抵抗→邂逅
妙な期待を抱きながら車掌室に向かう。
道中、他の車両の客も全員フリーズしているのを見た。
「見事に全員カッチカチだな、、、新手のフラッシュモブかよ、、、」
横目で他の乗客を確認する中で、
前川はこの状況下でもキレイな女性客の発掘は怠らなかった。
「大きく空いた胸元、透け感のある薄着のファッション、ポニーテールのうなじ、、、」
「ふむふむなるほど。」
前川は静かに一人、興奮した。
そして重大なことに気付いてしまった。
「、、、皆がフリーズしている。恐らく意識も無い。」
「ということは、、、、。フハハ!!!」
思わず暗黒微笑を浮かべてしまった前川。
暗雲のような、如何わしくいやらしい感情が彼を取り巻いたのだった。
しかし、それはものの数秒で正気を取り戻す事が出来た。
数多のアルバイトで得た経験が彼を冷静にさせた。
以前やっていたしょうもないバーのアルバイト。
泥酔した女性客のはだけた胸元をガン見してよだれを垂らしていた友人の山田が他の客に通報され、
悔し涙を流しながら警察に連れていかれたことを思い出したのだ。
「もしかしたら僕以外の誰かも意識があって、こちらを観察しているかもしれない。アナウンスの女の子も、さっきの感じから監視カメラか何かでこちらの様子を伺っている様だ。もし通報なんかされたら100%確実に捕まる!」
「そして、山田の無念。繰り返すことは決して許されぬ!」
前川は胸元に伸びかけた手を必死の思いで抑えた。
「クソッ!!言う事聞きやがれっ僕の右腕!!」
「僕は触らない!触らないんだあああ!!!!」
一瞬で電撃のごとく巡らせた思考と決意。
血の涙を滲ませながら、やっとの思いで踏みとどまった。
罪を犯さなかった事を無駄に誇らしく思いながら、
無駄にボロボロになりながら進む。
そんなこんなで、なんとか車掌室までたどり着いたのであった。
15歳から18歳くらいだろうか。
そこには、ややエキセントリックなファッションを着こなす、可愛らしい少女が一人立っていた。
「お待ちしておりました、性犯罪者予備軍の前川様!」
「僕は予備軍などではないし、そんなことは絶対しない!!」
「そんなことってどういうことですかねえ~?ふふふ」
前川の恥ずかしく浅ましい思考は少女には筒抜けであった。
「ちくしょう!嵌められたか!警察は呼ばないでくれっ!!!」
20代の前川より、少女の方が頭脳明晰であるのは明らかであった、、、
「まあ今回は特別に見逃してあげます。ところで、私のお渡ししたスキルは気に入りましたか?」
「、、、さっきから言っているスキルってなんの事なんだい?それとこの状況は一体何なんだ?君がやったの?ってか元に戻せるのか?」
少女に問う前川。
「スキルは既にお渡ししてありますし、なんならさっき堂々と使ってましたよ?」
「そして早口で質問攻めして来る辺り、素直にキモイです。」
未だ理解が追い付かない前川に対し、続けざまに少女は言った。
「何もわかってない様だから特別に説明してあげますけど、あなたさっきビールをタダで手に入れましたよね」
ああ、そういえば。と思い出す前川。
「なんでお金も払わず飲んでるんですか?信じられない。まじサイテー」
「いや、あれは後で払おうと思っ」
そんな前川の言い訳を遮る様に少女は言った。
「それがあなたのスキル【商談】です。」
「えっ」
前川はもれなくフリーズした。
「前川さん、良いですか。【商談】のスキルが働いたからこそ、あなたはビールをタダで手に入れることが出来たわけです。」
「ああ、、」
あまり理解の進まないまま、前川は生返事をした。
それを察した少女は、面倒くさそうに解説を始めた。
「詳しく説明しますね。貴方がビールを買うくだり。あの車内販売のスタッフさんはビールを商品として扱っていた。それに対し、貴方が「ビール『ください』」という言葉で要求した結果、対価を要せずにビールが貰えたって訳です。」
前川の思考がようやく現状に追いついた。
「なるほど【商談】か。なんかほんのちょっとダサいな。」
「ところで、なんで俺にスキル【商談】くれたんだ?この時間が止まった様な状況から見て、他にもスキルの種類がありそうだけど。」
「はいはいそれですね」と、少女が答える。
「それは貴方のステータスで唯一平均より高いパラメーターがコミュニケーション能力だったので、なんとなく合うかなーと思って。まあ他にも色々スキルはありますけどね。」
「ちなみに、貴方が時止めAVだとか言ってたこの状況は、私のスキル【停止】ですので、あなたは使えません。これを使わせると大変なことになりそうでキモいので。セクハラなので。」
少女の言葉を聞き、
前川は閃いた。
閃いてしまった!!
「なるほど、、、なら、、、」
『我に従えっ!!!!』
前川は少女に対し、深夜密かに練習していた渾身の決めポーズとイケボ(笑)でスキルを放った!
勿論、いやらしい事を思い浮かべながら!!
「、、、って、あれ?」
数秒後、少女にスキルが効いていないことを理解した。
少女は蔑む。
「うわキモ!!!!私に何を商談するつもりだったんですか!?」
「ってかスキル所有者には効かないし!キモ!まじ変態セクハラ無能社畜!!」
「いやじょ、冗談だよアハハ、、、!!!」
「君の言うことが本当か、スキルの発動を確かめたかっただけなんだよ?ほんとだよ?だから警察呼ばないで?」
早口になる前川。
「うわ、それっぽいこと言って誤魔化そうとしてるのバレバレです。キモイです。」
「いやまあ確かに、今のは謝るよ。」
「謝ってすむのであれば警察は要りませんよね、、、?」
「まあ、貴方が考えている事態には成り得ません。ちゃんと能力に制限はあるので。」
ゴミを見る様な目で少女は説明を始めた。
「スキル【商談】はあくまで商談目的のみに使用できるんです。商い事に対して交渉する事にしか作用しません。」
「なので、私以外の女性にもいやらしい使用は出来ませんよ、理論上。」
「あと特に決め台詞とかも必要ないですし、恥ずかしいので止めた方が良いですよ。」
「か、畏まりました、、、」
うなだれる前川。
「まあでも、意外に理解が速くて助かりました。20代にもなって、異世界モノの漫画とか小説ばっかり読んでそうですものね。」
慰めようとして結果貶している言葉が前川に刺さる。
しかし、言葉のダイレクトアタックに耐えている内に、【商談】の可能性に気が付いた。
「あ、そうか。いやらしい事は出来なくとも、このスキル【商談】があれば、仕事なんて余裕過ぎワロタ!状態になるってわけだ!」
彼の表情にまた、ニチャア、、と、本日二度目の暗黒微笑が宿った。
「まあ本来の使い方はそういった感じです。それだけでなく、貴方が仕事や社会においてどんな興味深い使い方をするのか楽しみにしています。ふふふ。それじゃ」
と、少女はやや呆れたように言った。
「いやいや、ちょっと待って!情報不足すぎて情報弱者も真っ青だ!辺り一面オーシャンブルーかよ!」
「スキルどうこうの前に、まず君は何者なんだ?【商談】以前に、なんで僕にスキルを与えようと思ったんだ?」
どこかへ帰ろうとする少女を引き留める前川。
「ええ!?ここにきて、未成年の少女の個人情報を暴こうって魂胆ですか?!」
「あとオーシャンブルーって何のことですか?説明してください。」
「いや、そうじゃなくて!マジでやらしさ抜きに冷静な質問なんだが、、、」
「あと、オーシャンブルーのことは忘れてくれ。」
クソみたいな言い回しが少女に刺さったのか、足を止め、渋々答え始めた。
「私の名前はチノと言います。それ以上は教えられません。まあその内ある程度分かるでしょう。」
「スキルの譲渡選定は、まあ、普通は一定の能力を基準に判断するのですが、最近、優秀な人に与えても面白くないなって思いまして。」
「そこで無個性であり何の取柄もなく社会の底辺を匍匐前進で這いずり回っているような貴方を見つけた時に、ピーン!ときまして。」
「ふーん、チノちゃんか。可愛い名前だね。よろしく。あと、理由は聞かなきゃよかった。少し傷ついただけだった」
「ナンパですか?素直にキモいです、、、。それでは、私は帰ります。一応、ある方法でいつでも監視しているので、本当に本当に必要な時は呼んでみてください。それじゃ」
少女が目前から消えた。
それと同時に時が戻り、辺りは動き出した。
スキルという謎の能力。
与えられた【商談】
そして、割と可愛めの少女から監視されているという、妙な興奮。
まだ分からないことだらけだが、前川は、少し人生が変わる様な気がした。