79 先輩から伝える事
大事なことを伝えよう
「今日の紅白戦の後、グラウンド整備中に観客へ手を振っていた奴が、居るわね?」
山崎の発した第一声に、約2名の体がビクリとする。
新調された部室は部員全員が入っても余裕があり、床へ2年3年が前に胡坐を組んで座り、1年がその前に体操座りで座っていても、別に狭苦しい事など無い。だが、張り詰めた、重苦しい空気が満ち満ちており、実際よりもずっとずっと狭く感じる。
正確に言えば山崎から放射される圧力のようなもの、によってだ。実はコイツが『気』とか良く分からない力を操ってエネルギー弾を発射するスキルを持っていると言ったとしても、誰もが信じてしまうような雰囲気がある。
山崎は上級生列の前列中央に座って、胡坐を組んで座り腕を組む。これで積み上げられた畳の上に座っていれば牢名主そのものだ。雰囲気はそれ以上に思えるが。
「諸君らは精神的に余裕ができた。それはいい事よ。でもね……何か勘違いしてない?」
約2名……1年の中島と田辺の体がビクビクと震える。
ここまで来ると、誰が犯罪者なのか他の1年にも完全に分かってしまっていて、周囲の1年からの『この馬鹿野郎』と言いたげな視線などが2人の周囲から刺さってきていた。
「正確に言おうか、中島くん、田辺くん。君ら2人の事よ」
もはや公開処刑になりつつある。
「んー?もしかして彼女でもいたのかなー?どうなの?中島くん?田辺くん?んん??」
その言葉に2人は答えない。不用意な発言ができないのだろう。
「中島くん。彼女がいるのか答えなさい」
「……いません」
中島が簡潔に答える。
「では田辺くん。彼女はいるの?」
「……いません」
シチュエーション次第では色気のある質問なのだろうが、今は全然そんな事はない。
「では君達。手を振っていたのは応援していた女子観客に対して、だと思うんだけど」
しっかり見られているぞ。お前ら。
「あんた達、何がしたかったの?」
圧迫面接の時よりも大きな圧力。
新兵訓練で追い回された連中にとっては、効果覿面な鬼軍曹の気迫である。正直、山崎の隣や後ろに座っている俺たち上級生側でも怖い。心なしか山崎の髪が怒りでうねっているようにも感じる。きっと気のせいだろうけど。
「まさか、とは思うけど……お付き合いのきっかけになる、とか。考えてたのかなー?それとも何となく?ウケが良く見えると思ったのかな?人気が取れると思ったわけ?」
「「……すみません」」
2人が体操座りのまま、頭を下げて謝罪の言葉を発する。
「別に謝って欲しいわけじゃないのよ。で、どうなの?中島くん、答えなさい」
「……ウケが取れると、思いました」
ほー。と気の無いリアクションを返す山崎。
「じゃ、田辺くんは?」
「……同じです。話すきっかけになればと」
ほほー。と、またも気の無いリアクション。呆れてますー、という感じだ。
『――どあほう!!』
大声ではないものの、腹に響く重い声。2人はもとより、山崎の前にいる1年全員、そして隣や後ろにいる俺たち上級生もビクリとする迫力。どうしよう。牢名主の山崎さんマジギレとかしちゃったら、止めようがないんですけど?!
「……清水さん、ちょっと聞くけど。この2人に惚れたりする?」
「あ、それは無いです」
ものすごく素のリアクションが清水さんから返ってきた。
2人の方から「ぐぅ」「ぐふぅ」という声が漏れてきた。清水さんはボーイッシュな雰囲気はあるがメリハリボディのクール系美人だから、素で「無いわー」とか言われると、地味に突き刺さるんだろうな。
「顔が許容範囲じゃないから?」
「あ、いえ、そこまででは」
何か質問が連続している。
「じゃあ匂いが臭いから、とか?」
「練習中はお互い様ですし、そういう訳でも」
あの2人を精神的に処刑するつもりかと思ったが、清水さんからは優しい反応だな。
「清潔感が無くて汚い?」
「たまに身だしなみが荒れてて見苦しいですが、気にはしていません」
いや、率直なだけだな。
「会話の内容が下品で聞き苦しい?」
「男子の会話が下品で無神経なのは普通です」
少しずつ飛び火しているような気がするぞ。
「惚れない理由とか挙げられる?」
「好きでやってる部活に、時間いっぱい真剣に打ち込めないような男に価値はありません。私たちは弘高野球部で野球をやる事に意義を見出しているはずです。部活動の名前をアクセサリーにして、ナンパをするのが目的では無いはずです。まだ何も実績を上げてない1年坊主の癖に、調子に乗って女子に愛想を振りまくとか、正直アタマの中身を疑います」
清水さんが一気に言い切ると、山崎がパチパチと拍手をする。
「――すばらしい!!あたしの言いたい事、全部言ってくれたわ」
「恐縮です」
まさか清水さんと打ち合わせをしていたんじゃなかろうな。充分にあり得る。
「分かった?!そういう事よ!!仕事にしろスポーツにしろ、一生懸命に打ち込んでる姿こそに、人は好意を抱くもの。男女問わずにね!!支援者の皆さんが寄付してくださったりボランティア的な手伝いをしてくれたりするのも、あたし達が『好意的な感情を抱ける高校生』だからよ!!もちろんそこには実績があれば言う事は無い。まずは注目を集めなきゃ、どんな学生なのかも知ってもらえないんだから。つまりね、今あたし達がキャーキャー言ってもらえるのは、去年の実績に加え、今年も頑張ってる姿を見せているからであって、けして容姿でファンを獲得してるわけじゃないのよ!!ましてや入学して対外試合の1つもこなしていない1年生が、自分にファンがついてるかのような態度を取ってどうする訳ぇ?!勘違いも甚だしい!!」
山崎はここまで一気に言うと、ちょっとばかり殺人的な視線を1年生に向けた。
「あたしは去年から実力があったけど、弘高野球部が県大会決勝に進むまでは、巨乳女子選手の枠から出ない、イロモノ扱いだったわ。悟もマグレ当たりのラッキーボーイ扱いよ。去年までの実績が無かった先輩達も、言うまでも無いわね」
山崎は少し間を置くと、ゆっくりと言い含めるように語った。
「……でも、決勝戦に到っては周りが変わった。すべては実績と普段の姿勢による総合評価!!人間は中身が大事と言うけれど、あんた達はその中身を『今、作っている』ところよ。仮に今、どこかの女子が告白してきたとしても……それは、名前だけ有名なアクセサリーを引っ掛けに来ただけの女子でしょーよ。飽きたらポイだし、そうされても当然の価値しか無い、と思うんだけど?……今の自分に、外から見ても分かるような魅力があるかどうか、よぉーく考える事ね……まぁ、付き合いの長い幼馴染でもいれば話は別かもしれないけれど。いるの?!いないんだったら、先の事を考えて行動しなさい!!規律やマナーの問題もさる事ながら、考えが浅いって言ってるのよ!!」
山崎の言葉に、1年生はもとより、山崎の周囲の上級生も背筋が伸びる。
山崎の言葉には、自分でさえ実績を上げるまではキャーキャー言われた事が無いのに、チョーシに乗ってんじゃねえぞ、という気持ちが込められているような気もするが、基本的には正論だ。反省しないといけないのだ。
「本当の意味でモテたかったら、まずは真剣に野球をやれ!!挨拶を正しくしなさい!!それこそが自分の価値を高める正しい手段だと、自覚するように!!仮に名前を呼ばれるようになっても、クールに対応!!会釈程度が一番モテると思え!!勘違いする馬鹿は山に連れてくわよ!!返事ィ!!!!」
「「「「はいっっっ!!!!」」」」
勢いよく返事を返す1年生。2度目の新兵訓練は絶対に嫌だろう。
「弘高野球部をブランド化できるかどうかは、今の自分達の品行にかかっていると思いなさい!!自分を愛してくれる彼氏彼女が欲しければ、ずっと繋ぎとめておきたければ、まずはそこから!!返事ィ!!」
「「「「はいっっっ!!!!」」」」
思わず俺達上級生も返事をしそうになったが、背筋を伸ばすに留めた。専用グラウンドが出来てから、学校外からの観客も増えてきて少しだけ浮ついていた自覚もあったから。確かに調子に乗るところではなかった、と自戒する。真のモテを考えるべきだと。
「とりあえず、自分の現状は理解できたようね……さて、1年生諸君。正直に答えなさい。――彼氏彼女のいる人、手を挙げて!!」
山崎の言葉に答える挙手は皆無だった。なるほど。
「では、将来的に彼氏彼女が欲しいと思う人、手を挙げて!!」
今度は全員が手を挙げた。清水さんも小さく手を挙げている。うむ。
「……では、ここから先は上級生の皆さんに質問です」
「「えっ」」「「マジか」」
先輩達から声が上がる。俺もきいてないよ。
「――去年の春までに彼氏彼女が居た人、手を挙げて!!」
「「「………………」」」「「…………」」
挙手は無し、である。1年からのリアクションも無い。
「――では、甲子園へ出発するまでに彼氏彼女ができた人!!」
ざっ。と。俺と山崎を除く全員が手を挙げる。おおお、と1年からのリアクションの声。そして俺に注がれる驚きを含んだ視線。やめろ見るな貴様ら。
「ちなみに、卒業した去年の3年生の彼女彼氏率は100パーセントよ。わかったかしら?――これが現実!!弘高野球部の実績だ!!!!」
「「「「ありがとうございます!!!!」」」」
何か感謝の声が返ってきた。
「――ひとつだけ質問を、よろしいですか」
「いいわよ。何かしら?」
一休さんこと安藤が、解散する直前に挙手して質問してきた。
「北島先輩は実力、実績ともに相当なものだと思うのですが、彼女はできなかったのでしょうか?本命がいるけれど告白できていない、とか。そういう事なのですか?」
この野郎。物怖じせずにズケズケと。
「ああコイツ、世間一般で言うところの【シュレディンガーの猫】みたいなもんだから」
「毒ガス役は誰だよ」
思わず突っ込みを入れる俺。いや、コイツは放射性物質の方か。
「なるほど。禅問答ですか。考えておきます」
「答えが見つかったら教えてね」
真実はひとつ。猫は生きているんだよ。
猫は黙ってニャーと鳴いてればいいんだけどね、などという山崎の無情かつ矛盾した言葉を最後に、その日は解散となった。
そして翌日からは、問題の2人はもちろん、1年生全員が。そして2年3年の上級生も、より真剣に練習を、挨拶を含めた生活態度に気を遣うようになった。気楽な雰囲気はそのままに、野球を楽しむ時は野球だけを純粋かつ真剣に。そして自分達の野球を支えてくれる色々なものに感謝を込めて真摯な態度を取れるように。
――夏大会まで、もうあと少し。全力で頑張ろう。
すべてはハッピーな高校生活と思い出のため。野球を楽しく。ついでに老若男女にモテてキャーキャー言われてみたい。節度を守って清く正しく欲望を満たしていこう。そんな弘高野球部精神を育みつつ、俺達の高校野球生活は続いていくのだった。
けして人気目当てで野球する事を否定しているわけではない、という点がポイントの説教でした。厳しく優しく、正しい道へと導く先輩達の背中です。ちょっと今回は文字数少ないですが、今後は差し込んでおく機会も無いだろうと思い、UPしておきます。他にも小ネタっぽいのがあるので閑話として差し込む予定があったりして試合とか進みませんが、そこらへんは気長にお付き合い下さい。
誤字報告機能の活用、本当に助かっております。ときどき変な表現していたりして、不要な手間をかけたりしますが、寛容なお気持ちで、どうぞよろしく。
更新速度などは安定しておりませんが、気長にお付き合いください。




