オオカミとお母さんヤギと七匹の子ヤギ
【七匹の子ヤギ】
一番目:ハンス 二番目:ヨハネ 三番目:マイラ 四番目:エラ 五番目:ハンナ 六番目:ペーテル 七番目:ルカ
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「ママー!」 「おなかすいた!」 「いっしょにあそんでー!」 「きのうのきのうねー、ちょっときいてよ、ママー!」 「おやつ、おやつ!」 「抱っこー、ママ! 抱っこして!」
「ママぁ! おちっこ、もらちた!」
……はいはい。
……はーい。
……ちょっと待ってね。
……うん、うん。
……まだ、おやつの時間じゃありませんよ。
……はいはーい、抱っこね、10秒だけね。
……あー! 動かないで! すぐ行くから! そのまま! そのまま!
森に住んでいる、七匹の子ヤギのお母さんヤギは、今日も大忙しです。
なにしろ、七匹の子ヤギのお世話ぜんぶを、ひとりでしているのですからね。
お父さんヤギは……?
お父さんヤギは、毎日、朝早くからお仕事に行っていて、帰ってくるのは夜もおそい時間なのです。
お父さんヤギはおうちのために、がんばってお金をかせいでくれています。
お母さんヤギも、がんばらなければ、と思って、一生けんめい子ヤギたちのお世話をしているのです。
けれども、お母さんヤギひとりでは、七匹のお世話は本当にたいへん。
「めえぇん、えぇん、えぇん!」
気づけば、ちっちゃなルカ坊が泣いているし。
「ママー! 兄ちゃんがぶったー!」 「おまえがわるいんだろ!」 「めえぇぇぇぇぇん!」
気づけば、一番上のハンスと、三番目のマイラがケンカして、やっぱり泣いているし。
……こらーっ! 勝手におやつ出さないの!
気づけば、二番目のヨハネと六番目のペーテルが、お口の周りを汚しているし。
……あれれ? エラとハンナは? もー、また、外に行っちゃったのね!
気づけば、四番目と五番目のやんちゃな双子ちゃんが、軽く行方不明だったりも、するのです。
――― 子ヤギたちの一匹一匹はかわいいけれど、どうしてこんなに生んじゃったのかしら…… それは、ヤギだから。
なんてことを、頭の片すみでフッと考えながらも、お母さんヤギは毎日毎日、朝起きた時から夜寝る時まで、休む時間なく、子ヤギたちのお世話やおうちの用事をして過ごしていました。
そんなある夜のことです。
お母さんヤギは、お父さんヤギに、こうお願いしました。
「お休みになる時に、子ヤギたちもいっしょにベッドに入れてやってくれないかしら。それだけでも、とっても助かるんだけど」
お父さんヤギは、言いました。
「それは無理だな。子ヤギたちは、『ママじゃないとねられない』 って言うんだから」
お母さんヤギは、思いました。
――― わたしだって、この子たちが赤ちゃんのころから、ちゃんと、寝かしつけられたわけじゃないの。
一生けんめい、いろいろ工夫して、やっと寝てくれるようになったのよ。
あなたはずっと、『無理』 って言いつづけで、一番目が生まれてからこれまで、一回も寝かしつけてくれたことはないけれど……
――― それは 『無理』 なんじゃなくて、 『やろうとしていないだけ』 なのよ!
しかし、お母さんヤギはだまっていました。
あまりしつこくお願いすると、お父さんヤギは子ヤギたちに、こう言うのです。
「ママは、オマエたちのことが好きじゃないから、いっしょにネンネしたくないんだって! だから、パパとネンネしような!」
そんな言葉で、子ヤギたちの気持ちがどれほどキズついてしまうか…… それを考えると、お母さんヤギはもう、だまるしかないのです。
――― 好きだから、毎日、がんばっているのに……。
――― あいしては、いるのよ。ただ、それが感じられないほど、疲れているの。少しでも、手伝ってくれたら、心がとってもラクになるの。
そう思っても、お母さんヤギは言いません。そう言えば、お父さんヤギは、こう、こたえるからです。
「手伝ってるよ」
あるいは、こう、こたえるかもしれません。
「ボクだって、毎日、仕事をして疲れているんだ。オマエ、ボクの仕事を手伝えるか?」
けれども、そう言うお父さんヤギは、寝る前に、ゆっくりホットミルクを飲む時間があるのです。
お母さんヤギは、子ヤギたちが眠ったら、また、こっそり起きて、残ったおうちの用事をしなければなりません。
それも、とちゅうで子ヤギが泣きながら目をさますことも、しょっちゅうです。
寝る前にゆっくりホットミルクを飲んだことなんて、三番目のマイラが生まれてから、1回もないのです。
それでも、お母さんヤギはだまっていました。
これ以上言ってケンカになって、もし子ヤギたちが目をさまして泣き出しでもしたら、大変だからです。
――― 役立たずの大きな子ヤギと、ムダなケンカをする時間があるなら、家の用事をひとつでもした方が良い。
お母さんヤギは、そう思っているのです。
さて、また別の、ある日のこと。
お母さんヤギは、ひどい頭痛になやまされていました。
子ヤギたちのにぎやかな声が、頭にメェェメェェメェェメェェメェェメェェェメェェェェ…… とひびいて、気がくるってしまいそうです。
――― ちょっとだけ。
お母さんヤギは思いました。
――― ハンスやヨハネはもう大きいし、お留守番くらいできるわ。よく言い聞かせれば、だいじょうぶ。
――― ちょっと、買い物に行くだけ。
そこで、お母さんヤギは、子ヤギたちに、しっかり戸じまりをするように、そして、オオカミが来ても戸を絶対開けないように言い聞かせて、買い物に出ました。
ひさびさの、一匹での外出です。
――― まるで、肩がいっきに軽くなったみたい。
お母さんヤギは思いました。
――― 木の葉の緑って、こんなにきれいだったのね。空って、こんなに青かったのね。
いつもは、子ヤギたちの方を見て歩いているので、高い木の葉っぱや空なんか、目に入ってなかったのです。
お母さんヤギは、ウキウキとした気持ちで、まちに向かいました。
とちゅう、オオカミに出会いましたが、はしゃいでいたお母さんヤギは、気にもとめませんでした。
――― 子ヤギたちには、しっかり言い聞かせたし、だいじょうぶ。
なぜか、そう思ってしまったのです。
いつの間にか、頭痛もすっかり治っていました。
まちについたお母さんヤギは、八百屋さんや粉屋さんを、手ぎわよくまわります。
――― 子ヤギたちが好きな食べ物を、たくさん買って、早く帰りましょう。
そう思うのですが、しばしば、その足は、とまりがち。
いつもは、子ヤギたちを見守りながらの買い物でよゆうがないところを、今日は、ゆっくり選べるのが、うれしいのです。
(ちょうどそのころ、オオカミが、七匹の子ヤギの家のドアを、トントン叩いておりました。)
――― あ、これはハンスの好物。これは、ペーテルの…… イチジクはみんな好きだから、たくさん買っておきましょう。それから、パパにも……
お母さんヤギの買い物カゴは、どんどん重くなっていきます。
さて、次にお母さんヤギが向かったのは、布屋に糸屋にボタン屋さん。
(ちょうどそのころ、オオカミは、お母さんヤギになりすまそうと、小麦粉で手をそめておりました。)
――― 男の子たちにはズボンの生地を。すぐに破くんだもの。それから双子ちゃんたちは、お揃いの黒いスカートに、白い前かけを作ってあげましょう。
お母さんヤギはゆっくり、ゆっくり、安くてじょうぶでオシャレな布を、さがします。
――― マイラのブラウスには、赤い糸で花のししゅうをしてあげましょう。そろそろ、ししゅうを教えても、いいかもしれない。
――― それから、毛糸も買って、みんなの冬のくつしたにマフラー、ぼうしに手ぶくろも編んであげましょう。
ボタンももちろん、たくさん、買いましたよ。
(ちょうどそのころ、オオカミは、お母さんヤギのような声になろうと、お薬でのどを良くしておりました。)
さぁ、買い物が終わりました。
お母さんヤギは、すっかり大きくふくらんだ買い物カゴを両手で抱えて、えっちら、おっちら、おうちへの道をたどります。
カゴは重くても、心は軽い。
(ちょうどそのころ、オオカミは、お母さんヤギのふりをして、まんまとおうちに入りこみ、あちこち隠れた子ヤギたちを、次々と、見つけ出しては、ペロリ、ゴクン。)
――― 帰ったら、子ヤギたちにオヤツを作って、 「お留守番ありがとう」 と、いっぱい抱っこしてあげましょう。
(そうしてそれから、オオカミは、庭の木かげでグウグウお昼寝。)
さて、やっと、家の前につき、お母さんヤギは、さあっ、と青ざめました。
戸が、開けっ放しになっていて、子ヤギたちの声が、聞こえません。
あわてて家にかけこめば、部屋は荒れ放題。
花びんが割れ、カーペットはめくれあがり、カーテンは引きさかれてダラリと垂れ下がっています。
――― なんということでしょう! どうか、どうか、無事でいて。
お母さんヤギは、神さまにいのりつつ、一匹一匹の名前を呼び、部屋の中をさがしまわりました。
「ハンス! ヨハネー! マイラ! エラ! ハンナー! ペーテル!」
けれども。
「……………………」
部屋はしん、として、だれも返事もありません。
だれの姿も、見えません。
お母さんヤギは泣きそうになりながら、最後に、ちっちゃな坊やの名前を呼びました。
「……ルカ……ルカ坊ー!」
「ボク、ここだよ」
――― ああ良かった!
大時計の中から、かぼそい声でのお返事です。
お母さんヤギは柱時計のフタを開け、元気良く跳び出してきた、ルカ坊を、ぎゅうっと抱きしめたのでした。
さて、ルカ坊からオオカミに襲われたあらましを聞いたお母さんヤギは、ルカ坊をおんぶし、裁ちバサミを手に家の外にかけ出しました。
――― 六匹も食べればお腹が重たくて、オオカミはそう遠くへ行っていないはず。
と思えば案の定、木陰でグウグウと大イビキをかいて眠るオオカミの姿をみつけました。
見れば、そのおなかはピクピクと動いています。
――― ああ良かった! まだ、生きている!
お母さんヤギは裁ちバサミでジャキジャキとオオカミのおなかを切り開き、次々と子ヤギたちを取り出しました。
おたがい抱き合ってひとしきり再会を喜び、井戸の水でオオカミのにおいをすっかり洗い流したあと、お母さんヤギはせっせと旅のしたくを整えました。
「さぁ、こんなおそろしい所からは、出ていきましょう」
どこに行くの、と口々にたずねる子ヤギたちに、お母さんヤギはニッコリ。
「おばあちゃんヤギのおうちに行きましょう。いつでもおいで、って言ってくださっているもの」
お母さんヤギは、今回の事件で、ひとりで七匹の子ヤギを育て、ついでにお父さんヤギのお世話までするのは無理だと、しっかりわかったのです。
さいわい、七匹の子ヤギのおばあちゃん ――― お母さんヤギのおしゅうとめさんは、子供が大好きでお料理が上手な、とってもたよりになるヤギです。
――― お父さんヤギと暮らすより、おばあちゃんヤギと暮らした方が、自分のためにも七匹の子ヤギのためにも良い。
そう、お母さんヤギは、さとったのでした。
こうして、お母さんヤギと七匹の子ヤギは、お父さんヤギの実家で大かんげいされ、ずっと仲良く暮らしましたとさ。
(オオカミは、時間がもったいないので、そのまま放置されました。)
めでたし、めでたし。
ちなみに、あのあと、夜になっておうちに帰ってきたお父さんヤギは―――
おなかを切り開かれたまま寝ているオオカミにビックリし、さらに家の中に入って二度ビックリ。
なにしろ、家は荒らされ、お母さんヤギの姿も子ヤギたちの姿もなく、テーブルの上には書き置き1枚が残されていたのですから。
お父さんヤギはあわてて、お母さんヤギと七匹の子ヤギを迎えに行き、おばあちゃんヤギにとっても怒られて、以後は、七匹の子ヤギの夜のハミガキと寝かしつけをするようになって、そこそこ平和な家庭生活を送ったそうですが―――
それは、また、別の話。
2021/05/09
秋の桜子さまからFAいただきました!
どうもありがとうございます!!!
秋の桜子さまのマイページはこちらです。
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名作揃いですのでぜひご覧ください♪