バレンタインを撲滅したい司令官
こちらの作品は藤乃 澄乃様主催の「バレンタイン恋彩企画」参加作品になります。
「司令官、そろそろお時間です……」
「うむ、わかった」
私は、バレンタイン撲滅を至上命題とした秘密結社クロノスのリーダー黒野紫玲だ。
名前が紫玲だからか、皆私のことを司令官と呼ぶが、私は司令官ではなく、ただのリーダーなんだが?
まあ、ムキになって否定したら器の小さい奴とかユーモアのカケラも無い奴とか思われそうだから受け入れてはいるが、決してちょっとカッコイイとか思っているわけではない。
バレンタイン……現代日本に蔓延る病巣。これを考え出した奴は、間違いなく悪魔だろう。
まさに天国と地獄、クリスマスもそうだが、キリスト教を背景にした文化は、常に勝敗をはっきりとさせるものが多い。
クリスマスはまだ良い、逃げ道が残されている。
西欧ではクリスマスは家族で過ごすものであるという大義名分があるからだ。
だが……バレンタインには逃げ道は存在しない。
女性から贈るというのも、チョコレートを贈るというのも日本独自のものだからだ。
参加するもしないも無い。生きているだけで強制的に参加させられているのだ。そして残酷なことに、結果を数値という目に見える形で突き付けられてしまう。
俺は参加しないよ、と公言でもしようものなら、
「ふふふ、あの人予防線張って必死(笑)」
「心配しなくても誰からももらえませんから~」
といういわれのない……いや概ね事実なのだが、より傷口を広げかねない結果となる。
我々クロノスも、設立当初は、バレンタインデーのネガティブキャンペーンを展開し、撲滅を図っていたものの、残念ながら目ぼしい成果を上げることが出来なかった。
そこで、我々が注目したのは、女性視点だ。バレンタインに不満を持っているのは何も男性ばかりとは限らない。
積極的な勧誘作戦を展開したところ、それまで男性ばかりだった組織も、今では若干女性が多いところまで来ている。これも時代の風というやつなのかもしれない。
そして、組織の方針も、撲滅から被害者の心の救済へとシフトしていった。
義理チョコ、友チョコ、自分チョコ、そして最新は俺チョコだ。
ようするに、すべての人が楽しめるイベントにすることで、ダメージの中和軽減を図るということだ。
この作戦により、多くのものが救われたはずだと自負している。
ふふ、少し寂しいが、この組織を解体する日も、そう遠くないかもしれないな。
「司令官、もしよろしければ、これを受け取ってください」
「秘書君、これは一体……」
これはどうみてもチョコレートでは? いや、たしかに禁止しているわけではないが……え? マジで? 待て待て、これは罠だ、司令官として試されているに違いない。
「手作りなので、味は保証できませんが……」
て、手作りなのっ!? 参ったな!! 断れないじゃん!!
「受け取っていただけないのなら、猫に食べさせますが?」
猫に食べさせちゃ駄目えええええっ!! お腹壊すでしょうが!! 脅迫? 脅迫なの?
くっ、仕方がない、これは猫を守るために仕方がないんだ。
チョコレートに罪はないのだから。
「……ありがとう」
努めて冷静に受け取る。ここでけしからんとか言いながら受け取るのもカッコ悪いから余計なことは言わない。
「……後、これは他のメンバーから司令官に渡してほしいと預かったのですが……」
秘書君が、サンタクロースもかくやの袋を机の上にどん、と乗せる。
少し開いた袋の口から、大量のチョコレートが見える。
にやけちゃだめだ!!にやけちゃだめだ!!にやけちゃだめだ!!
太ももにボールペンを突き刺した後、机に両肘を立てて寄りかかり、両手を口元に持ってくることで、表情筋をコントロールし、耐える。
「これは焼却処分にしておきますね」
焼いちゃ駄目ええええ!! 焼きチョコも美味しいけども、捨てちゃ駄目ええええ!!
「さすがに捨てるのはマズいだろう?」
「受け取られるのは構いませんが、お返しの費用、予算からは出せませんよ?」
くっそ……バレンタインの奴め……結局誰も幸せになれないデスゲーム。
得をするのはチョコレートメーカーだけということか……。
ん? 待てよ、たしか秘書君のご両親は、大手チョコレート財閥。
しまった……これは罠だ!! 秘書君は組織を破壊するために送り込まれたエージェント!!
「本気ですから……」
「ふえっ!?」
いかん、変な声が出た。
「来週、両親に会って欲しいのですが……」
「ふえっ!?」
待て待て急展開過ぎないか? 心の準備が……!!
「司令官もご存じの通り、近年カカオを取り巻く状況は悪化しています。焼き畑による熱帯雨林の減少、児童労働の問題、温暖化による栽培環境そのものの危機。このままでは、チョコレート業界そのものが、将来消滅してしまうかもしれないのです。そこで、司令官の力をお借りしたいと両親が……」
……なるほど、そっちか。いや、がっかりなんてしていない。むしろホッとしているまである。
「……話は分かった。それならば願ってもない。話を進めてくれ」
「ありがとうございます~!! ところで、式はいつにします?」
……式? そうか、もうすぐ組織結成10周年だったな。
「日程は任せる」
私は、カカオ豆救済を至上命題とした秘密結社クロノスのリーダー黒野紫玲だ。
バレンタインデー? 真に必要とされるなら残るだろうし、そうでないなら消えてゆくだけのことだ。
決して秘書君……いや、奥さんが怖いからじゃないからな。