102 アーツに入りたい
「はー。またウヌクは私に勝つ道が遠のいたな。」
道場でムギがため息をつく。
今いるメンバーの中では年長組のウヌク。怪我をしてまた次の段階に行けない。動きはムギの方が鋭敏でも、テコンドーができて力はある。方法次第で勝てそうなのに、いつもムギに負けるうえに、しばらく練習もできない。
他一同と座っていた見学者ウヌクが、ムギに突っかかる。
「一瞬でも響さんの英雄になれたことが光栄です。」
「?!」
驚いてウヌクの前に来るムギ。
「大きな声出すな!!」
これでは、響のためにケガをしたと宣言しているようなものである。
「……仲いいよね。」
「ウヌク。ムギはダメだよ。未成年だよ。」
「チコさんの右大臣だよ。ヤバいよ。」
「左大臣だって。」
「どっちでもいいだろ。」
「は?なんだ?!ウヌクと仲良くなんかないぞ!!」
「…………。」
ムギは真面目に反論しているが、ジェイやジリ、その他のメンバーたちはめっちゃ仲いい、と生ぬるい目で見ている。
「ほー。チビッ子は俺が好きだと?」
ウヌクが調子に乗るので、話したら負けだとムギは無視をした。
「照れなくていいぞ。」
「………」
「響さんに続いて大房に落ちるとは、チコさんかわいそうに。」
どいうもこいつもうるさい。
「次っ!ラムダ行くぞ!」
「………あ、はい!」
全部無視するムギに、わざわざウヌクは言う。
「ああ、それともファクトがよかった?」
「はああああ????」
一言一言についつい反応してしまう。
ドサ!と、ウヌクの顔にミットを投げつけるが、大丈夫な左手でウヌクは余裕のキャッチ。考え事をしていたファクトは「ん?」と顔を上げる。隣にいたリゲルは説明せずにそれを見ている。
なぜいちいちムギを怒らすのだとみんな思うが、ウヌクは何もできなくて暇なのである。
「たのもーーーー!!!!!」
そこに入って来たのは意外な人物。
かわいくきれいな声に、全員一気に入口に注目した。
「チビッ子!いましたね!!」
「うおっ!!」
その可憐な姿に驚くアーツ一同は、思わず姿勢を正した。
なんと挑戦を突き付けてきたのは、エリスの娘。
妖精か、エルフか。はたまた女神?というほどかわいいレモンミルクの髪を一つにくくった陽烏であった。しかも道着を着ている。なんと黒帯だ。
「チビッ子!やっと見付けました!勝負しなさい!!」
「………。」
はあ?という顔で陽烏を見るムギ。
「何ですか?そのかったるそうな顔は!!」
「……」
「私、5歳から空手もしていますし、1年半兵役もしています!!!」
「へーすごい!!」
何でも感動する下町ズ。
「……陽烏ちゃん。何してるの?」
聞いてしまうファクト。ムギにかなうわけがない。特警や軍が認め、妄想チーム最強の軽量武器使いである。
「なぜチビッ子がチコ様に頼られて、私が藤湾に押し込められるのですか?!」
「そんなん知らないし。」
ムギが面倒そうに答えた。頼られてはいない。ムギも大人しくしろと言われているにしていないだけである。ただ、ムギは勝手に動くの規模が違う。
陽烏だって頼りにされたいのに、アーツに入りたいとチコに言ったのに、藤湾の医療関係団体に入りなさいと言われたのだ。
「チビッ子じゃないし。背、伸びたし!」
そこに反応するムギ。
「私より子供でしょ?フン!」
勝ち誇るのは、ムギが絶対に勝てない年齢の話である。年齢ならムギに勝てる。
「なんで陽烏と私が勝負するの?」
「アーツは危ないからダメと言われたんです!私は強いので安心して下さいとチコ様に知らせるのです!」
「じゃあ、チビッ子がめんどそうだからファクトとでも組んだら?」
ウヌクが口を挟んだ。今いる中で、ムギより強いのはファクトだ。ただし武器なしの場合。
「え?俺?」
「……え?」
ムギに対抗意識を持っている陽烏は「打倒ムギ!」しか考えていなかったので、たじろいてしまう。
「………。」
答えないので、ムギが答えた。
「そんなことしなくていいよ。私もアーツの人間じゃないし。賛助会員にすらなってないよ。
サルガスにふられたのに、なんでアーツに来るの?」
「っ?!ふられていません!」
あれだけ気持ち駄々洩れでも、好きなことを認めていないのである。
「私はチコ様の側近になりたかったのに、なぜあなた方がでしゃばるのですか?チコ様の周りは倍率が高くて誰も近寄れなかったのに!」
「知らないよ。気が付いたらこうなっていた。」
ムギと共に頷くアーツ第1弾。ボランティアしに来たのにお給料をもらう立場になってしまった。自分たちだってよく分からない。
あの暇そうな人たちが、まさかユラス中枢の護衛軍団だと誰が思うのか。
「弟特権!」
さらにファクトがピースをするので陽烏、ご立腹である。
「そもそも陽烏ちゃんは医療関係っしょ?アーツに来たところで無駄なのに。せめてVEGAに入ったら?あっちは医療や衛生のプロだし。」
「……チコ様はアーツの顧問になってしまったじゃないですか………」
しかしチコは半分は外仕事をしている。今も、呼ばれてオリガン大陸に行ってしまった。
「じゃあさ、ムギに勝ったらチコに取り合ってあげるよ。」
ファクトが言うと、陽烏がぱあっと明るくなる。ムギは嫌そうな顔をするが、陽烏がそれで満足しそうなので受け入れることにした。
そして合わせ稽古が始まる。
「ハッ!!」
開始1分。
「ほー。腕の引きがいいな。」
「思ったより、陽烏ちゃんいいじゃん。」
しかし、信じれれないほどにムギは強かった。とにかく素早く、人の力を利用するのが上手い。
ムギは全部蹴りで陽烏を軽く蹴散らす。そしてあまりに跳躍力が違う。
上段蹴りを入れても全く相手にされないし、ムギに掠ることもない。
「陽烏ちゃんも悪くはないんだが………相手が悪いな。」
ウヌクが見るに、陽烏の実力はアーツCチームの上辺り。一般的な格闘技のやや上級者という感じだ。
「ヤー!」
後ろ回し蹴りをしても、ムギはきれいに逃げる。正当な格闘技を持って行ってもムギに勝てる訳がない。生き残るための格闘術を、軍や特警に訓練してもらっっているのだ。
ムギは軽くて打撃は強くないが、相手の動きや勢いを利用し押し出すようにさせる。慣れてしまえば、訓練をしている軍人やタラゼド、アクバル、ハウメアクラスには通じにくい攻撃だが、実戦では接近戦でなく武器を使うので勝敗は分からない。
薄黄の長い髪、キラキラした目。容姿は圧倒的に目を引く陽烏だが、一言も話さず息継ぎする感じもなくムギの動きはきれいで美しかった。
そろそろかな………とかかって来た陽烏にムギがトンっと蹴りを入れると、一撃もポイントを取ることができず、陽烏は場外に出てしまった。
「…あ…。」
自分の足がラインを出ていることに気が付いて、座り込んでしまう陽烏。
「…うそ……」
「………。」
ショックで放心している陽烏に、アーツも黙ってしまう。力差があり過ぎて、ちょっとかわいそうだ。
ムギが陽烏の前に歩いてきた。
「陽烏。アーツに傾向するなんておかしいぞ。こいつら頭の中はゲームか飯か、女のことしかないからな。」
惰性しかない。
「そうだよ!陽烏ちゃん!アーツは何も考えていないから絶対藤湾の団体に行った方がいいよ!!」
自分たちでも思う。医療デザイン専攻で、響と同じく様々な臨床もしている。こんな逸材をアーツに取り込んではいけない。馬鹿でもそれぐらいは分かっている。
「あ、でも第4弾から、事務や企画重視チームも作る……」
それは言うなと、リゲルに口を塞がれるのはラムダである。
「藤湾の方がイケメンもいそうだし!まともな人もいそうだし!アーツはマイナスから出発の方が多いから!」
男を褒めるのは本意ではないが、藤湾大男子に負けている自覚はあるアーツ男子だ。
「え?サルガスさんの方がカッコいいですわ。」
「………。」
思わず言ってしまって注目を浴び、勝手に赤くなる陽烏。
「は?!」
エリートに囲まれ過ぎて、ちょっとアウトローな下町ズがかっこよく見えるのだろうか。皆が陽烏をさらに憐れむ。
「陽烏ちゃん。サルガスはね………」
「サルガスさんだけでなく皆さんカッコいいですよっ?!だいたい既婚者じゃないですか!!!」
言葉のごまかしのために自分たちの名が出たのは分かっているが、カッコいいと言われるとちょっとうれしい皆さん。
「照れ隠しはいいよ。俺ら分かってるから。」
「違います!!」
「でもだめだよ。……サルガスは元ヤンキーみたいなもんだから…。」
昔のサルガスの写真を見せるのは、これまで大人しく聞いていたキファ。以前のサルガスは、ドレッド、切れ込み坊主、ロン毛。どれを見てもヤバい。
ガバっとデバイスを取り上げ、目を丸くして陽烏は見入っている。
「………」
「………。」
「これ全部サルガスさんですか?」
「そう。ヤバいっしょ?背中の右肩下に入れ墨も入ってる。竜の。」
それも見せる。東アジア、ユラス軍人系統が怖すぎて、カウスの刺青に比べたら下町ズの刺青はウーパールーパーの子供のようにかわいく見えるが、それでも龍は龍である。
「………。」
牧師一家の中で育った陽烏はた、サルガスの雰囲気の変化より刺青や半裸で写真を取られているその方便さにショックを受けた。時々、あわわと赤くなって見ないようにスクロールする。体は天からの授かりものという思いが強く、敬虔な正道教徒は刺青を入れないし、基本夏でもなるべく肌を見せない。
「な?陽烏。下町ズはやめた方がいい。藤湾かVEGAに行ったらいいよ。その方がチコも安心する。」
ムギが慰める。これは本心だ。
「………でも、でも……。チコ様の側近がしたかったのに!」
「それはユラス軍やユラス族長関連の仕事に行った方がよくね?」
「チコ様が軍や政治関係はダメだって…。」
「………」
ファクトは思う。どす黒く血なまぐさいことも多いからだろう。人間の汚さや知らなくていいことだって知ってしまう。チコたちのいる位置は、一般人が一生知ることがないようなひどい現実も見てしまう世界だと言っていた。
ただ、それが全て真実ではないのだけれど、真実を見抜けないと今の世界や政権に簡単に不信してしまうことも多い。多角的な視点が必要なのだ。人も世界も一枚板ではないのだから。
「そんなにアーツに来たいの?」
かわいそうになってラムダが目でみんなに助けを求める。
「だって、チコ様が登記した初めての団体ですもの。直接支えたい………」
そこで考えるウヌク。
「別に試用期間自体はいいんじゃね?アーツに所属したからって、みんなアーツの職員になるわけでもないし。でも登録はされるだろ?まあ、俺は陽烏ちゃんはアーツに来なくても一般会員とかで十分いいとは思うけど。」
アーツで学んでも、専門分野があればVEGAや他の団体で働くのに無駄なるわけではないだろう。アーツはアンタレスの既存住民の集まりなので、アンタレスのことをより知ることはできる。知る必要はないかもしれないが、言う事を聞かない人が多すぎて揉まれはするだろう。社会経験にはなる。
「!」
また、ぱあっ!と明るくなるが、現実を言う人たち。
「え?じゃあ半年休学するの?インターンしながらは無理でしょ。」
陽烏は病院でインターン中だ。
「そして…お父様という関門がある………」
そう、エリスである。
「………。」
みんな無言になり、最も沈んでいるのは陽烏。
実は陽烏。
こんなにかわいいのにそんなにモテないらしい。
告白されたこともない。
綺麗すぎて現実感がないのと、牧師一家という重さゆえであろう。同じ牧師でもカストルやクレスは気楽だが、なんと言っても親が辛辣毒舌エリスである。
陽烏はすっかり落ち込んでしまった。




