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まっしろ家族計画  作者: 黙示
9/13

ひかり

 執事服に着替えて廊下を掃除する。

午前7時30分。部屋から青扇さんが出てきた。

高校の制服を着ている。

そっか、学校か。

長い間行ってなかったせいで登校時間とかいろいろ忘れてた。

青扇さんは俺に気づくと、目を丸めた。


「あははは。執事してんの?おはよう」


頷く。

青扇さんはからかうように笑った。

まだ何か言いたそうだったが、時計を見ると慌てて「頑張れ」と言った。


「はい」


青扇さんは小走りで玄関に向かった。

学校制服とか、ネクタイとか鞄とか、なんか懐かしいな。

学校は嫌いだけど。

勉強も嫌いだけど。

ああいう青い雰囲気はわりと好きだった。

いつのまにか手が止まっていた。

俺はじっと、青扇さんが走っていった方を見て突っ立っていた。

おっと。掃除掃除。

......あ、そうだ。光に漫画返さないとな。

 制服を脱いで着替える。

クローゼットに用意されている、けっこう好みでサイズも合っている服を着る。


「お疲れさまです」


伊賀が手袋をした手を綺麗に胸にあてお辞儀した。


「もうすぐ体育祭の時期か」


なんとなく呟いただけだ。

しかしいつもなら何か言ってくる伊賀が反応しなかった。不思議に思って見てみると、伊賀は顔をしわくちゃにして怒ったような顔をしていた。


「どうした?」

「体育祭なんてつまらないですよ。ただあっつい中運動させられるだけじゃないですか!」

「まあ、俺もそう思うけど」


でも伊賀がイベント事に否定的なことを言うなんて意外だ。

"オレ応援団長やったことあるんですよ!"とか自慢してきそうなのに。


「だいたい皆頑張ったのに順位つけるなんておかしいですし!」


伊賀は手を動かして大袈裟に訴えた。

そういえば伊賀と俺同い年って言ってたな。


「伊賀はなんで学校通ってないんだよ」


そう尋ねると、伊賀は顔を背けた。


「......行けるとこがなかったんで」

「頭悪かったのか」

「違います。お金無かったんです......片親なんで」


伊賀は口を尖らせた。

伊賀も貧乏なのか。


「でも学校なんて大嫌いなんで、いーんです!」

「へえ。俺と一緒だな」


笑いかけると、伊賀は口を結んで俯いた。






 夕食はカレーだった。

自室に戻ってベッドに寝転ぶ。

『頑張れ戦一君!』の続きを読もうとしたとき、伊賀がノックして入ってきた。


「ご主人様にお客様です」

「俺に?誰?」

黄良光(きらひかる)様です。ご主人様のご学友だとおっしゃっていました」


光?


「お通ししてよろしいですか?」

「ああ、うん」


伊賀がドアを開けるとすぐに光が入ってきた。

俺はベッドから降りる。


「久しぶり」


光は柔らかく笑った。


「なんで?」


制服を着ている。学校からそのまま来たんだ。


「何で俺がここにいるってわかったんだよ」


俺は光が座る椅子を引きながら尋ねた。


「学校で噂になってた。白がお金持ちの緋宮家に引き取られたー、って」

「へええ。そうなんだ」

「うん」

「いや今日さ、ちょうど光のこと考えてたからビックリした」

「噂をすれば、じゃん」

「そうそう」


俺は向かいに座る。


「俺のことは知ってる?」

「事故に遭ってご両親が亡くなられてここに引き取られたんだっけ?」

「うん」

「よかったじゃん」

「うん。借金もなくなったみたいだし」


光は口角を少し上げた。

目の前の顔は俺を労るでもなく、憐れむでもなく今までと変わらない柔らかな笑みを浮かべた。

晩夏の傾いた日がエアコンの風でなびくカーテンをかいくぐって光を照らす。ひょこりとのぞく襟足がチラチラと輝いた。

なんか、二週間くらいしか経ってないわりにちょっと雰囲気変わったような......大人っぽくなった?


「背伸びた?」

「いや。もう伸びないよ」


あ、そっか記憶ないからもう一ヶ月も会ってないことになるのか。


「ねえ、あの人ずっとここにいるの?」


光が入り口近くに静かに立っていた伊賀を指差した。

そういえばいたのか。全然気にしなかった。


「ごめんお茶持ってきてくれる?」

「かしこまりました」


伊賀は聞いたことないほど丁寧に言い、外に出た。

光は伊賀が出ていくのを冷たい目で追った。


「俺たちと変わらないくらいじゃない?」

「貧乏なんだって」

「ふうん。白と一緒だったんだね」

「ああ、そうだな」

「そうだ、はいこれ」


光が鞄からコンビニ袋を出して机上に置いた。

ジャカピコやポテトチップスが入っていた。


「お土産。ここスナック菓子とかなさそうじゃん」

「おお!ありがとう!」


確かにご飯のデザートとかおやつとかは出るが、大抵本場のパティシエールが作ったような生菓子なのだ。

ジャンク的なもの久しぶりに見た。


「さすが光。今日はホント、来てくれてあるがとな」

「急に来てごめん」

「いや。どうせ毎日寝てるだけだしいつ来ても変わらないよ。あ、そうだ電話番号もう一回登録していい?」

「ええー消したの?悲しい」

「いや、なんかなくなってた」

「うそうそ。知ってるよ。緋宮さんが混乱避けるためにやったって言ってた」

「やっぱそうなんだ。てか緋宮さんと話したんだな」

「ちょっとね。真白はまだ情緒が安定してないから気を付けろってだらだらだらだら。もう一週間以上経つんだから大丈夫だってのに」

「そんなこと言ったんだ」

「うん。よかったね」


よかったねってなにが。

俺は鞄から携帯を出した。


「うんうん。登録しといてよ」

「番号なんだっけ」

「思い出せ~」

「いや無理」


携帯を睨んでいたら、向かいから手が延びてきた。


「ぜろ、きゅう、ぜろ......」


光が言い聞かせるようにゆっくり、人差し指で番号を押していく。

俺は指の軌道を追った。

探るように右往左往してときどき止まる指先を眺める。

0、9、0......。


「......さん、ろく」

「ご!」


俺は光の言葉を先取りする。

見上げると、光は笑った。


「覚えてた?」

「ううん。最後だけ」


光はどすっと椅子に座り直す。


「楽しい?」

「今の生活?楽ではある」

「ふむふむ」


光はじっと俺の顔を見つめた。


「何?」

「久しぶりなんだからいいじゃん。見せてよ」

「なんだそれ」


笑って見つめ返す。

冗談かと思ったが、光は本当に穴が開きそうなほど長い間俺を見た。


「どう?最近は」

「すげえよここ。ご飯美味しいし、部屋広いし。何もしずにいるの申し訳なくて廊下掃除してる」

「おお~偉い」


光は拍手する。


「でも朝早く起きるのすげえ辛いんだよな。自分から言い出したことだけどさ。ちょっと後悔してる」

「それはやだね」

「うん。すごいやだ」

「死ぬ?」


光は初めて悲しそうな顔をした。


「え...いや、死ねないじゃん.....ね」

「そうだね」

「うん」


携帯電話を鞄に戻すとき、漫画が見えた。


「あ、これ」


俺は光に借りた『頑張れ戦一君!』一巻を差し出す。


「いいよあげる」

「え?」


でもあるしな。

俺は棚を見る。そこには『頑張れ戦一君!』が一巻から綺麗に並んでいた。

あ、そうだ。

俺は棚から一巻を抜くと、そこに光に借りた一巻を入れた。

今棚から出してきた方を光に渡す。


「あげる」

「じゃあ貰う。読んだ?」

「まだ途中だけど、読んだ。結構面白い」

「よかった~白絶対これ好きだと思った」

「あ、そうだ俺留年になっちゃったから来年高校入り直すことにした」

「学校嫌いなんだからそのまま就職すれば?」

「うーん......」

「そうだよね。高校卒業資格欲しいって言ってたもんね」

「うん。だから光と一学年差できる。光せんぱーい。なんつって」

「ええへへ。うん。そっか。学校通うのか」


光は腕を組んでなにやら考えたあと、鞄から冊子を出した。

俺たちが通う小鍬(こぐわ)高校で毎月発行されている学校誌だった。


「じゃあこれあげる」

「ただのゴミ処理だろ」

「違うしー」


光は学校誌を開くと写真を指差した。

10人ほどの生徒が横並びで並ぶなかに光がいた。

右端に笑顔で立っている。


「あれ、これ」


見たことある。


「2018年5月号」

「半年前のやつじゃん!今月のじゃないのかよ」

「俺が生徒会に入ったときのやつ。記念に何冊か持ってるんだよね」

「前にも貰ったよ。多分家にある」


光が生徒会書記になったときのやつだ。


「そうだっけ?」

「うん。半年前。発行されたときに」

「そうだったね。ねえ......白って記憶無いんだよね」

「ああ、そういえば夏休み中の記憶が無いんだった。全く支障ないからすっかり忘れてた」

「なんじゃそれー。折角宿題やったのに勿体ない」

「そうだな」

「わざわざ手伝ってあげたのも覚えてないの?」

「そうなんだ。覚えてない。ごめん」

「じゃあ......」


光は何か言いかけて俯いた。


「いや。いいや」

「何?」


光は顔の前で手を振る。


「何でもない」

「いいよ、言ってよ」

「でも、これは......」


光は顔を背ける。


「え?何?気になる。言えよ」

「うーん......あのさ、じゃあ......」

「うん」

「俺達が恋人になったことも忘れちゃった?」


ん?

恋人?に?なった?って付き合ってるってこと?

俺と?光が?

何で?


「え?どっちから?」


光は上目遣いでじっと俺を見つめた。

そうだよな。光からなわけないか。

一ヶ月の間に何があったんだ?

俺光のこと好きだったのか?


「何でオッケーしたんだよ」

「俺も、白のことずっと好きだったから」

「そ、そうなんだ」


付き合うってことは恋愛的な意味で?

まさか光がそうだったとは。


「でも、俺......」

「記憶にないなら仕方ないよね」


光は悲しそうに俯いた。

なんか、申し訳ない。


「いや、全然大丈夫。俺が一番好きな他人は光だし。もしかしたらこの好きがそういう好きなのかもしれないし」

「無理しなくていいよ」

「いやいや、全然。うん。俺光と付き合ってるよ、今も」


光は薄く笑った。


「ありがとう」

「うん」

「じゃあ俺帰るね」

「ああ、うん」


光はさっさと準備を済ませて鞄を肩にかけた。

着いていこうとすると、


「いいよ。ここで」


と言った。

ドアを開けると手を振って出ていった。


外で伊賀の声がした。


「お、お送り致します」


光はそれも断った。

俺は外に出た。

ドアのすぐ隣で伊賀がびくりと跳ねた。

危うく持っていたお茶を溢しそうになった。


「何やってんだよ」

「と、とてもデリケートな話をしていたので......入りづらくて」


俺は伊賀が持つお盆の上に乗ったお茶を掴むと、一気に飲み干した。

全然喉の乾きが癒えなくてもう一杯も飲んだ。

その時ちょうど青扇さんが帰ってきた。

青扇さんはチラっと俺達を見たが、なにも言わず部屋に入っていった。

目付きがいつもより悪かったようにみえた。

 部屋に戻ってすぐにベッドに飛び込む。

体がずーんと沈んでいく。

産まれてから16年。初めて恋人が出来た。

まさか光が俺のこと好きだとは。

てか俺は何で光に告白したんだ。

わからない。


「ご主人様、これ要らないんですか?」


伊賀が言った。

伊賀は机の上に置かれた学校誌を手にしていた。


「うん」


光置いてったのか。


「あ、じゃあオレ捨てときます」

「うん」


青扇さん機嫌悪そうだったなあ。

同性同士の恋愛、か。

......全然他人事じゃなかったな。

布団に潜り込んで一人で笑ってみた。

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