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閑話 次の町へ

「西の都の様子? 特に変わったことはなかったよ」

「そうですか。ありがとうございます」


 旅客船で三日かけて大河を下り、河口の町までやってきたが、この後の進路に迷う。


 西の都で発生するであろう第二の不死の皇帝……いや、不死の何であるかは飲んだ人間の職業によるのだろうか。

 とにかく不死のなにがしかの化け物が、こちらの方面に進んできているようであれば、ここからさらに船で海に出て逃げるか、陸路で逃げるか選択せねばならない。


 万が一にも水中行動能力を持っていたらこのまま船で進むのは危険だし、陸を移動するのなら奴の進行方向と逆に進みたい。


 河口の町についてから十日、私は西の都の方面から来る商人に聞き込みをしている。


「しているのですが……芳しくありませんね」


 私と同じように船でやってきた商人や、陸路を早馬で駆けてきた通信使などを捕まえて聞き込みをしているのだが、みんな西の都はいつも通りだったという。


 西の都からここまでは船で三日、陸路の場合、馬で途中の駅を乗り継いで約十日の時間差があるので、念のため一週間ほど滞在して情報収集を続けているが、危急の知らせは一切入ってこない。


「もしかして、何も起きていない?」


 悩んだ私は腕を組んで眉を寄せかけてとどまる。

 いけない。私のような可愛い少女が腕組みして眉間にしわなど寄せてはいけない


 少し考えて、人差し指を頬に当てて首をかしげてみる。どうだろう。今の仕草はなかなか可愛いらしかったのではだろうか。いや、やっぱりこうだろうか。


「そういえば」


 可愛らしく悩む仕草をいくつか試していると、先ほどの商人が話しかけてきた。


「西の都ではないけどコルダヴが封鎖されてるらしいよ」

「コルダヴ?」


 今度こそ自然に、こてんと首をかしげる。どこかの都市だろうか。聞いたことがない。


「ああ、知らんだろうな。北東の方の山麓だよ。修道院があるくらいの人里離れた辺境さ」


 さすがに辺境の山奥の地名までは私も知らない。

 しかし、封鎖とは穏やかではない。そのコルダヴというのは何か政治や軍事的な要所なのだろうか。


「その修道院で疫病が発生したらしくてね。全滅だとさ。

 教会騎士団が出張ってコルダヴに繋がる街道を全部封鎖してるとかなんとか」


 疫病? 辺境で人の出入りがない修道院に?


「生存者もいないので修道院ごと教会騎士団が焼いたらしい。たまたま枢機卿が修道院にいらっしゃってて巻き込まれたとか」


 ふむ。その枢機卿が感染源を持ち込んだのだろうか。

 だとしたら西の都方面はやはり危険だ。枢機卿が立ち寄った可能性がある場所ではその疫病が発生する可能性がある。


「それは怖ろしい。でも、修道院しかないような辺境で幸い……などと言っては怒られますね」

「ああ。教会は相当ピリピリしてるらしい。めったなことを言ったら引っ立てられるぞ。気をつけな」


 『永遠の命の妙薬』に関係ありそうな話は聞けなかったが、思ったよりも大変なことになっているようだ。

 

「いまは疫病よりももっと恐ろしいものが発生する可能性の方が気がかりだったのですが……どうやら、これ以上ここにいても得られるものはなさそうです。

 もう少し先に進みましょうか」


 南の半島は気候が穏やかで魚介が美味しいらしい。そこまで行ってみよう。



◇◇◇◇



「封鎖の方はどうだ」

「物理的にも情報的にも滞りなく。旗下教会騎士団を総動員して街道を封鎖しております。コルダヴにはネズミ一匹通しません」


 いらだちの表情を隠そうともしない大司教に報告するのは嫌な役目だ。しかし、教会騎士団の団長としての務めは果たさなければならない。代理とはいえ、つらいところだ。


「街道以外を通るネズミはどうする。野は広いぞ」

「ネズミ一匹通さないと申しました。

 かの地は山岳。急峻な山を越えて進むにも進路は限られます。騎士団は、その要所に野戦陣地を構築済みです」


 地図の上にコマを置き展開した布陣を大司教に説明する。


 コルダヴに向かうために必ず通らねばならない谷間、山中にわずかにある開けた台地。山中の平地という平地に騎士団を表すコマが置かれていくのを見て、大司教の顔の険も少しだけ和らぐ。


 天然の要衝である山岳に配置された三万からなる教会騎士団。これを突破するのは一国の軍隊でも難しいだろう。


「定期的に山狩りも行っております。今のところ、コルダヴ方面へ行く者も、コルダヴから逃走するものも皆無です」

「……カーティス枢機卿は?」

「百人の祈りからなる『神の怒雷』でも消滅させることはできませんでしたが、なんとか封印に成功した模様です」



◇◇◇◇



 コルダヴで異変が発生。カーティス枢機卿がその渦中に在り。


 急報を受けて派遣された教会騎士団。その中に私の姿もあった。


 騎士団長の副官として枢機卿の救出を支援する。

 私の経歴に箔をつけるために用意されたお飾りの役職ではあったが、物資の補給や現地の折衝などの仕事はなるほど、私にとってはお手の物だ。


 蝶よ花よと育てられた私には、逆に荒事などはできるはずはない。適材適所というものだ。


 教会所属とはいえ武力を担う教会騎士団だ。

 荒くれ男たちの中に、鎧を着るというより鎧ごと運ばれているような汚れ一つない金髪をなびかせた私の姿はいかにも不釣り合いであったが、割り当てられたのはさほど難しい仕事ではなかったはずだ。


 しかし、コルダヴ修道院で我々が見たものは、伝説の呪いの再来だった。


「ふ……不死の皇帝! なぜここに!?」


 コルダヴ修道院にうごめく肉塊。

 人の面影を残したそれは、今は亡き帝国の首都に今も生きる伝説。不死の皇帝だった。


「不死の皇帝は五十年前から帝都から動いていないはず。それがなぜ今になって……」

「見ろ、あの顔を!!」

「カ、カーティス枢機卿!?」


 手足が十本以上生えたおぞましい肉塊は笑っていた。カーティス枢機卿の顔で。

 肉塊が動く。


「だ……団長っ!」


 先頭で指揮を執っていた団長が肉塊に襲われる。

 すぐさま反応した古参の騎士が抜剣し切りかかるも、その剣ごと団長と古参騎士は肉塊に取り込まれていく。


「対……神敵状況だ!! セラフィー、お前が……指揮を!」


 それが団長の最期の言葉だった。


 叫びたかった。何を? わからない。

 目の前の怪物への恐怖の悲鳴だろうか。それとも「無理だ!」だろうか。


 団長に何かあった場合、席次順では副官である私が指揮権を引き継ぐのが規則であるが、私に実戦部隊の指揮などできるはずがない。

 お飾りで副官の席に座らされている私には、軍事も部隊運用も、何もわからない。

 しかし、状況は待ってはくれない。陣形の崩れた我々に肉塊が襲い掛かる。


「聖女どの……じゃない、副官、指示を!」


 団長を失った団員は混乱し恐怖している。


 兵は自己の判断では動かない。一つの意思のもとに統率されて一つの生き物として動く。それが軍隊の強みだ。恐怖を、倫理を、個人の尊厳を捨てて上位者に従う。それが兵の役目であり、そう訓練されている。

 指揮者を失った兵は何をしていいかわからない。


 私も混乱している。


 意思を持たなかった手足が急に頭になれと言われても無理というものだ。せめてあの古参騎士が残っていれば…。

 だが、このまま壊走しては、各個にあれの餌となるだけだ。義務として、せめて何らかの方針を、彼らを統べる意思を示さねばならない。


「……団長権限により『あれ』は神敵認定されました。訓練通り、神の奇跡を示すのです!」

「そ、そうか。小隊集合! 第一陣形! 祈祷準備!」


 絞り出すように放った言葉が騎士団に統制を取り戻させた。


 意思さえ示されれば手足は動く。繰り返し訓練してきた動きを行うのに脳はいらない。反復訓練した動きは身体が覚えている。


 頭を失い手足の身になった我らが教会騎士団は、何百回も繰り返した動きを行う。神の奇跡を行使するため円陣を組み聖句を唱える。ただ、訓練のそのままに。


 教会騎士団員たちは神官でもある。信仰は篤い。その祈りは神に通じ、奇跡を起こす。

 だが、教会騎士の奇跡は癒しではない。それは、神に背く背信の徒への神罰である。


 我々の前に、全てを燃やし尽くす聖なる炎が発現した。



◇◇◇◇



「聖女セラフィー。いや、教会騎士団長セラフィー」

「大司教殿。やめてください。私は序列に従い、臨時に指揮を執ったまでです」


 団長代理として指揮権を継承したまま、なし崩し的にコルダヴ封鎖し、大規模祈祷による奇跡の行使の作戦立案と教会騎士団の作戦立案と陣頭指揮を執ることになってしまったが、あくまで私は聖女だ。

 民衆の拠り所。生ける偶像。それが聖女の職務。教会騎士団からすれば異物でしかない。


「しかし、かの状況で見事に撤退してみせた。そして、事後も見事な采配でした。君の尽力により事態は収束しつつある、追って正式に教会騎士団長の座を任命します」


 だが、大司教は決定事項のように、有無を言わせずに告げた。おそらく私は今、苦虫をつぶしたような顔をしているだろう。


「さて、騎士団長セラフィー。教会騎士団を率いて神に背き修道院を、そしてカーティス枢機卿を貶めた悪魔を追うのです」

「悪魔……? しかしあれは、枢機卿……」

「いいですか。神の信徒である我々のひざ元で。しかも枢機卿が。神罰を受けたなどあってはならないのです。この事態を引き起こした、真の神敵を探し出して討つのです!」


 神の威光の体現者たる枢機卿が不浄の呪いであのような姿に堕ちた。そのような真実は許されない。

 理解できる。聖女として教会の中枢にいた私には、教会の論理はわかりすぎるほどに理解できてしまう。


「神敵が存在するはず(・・)なのです。聖女セラフィー。わかりますね?」

「……はい。必ずや。教会にあだなす悪魔に神の裁きを」


 そう。たとえ悪魔が存在しなくても見つけ出さねば(・・・・・・・)ならないのだ

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