59 筋肉と運
ビルダー的というか男子運動部的な雰囲気はあってもゲイ設定はなしで
「基本的には、筋肉のボリュームが多い方が強くて速いわけよ」
ミーティングの後、皆でトランプでもしよう、と言って輪になってゲームを始めてしばらくすると、話題は自然と次の大場高校の話題になっていた。そしてどこから話が繋がったのか、山崎は筋肉の話を始めた。
「基本的に、体が大きくて筋肉量の多い方が、強くて速い。これが筋肉の真理」
「筋肉の真理とかいう言葉は初耳だが、筋肉をつけすぎると動きが遅くなるとか言わないか?ほら、格闘関係とかでそんな事を言っていたような……」
山崎の言葉に、山田キャプテンが言葉を返す。
「それは単にバランスの問題だと思いますけど」
「バランス?筋肉の?」
山崎はカードを置きながら、言葉を続ける。
「以前よりも筋肉量を多くして、それでも『動きが遅くなった』というなら、『必要な筋肉が足りていない』というだけの事でしょう。やりたい動きに必要な筋肉を、すべて揃えて鍛えずに部分的に鍛えただけ、とか。あるいは、やりたい動きにあまり関係のない筋肉を鍛えただけ、とか。関係のない部分だけを鍛えれば、それは重りを増やしただけですし、使う部分の一部分だけを鍛えたとしても、他の部分が足りていなければ同じことですよ。ボールを投げる動作に必要な筋肉、どの部分でしょう?上腕?肩?背中?胸?手首?指?それとも腰?踏み切りに使う足?それとも軸足?」
山崎は、一呼吸おいて言った。
「……答えはすべての筋肉。生物の動作は、色々な部分が連動している。手足の指の構え一つで腕や足の振り上げやすさが変わる事だってあるんです。部分的に、ほんの少しの筋肉を鍛えたって、劇的な効果はありません。もちろん、足りていない部分を鍛えてバランスが取れるようになれば、連動動作がスムーズに行えるようになって、劇的に変わる事もありますが」
「必要な筋肉を、すべて鍛える……。なるほどなぁ」
部員それぞれが山崎の言葉を聞き、そしてカードを置いていく。
「山田キャプテンだって、キャッチャーなら覚えがあるでしょう?踏み切りの足の向き、体重のかけかた一つで、セカンドへの返球のやりやすさが変わった、とか。ボールの速度が明らかに変わったとか。腕の振りが速くなったとか……鍛えていなくても、筋肉の連動動作を上手に行う、重心移動など、少しの工夫を加える。それが身体操作の技術、体を使いこなすという事です」
「確かにそれは覚えがある」
一巡して、山崎は少し考えてからカードを置く。
「ひたすら練習して食べて、そして筋肉をつける、というやり方は、体に育てる筋肉を勝手に判断させる、という方法です。もっともこのやり方だと、筋肉の疲労状態によって優先度が決まったりしますので、必ずしも足りていない部分の強化はできません。だから部分トレーニングの筋トレは必要なんです。普段の練習による強化量では不足のある部分を、効果的に補う、あるいは欲しい部分をより強化する、という意味で。野球の練習だけで、すべての筋肉を理想的に育てようとしたら、ウチの練習量ではまず足りません。昔の武術家なんか、筋トレみたいな事をしないで、ひたすら組み手なんかの実践稽古ばかり続けて、勝手に筋肉が育つのを待つ、みたいなやり方だったそうですが……昔のアスリートも大体そんな感じだったみたいですね。時間を贅沢に使うやり方ですよ。あとそれから、食事が足りていなかったり、食事のバランスが悪いと、体は筋肉の量を減らして効率化しようとする場合もありますからねー」
「……ビルダーは効率よくパワーアップする技術に長けている、という事か」
山田キャプテン、置くカードが無くてパス。
「少なくともボディビルダーは、筋肉の配置とトレーニング方法、筋肉肥大の知識に関しては専門家です。あとはその筋肉の質……野球においては遅筋よりも、速筋が有利ですが……速筋がどれだけ多くついているか、そして何より、筋肉を使いこなす訓練ができているか、という事になりますが。クリーンナップを固めて本塁打を含めた長打を量産しているというなら、訓練が全然足りていない、などという事は無いでしょうね」
「ビルダー系野球選手……か」
続けて何人かがパス。だんだん状況が煮詰まってきた。
「甲子園は浜風もありますし、小さなフライをパワーで無理やり大きなフライにするだけでも、結果としては変わってくるでしょうね。……あと単純に、飛ばないボールを飛ばすには、パワーと技術の両方が必要になります。あたしの場合だと、ナックルボールみたいな回転力も速度もない、飛ばしにくいボールを飛ばすのは相当に気を使いますけど、あの筋肉トリオなら、ただ力任せに当てるだけでも、外野の奥まで飛ばせるかも。もちろん、ある程度は芯を食わせないとダメだけど。そうなると、スイング動作の訓練結果と、動体視力は良いものを持ってるんでしょうね」
「ボディビルダーが真剣にスポーツをやったら、成果を出せるという事なのか……」
もちろんです。と、山崎は自分の手札を見る。
「筋肉の量は重要です。もったりした風貌のカバだって、全速力で走れば時速30キロ以上で走れるそうだし。同じ技術と経験があるなら、そりゃ筋肉が多い方が強いでしょうよ。であれば、連中の筋肉が我々のどのプレイヤーよりも勝っているのなら、あとは技術と経験、知恵と勇気によって凌駕するのみ。幸いにして、連中は3人。その他は我々と大差なし。理論上はシングルヒットまでなら点を与えずに済みます。前にランナーが出てなければの話ですけどね」
「何やら、ウチの主要得点源と似たような話に思えるが」
山田キャプテン、手札を見て、そしてパス。二つ目だ。手番が回っていくが、パスが多くなってきた。終盤の状況だ。
「不本意ながら、ウチと似たチームですね。投手と守備が平均点かそれ以下、そして打撃が平均以上で突出したバッターがいる。点を取られても、それ以上の得点で試合に勝つ。守備を捨ててるわけじゃないけど、それ以上に攻撃に頼ってるチーム。資料にもあったけど、あの3人の守備、ショート・セカンド・キャッチャーの活躍によって守備力が底上げされてるんですってねー。これもどこかで聞いたような」
「1回戦の、聖皇学園との試合みたいになる……とか?」
そう言いながら、カードを置く大槻センパイ。あっ、あのカード大槻センパイが持ってたのか……もうパス2回使っちゃったじゃんか。ちくしょう。
「ここまで来れば、それはどうかなぁ?もはやウチはルーキーとは言え、強豪校の仲間入りだろうし。渋い投球と守備シフト、敬遠策を織り交ぜた失点対策をしてくるでしょうね。打者の得意不得意のデータも揃ってきてるだろうし、打率は低くなるでしょう。そして、それはこちらも同じ事だし。いちおう毎回そのつもりだけど、そろそろ覚悟を決めて楽しまないといけない、かもね」
山崎の言葉に、全員の手がピタリと止まる。
「次が最後かもね……後悔の無いよう、全力を尽くしましょう」
と、山崎が言った途端。
「フラグ立てにきやがったぞコイツ!!」
「まさか、ここでまた『全員野球』では……」
「やめてよ!!本当にやめてよ!!まだ捻挫治ってないから!!」
「俺は代打くらいなら。送りバント専門なら……ダメだ。練習してねえよ」
「ウチは打つ事しか考えてないからなぁ」「それしかできない」
「まぁ多彩な技術を身につける時間も下地も無かったわけだが」
「互いに2順目以降、大砲を敬遠しまくる最悪な投手戦とか?」
「真上の応援席から空き缶が飛んできそうだな」「ホントさいあく」
「どっちにしろ柔軟な対応はウチには無理だな」
ですよねえ、と。山崎。
「部員の少なさ、本格的な練習の開始の遅さ。絶対的な練習時間の量の少なさ。アドリブきかないのが弘高野球部の最大の弱点ですよねぇ。本気で全国大会優勝を目指してる常連とは違うわー」
「そういった学校をいくつか下してきたんだけどな……」
山崎、手札をようく見て。カードを置く。
「最終的には、運ですかね。弘前高校に負けたところは運がなかった。対戦が遅ければ選択肢が増えて、どうにかなったであろう聖皇学園しかり、中盤から終盤のわずかな誤算で詰めの一手を打てなかった関東総合高校しかり。運も実力のうち、ってね」
山崎の置いたカードを見て、パスをしていた数名が押し黙り、そして。
「お前が止めてたのかよ!!ちくしょう!!」
「もっと早く切っても良かったんじゃねーのか?!」
「うわぁあああ夕食のデザートがあああ」
怒号のような声が上がった。山崎の手札は残り1枚。おそらくは次で上がりだろう。
「運も実力のうちです」
現実はこういうものだと、山崎はニヤニヤ笑いながら言った。
自分が座った場所も、前に座ったプレイヤーの手札の内容も、自分の手札も、運次第。その状況と限られた手札で駆け引きをして、勝負が決まる。野球に限らずスポーツは手札の内容を、ある程度は自分で決める事ができる。その分だけカードゲームよりもマシなのだろうが、案外トーナメント戦というのは、この七並べのようなもの、なのかも知れなかった。
ちなみに俺は山崎の出したカードのおかげで、3番手で上がれた。夕食のデザートは2個以上確定。肉料理もトレード可能だ。やったぜ。
※※※※※※※※※※※※※※※
翌日。天気は曇りのち晴れの予報。降水確率15%程度。終日試合が可能と言う事で、朝一番からの俺達の高校の試合も予定時間通りに始まる。食事後の食休みを終えた俺達は、移動のためにバスに乗り込んでいた。
「で、山崎はまだなのか」
山崎と、付き添いの大槻センパイがまだ乗り込んでいないので、バスは停まったまま。俺は不在の山崎に代わって答えた。
「ゆうべのデザートのバカ食いの結果か、ちょっとトイレが長いようです」
山崎は時々、男子の夢を打ち砕くような事象を起こしやがる。
「バカか」「バカなのか」「なんであいつは時々バカになるんだ」
デザートを巻き上げられた部員から、容赦の無い言葉が飛び出す。
「ごめーん。待ったぁ?」
下手をすると悪口大会になりかけたその時、山崎が大槻センパイといっしょに乗り込んできた。実に晴れやかな笑顔だった。
「もちろん今来たところだよ。とっとと座れよ」
俺がそう言うと、山崎が隣の座席に座ってシートベルトを締めた。
「はいよー。こっちOKでーす!!……でさあ、よく漫画とかのテンプレで、『待ったあ?』『今来たとこ』みたいなやり取りあるけど、あれって遅れた女子が『それってあたしが時間通りに来てたらアンタ遅刻してたって事?!許せない!!』みたいな感じでキレたりしないのかしら?」
「そんな面倒な女子は願い下げなんだがマジで」
様式美的なものに、石を投げ込むような事を言うなよ。
そして台風一過の若干の混乱を見せる街中を眺めながらも、問題なく球場に着いた俺達だったが。
今回も3塁側の弘前高校メンバーが3塁側の選手控え室に向かう通路の途中。壁にもたれかかるようにして、その連中は居た。体格のいい、3人の男たち。薄着のワイシャツを押し上げる筋肉に満ち満ちた、浅黒く日焼けした3人の男。
「おお、来た来た」
「おはよう。少しだけ時間をもらえないかな。何、ほんの3分くらい」
「ふおおー。やっぱすごいボリュームっちゃね」
そんな感じで、大場高校のボディビル3人衆(仮)。……円谷、万代、クレヴァー。確かそんな名前だったはず……の3人は、俺達、というか山崎に声をかけてきたのだった。
なんか滑り込み失敗。でもまだ0時圏内だからセーフかな。間に合わないかな。セウトかな。
毎度毎度の誤字報告機能の活用、ありがとうございます。いやわざとやってません。でも何故か少しだけ毎回混入するみたいなんです。不思議な事に。とりあえず書いた部分だけを更新。最近は少し遅くなって申し訳ない。
関係ないんですけど、最近「ハードSF設定世界じゃないとSFとは認めんぞ俺は」「ラノベ的なSFはSFとは言わん」「愛とか恋愛要素とか完全に抜きでないとSFとは認めん」みたいな主張の文章を読んで、この人は『夏への扉』とか、あるいは昔の『スペースオペラ』的なやつは全部受けつけないんだなぁ、とか思って。ウチのSF要素は、少し不思議不思議なやつだなと思いました。
筆者はハインラインなら『月は無慈悲な夜の女王(ディストピアと抵抗運動的なの)』『夏への扉(愛憎の要素あり)』『宇宙の戦士(ほぼ完全に軍隊もの)』他にスペースオペラとかなら『キャプテン・フューチャー(太陽系ヒーロー)』も『宇宙のスカイラーク(これは観測された事実だよ)』も好きなんだよなぁ。というか古典で好きなのは『月世界旅行(犬がかわいそうだった)』と『海底二万マイル(不思議の海のナディアの原案?!……ああ、原案ね原案。インスパイア的な)』なんだけど。
わたし、愛と勇気のヒーローもパワードスーツもタイムマシンも電気銃も分子分解銃も光速を超える速度で宇宙を飛ぶ惑星サイズの宇宙船(戦艦とか要塞とか呼ばれる事もあるがアレ基本的にただの宇宙船)もすべて好きです。バンダイのガンダム彫像が実は本物だという都市伝説を信じたい。カップヌードルのCM大好きでした。
最近、近所の川でやってる砂利掘りの工事が気になって気になって集中できませんでしたが(言い訳)また余暇の割り振りの比率を考え直していきたいと思いますので、見捨てないでお付き合いください。よろしくお願いします。




