67 踊る会議もどき
温度差というものはあるもの。
【 準決勝の夜、温泉旅館『不朽苑』にて 】
決勝戦を明後日に控え、報道陣を完全にシャットアウトした状態で、弘前高校野球部は会議を開いていた。珍しく山崎が司会進行を行わない会議の中、山崎が誰に聞かせるともなく(俺が聞いている事は前提なのだろうが)語りだした。
「……会議とは、『参加者が共通認識を持ち』『決められた目標に対しての手段を検討』するもの。少なくとも、会議が【議論】を行う場だとすればね。【議論】とは、共通の認識を持つために行われるものか、効率の良い手段を検討するものだから。けして『誰かを攻撃』したり、『前提条件をまぜっかえしたり』するものでは無いのよ。そういうものは【討論】というもので、【議論】とは全く違うもの。【討論】は、『何らかの利益誘導のために、敵対者を攻撃するもの』だからね。まあ、議論を邪魔する裏切り者を探すのにも使われるけど、それが発生した時点でもう、まともな議論の場ではないわ。会議としては破綻している」
「今までに山崎が司会を務めた『会議もどき』が存在したような気もするが、まあそれは置いておくとして、だ」
俺はあらためて、目の前の様子を見る。
「――我々はチーム総合力としては今大会の参加校の中では最高レベルなどではなかったはずだ。それがなぜ決勝戦に残ってしまったのか、そこを論じたい」
「それについては、すでに終わった話だ。すべては相手チームの不具合だろう」
「異議なし!!」「異議な――し!!」
「どのチームに不具合があったのか!!それを論ずるべきだ!!」
「やはり聖皇が上手にやれなかったのが問題ではないのか」
「しかし初戦は情報不足でもあった」「確かに。あまり責められない」
「ここは責められないとか感情論を持ち出すべきではない!!」
「一流の高校に対してそのモノ言いはどうか。傲慢ではないか」
「待て。それを言えば『一流の定義』から確認すべきだ」
「高校野球は1年ごとにチーム主力が入れ替わる。意味を持たない」
「今の発言には問題があると思う」「技術的な定義ではどうか」
わいわいと言葉を交わす仲間たち。司会を務めていたはずの大槻マネはすでに案山子だ。
「……この惨状は、いったい何だろう?」
「少なくとも、まともな会議ではないし、【議論などでは無い】と断言できるわね。議論であれば現状認識の共有の後に、『定めた目標地点』に対しての意見交換と確認が行われるはずだから」
「ではこれは【討論】なのか」
「部分的に切り取って見れば、そう言えない事もないけど。本質的には違うわね。いちおうこの連中、大部分は『共通の認識と目的』を持ってはいるのよ。議論を成さないものであるのだけれど」
「なんなのそれ」
山崎は少しだけ間を置き、小さく溜め息をついて言った。
「【会話を長引かせる事が目的】の、意味を成さない言葉のやり取り。討論じみた会話をやり取りするのが目的の、議論に見せかけた言葉遊び。レクリエーションの一種かな」
「時間を浪費しているだけのように思えるのだが」
「だって、【良心の呵責に耐えかねた小心者】が【現実逃避をするための場】だもの。そういう事になっちゃうわよ。まあ、意図的にやってるわけじゃない辺り、どっかの議会の連中よりは情状酌量の余地はあるかもね。あの連中、『とりあえず予算会議を終わらせてから個人攻撃しとけよ!!』って、ホント思うから議会中継って嫌い。あと野次飛ばしたら謹慎処分にするっていう内部法できないのかしら?会社の会議だったら絶対に無い現象でしょーに。いつからあんなに見苦しいフリーダムさを輸入したのかなぁ……大人の会議に思えないのよねぇ。仕事とは関係ない事を片付けない限り、仕事しないぞ!!って、自分の仕事を理解してないんじゃないかしら。まったく。公僕って言葉を知らないのかしら。やぁねぇ」
「そういう事はそれこそこの場では関係ないな。しかし……現実逃避とか。見苦しい」
俺も少し溜め息が出てしまう。仲間の討論もどきは続いていた。
「――しかし一流のスポーツ校とは何か」
「実績を上げているところではないか」「精神性も重要だと思うぞ」
「指導者は重要である」「まったくだ」
「正しい学生スポーツに必要な指導方針とは何か」
「現行の高野連の規約に問題はないのかね」
「安全認識に関しては甘いな。しかし高野連は本来そういった組織ではない」
「何でもかんでも高野連に任せるのが問題なのだ。問題に対する解答ごと提起すべきだ!!いまどきのマスコミの態度は間違っている!!」
「そうだ!!そうだ!!」「マスメディアこそ精神性を考えるべき」
もはや素人目にも迷走している事がハッキリしている。案山子は呆然としたままだ。いや、案山子に期待する事こそが間違っているのか。
「これ何の会議だっけ?」
俺は山崎に問うた。
「確か『決勝戦について』という、何かフワっとした議題だったと思うけど」
「それ議題じゃねえな」
落ち着くべき結論が見えないじゃないか。監督が薫陶を垂れる時の枕詞かなんかじゃないのかな。議題にするとしたら、議長なり司会進行なりが、そうとうガッチリとしてないと話が進まないように思える。
「そもそも何が問題だったんだろう」
少しばかり心当たりがあるが、ここはクール山崎さんにまとめてもらおう。
「【全国制覇】という看板を背負う覚悟の無い、善良なだけの小市民が、全国4000校あまりの参加校の頂点に立つ可能性が出てきた事かな」
やはりそうか。
「きっかけは、準決勝でやっつけちゃった、京浜義塾ナインの泣き顔かなー。握手してる選手もベンチの選手も、程度の差こそあれグシャグシャに泣いてたじゃない?面白おかしく楽しめればいいやー、って考えてる気楽な連中が、このまま勝っちゃっていいのかなー、みたいな思考を加速させて、不安感MAXになっちゃった感じ?良くも悪くも、【覚悟なんて最初から存在しない】のが弘高野球部のカラーだし。その必死さが無いのが良いところでもあったんだけどねー」
なるほど。全国大会という名の派手な練習試合を続けている気分だった弘前高校が、ある意味で正気に戻っちゃった、みたいな。ともかくこんな姿、俺たちを応援している地元の人たちには見せられない。見苦しすぎる。
「マリッジブルーってこんな感じかしら」
「嫌な例え方をしよる」
ある種の終着点という部分しか共通点が無いし。あと覚悟の問題だろうか。
「ガス抜きの儀式的に必要な気もしたから放置してたけど、そろそろ案山子が泣きそうだし、監督に鎮めてもらいましょうか」
「静かなる知将の出番か」
これ部員に言われると、本当に嫌そうな顔するけどね。山崎がパンパンと手を叩いて大きな音を出すと、喧騒が静まる。
「監督!!平塚監督!!ちょっと監督の近況を教えてください!!」
あれ?まともな会議をするための話じゃないの?
「……実はな……今日の試合終了時のインタビュー後で、本格的に打診されたんだが」
平塚監督が落ち込んだ様子で語り出す。そういえば迷走しまくる仲間の様子を完全に放置していたが、気落ちしているのが原因だったか。何かあったのか。
「……大手出版社から、『本を書いてくれ』って言われていてな」
「「「――はぁぁ?!」」」
本?!地方公務員がアルバイトOKなのかどうかはともかくとして、執筆依頼ですと?!どういう事なの?!
「……現代教育とスポーツの闇についてとか、監督の視点から見るスポーツ教育のあるべき姿とか、なんかそういうの。弘前監督流・現代スポーツトレーニングとかいう感じの依頼もあったな……複数の出版社から何度も打診があって、そういうの無理だし地方公務員ですから、って断るんだけど、税金関係は口座作って簡単に済ませるようにするし、県の教育委員会関係にはうまい事話を通すし、何だったら野球部か学校への寄付って事にするから頼むって、もう押しが強くって大変で……」
「「「……うわぁ……」」」
ネームバリューが一気に上昇したから、今ならいける!!みたいな感じになったのかな。下手すると年末のアンケートで流行語大賞のリストに『静かなる知将』『平塚監督』とか出てくる可能性があるし。無論、『山崎』とか『KYコンビ』も出そうだが。
「……インタビューとかでは、当たり障りの無い事を言ってるだけなんだけど……どうにも先入観とかのベクトルがかかると、同じ言葉でも捉え方が違うみたいでな。何を言っても『謙虚だ』とか『驕らない態度がいい』とかの反応になってしまってな……」
「「「……ああああ……」」」
まあ確かに、そういう所ってあるよなあ。
「……たまに叩かれる意見もあるんだが、反対意見とかには基本『勉強になります』って言うと、なんかもう、勝手に持ち上げる連中ばっかりで」
「「「……うーわー……」」」
新種のいじめかなあ。これで平塚先生が調子に乗るタイプだと、褒め殺しというやつなんだろうけど。
「黙って座ってるだけで利息がいっぱい入ってくるとか、お金の話だったら良かったのに」
ちょっと混ぜっ返す山崎。
「……反省した」「俺もだ」
「俺たち、平塚先生の事にまで気を回さなかったわ」
「だよな。俺たちよりも、平塚先生の方が大変だもんな」
「俺たちを育てたのは平塚監督って事になってるもんなあ」
「元気出してください、平塚先生!!」
「先生、がんばって!!」「応援してます!!」
いつの間にやら、平塚先生(監督)を励ます流れになっていた。
「――これこそ、『同病相憐れみ、自分より不幸な者を見ると安心する』の術よ」
「この場合は平塚先生に何のメリットもないような気がするんだが」
とにかく少し場は収まったが、根本的に何の解決にもなっていない。あと平塚先生が少し可哀想なんだけど。
「では、皆さん。ちょっと状況を整理しましょうか」
山崎が前に出て、お気に入りの腕組みポーズを取った。皆で向き直り、山崎の言葉を待つ。もちろん平塚先生と大槻マネも同様だ。
「皆さんは色々と心配事を口に出してるけど、一つ一つ確認すれば、わりと心配いらない事ね。問題は【全国制覇校の看板】を背負った時に、周囲からの期待に応えられるかという事、または必死に全国制覇を目指している青春は野球オンリーな人たちに、申し訳ない事をしているんじゃないか?という事よね。主にこの2つでいいかな?」
誰からも反論なし。それぞれに頷く一同。
「では、3年生の皆さん。夏の甲子園が終わったら引退じゃないですか?」
「……そりゃ、そうだな」
「野球進学をするような予定もないし」
「俺んところ家業の関係で資格取得方面に行くかも」
大槻センパイに関しては聞くまでもない。3年生がそれぞれ返事を返す。
「スポーツで半年もブランクがあれば、どれだけ腕が落ちてもおかしくないですし、進学先で野球部に勧誘されても『勉学に専念する』とか言っておけば大丈夫です。仮に野球部に所属するにしても、身についた打撃力だけでも、相応の戦力になりますよ。進学先の心配まではする必要なし!!ここは分かります?」
「……確かに」「そこら辺はなあ」「少し安心した」
山崎、次に平塚先生に向き直る。
「平塚先生の執筆依頼ですが、1冊だけ出しましょう」
「ええええ!!!!」
慌てる平塚先生。
「心配しなくても大丈夫。【 甲子園という舞台で学んだ事 】みたいなエッセイの形式なら何とか、という形で1冊だけ。内容に関しては、あたしも手伝いますし、野球部員からの一言感想を集めて、それに対してコメントを付け加える形にすれば、それなりに量は稼げます。交渉に関しては、どれだけ押してきても断る方向で返答して、頃合いを見計らって、『一冊だけ、エッセイのようなものなら……』みたいな感じに持っていけば大丈夫。こういう感じの交渉はよくあるやつです。落としどころを用意しておけば、心に余裕はできるでしょ?そんなに心配する事は無いですよ。ま、相手が諦めてくれればそれはそれで。これも決勝の結果で変わるかも知れませんしね。あと収入関係は揉めるかもしれないので、できれば寄付という形で」
「おおお……確かに、そう思えば気が楽になるな」
平塚先生の顔色が眼に見えて良くなったな。
「そして皆さん。『ウチみたいなエンジョイ勢が、必死な学校をやっつけちゃって、本当にいいのかな……』って、意気消沈してたみたいだけど」
「「「あっ、ハイ」」」「「「その通りです」」」
素直に返事する仲間たち。そんな仲間に、少し間を置いて、山崎は言う。
「――いいのよ!!!!」
「「「えええええええええ」」」
腕を組んで言い切る山崎。
「あのねぇ。そもそも、だからどうなの?初出場のルーキーが、手加減でもして、わざと負けるっていうの?そっちの方が相手に失礼でしょーが!!必死になってる人を負かした?!ハァ?!必死になってウチに負ける程度だっていうんなら、所詮はそこまでっていう事でしょーよ!!むしろ決勝前に介錯してもらった事を感謝されるべきね!!決勝戦でも相手校が弘高野球部に負けるようなら、ガハハと笑ってやればいいわ!!」
「こやつ鬼か」「勝負事に情を持ち込まないのか」
「……しかし、全力を出す事が礼儀というのは分かる」
「さすがに勝った後に笑う事はできないが」
半ば呆然としながらも、反論はしない仲間たち。
「そして!!へい大槻センパイ!!相手校の情報!!」
「あっはい」
案山子と化していた大槻マネが、慌ててPCを操作する。正面モニターに映し出される映像に合わせて解説を始めた。
「――決勝戦の相手は、地元関西の激戦区からの野球強豪校、『東雲商業高校(10)』です。夏の甲子園では優勝実績は無いけど、春のセンバツでは」
「ごめん大槻センパイ。とりあえずそこら辺はさておき。投手能力に関しての解説を頼みます。そこが重要なんで」
話の腰を折られながらも、あっハイ、と素直に応じる大槻センパイ。PCをちょこちょこ操作して、選手紹介のページを展開する。
「――エース投手、『山本 祐樹』選手。3年、右投げ右打ち。最高球速は150キロ。一般的な変化球は一通り投げられるもよう。左右の苦手も、特になし」
「「「おおお――」」」
なにやら歓声が上がる。
「――同じくエース投手、『中村 政義』選手。3年、左投げ左打ち。最高球速は148キロ。一般的な変化球を一通り投げ、ナックルも投げてきます。苦手は特になし。コントロールにおいては山本選手よりも正確との評判です」
「「「おおおお――」」」
またもや歓声が上がる。
「――中継ぎに起用される事が多い『吉田 勝俊』選手。2年、右投げ右打ち。最高球速は151キロ。速球派としての注目株ですが、最大球速でのコントロールに難あり。現在育成中の来期エースと目される投手。変化球はカーブとスライダーのみですが、チェンジアップを速球と織り交ぜて使うのが得意です」
「「「おおおおお――!!」」」
歓声がまた大きくなる。
「――これも中継ぎが多い『松本 君愛』選手。2年、左投げ左打ち。最高球速は140キロ。多彩な変化球を得意としています。速球も基本的にはムービングファスト系の変化球で、直球は投げないと言われています」
「「「おおおおおお――!!!!」」」
もはや大歓声だ。山崎がスッと手を上げると、大槻センパイの解説が止まり、歓声も止んだ。皆で山崎の言葉を待つ。
「そして東雲商は、鉄壁の守備と言われるほどの守備能力を持つ強豪よ。二遊間も三遊間も、ゴロで抜かれた事は無し。内野安打も当然無し。エラーわずかに1回。バント処理は的確で、キャッチャーも優秀。スクイズの阻止率は10割、盗塁阻止率も7割を超える。外野も走力、遠投能力ともに優秀。打線は平均以上の能力を持ち、1番から8番までが全て打って得点する能力を持っているわ。簡単に言えば、一部の特殊なユニットを除き、全ての能力で弘高野球部を超える、ほぼ完全上位互換の、欠点の無いチーム!!……さて、皆さん、御感想は?」
「つよそう!!」「さすが決勝戦!!」「強豪地区すごい!!」
なにやら仲間の語彙力というか知能レベルが低下しているような気がするが。雰囲気が格段に良くなっている。……相手チームの凄い部分を聞いて喜ぶ連中ってどうなんだろう。そんな仲間の様子を見て、ふーやれやれ、という感じのゼスチャーをしながら山崎が言う。
「最初っから心配いらないのよ。全国大会の決勝で、駆け出しの新人が簡単に勝てるような相手が出てくるわけないでしょ?せっかくの全国大会、最終日程まで試合を堪能できるっていう【幸運】に恵まれたのに、変に心配抱えたりしちゃ、勿体無いわよ?3年生はこの試合を最後に野球部引退してマスコミからは完全逃げ切りだし、来年春までは新入部員が入るまでまともに試合もできないし、新しくできたチームで勝てなくても、ぶっちゃけ新1年のせいにできるわけだし」
ところどころ言ってる事が酷いが、それほど間違った事も言ってないかな。
「どうせ優秀なピッチャー総動員で、慣れる前に継投策で翻弄されるだけだし。1本でも多くヒット打って、夏の最後の試合の思い出を作るべきね。どうせ来年の春まで【この先】なんてないんだから。お金出したって、こんな強豪校と練習試合なんてできないわよ?下手したら最後になるかもしれない【お楽しみ】なんだから」
と。ここで山崎、少し考え込む。
「……いや……関西人なら、お金を積んだら試合できるのかな……?」
「その物言いはどうなのか」「関西人に謝れ」
「よくない偏見があるぞ」「学級裁判案件だと思います」
解せぬ。と、山崎が憮然とした表情になる。
ともかく、弘高野球部の空気は通常営業のものとなった。監督も野球部員も、心穏やかに明後日の試合を迎えられそうだ。唯一、大槻マネが選手登録されて整列する事に難色を示したが、『整列するだけで準優勝メダルがもらえるのよ!!タダよタダ!!』との、山崎の猛プッシュに負けて整列する事に同意していた。岡田先輩の骨折とは違って、捻挫も駆け足ぐらいならできる程度には回復してるしなあ。
「いらないって言われたら、あとでメダルもらいたいな。オークションで売れそう」
などという山崎の言葉は聞かなかった事にしたい。本当にやりそうになったら止めよう。参加記念メダルはわりと売りに出されてる気がするが、準優勝メダルとか一発で出元が分かっちゃうだろ!!外聞の悪い!!
そして就寝前、俺は少し疑問に思った事を山崎に聞いてみた。
「……もしも、本当に優勝しちゃったら、どうすんの?」
「そんなの、あたしの知っちゃこっちゃないわよ?」
その時の山崎の笑顔は、能楽で使う御面のような笑顔だった。現代人の感覚でいくと、ちょっと怖いやつ。アレ。
「……ええ……」
「ウチの連中みたいなのは、いらない事を心配しすぎるだけよ。勝ったら勝ったで、まあ仕方ないかー、みたいな感じで受け入れるはずよ。迷いも誰かの一言があれば消える程度のシロモノ。頼る言葉が欲しかっただけ。負けても別に心が痛まない連中だし、思考誘導する立場としては楽なもんよね。負けてもよし、勝ってもよし。実際のところ選手の立場はそんなに変わらないし。変わるのは学校のネームバリューと監督の立場くらいでしょ?気持ちの面倒だけ見て試合に放り込みさえすれば、あとは野となれ山となれ」
やっぱりこいつは時々信用ならない。
「あたしとしては、ここらで負けて、来年を新人の育成期間に当てて、3年生で全国制覇!!というのがサクセスストーリーとしては美味しいかなー、とも思うけど。ほら、下手に最後まで勝っちゃうと、来年の期待値とかがホント面倒臭そうじゃない?寄付金を継続的に引っ張り出すためにも、3年という期間は有効に使いたいというか」
「生臭い話をするなよ。夢が壊れる」
こいつは事ある毎に金の話をブッ込んできやがる。
「現世の幸福の大半は金で買えるものよ。『人の夢』と書いて『儚い』と読むくらいなんだし、短い人生、刹那的に楽しんでいこうよ。部費は多い方がいいってば」
「生臭い話は先送りにしたいんです」
俺まだ高校1年生なんだから。もっと夢見ていたい。
「儚いものを見出すって、どういう事なのかなあ。ワビサビ?」
「微妙に人の心を読むんじゃねーよ!!」
そんな会話を最後に、俺たちは互いの部屋に戻って就寝した。
まあ結局のところ、いつもの気楽さで試合をする事が弘高野球部にとっては一番いい事なのだから、山崎にうまい事言いくるめられたのは良い事なのだろう。もうホント、あとは野となれ山となれ。勝利者の覚悟なんて、勝った後でも付いてくるかな。負けても気落ちしないってのは最高の条件かもしれない訳だし。
※※※※※※※※※※※※※※※
【 当日夕方の、東雲商業高校 ミーティング 】
「――いよいよ、決勝の舞台だ。深紅の大優勝旗に手がかかった」
監督の言葉に、東雲商野球部員が一様に頷く。
「相手は弘前高校。山崎と北島以外は、打力は平均より少し上、守備は平均以下だと言われてきたが、この大会期間中にも成長している。格下だと舐めていれば、山崎と北島以外にも痛い目を見る事になるぞ。現に、準々決勝、準決勝と、詰めの一手を決めたのはKYコンビ以外の選手だ。メインの投手4人は全投入の予定でいく。体調管理には気を遣え」
「「「「はいっ!!!!」」」」
統制の取れた、元気な返事が返ってくる。
「連中は速球打ちが得意だ。球威で押そうとするな。変化球主体で、緩急をつけて狙いを外させていけ。直球押しはするなよ。特に山崎と北島は、外す時でも気を抜くな。そして絶対に直球は投げるな。KYコンビの目は良すぎる。変化量と緩急で狙いを狂わすんだ」
「「おおっす!!」」
投手4人から勢いのいい返事が返る。
「いくら超高校級の怪物といえど、1年坊に連続敬遠など出来ん。ランナーがいなければ山崎と北島には勝負するのが基本だ。……失点のいくらかは覚悟せねばならん。となれば、打点で連中を上回らねば勝利は無い。誰にも恥じることの無い勝利を得る!!打って点を入れろ!!」
「「「「はいっ!!!!!」」」」
返事をする毎に気合いが高まる。
「我々、東雲商業にとって。夏の甲子園優勝は創部以来の悲願だ。何度もチャンスは来ない。この試合、必ず勝つ!!たとえ1球1打といえ、気を抜かないようにな!!先達の悲願を達成し、東雲商業野球部の歴史に名を刻め!!このチームこそが、我が校の誉れとなるんだ!!いいな!!」
「「「「はいっ!!!!」」」」
最高に気合いの乗った返事が返ってくる。
必勝の気合いを込めて、最後の調整に入る東雲商ナイン。怪物と呼ばれるにまで至った、KYコンビを擁する怖いもの知らずの弘前高校。準決勝の試合でも終始笑顔でプレーを続け、ただの一度も辛そうな顔を見せなかった連中。【静かなる知将】と呼ばれるようになった名物監督に率いられた、恐るべき新星。
「弘前が驚異的な実力を持つ学校だとは認める。しかし、チームの総合力、完成度ではウチの方が上だ。夏大会にかける意気込みも負けやせん。どれだけ勢いがあろうとも、そこは勝利にかける執念と気力で捻じ伏せる!!まずは気合いで競り勝つんだ!!」
「「「「おおおおおおおお!!!!」」」」
監督の激に気勢を上げる東雲商ナイン。今までの出場校に比較できない程の勢いで伸し上がる弘前高校に、気合いで負けるものかと、夏の甲子園にかける情熱を滾らせていた。
※※※※※※※※※※※※※※※
翌朝。朝食のために集合する弘高ナイン。
「そういえば、試合翌日って観光のボーナスがついてるんだよな?」
「OB会の御好意で、食べ歩きの御小遣いが特別に支給されるわよ」
「なに食べる?!」「やっぱ粉モノかな!!」
「たこやき!!」「いや明石焼きからいこうぜ」
「アレ普通のたこ焼きとどう違うの?」「具の内容とソースじゃなかった?」
「焼きそばとお好み焼きの後に、串カツいこうぜ!!」
「お土産を買う時間と場所が欲しいよ」「土産忘れると後が怖い」
「荷物になるから最後かな」「最初に買って郵送しようぜ」
などと。
昨日の心身不安定な状態など無かったかのように、平常運転で試合後の自由時間の事ばかり気にしていた。これこそが我等が弘前高校野球部の空気である。
対戦相手がどんな雰囲気かなどと、もちろん知る由も無い。
地元と当事者達(対戦相手も)には温度差というものが必ずあるもの。立場も都合も違いますもの。
それはそれとして、前回は訂正箇所が少なかったみたいです。この調子でいきたいものです(皆無では無かった)。誤字報告機能の活用には助けられております。ユーザーデバッガー最高!!
時間も取れて調子良かったのと内容が気の抜けたものだったので更新間隔が久々に短くなりましたが、次は少し開きます。更新は不安定ですので、気長にお待ちください。
とりあえず滑り込みセウトで更新しておきます。今後ともよろしくお願い致します。




