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スラムドッグ  作者: 鯖缶
3/11

3、ボリス、釣られる


港町は、遠い昔は貿易地として栄えた場所だった。だが中央機関が北に移ったことに伴い、多くの人間が町を出て行った。町は次第にさびれ、汚れた海に面した港が残った。今では月に数回は舟が往来し、別の町で出た工場の廃棄物をこの港町に捨てていくのだった。


そんな廃棄物の中にも、ダイヤの原石のごとく金になるものもあった。それで生計を立てる者もおり、町のホームレス達は一様にごみ集積所近くにたむろし、ごみ箱をあさるのだった。


また外れか……。


ボリスは突っ込んだごみ箱から身体を起こすと、額の汗を拭った。塒では次の「狩り」に備えた準備が始まっていた。端的に言うなら、武器の調達である。今度は「調達係」に任命されたボリスは、町中のごみ箱というごみ箱をあさっていた。武器になりそうな物を探す傍ら、売れそうな貴金属も探す。とはいえ、町には同じことを考えるホームレス達だらけである。ボリスは、まだ空っぽの袋を見てふうと息をついた。


昨日はニッキの盗みも失敗し、リーダーの苛立ちは頂点に達していた。朝もほんの少しのスープしか食べていないボリスは、腹の虫が悲鳴のような音を上げるのを聞いた。だが収穫なしで帰れば、もっと殴られることは目に見えていた。


ボリスは歯を食いしばり、町の外れの港付近を歩き続けた。風が吹くと、微かに潮の匂いがする。きょろきょろと辺りを見回しながら、ごみ箱が無いかを探す。目を凝らして探すうちに、路地の隙間から、大きなごみ山が目に入った。他の町から運ばれてきた金属部品の類だろう。


ここなら、とボリスの目は輝いた。近くに誰もいないのを確認すると、路地に入り込む。ごみ山は家ひとつ分くらいはあろうかという大きさで、向こう側にも似たようなごみ山がいくつかあった。路を抜けようとしたその時、ボリスは足元に引っかかるものを感じた。


「ん?」


足を振り上げようとしたときに、ぴんと張られた紐が足に触れた。何も考えず通り抜けようとしたが、それは上から降ってくる重い何かに阻まれた。


「わっ」


それは前によろけたボリスの背中に次々に命中し、彼はそのまま下敷きになった。それはいくつもの麻袋で、中には粉か何かが詰まっている。大きな麻袋は小さなボリスの身体を埋め尽くし、あっと言う間にその身体を見えなくしてしまった。


「なんだこれ!?」


じたばたと動くが、圧し掛かった麻袋はぴくりとしか動かない。力を入れてなんとか起き上がろうともがいていると、向こう側から何やら聞こえてきた。


「はは、今日は人間も釣れた」


それは少年の声だった。ボリスは麻袋の隙間から、声の方を覗き見た。それはボリスくらいと同じ年くらいの少年だった。褐色の肌に、短い金髪。彼はごみ山の麓に座り込んでいる。手には大きなバケツと、釣り竿を持っていた。ボリスはきっと声の主を睨むと、大声を出した。


「何だお前、さっさとどけろ!」


ボリスの声に、声の主はぎょっとしたような顔をした。だがまだ優位を保ってると思ってか、ふん、と鼻を鳴らした。


「人に物を頼む言い方か?ダメだぞ、ここは俺の縄張りだ」


少年はそう言うと、腕を大きく広げてみせた。どうやらこのごみ山は自分のものだと言っているようだ。


「縄張りだって?ごみ山が?」


ボリスは少年の言葉を嘲った。使えるものが埋まっているとしたって、ごみ山が縄張りだなんて馬鹿げている。少年は気を害した様子はなく、にかっと笑う。


「そう、皆ここに住もうなんて考えないだろ。だから良いんだ」


少年はバケツを片手に持った。中には釣って来た魚が入っているらしく、生の魚の匂いが辺りに漂っていた。少年はよっ、と緩慢な動作で立ち上がった。それからごみ山を登って行った。


やけにぎこちない歩き方だ、とボリスは思った。片足を引きずるように歩いている。ズボンで隠れているが、足音の違いですぐに右足が義足だと分かった。それもあまり質の良いものではない。歩きづらそうな様子に、走れないのだろうということも素人目に分かった。


少年はごみ山から適当なぼろ紙と、木片を取り出した。地面に落とすと、少年はゆっくりと慎重に山を下りた。すばやく組み立てると、ライターでさっと火をつけた。慣れた仕草で魚を串に刺し、それを火にかけた。


香ばしい匂いが辺りに漂い、ボリスは腹の虫がまたも叫び出すのを感じた。ぎりぎりと歯ぎしりして、少年が次々に魚を火にかける様子を見ているしか無かった。


あんなにたくさんあるなら、もらったって良いよな?


ボリスは獲物に狙いを澄ますかのように、目を細めた。足を狙えばすぐ倒れるだろう。ぶん殴って全部盗っちまえば……


「どけてくれよ、これ。悪かった。もう入らねえよ」


声を上げると、少年は「へへ、ようやく言ったか」と振り向いた。少年はゆっくりと立ち上がると、のろのろとボリスの方に近づいた。実に緩慢な仕草で、どっこいしょと袋を一つ一つボリスの背中からどけた。ようやく上半身が自由になったボリスは、腕を使って麻袋の山から這い出た。


「びっくりしたろ。上まで持ってくの、大変だったんだぜ」


狙いどおりになったのが嬉しかったのか、少年はにやりと笑った。そう言われてボリスは上を見上げた。どうやら袋は建物の2階から落ちてきたものらしかったが、どういう仕掛けをしているのかはさっぱり分からなかった。ボリスが服についた砂ぼこりを払っていると、少年は魚の様子が気になるのか、火の方へと顔を向けた。背中を向けたその瞬間を、ボリスは見逃さなかった。静かに後ろへ回り込み、懐にしまい込んだナイフの感触を確かめた。そして隙だらけの背中に一撃を加えるタイミングを窺った。


あと一歩。もう手が届く。そう思ったとき、おもむろに少年が振り返った。棒切れを勢いよく突き出してきたので、ボリスは面食らってしまった。


「いる?」


差し出されたのは、さっきまで焼いていた焼き魚だった。ボリスは驚いて、思わず身を引いた。少年はにこにこと、嬉しそうに笑っている。


「人が来るの、久しぶりなんだ。良かったらゆっくりしてけよ」


そうしてぼろ着の少年は恭しく、大げさに礼をすると、まるで先をエスコートする紳士のごとくボリスをごみ山へと迎え入れたのだった。



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