下がってどうすんの。」
先の道場にいたアーツメンバーと居酒屋に来た陽烏。
陽烏は軟骨の唐揚げをたくさん食べながら怒る。
「あのカーフとかいう小童たちすらチコ様は重宝しているのに、なぜ私は注目度ゼロなのですか??!」
「それだけ、陽烏ちゃんも大事にされてるだよ。」
ムギだけでなくカーフも言うことを聞かないだけである。それにカーフも成人を迎えてしまった。かなり動きが自由になる。ますます身勝手になるであろう。
「藤湾の中にいた方が絶対将来のためにいいのに。」
エリートだらけだし、陽烏の生活環境からもその方が合うであろう。
「カーフも嫌ですわ!どう考えてもチコ様に惚の字ですもの!危険人物です!近付けてはなりません!!」
「え?チコさん?それはないっしょ?カーフだろ?カーフはカーフでモテそうだし、十くらい離れてない?」
「めっちゃ可愛い子に好かれてそう。」
選択肢多いのに、わざわざ既婚のチコとかちょっとありえないと思う下町ズ。
「陽烏ちゃん、カーフ似合うんじゃない?家柄も頭も、顔も全部マッチしそう。」
「カーフ??絶対嫌です!藤湾のあの辺は全部嫌です!!!」
「………。」
美男美女で似合うと思うのに、毛嫌いされているのか………と思う皆さん。しかもみんなまとめて嫌らしい。
そして、陽烏鋭いな、と思うファクトであった。
「チビッ子!あなたは勉強もしないのにどういうこと??」
「しないんじゃなくて、できないんだもん。」
ムギは普通科は無理そうなので専門を選んだ。でも、とくに関心のある専門分野もないし、あってもそんな専門はここにはないし、役に立つことは平均的にいろいろ知りたいタイプなので取り敢えず農業科に入った。
そして、モア次席のアーツ危険人物、ウヌクは言っておく。
「陽烏ちゃん。マジでアーツはやめた方がいいよ。チコさんも前ほどは自分たちに関わってないし。
チコさん言わないけどさ、国とかの中心に関わる仕事って想像以上に疑心の世界だよ。心がキレイなだけではやっていけないし。」
「私、そんなに心が良くもありません!」
分かる。と思うファクトやリゲル、ジェイ。何気にムギをチビッ子とか、カーフたちを小童とか。ゲテモノ臭や爆弾臭はしないが、これは何だろう。
ウヌクがため息交じりだ。
「俺こういう性格だから河漢が始まった時に言われたんだけどさ、深くかかわると、まず上やリーダーたちを不信するようなこともたくさん起こるし知るってさ。実際世の中では良しとしないことをすることもあるって。抱えてる人が多過ぎて、ただ我欲で威張ったり不正する人もいるし。そういうので不信して離脱する人も多いみたいだし。」
既に歪んだ世界を修正したり舵取りしていくには、正論や正義だけで語れないものがたくさんある。
「傍から見たら不信するような世界で、何かを見極める心や力があるか……」
先、ファクトが道場で思っていたような話だ。確信に近付いて行くと、しばらく世界がかすむ。その霞を越えることができるのか。かつて歴史で、一生を神に捧げてきた人々でさえできなかったのだ。
彼らは主を不信し、世界の発展を遅らせた。
今ユラスも、より多くの命が天に繋がる道を選ぶが、でも目先の世界は見ない。
そんな余裕もなかった。時は急がれていたから選択できるものは少なかった。
百人のために一人を犠牲にすることもあるし、一人のために百人を犠牲にすることもある。不貞の子が問題のない嫡子を置いて、家督を取ることを許す場合もある。ユラスではまずあり得ないそんなことが起こり、ユラス中枢ではそういうことでたくさんの分派ができた。
目の前のことにあがきもするが、聖典信仰は百年、千年先を見るのだ。
そうすると、一般的には目上の人間たちが何をしているのか分からない時がある。ひどく不道徳に思えることもある。
百の失敗をしても、たった一つの良き選択で全てが返ってくる場合もあるし、全てを成功させても最後の一点でその全てを失うこともある。
過去、カフラー・シュルタンたちを犠牲にしてユラス軍が目的を果たした時も、それが許せなくてサダル派を離れた者もいた。
こんな事件もあった。独裁政権幹部の既婚亡命夫人を、事実婚状態で妻に迎えていたユラス人上官がいることを知り、中枢で分裂が起こったりもした。それをあてがったのがサダルだと知った時、腹心がユラスを憎み、分派を作ったこともある。
サダルとチコの結婚もそうだった。
あの時点でチコは力なく彷徨っていた、まさにどこの馬の骨かも分からないただの傭兵。女性の傭兵は、たくさんの人間に手を出され堕胎をしたり不妊にもなっている世界だった。
他国で王家と民間人の結婚ですら問題が多々起こっているのに、はっきりした国籍もない流れ者。そんな女がユラス最大のナオス族長の中に入った。サダルが先に死ねば、財産を全部ではないにしても相続できる。虐殺で犠牲になった親戚たちの遺産さえも。
ある意味ユラスが反対したのは間違ってはいないのだ。それが世の心情であり常識ならば。
でも、結果として、カストルが選んだチコはユラス人で最も鬼才怪奇で少数の民族。バベッジの族長の血を引いていた。
そして10年後。ベガスをここまで大きくしている。
保守ナオスならば、東アジアに入ることすらできなかったであろう。
他の女性ならサダルと結婚した時点で折れていたかもしれない。
当時、軍人たちの中で、嫁は軍部の部下以下の扱いをされていた。サダルもまだ足場が確立されておらず、内外のチコに対する批判も疑心も凄かったから、持ち上げることもできなかった。
ユラスを良く回せるような後ろ盾のある女性を選んだとしたら、今度はアジアと共同事業をするのは不可能であっただろう。そういう場合ユラス教超保守が多く、かえって内外の対立を深めていたかもしれない。
しかし、あの時点でそれを見極めていたのは、カストルやそれに続いたカフラーたち、一部だけであった。サダルたちはユラスでなく、アジアに、さらにその先に未来を繋いだのだ。
何が正しかったのか。
何が天を向いているのか、現時点にいてその先を見極めるのは難しい。
神は時に、不足な者、不正を犯している者も用いる。
歴史を方向転換していくにおいて、その人にしかできない立ち位置があるからだ。
天の作る道に枝はあれど、本流は一本筋。
今はまだ完璧な人間もいないし、不完全な、歪な世界で動いている。
聖典の中にある神の方向性と意図を見極めること。霊性を高めること、理論や理性にも問うこと。疑心の中にある確信を見出すこと。
時と世界と次元を交差する多角的視点が必要なのだ。
「まあ、俺はそういうのは分かんないからさ、基本的に物事を一方的に責めないぐらいの心得をしている。普段。」
ウヌクはそう言って、フォークでエビフライを食べる。そして下町ズはどうでもいいことでうるさい。
「うお!キファ!全部レモンかけるな!」
「半分しかかけていないっ。しかもライムだ!」
多分陽烏は、良くも悪くも真面目過ぎてアーツには向いていない。
チコたちは河漢に入る際、アーツの柔軟性を買ったと言っていたこともある。欲や惰性に負けていいとは言っていない。でも、プライドや民族、帰属意識の高いアンタレス中央の人間に比べて、移民、混血児が多く好奇心があり自由に生きてきた下町ズには、他人の領域に入って行ける柔軟性があった。
そして、いくら大房といえど、アンタレス民としてそれなりの先進性もある。
全ての中和性。
「……私は…。チコ様が、天が崇敬する一本道をずっと辿っていることを知っているから……チコ様のお近くにいたいのです。」
陽烏も唐揚げをフォークで刺したまま、切なそうに言う。そしてパクっと食べた。箸は使わない。そんな気分だ。
「でもあいつらも来るからな。陽烏ちゃんは来ない方がいい。」
キファが鋭い目で言う。
「あいつら?」
「響先生に馴れ馴れしかったアホどもだ!」
「あ、兄さんたちね。」
ファクトは思い出す。ナンパ男4人とコンビニ男も来るらしい。今回は、河漢に行っていた大房民も数人来るのだ。
彼らの心は洗われたのだろうか。………と、そんなことはどうでもよく、キファはただ嫌なのである。そして、キファはイオニアもタラゼドもウヌクもリーオも嫌いである。
「………しかも…。アストロアーツ店長までここに出家するらしい!」
ドン!と、机を叩いて怒りを表す。
「え?なんで文系が?!」
これでは何のために、ヴァーゴじいちゃんが文系を店長にしたのか分からない。そう、新規試用期間が始まる度に店長が抜けるので、アーツに関心のなさそうな文系を店長にしたのに何ということか。
「あの、響さんにぽっと赤くなっていた男かっ?!」
「ジジェとかいう爽やか青年……。」
「アストロアーツのポリシーを犠牲にしても、入れ込んだ爽やか店長なのに…。」
今までのアーツにない爽やか系青年。アストロアーツを、たとえ奴にオシャレカフェ系に改装されても、居残ってくれるような文系を入れたのだ。別に前店長たちもとくにポリシーもコンセプトもない、ただのレストランではあるが。
「響さん目的か……。」
「アウトロー以上に一番あかん理由じゃないか?」
「マジ何しに来るんだ?」
「そう……ヴァーゴに聞いた……。じいさんが言っていたと。」
キファ、下を向いて悩まし気に呟く。
その前の店長、怪我人ウヌクとしては、響目当てではもう無理であろうと思う。
「響さんはもう期待できないんじゃない?言っておいたら?タラゼドがダメでも俺が控えているし…。」
ちゃっかり余ったら貰う気でいる。
「……そう言ったけど来るってさ!」
「え?チコさんは何て?!」
そんな不純な動機、受かるわけがない。というか、みんな響目的と決めつけている。格闘技もしないのに何のために来るのだ。
「まあ、1弾からみんな来てるから4人目、来てもいいんじゃない?とか言っていたらしい。1234、1234で音がいいし、と。」
「はあ???」
何だその理由。
「何が音だ?!!音ってなんだ?!何も良くない!!!」
「あ!そういえばリギルもよろしくね!ほぼ決定だけど、一応面接はするって。」
ファクトが手を上げる。
「もっと日光に当たって、節々を動かしなさいって言われたらしい。」
「じーちゃんばーちゃんかよ。」
「ほー。ってことは、あいつは犯罪には手を出してないってことだな。365日24時間体制でネットうろついてんのに珍しい。」
ベガスは性犯罪、虐待加害者歴があると住民権が与えられない。そういう「気」や「霊の履歴」が多く加害的傾向がある人間も一旦省かれる。場合によっては更生施設や治療も紹介されてしまう。
「まあ、そうだから寮に住めたんだろ?」
「友達出来るのかな……心配だ。もう1回試用期間に入れないかな………。」
オトンな気持ちになるファクト。
「あの……。」
ここでかわいく片手を上げて、陽烏は会話の間に入る。
「アーツって誰でも入れるんですか?」
「こいつらでも入れるくらいだからね!」
ムギがズケズケ答えた。
ここまで来て、アーツってもしかして受け入れ口広い?と今更気が付いた陽烏であった。




