虚ろな記憶
僕が末代君を引き取ることを決めてから一週間。
体調は回復しているはずなのに末代君は全く部屋から出ようとしない。
かろうじて食事はとっているようだが......メイドが話しかけても悪態で返すし、寝てばかりいるし、自分の体を傷つけるし、手が焼ける。
引き取ると言ったことを少し後悔し始めている。
ご両親がなくなって身寄りがなく、資産もなく年も若い。不憫に思うところはいくらでもあるけれど。
......僕はこんなことを考えている場合ではないのに。
気が重い。
僕は部屋の扉に手をかけた。
末代君が寝ているベッドの隣に椅子を置く。
座ってすぐに末代君が口を開いた。
「何で引き取ったんだよ。俺を引き取ったっていいことなんてひとつもないのに」
「そうかもしれない。何でだろう」
実は僕もよくわかってないんだ。
お金なら心配要らないし、君を引き取るだけなら何も問題はない。余裕がないんだから面倒ならメイドにみさせて僕は関わらなければいい。
それでも僕は君を心配して、こうして毎日君の部屋に足を運んでいる。
それは。
「僕と似てるからかな」
「はは。お金持ちの坊っちゃんと俺が?確かにおんなじ男だしな」
末代君は窓の方に顔を向けたまま悪態をついた。
「僕は両親とあまり会うことがないんだ。二人ともずっと海外に行っているから。僕にとっては両親がいないも同然なんだ」
「親なんていない方がいい」
「そうかもしれない。......今年高校を卒業したら僕は両親の会社に就職することが決まってるんだ。いずれ会社を継ぐために。でも僕は継ぎたくない。もう10年も会っていない両親の敷いたレールに沿って生きていくなんて嫌なんだ」
「............」
「ごめん。君には関係のないことだった。こんな状態だからかな。誰かに、聞いてもらいたかったのかもしれない」
「......逃げればいいじゃん。月100万貰ってんでしょ。9、10、11......800万あればどこへだって行けるし大抵のことはできる。ギリギリまでで継ぐフリしていざとなったら逃げればいい」
「君は最低だな」
「そうだよ。俺は最低なやつだよ。でも俺をこんな風に育てたのは親父と母ちゃんだ。文句だったらそっちに言えよ」
どこまでも不貞腐れている。
世界の全てを恨んで、自分さえも恨んでいるのにその原因を全て他にあるとしている。
僕が暫く返事をしないと、初めて真白君がこっちを向いた。
「あんたは逃げなさそうだけどな」
「どうだろう。君が一緒なら逃げられるかもしれない」
末代君は眉をしかめた。
何を言ってるんだ僕は。
そんなことを口走って、やはり僕は寄り添ってくれる誰かを求めていたんだな、と、自覚した。