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68 決勝戦。

こういうスタイルも1回はやりたかったのです

【 国営放送 実況席 】


『――全国高校野球、夏大会決勝の試合開始時間が、刻一刻と近づいてきています。両校の練習も終わり、現在はグラウンド整備待ちで待機中です。片や初出場ながら数々の伝説的な試合を見せてくれた弘前高校、片や春のセンバツでの優勝実績はあるものの、夏大会での優勝実績は未だ無い東雲商業高校。県大会での実績すら皆無だった無名校と、夏大会での優勝を悲願とする有名校との対決です。広瀬さん、この試合どうなると思われますか?』

『東雲商業は3年生の主力投手2人と、次期主力投手の2年生2人による、層の厚い投手陣が最大の強みですが、やはり序盤の打撃戦が勝負の行方を決めるでしょうね』

『投手戦ではなく、打撃戦ですか』

『今回も後攻を選んだ弘前高校ですが、先発が山崎選手ではない以上、要所でのポジションチェンジによるリリーフ投球があるとしても、基本は今までの試合で多用されている、抑えに山崎選手を投入する作戦でしょう。東雲商の陣内監督の性格からしても、KYコンビへの全打席敬遠は、まずありえません。投手力にものを言わせてKYコンビ以外からの失点を抑え、終盤への先行逃げ切り態勢を確立できるかどうか。むしろ序盤から中盤への打撃戦を制することができるかどうか、そこが東雲商の勝負の分かれ目になるでしょうね』

『弘前高校が山崎選手を先発に持ってこないのは、やはり体力的な問題でしょうか?』

『山崎選手は女子選手の既成概念を破壊するような能力の持ち主ですが……全イニングを全力投球するのは無理があるでしょう。ま、これは男子でも同じですが。そして体力配分をした投球であれば、ある程度は打たれても当然です。山崎選手は弘前高校の内野守備の重要戦力でもありますから、ここは防御力に対するリスク判断というやつでしょう』

『弘前高校は3年投手が一人、負傷で投げられなくなっていますからね。投手力の温存という事ですか』

『はい。それに山崎選手の剛速球は凄まじいですが、相手チームに見せる回数が少なければ少ないほど威力を発揮するのも事実ですからね。終盤を完全に抑えようとするなら、序盤は温存しておきたいでしょう。どちらのチームも、序盤から中盤への打撃戦の結果が勝負を決める、そう考えているんじゃないですかね』

『確かに。しかし、【KYコンビ】という言葉、なんだかんだ言って定着してきた感がありますね』

『そうですねぇ……YKでもなく、山北でもなく、北山でもなく。【KYコンビ】という通称が定着してきましたね。どんなピッチャーの球も【だからどうした】と言わんばかりに打ち返す、あの打撃力がそう呼ばせてしまうんですかね……』

『――もう整備が終わるようです。初出場の弘前高校が優勝するのか、東雲商業高校が悲願の夏大会を制するのか、いよいよ試合が始まります!!』

『まずは東雲商業の1回の攻撃ですね。外野まで飛ばしたいところです』


※※※※※※※※※※※※※※※

【 東雲商業 1塁側ベンチ 】


「何点あっても足りない相手だ。ガンガン点を取っていくぞ!!」

「「「はいっ!!!!」」」

 東雲商業野球部、監督の陣内 誠司が部員に対して激を飛ばし、気合いの入った声が返ってくる。


(……すべてが理想的に進んだとしても、我々が勝利するためには5点から6点が必要になる。それが現実的な計算だ。これは山崎、北島と勝負した場合に本塁打を打たれ、それぞれとの勝負を2回までとして、残りの打席2回分ほどに敬遠策を採った場合でしかない。そして、KYコンビと全打席の勝負をした場合、10点以上の得点が必要になるだろう。無論これはその他の失点がゼロという、都合のいい計算だ。必要な得点は増える事はあっても、少なくなる事はない。状況次第では敬遠の指示を早めに出さなくてはならないが、いずれにしても厳しい。だが、序盤の殴り合いは向こうも望むところ。7回までに10点以上を取るつもりでいくぞ……)

 陣内監督はそう考えつつ、グラウンドの弘前高校ナインを見た。よっしゃこーい!!など言いながら腕を上げる山崎の姿が目に入る。


 キィン!!

 1番打者が打つ。打球はショート山崎の斜め頭上を越えてレフト前へ飛ぶコース――

『――そぃや!!』

 山崎が素早くダッシュ、ピョンと飛んでグラブの先端でキャッチ。落球なし。


「「なぁ――!!」」「「アレを捕るのかよ!!」」

 ベンチ内で部員の驚きの声が上がる。

「……相変わらず、野生動物じみた反応と運動性だな……」

「アイツの前世は虎か何かか」「野獣に違いねえ」

 ぼやき混じりの声も上がる。ある程度は仕方の無い事だろう。


「コースだけだ。ゴロだけ打たなきゃいい!!飛ばしていけ!!いけるぞ!!」

「「「おおおおっす!!!!」」」

 陣内監督の声に、気合いの返事を返す部員たち。


 こうして東雲商業野球部の、深紅の大優勝旗を賭けた最後の試合が始まった。


※※※※※※※※※※※※※※※

【 スコアボード 】5回裏終了

東雲 1 2 1 1 2     |7

弘前 2 0 2 0 2     |6

※※※※※※※※※※※※※※※


【 国営放送 実況席 】


『――これより6回表、東雲商業の攻撃が始まります。しかし広瀬さん、決勝にふさわしい接戦になっていますね』

『東雲商としては、もう少し点を取って突き放したいんでしょうけどね。現在のところ、KYコンビに対しての敬遠策も取っていません。攻撃には執念と気迫を感じますよ』

『このまま最後まで勝負するというスタイルでしょうか?』

『点差次第でしょうね。おそらくは次のイニングで山崎選手がマウンドに登ります。4点差もあれば勝負するかも……いや、ランナーが出ていたら怖くてできませんね、私なら』

『山崎選手は今日の試合でも3打席連続で本塁打です。北島選手も出塁は10割ですね』

『山崎選手の2打席目で、中継ぎの松本投手に替わりましたが、一撃でしたね。かなりの変化率のスライダーだったんですが……』

『【いつも通りだ】と言わんばかりの一撃でしたね……』

『東雲打線も素晴らしいんですが……普通なら二遊間、三遊間を抜けてもおかしくないような痛烈な当たりを、KYコンビがすべて捕っていますからね。内野守備に関しては東雲商業の鉄壁の守備に匹敵しますよ』


『しかし、山崎選手のワンポイントリリーフがありませんね?』

『そうですね。ランナーが出てしまっている状態なら投入しても良かった、とは思うんですが。そこは東雲商業の打線の上手さでしょうか』

『というと?』

『ノーアウトでランナーが2人以上出ているような明らかに危険な状態ならともかく、ワンアウト1塁やツーアウト2塁の状態なら、山崎選手の投入を躊躇するかもしれません。今までの東雲商業の打点は、ランナーが少ない状態からのタイムリーヒットがほとんどです。守備側としては難しいところです。反面、東雲商は暴走気味の走塁指示で点を取ってきているので、選手の体力消耗はかなりのものに見えます』

『――弘前のピッチャー交替ありません。引き続き前田選手です』

『あと2点くらい入れて、山崎選手がリリーフに出てきたら次からは敬遠策で逃げ切りたいところでしょうが……弘前としても、もう点はやれないところでしょう。切り替えの前に何点取れるか。そこが勝負の決め手になるかもしれませんね』


※※※※※※※※※※※※※※※

【 東雲商業 1塁側ベンチ 】


「勝負どころだぞ、お前ら!!」

「「「はいっ!!!!」」」

 陣内監督の声に、気力衰えない返事が返る。


 東雲商ナインのユニフォームは、すでに真っ黒だ。打席に立った者は誰もが打ち、走り、死に物狂いで進塁している。投手以外は全員がスライディングをしている。傍目には暴走としか見えない走り、クロスプレーを気にしないギリギリの走りを行っている。スタメンの半数以上の選手の上着は、『東雲』の文字が判別し辛い程には黒土で汚れており、汚れの少ない弘前高校ナインとは大違いだ。

 弘前のユニフォームに汚れが少ない理由は簡単だ。単純に出塁率が違う、出塁した後の走塁の状況が違う、そして打点を入れる時の状況が違う。弘前はKYコンビの大砲による打点を除けば、ごく普通の野球スタイルだ。進塁にも暴走を避け、タッチアウトとクロスプレーを避ける、安全マージンを取った姿勢である。弘前高校のユニフォーム汚れは主に守備の時のものであり、攻撃時の汚れはわずかだ。


 弘前が不真面目とか、そういう話ではない。東雲商が『これしか勝つ道が無い』という必死さを背負っているだけの話だ。加えて弘前は選手が少ない。総勢12名の登録選手だが、うち2名は負傷選手で実質的にはコーチャーボックス要員だ。2名の負傷退場者が出れば、没収試合の可能性すら出てくる。この決勝戦でだ。慎重にもなるだろう。

 東雲商業には『怪物』と呼ばれるような選手はいない。だが、選手の平均能力と選手層の厚さにおいては弘前高校の比ではない。投手力、打力、選手の体力、すべてを注ぎ込んでの消耗戦、いや、短期決戦の構えだ。


「投手としての山崎は一種のジョーカーだ。基本的には『勝てる』と踏んだ時に切ってくる、トドメの一撃だ。ゆえに、切りどころには慎重になる。おそらく、この回で危機を迎えれば山崎のリリーフはある。その前に得点をするんだ」

「「「はいっ!!!!」」」

 陣内監督は選手を見渡し、静かに言う。


「この回の得点にもよるが、基本的にこの後のKYコンビは敬遠する」

「「「……!!」」」

 沈黙で返す選手に、陣内監督は続けた。


「しかしそれは別のリスクを抱える事だ。あの2人を敬遠したからといって、他の選手が打たないわけじゃない。確実にランナーを出すという事は、相応のリスクを背負わなきゃならん。多少の点差では安心する事はできん。ここまでのやり方を続けていくぞ。いいな!!」

「「「はいっ!!!!」」」

 監督の声に気合いの入った返事を返す東雲商ナイン。


「大島。かなり汗が出ているが、大丈夫か。走塁中に足がもつれるようでは困る」

「大丈夫です!!あと1周なら全力でいけます!!」

「念のため体温は測っておけ。給水を忘れるな」

「はいっ!!」

 陣内監督は振り返り、グラウンドで守備位置についている弘前高校の選手を見る。誰もが笑顔で、中には応援席に手を振る者も(山崎だ)いるぐらいだ。頭上の応援団の声援の合間に、1塁手の『やっぱ名門てスゲェな!!』という、楽しそうな声が聞こえた。


(楽しんでいるな、連中)


 この甲子園の決勝という舞台、全国大会の決勝戦という試合を、『優勝』という結果ではなく、『野球の試合を楽しむ』という姿勢でプレイし続けるチーム。……先人が成し得なかった悲願を達成するため、必死な思いでプレイする我々と、精神的には対極に位置するかのようなチーム。人格者と評価の高い、【静かなる名将】平塚監督の率いるチーム。彼らも、いずれは我々のような必死さで全国に挑む日が来るのだろうか。と、陣内監督は思う。


「……我々が心の底から笑うのは、この試合に勝ってからだ。いくぞ!!」

「「「おおおおおおおっす!!!!」」」

 監督の声に、一層の気合いを込めた返事が返った。


 無謀な暴走と言われようとも、弘前の監督の判断力を狂わすためには、ランナーをためて得点する手段は使えない。選手の体力と精神力を削りながらの消耗戦術だが、怪物の出番を遅らせつつ得点するためには、この方法しかない。投手全員、控えの選手全員を投入するつもりで、この試合には勝つ。


「最後には気力がものを言う。負けんぞ、弘前」

 名門を率いるベテラン監督は、そうつぶやいてグラウンドを、そして3塁ベンチの前列で腕を組む、選手をじっと見守る平塚監督を見るのだった。


※※※※※※※※※※※※※※※

【 国営放送 実況席 】


『――東雲商業の1点リードで始まったこの6回表、ノーアウトでランナー1塁!!ここまでの東雲商の攻撃スタイルからいけば、一打出れば暴走気味の走塁で得点を狙う、という事になりそうですね』

『山崎選手がマウンドに上がるのは秒読み状態ですからね。もうあと2点、せめて1点は欲しいところでしょう。ここまでのイニングで、KYコンビに関わらない失点がありますからね。残りの投手をすべて投入するにせよ、弘前の打撃力を考えると安心はまったくできません』

『――打ったぁ!!レフトへ向かう痛烈な――いや、ショート山崎、飛び出して捕った!!物凄いジャンプ力!!危なげなく着地、1塁へ弾丸のような送球!!飛び出していた1塁ランナー戻るが……どうだ?!……アウト!!ショート山崎のファインプレーでダブルプレー成立!!すごい守備能力ですね、広瀬さん!!』

『いまの、どんだけ飛んでるんですかね。きっと前世は豹か何かじゃないですかねえ』

『あ、それについては面白いネタが。国営放送のバラエティ枠番組で、有名人やスポーツ選手に【前世があったら自分は何だったと思うか】というアンケートを取ったんですが、山崎選手にも聞いたみたいなんですよ』

『ほう。で、何と言ってたんです?』

『【公務員】だそうです』

『ははははは!!役所の職員とかですかね!!想像できませんよ!!』

『なお、詳しい内容は、国営放送総合の夏休み特番で放送します』


※※※※※※※※※※※※※※※


【 東雲商業 1塁側ベンチ 】


「「ああぁ――――っ!!」」「今の何で捕れんだよ!!」

「今の送球とんでもねぇな……レーザー光線みたいだったぞ」

「ファーストが『ギャッ』って言ってたな」「大丈夫かアイツ」

 山崎のファインプレーに、嘆きと驚きの声を上げる東雲ナイン。


「切り替えろ、お前ら!!山崎の守備能力は充分に警戒していたはずだぞ。油断だ!!」

「「「――はいっっ!!!!」」」

 陣内監督は、ここでは動揺も油断も入り込む隙を与えてはならない、と引き締める。確かにツーアウトで残塁なし。だが、この状況ならば山崎の登板は無いはずだ。犠打が作戦の選択肢から消えただけ。まだ攻撃は続いているのだ。


「――すいません」

 アウトになった1塁走者の吉田が戻って謝ってきた。

「切り替えていけ!!まだ6回だ。次あるぞ」

「はいっ!!」

 ――と、その時。


 カキィン!!

 耳に残る、フルスイングの良い打撃音。


「よっしゃ田中ぁ――!!」「飛んでるぞ――!!」

 打球がレフト上空へと飛んでいく。当たり前だが山崎の守備範囲外だ。このままヒットになってくれと、願いの込められた白球が飛んでいく。


※※※※※※※※※※※※※※※

【 国営放送 実況席 】


『――入りました!!田中選手の打球が、レフトスタンドに入りました!!これで東雲商業の得点は8点!!点差が2点に開きました!!』

『浜風に乗ってギリギリ入りましたね。これがあるから甲子園は怖い』

『――おおっと……?これは……弘前高校、どうやらポジションチェンジのようです』

『この段階では必要でしょう。1年の前田選手ではキツイ状況ですしね』

『やはり来ました!!弘前の切り札、山崎選手がマウンドに上がります!!』

『東雲商としては、ここから先が正念場ですかね。ここから先の得点は難しいでしょう。2点を守りきって逃げ切りを決められるか』


※※※※※※※※※※※※※※※

【 東雲商業 1塁側ベンチ 】


 山崎 桜が、振りかぶる。そして急加速して腕を振り下ろした。


『――ストライーク!!』

 球審のコール。球速の表示は【 160 km/h 】


「……これが、本物か」「なんだアレ……」

「10キロ違うと別モノってのは知ってたが……」

 初めて間近で見る【怪物の投球】に、1塁ベンチが静かになる。そんな中、陣内監督は静かに、力強く声を発した。


「おい、お前ら。落ち着け。そしてよーく球を見ておけ!!当てるだけでいい。そして今は山崎がショートに居ない。内野ゴロでも何が起きるか分からんぞ。お前らの技術なら、簡単に空振りなんてしない。諦めなければ得点のチャンスはある。そして、現在は我々がリードしているんだ!!油断せず、そして強気でいけ!!」

「「「――はいっ!!!!」」」

 それでいい、と陣内監督はうなずき、マウンドの女子選手を見る。


(――リードされているというのに、緊張感をまるで感じない。むしろニヤついて……いや、笑っている。失点はしない、という絶対の自信の表れか……?いずれにせよ、これが、この姿勢こそが、弘前の強さか――)


 見渡せば、野手の誰もが笑顔だ。山崎という投手への絶対の信頼感か。先程までにも増してリラックスしているように思える。2塁手の北島などは、投球の合間に山崎と会話もしている。緊張を和らげる目的の会話というよりは、普段の日常会話のように見えた。


(――過度に緊張しない事で、練習通りの、本来の実力を発揮する。そうか、この姿勢をどんな大舞台でも貫ける精神性、精神力を教育し、身につけ発揮させる。これこそが、あの監督の指導の成果。要所以外の指示を出さず、【静かなる名将】と呼ばれるあの監督の、落ち着き払った姿は、今までの指導に自信があるから、か――)


 1塁ベンチから3塁ベンチの平塚監督を見やり、陣内監督は鋭い視線を放つ。


「――ウチの連中も相当なもんだ。気迫は柳に風と受け流されるかもしれんが、けして負けはせん。勝負だ、平塚監督」

 そう、つぶやく陣内監督だった。

 そして、試合は続く。


※※※※※※※※※※※※※※※

【 スコアボード 】9回裏 プレー中

東雲 1 2 1 1 2 1 0 0 0 |8

弘前 2 0 2 0 2 0 0 1   |7

※※※※※※※※※※※※※※※


【 国営放送 実況席 】


『――決勝戦も、いよいよ大詰めです。6回裏以降、KYコンビに対して敬遠策を取った東雲商業ですが、8回裏に弘前高校に得点を許し、現在は1点差。9回裏の攻撃は1番の山崎選手からでしたが、当然ながら敬遠策を続行です。続く2番3番と、三振とゴロに打ち取りましたが、その間に山崎選手は3塁へ進塁しました。現在ツーアウト3塁。4番の北島選手がバッターボックスに入ります』

『まぁ、当然ながら敬遠でしょうね。無理がある』

『――はい、やはり敬遠です。しかし、かなり速い敬遠球に、すぐさま3塁ランナーの牽制カバーにサードとピッチャーが動いていますね。3塁の山崎選手を警戒しています』

『山崎選手は、隙を見せればホームスチールをしてくる足を持っていますからね。微塵も油断はできません。北島選手は敬遠球からのスクイズ成功の実績もありますし、敬遠といえど油断すれば足元を掬われますよ』

『敬遠2球目も、ほとんど全力投球!!すかさずカバーシフト!!……ここまで緊張感の漂う敬遠策も、初めて見ますね……』

『わずかな油断と些細なミスが命取りですからね。似たような状況からやられた対戦相手もいますから』

『――続く3球目も鋭く外してカバー入ります!!……となれば、ツーアウト1塁3塁で、5番の山田選手と勝負ですね?』

『打者としての危険度からすれば、格段に安全でしょう。ですが、山田選手も打てる打者です。スクイズはないでしょうが、一発でサヨナラのリスクはあります。甲子園の大会史を振り返れば、同じような状況も存在しますしね。決勝まで残ったチーム相手で、確実な勝ち方なんてありませんよ』

『――フォアボール!!北島選手、1塁へ。ネクストサークルより、3年生の主将、山田 次郎選手がバッターボックスに向かいます。この試合では4打席で3安打と、打点こそありませんが、充分な打率です』

『それでも北島選手を相手にするよりは安全ですからね。状況はツーアウトなので、三振でなくとも、打者走者になる山田選手がアウトになれば試合終了です。いちばん怖いのはキャッチャーの捕球ミスでボールを後逸、ホームスチールされてしまう事ですから、東雲商バッテリーの2人は、絶対にミスできませんよ』

『三振、1塁送球のアウトでも東雲商の勝利、シングルヒットで延長確定、2塁打以上なら弘前のサヨナラ勝ちがあり得る状況!!注目の打席です!!』


※※※※※※※※※※※※※※※

【 東雲商業 1塁側ベンチ 】


「落ち着いていけよ……」「時間いっぱい使って……」

 ベンチの部員の、祈るような声。緊張感の漂う1塁ベンチ。

 3塁側の弘前応援団からは空気も裂けよとばかりに、轟音のような声援が響く。グラウンドの選手達は一様に、凄まじい重圧の中にいる事だろう。


(――中村の決め球にナックルがあるが、捕球ミスを考えると使いづらい。……しかし、打者の山田は当てるのが上手い。この試合での安打も直球とカーブを狙い打たれた。勝負どころでは迷うなよ……?!何!!)


「北島が走った!!」「罠だろ絶対に!!」

「山崎から目を離すな――!!」

 打者への第1投に合わせて盗塁する1塁の北島。微妙なタイミングだが速い。そして3塁の山崎を見ると、今にも飛び掛かろうとする猫科の猛獣のような待機姿勢でホームを狙っていた。

 ベンチの声の通りに、キャッチャーの井上は2塁へ投げず、山崎を牽制する姿勢のまま山崎が3塁へ戻るのを見ていた。井上は大会屈指の強肩だが、北島の走塁タイミングからすると、2塁で刺せたかは微妙だっただろう。その隙に山崎がホームスチールを敢行すれば無残な結果になる。あとアウトひとつ。井上の判断は正しい、と陣内監督はうなずく。


(――今のに引っかかればホームスチール成立、ここで山田が打てば、シングルヒットでもサヨナラか。合理的かつ、強気の判断だな。平塚監督)


「――タイム申請!!伝令!!」

『タイム!!』

 陣内監督からのタイム申請が受理され、1塁ベンチからマウンドへと伝令が走る。


 外野の選手も集めて、時間いっぱいを使って監督指示を伝える。伝令の目的は、選手を落ち着かせるのが主目的だ。伝令内容は『アウトはファーストで取れ』というもの。先の事を無駄に考えず、シンプルにやる事を理解しておけ、と。

 伝令が1塁ベンチに、東雲商ナインが守備位置に戻る。中村の精神状態も問題なさそうだと判断した陣内監督は、再び打者へと目を向けた。


(――さあ、決めろよ、中村。勝負だ!!)


 そして投げられる第2投。外角真ん中から落ちるナックル。中村の決め球。引っ掛けてしまえば、そこで決まりになるボールだ。


 キィン!!

 思わず目を剥くような鋭い当たり。黒土に跳ねながらも、速い打球が二遊間を抜けて、ベンチから悲鳴が上がる。――瞬間。



※※※※※※※※※※※※※※※


【 国営放送 実況席 】


『――打ったぁ!!鋭い当たり!!二遊間を抜けて――いや!!セカンド飛びついて止めた!!しかしボールは落球している!!この間に3塁の山崎選手ホームイン!!2塁の北島選手も走ってくる!!拾ったボールを1塁カバーに入った選手へ送球!!判定どうだ!!…………アウト!!アウトです!!スリーアウト!!東雲商業、接戦を制してついに夏の甲子園、初優勝です!!』

『いやあ、ギリギリでしたね!!今のはセカンドの吉田選手のファインプレーでした。実にナイスプレーでした!!素晴らしい!!』

『この夏の全国大会の激戦を制したのは、地元関西の強豪、東雲商業高校!!悲願となる夏大会の優勝を果たしました!!そして準優勝は実績無しの弱小チームと呼ばれながらも、この夏の大会で一気に全国に名を轟かせた弘前高校です!!互いに全力を尽くした、素晴らしい試合でした!!』


※※※※※※※※※※※※※※※


【 東雲商業 1塁ベンチ 】


「やった……やった!!」「勝てた……」

「勝った!!勝ったあぁぁ……」

 1塁ベンチの中では、選手も、マネージャーも、ベンチ入りしている東雲商メンバー全員が涙を流していた。野球部の悲願。学校の、応援団の期待、重圧。辛い練習と、登録選手の選考を含む数々のトラブル。犠牲にしてきた数々の思い出。その苦労が、ここに報われた。色々な思いが胸に込み上げ、その気持ちが涙となってあふれ出す。


「……ああ……勝ったな……。優勝、できた」

 陣内監督も涙を流しながら、これまでの思い出を噛み締める。……そして、対戦相手の弘前高校メンバーの様子が気になり、3塁側へ視線を向けた。


 ――そこには、笑顔で最終バッターの山田選手を囲み、陽気に会話している弘前ナインの姿があった。監督が、すべての選手が、笑顔で何やら話している。悔し涙に濡れている選手は一人もいなかった。


(――最後まで楽しんだ、か。ああいう強さも、あるものだな。初出場の強みか、監督の教育方針の賜物か。彼らもこれから少しは変わるのだろうが、芯にあるもの、監督の理想というものは変わらずに受け継がれるのかもしれん。弘前高校――いいチームだ)


「……そういえば、弘前は部員が12人、そのうち4人が3年生だったか……となると、春のセンバツ、秋季大会は不参加だな。と、なれば」

 陣内監督は涙を袖でぬぐいつつ、考えを整理する。


「……つまり現在のベストメンバーで国体に出てくるわけか。厳しいなオイ」

 思わず苦笑いを浮かべてしまう、陣内監督だった。


※※※※※※※※※※※※※※※

【 試合結果 】 東雲 8-7 弘前

東雲 1 2 1 1 2 1 0 0 0 |8

弘前 2 0 2 0 2 0 0 1 0 |7

※※※※※※※※※※※※※※※


 優勝: 東雲商業高校

準優勝: 弘前高校


弘前サイドの視点が一度も出ないやつ。もう二度とやらないかもしれませんが。

あと気づいたらもう前回更新から2週間ちょっと経ってましたね。師走って早い。年内に決勝戦を終わらせて、どうでもいい閑話をポチポチ投入したいなぁ、などと思っていたのにですよ。

とりあえずマッハで決着がつくところまでやりました。

サブタイトルに関しては、今回は気のきいたのが思いつかなかったので、そのまんまです。


年末年始の更新予定も未定です。なんか適当に隙を見て更新したいとは思っています。

何か問題が発生したとすれば、それはたぶんWin7のノートPCがセキュリティ的にやられてダウンしたりとか、そんな理由になるかと思います(まだ買い替えてないのです)。


今後ともお気楽にお付き合いいただければ幸いです。よろしくお願いいたします。次は真面目さがだいぶ減少する話になると思いますので、年内に更新できるとは思うのですが、どうなんじゃろか。

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― 新着の感想 ―
[一言] 弘前校長 「これであと10年は戦える(寄附金で)」 結局いくら集ったのだろう。ドーム球場つくって冬季の練習ばっちこいですね。
[一言] 弘前ナインは「勝っちゃったらどうしよう」と戦々恐々としていて、最後に競り負けて逆に安心してたりするんでしょうから。 そりゃ笑顔にもなりますね。 山田キャプテン……三安打もしてるのに打点なし…
[一言] ドカベンで確かこのルールの話があったと思う。 1塁に山田、3塁に誰かいて、バッターがゴロ打って 、誰かがホームインして、打者走者をアウトにしようとしたけど、山田が2塁にまだ到達してなくて山田…
感想一覧
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