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71 サンタクロースを信じてる

日本人でよかった。そう思う瞬間。

「……国体が終わったら、もう年末みたいなものよね」

 とある日の練習の休憩中、山崎がそんな事を言った。

「そう言えなくもないが、まだ気が早いような」

 まだ2学期が始まって間もないんだからな。


 グラウンドの外側では、業者がネットの拡張・高さ延長工事を行っている。聞いたところによれば、支柱の延長・補強工事が終わり次第、ネットをさらに高くする予定らしい。とりあえずは劣化した部分の補修を優先的に行っているようだ。

 さらには近所の空き地と隣接した再開発地区の土地を安く借り、野球部専用(場合によっては他の部活や地域活動にも貸し出す方針らしいが)グラウンドを建設中らしい。

 甲子園初出場で決勝戦まで勝ち上がった実績、そして来年こそはという期待、そこへ加えて地域振興の経済効果もあり(金銭的にはこれが大きいかもだ)、地域を挙げての支援が得られている状況だ。資金的にも寄付金がかなりの金額で集まったため、向こう10年の土地賃貸料、工事費、遠征費用や県営グラウンドのレンタル料金などが賄えるという話。グラウンドの建設費用、土地の賃借料もそこから出ているという話だから、どれほど寄付金(応援グッズの売り上げの一部を含む)が集まったのか、そら恐ろしいほどだ。


 来月には新型のピッチングマシンが1台追加されるという話も聞くし、学校の敷地の一部を整備して、機械トレーニング設備を置くトレーニングルームが新設されるという。無論であるが、当面は野球部専用扱いだ。野球部が使用しない時間帯は他の部活も使えるという事になっているので、各運動部からも『野球部ありがとう』の声が上がっている。

 万年公式試合1回戦敗退、弱小の中の弱小、練習試合も近年は勝ったためしが無く、同好会への降格寸前などと、学内運動部の序列最下位を欲しいままにしていた野球部は、今や弘前高校運動部会の序列において最上位の扱いである。

 聞いた話ではシャワールームや更衣室も段階的に改装が進むそうで、運動部共用の設備も野球部のおかげで修理・改善が行われるらしい。すばらしい環境改善効果である。


「でも国体が終わったら3年生は引退で、練習試合もできなくなるし。基礎トレと打撃・守備の練習がメインよねぇ。もともと紅白戦もできなかったから同じと言えなくもないけど」

「人数が少ない弊害だよな」

 9人いなければ野球はできない。これは大原則なのだ。三角ベースでもやるか。


「大会が無いとなれば、練習と勉強ね。一部の成績不振者を追い込む必要があるわ」

「「……げぇ――――」」

 一部の部員から嫌そうな声が出る。


「分かってると思うけど、国体は平日に試合が行われるから、試合日は公欠扱いよ。出席には数えられるけど、授業には出ないんだから補習は必要だからね。ね、先生?」

「無論だ。1学期のような事にはしない。数学は徹底的にやってやるぞ」

 平塚先生が目を光らせて一部の部員を睨む。さすがに赤点はまずいよな。国体直前にテストが無くてよかったよ。成績不良により、選手不足で不戦敗、とか。スポーツ関係者が面白がって全国に情報を流しかねない。


「ま、目先の楽しいイベントを目標に、日々を楽しくいきましょーか。まずは国体、そして体育祭と文化祭、そしてクリスマス、冬休みには大晦日と、お正月!!必死なイベントは期末テストくらいなものよ!!もちろん受験生は除外だけど」

「成績不振者の他は、わりと楽しいスケジュールになりそうだよな」

 もちろん受験生は除いて。1年生は特に気楽なものである。


「今年のクリスマスは、プレゼント何もらおうかなー」

 まだ9月だというのに、気の早い事を言い出したな。というか、まだ両親からもらえるのか。ウチはすでに無いのに。


「クリスマスと言えば」

 大槻センパイが軽食を配りながら口を開いた。


「あたし、中学1年までサンタさんを信じてたなぁ」

 ははは!!と、部員達から笑い声。

「けっこう長いな」「俺は小4くらいかな」「俺小5」

 などと、サンタクロースを信じていた年代トークに切り替わった。

「山崎はいくつくらいなんだ?」「こいつは早いだろ。小1とか」

 ふははは!!と笑う部員達。


「いや、サンタクロースは存在すると思うよ?」

 山崎の言葉に、笑い声がピタリと止まった。


「サンタさん信じてる……の?」

 大槻センパイが、おそるおそる、といった感じで声をかける。


「否定する理由が見つからないだけです。神様とか輪廻転生とかも信じてますし」

「「「お、おおお……」」」

 意外なものを見た、という表情で。唸りのようなざわめきが周囲を満たす。


「……もしかして、クリスマスプレゼントはサンタさんが届けてくれる……と」

「うちにサンタクロースは来ませんよ」

 大槻センパイの言葉をスッパリと切り捨てた山崎に、首をかしげる弘高野球部員。そんな山崎に、大槻センパイが質問を投げかける。


「……なんで?忙しいから?高校生だから?」

「出禁だから」

 再び沈黙が訪れた。


「出入り禁止なの?!サンタさんが?!」

「いつだったか、サンタクロースの存在を両親に説明された後、サンタクロースが【どういう存在】なのか調べましてね。あまりに危険なのでその年から【サンタクロースお断り】の張り紙を貼り出しました。いちおう英語、ロシア語、ドイツ語の注釈もつけて」

「「「えええええええええ」」」

 弘高野球部員の声が上がる。ま、一般人の反応はそうだろう。


 だが俺は全然不思議でもなんでもない。なぜなら、俺の家もサンタお断りだったからだ。


「……なんでサンタが危険なの??」

「お気楽ですね。運がいいというか……よく無事でしたね」

 どうやら、大槻センパイはサンタクロースの危険を知らないらしい。そして山崎は、いつだったか俺に話したのと同じように、サンタクロースの説明を始めた。


「まずサンタクロースというのは、ヨーロッパ周辺での妖精信仰やら、一部の宗教指定の聖人の霊やらが混ざり合って現在知られているような形になったと言われる、謎の妖精です。これはサンタクロースに関わる情報を統合してみると、そういう結論に達しました」

「……ああ、うん。そう、言えなくもないかな……」

 大槻センパイのリアクションを聞きながら、山崎は続ける。


「大槻センパイ。サンタは『何をしに来る』存在でしょう?」

「それはもちろん、よい子にプレゼントを届けに?」

「違います。サンタは【審判を下しに】来るんです」

「えええええ」

 何なのそれ、と驚く大槻センパイを前に、山崎は塩飴をガリガリやりながら続けた。


「サンタは良い子にプレゼントを、悪い子にはプレゼントは無い……なんていうのは、都合の良い話です。『良い子には甘いお菓子やオモチャを、悪い子には石炭を』というのが正しいですね。枕元の靴下に、何か入ってる――!!と思って中身を出したら、石炭でした!!ばぁ――か!!お前は悪い子なんだよ!!……という感じの、子供の普段の行いを査定し、その結果を無慈悲に突きつけるのがサンタクロースです」

「えええ――――」「「ええええええ」」

 山崎はお握りをムシャムシャやってから一息つくと、また話を続ける。


「もっとも、これは石炭が暖房燃料として使用されていた近代の話ですけどね。最近は何が入ってるのかな……あと、イタリアの方はサンタクロースじゃなくて『魔女』の縄張りみたいで。良い子には甘いお菓子を、悪い子には石炭を。魔女が届けに来るそうですよ」

「……そ、そうなんだ……」「「「ええええ……」」」

 そうらしいんですよ。俺もしばらくしてから自分で調べたけど、だいたい合ってた。


「あと、ドイツの周辺あたりは『クリスマス男』っていう妖精がサンタクロースと業務をワーキングシェアしているみたいですけど、基本的に危険なのはサンタクロースですね。それも年経たベテランのサンタ。油断ならない恐るべき妖精です」

「……どんなの」「「「…………」」」

 残暑が残る9月の日中、だんだんと怪談じみてきた話を聞かせる山崎。


「東欧や西欧のサンタクロース、服が緑色とか青色なんですけど」

「そうなの?!」「「「マジでぇ?!」」」

 マジです。


「赤い服はアメリカ系の近代サンタですよ。噂によると、どっかの企業が企業イメージのためにサンタクロースに赤い服を着せたとか。アメリカ系サンタがわりと甘いのは、企業と提携できるビジネス感覚があるため、かもしれませんね」

「……サンタさん……」「「「サンタぁ……」」」

 呆然とする皆に、さらに続ける山崎。


「問題はこの『本場の青系サンタ』です。このサンタ、良い子には袋からプレゼントを出して子供にくれるみたいなんですけど、悪い子は……【 袋に詰めて連れ去ってしまう 】みたいなんですよね。実際、クリスマスツリーに飾る古いオーナメントには、そういう人形も存在しています」

「やだぁああ――!!」「「「サンタぁ――!!」」」

 弘高野球部員の叫びが響く。


「サンタって何者?どんな存在?宗教的な倫理観を持つ妖精?あるいは土着宗教の精神を引き継ぐ妖精?それは分かりません。……つまり、【なんだか良く分からない判断基準によって、良い子悪い子を勝手に判断して審判を下す】とっても危険な存在なんです。いくら地元の人や、両親が『良い子』だと判断しても、サンタクロースが『この子は悪い子だ!!』と判断したら、その子は青色サンタに袋詰めにされてしまうかもしれない。……もしかして、サンタクロースの袋の中のプレゼントは、かつての『悪い子』の変わり果てた姿なのかも…………」

「「「「ぎゃああああああああああああ」」」」

 もはや完全に怪談である。


 もちろん、サンタのプレゼントの出所に関しては山崎の推測によるものだ。しかし、本場のベテラン青色サンタに関しては間違った事を言っていない。奴らは悪い子を選別し、袋に詰めて連れ去ってしまうのである。


「まあ、どこかのプレゼント工場のような所で、罰として強制労働させられてる可能性もありますけどね」

「そんなサンタやだ」「「「嫌すぎる」」」

 嫌だって言ってもなあ。サンタの真実は謎だし。


「嫌って言っても、向こうは向こうの都合で勝手にやってる連中なんだから。サンタクロースを受け入れるって事は、サンタのやり方を許容するって事でしょ?保険の規約に同意するみたいなもんですよ。そして、サンタの仕事割り振りも年間公約みたいなものも不明な以上、ある年突然、【青色サンタが目の前に現れる可能性】がある、って事なんですよ」

「「「「うわぁぁぁあああああ」」」」

 嫌ですよねえ。そんなの。


「良い子?悪い子?確率じゃありません。サンタの胸先三寸です。……これでウチがサンタクロースを出禁にした理由が分かりましたか?ウチはその年から、お父さんがプレゼントをくれる事になっています。両親にゴマすっておけば欲しいプレゼントがもらえるんだから、サンタクロースなんて危険人物を家に入れる必要なんて無いですよね」

「……夢があるのか、無いのか」「「「現実的な事は確かだ」」」

 どう思うかは皆それぞれだが、俺はプレゼント工場で強制労働とか御免です。


「ちなみに、サンタがごく少数だという前提で、全世界の子供にサンタクロースがプレゼントをクリスマスの夜に配った場合、サンタクロースの移動速度を計算した物理学者がいたそうなんですが……1人の場合、光速を超えたそうです。まあ、それは現実味が薄いので、亜光速移動で済む程度のチームは組んでいると思われますが」

「…………」「「「…………」」」

 ファンタジーなのかリアルなのか。真面目なのか、ふざけているのか。判断がつかない、と言いたげな皆に、山崎はこう言った。


「……光速に近い速度で移動すると、光のドップラー効果の関係で、【 迫り来るサンタは青く見える 】そうです。つまり、ヨーロッパの青系サンタは、『仕事』のために出現するサンタの目撃証言によるイメージ像、なのかもしれないのです」

「「「「……怪談に科学的なリアリティをつけてきよった……」」」」

 物理現象です。仕方ありません。


 サンタクロースの真実は謎だ。しかし、この話を聞いてから、サンタの姿を確認しようとしてはいけないと、子供心に思った。もしも、サンタクロースが不都合な目撃者を消そうと判断してしまったら……もう、家には戻れないかもしれないのだから。

 そして俺の家でもサンタは出入り禁止になり、俺も両親からクリスマスプレゼントをもらう事に決めた。懐かしい思い出である。


 ――もちろん、今では皆が言うように『サンタクロースはいない』のではないか、とも思ってはいるのだが。

 山崎のような存在が現実に存在する以上、サンタクロースも存在している可能性はある。もちろん、年経た青サンタもだ。間違って本物のサンタと遭遇する事があっても、石炭で勘弁してくれる赤色ビジネス系サンタにして欲しい、そう思っている。


「ヨーロッパでは怪談は冬の風物詩らしいし、サンタもその類よね」

「やだなあ」「日本人で良かった」「担当が赤色でよかった」

 ですよね。日本にクリスマスが大々的に輸入されたのが近代で良かった。とはいっても、突然にサンタのシフトが変更される可能性も無くはないから、油断はできないけど。


※※※※※※※※※※


 練習が終わり、帰宅する時になって。休憩時間の話題を思い出したらしい山崎が、こんな事を言った。


「サンタに比べたら、東北のナマハゲの方が人情的よねえ。お酒と食事で接待すれば、平和的に帰ってくれるし、ご利益もあるもの。日本人で良かったわー」

「まったくだぜ」

 年末年始はちゃんと寺社参りに行こうっと。

 ほんとに日本人で良かった。あと、お祭り騒ぎは何でも輸入しようとするのはどうなんだろう、と思わなくもない。


 ――後日。

 10月末、大阪のハロウィン会場で大量に量産型甲子園マスクが発生し、全国ニュースで流れたのを見て、『お祭り騒ぎに何でもかんでも便乗するのはどうなんだろう』と、あらためて思う事になるのだった。


あけましておめでとうございます。

誤字報告機能の活用、毎度ありがとうございます。今後もよろしくお願いいたします。

思いついた季節ネタを投入しておきたくて仕方なかったので、大掃除を中断して更新の設定をしておきました。けして現実逃避ではありませぬ。もう諦めた。玄関先の掃除だけして終わりにする。


皆さんはサンタさんを信じていますか?信じていませんか?

くれぐれもお気をつけください。相手は亜光速移動が可能な妖精です。逃げられません。

若干はずれた季節ネタをとりあえず上げておくところから。今年もよろしく。

※光のドップラー効果に関する書き間違いを修正しております。うちのユーザーデバッガーは校正を含めて皆優秀だ!!今後ともよろしくお願いいたします。

※赤方偏移と青方偏移についてのコメントをいただきました。小説の中では山崎が色々と言っておりますが、【山崎は聞きかじりの知識で部員をペテンにかけている(意図せずとも)】という可能性を考慮して、物理学的な正当性に関しては各自で調査する事をお勧めいたします。詳しくは感想欄などをご参照ください(ちょい逃げ)。

まあ雰囲気重視という事で。

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― 新着の感想 ―
[良い点] この解釈はなかった… [一言] ユーザーさんも詳しく過ぎて笑ってしまった
[一言] サンタクロースとVtuberを同列に考えてる派です。 いるかいないかはともかくとして、いる前提で騒いだ方が楽しいという意味で。
[気になる点] ものすんごい細かいことを言うならば、青方偏移は青く見えませんし、赤方偏移も赤くは見えません。アレはスペクトルを測るのであって、見た目の色が変わって見えるわけではないのです。 簡単に言う…
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