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56 決断と決着

あの時、試合の流れは決まったのだ

 同点、ワンアウト、満塁。打者は今大会屈指のホームランバッター、山崎 桜。


 ゆっくりと、ネクストサークルから出る山崎。弘前応援団に向けて、サッと手を上げる。その直後。一瞬だけ静かになったブラバン応援部隊が、勢い良く曲を奏で始めた。


 パーパパッパッパッパー。ドコドンドコドコドンドン!!

 わあああ――――――!!!!

 パラパッパパッ!!パパパパ――!!

 トランペットとドラムの音。そして応援団と観客の歓声。


 いつ合図を決めていたのか分からないが。山崎の合図に合わせて、山崎自身が応援団に発注していた『逆転チャンス専用曲』である『ああ逆転皇』のテーマが演奏されている。

 そして応援団の真下のベンチ内で曲を聞いている弘高ナインから、口々に驚きの言葉が漏れ出ていた。


「バカな……この曲、この試合じゃ初めて流れるぞ……」

「さっきの俺の打席じゃ、かかってなかった!!」

「確か第1試合で、一度だけ……山崎の打席で、かかったか……?」

「え?これって山崎専用曲だったの?あいつ、いつからプロ選手になったの?」

「合図まで決めてたみたいだぞ」「応援団の私物化ではないのか」

 あいつは後で学級裁判だな。何か事ある毎に被告席に立たせている気もするが。


 とは言っても、弘前市民大応援団の大部分が、山崎をアニメキャラ的に意匠化したと思われる、アニメキャラプリントTシャツを着ているんだし……今更な気もするけど。

 それに……関東総合が、勝負をしてくるか、どうか。確かに満塁で、敬遠策を取れば押し出しで1点献上だ。だが、相手が山崎となれば、たった1点、とも思えなくない。

 勝負をすれば最悪で4点取られるし、山崎の次のバッターで勝負をすれば、普通にダブルプレーで終われる可能性だってある。1点で済ませた方が現実的とも言えるのだ。応援団も観客も、山崎の1発を期待しているのだろうが、それが見られるとは限らない。


 ふと。1塁側、関東総合のベンチを見ると、東郷監督がベンチから身を乗り出していた。


『タイム申請!!ポジションチェンジ!!』


「まさか……これは」

 思わず息を飲んで、選手の移動を見守る。すると、予想通りに。ライトの鈴木選手と、ピッチャーの佐藤選手が守備位置を交代していた。


「鈴木投手で……勝負だと?!」

 あの高角度スローナックルは攻略されたはず。確かに毎度毎度のホームランは無いかもしれないが、狙って外野の間に飛ばすくらいはできる。もしくはフェンス直撃、最悪でも外野フライでタッチアップ確定の1点。

 それでも、あのボールで勝負をすると?!


 思わず、マウンドの鈴木投手と、1塁ベンチの東郷監督を交互に見てしまう。

 ――お互いに、真剣な表情で、頷きあっていた。

 守備の関東総合ナインを見ると、誰もが気合充分の顔で構えている。


「……この回が始まる前からの覚悟、って事か……」

 山崎と勝負する。凡打を打たせて抑える。


 勝負を捨てたわけではなく、名門のプライドと、投手としての山崎の実力と、関東総合の打線の能力と。感情と計算と偶然と言う名の可能性を考えに考えて、納得のいく選択が、これだった。という事なのだろうか。

 山崎や俺を相手に、押し出しを考慮しなくてはならない状況に陥った時、どうするか。裏の攻撃で山崎の投球から点を取れる可能性と、その得点数の可能性を考えて。表の回を無失点で乗り切る他に生きる道は無いと、そう判断したという事か――――


 野球界の一般論で言えば、『どんな強打者でも、10割は打てない』と言う。それは完璧で最強だと言える人間などいない、と言いたいわけではなく。人間の能力には限界(・・)がある、という事であり、物理的に当然の事だ。

 集中力は永遠にベストの状態を続けられない。意識が最高の状態を保っていられても、肉体の疲労がそれについていかない。試合回数が多くなればなるほど、打席が多くなればなるほど、試合時間が長くなればなるほど、いつかは完全な状態が破綻する。生物である以上、どこかでミスは発生するし、加えて、本塁打以外では、安打になるかどうかは守備の結果に左右される。どんな強打者であろうとも、これは同じだ。もっともこれは、理論的に考えればそうなる、という事であるのだが。

 現在の関東総合の投手陣の能力と、山崎の打者の能力とを考慮して、投手側が勝つためには、究極の耐久戦……山崎が投手としての疲労の限界を迎えるまで延長戦を続けるという手段がある。これも理論上の話だ。


 実際は、これに加えて、打線の組み合わせと、点差による状況というものが加わるため、理論上の勝利ルートをただ進むという訳にはいかない。現在の状態がそうだ。

 関東総合の理論上の勝利ルートを辿るためには、今はまだ、山崎と勝負する訳にはいかない。しかし現在、山崎との勝負を避ければ、裏の攻撃で1点以上を必ず(・・)入れなくてはならなくなる。……それができれば、今までの山崎のイニングでとっくにやってサヨナラ勝利してる、と言うのにだ。タイブレークの出塁済みスタートといえど、確実な方法はない。逃げるに逃げられぬ状況。となれば、どこで博打を仕掛けるか、というだけの事になってしまうのだ。


 この試合。もしもこの回で弘前の勝利で試合が決まるとすれば。多くの野球関係者は、それがタイブレークのルールによるものだ、と言うだろう。

 だが、実際に試合をしている俺達はそうではない、と言うだろう。弘前には山崎と俺がいて、弘前が甲子園の舞台にいるというのは、それが前提の条件であり、当然だ。そして、タイブレークのルールが導入されたのは何年も前からの事であり、これも前提条件だ。

 ここで勝負が決まるとすれば、直接的には山崎が決めたように見えるだろう。しかし、その状況を作った要因。それが弘前の事実上の勝利の決定打であり、関東総合の敗因だ。


 8番打者、古市先輩。彼に安打を打たせた。怪物と呼ばれる山崎のような超人選手でもなく、かつては弱小中の弱小という評価の、弘前高校野球部の中堅打者。その彼に安打を打たせてしまった事。それが、このどうにもならない状況を決めた。

 野球はチームプレイのスポーツである。エースだけでは勝てない。怪物打者だけでも勝てない。勝つための状況を作る、すべてのプレイヤーのプレイの結果が試合の結果を導く。


 その事を理解するだけの経験と、野球というスポーツへの理解力を持つであろう関東総合の監督と、その名将に率いられた選手達。彼らだからこそ、ここで山崎との勝負を避け、裏の攻撃での打撃勝負に最後の望みを賭ける、などという消極策を止めさせた。

 どのような結果になろうとも、後悔しないためには、この選択しか無い、と。


 8番打者が塁に出た。彼らの覚悟は、その時点で決まったのだ。



※※※※※※※※※※※※※※※


 時間にして、ほんの10分ほど前。守備の準備をする1塁、関東総合ベンチにて。


「――監督。話があります」

「なんだ、鈴木」

 まだライト守備に配置されている、鈴木選手が、ひときわ真剣な面持ちで。東郷監督の前に立っている。


「次の弘前の攻撃、8番、9番のいずれかが出塁してしまった場合――」

「………………」

 東郷監督は、そんな事を考えるな、とは言わない。不利な状況を想定しないで突っ走った場合、想定外の状況に心折れる選手が多い事を知っているからだ。


「――俺に、投げさせてもらえませんか」

「………………」

 東郷監督は、鈴木選手を見る。気が弱く、技術がありながらも、自分に自信の持てない控えの投手。実力的にはもう1人のエースでありながらも、精神力の弱さを惜しまれていた選手。そして――この試合で、間違いなく成長した、頼もしき関東総合ナインの1人。


「――か」

「……その時が来たら、お前が投げろ。全力を尽くせ(・・・・・・)。後悔の無いようにな。……とはいっても、決断したのは俺だからな。うまくいかなかったとしても、俺の責任だ。気楽にいけ」

「「「全力でカバーします!!!」」」

 東郷監督の言葉に、残りのナインからの気合の声が返ってきた。たとえ何があっても、投手の責任にはさせない、との覚悟の込められた声。


「最初の2人を抑えたら、山崎は敬遠で満塁策だ。そう悲壮感を出すなよ」

「外野に飛ばされても、どうにか抑えてやるよ」「まかせとけって」

 鈴木選手へ仲間達から、次々に声がかかる。

 そんな選手達の様子を見ながら、東郷監督は思う。


 ――――山崎は、まだまだ元気いっぱいだ。裏の攻撃で得点できる可能性は低い。奴のボールはバントですら容易ではない。正直、現在のウチの打線では、山崎の疲労を待つような超持久戦……例えば山崎の投球イニング数が15回を超えて、交代済みのベンチ投手との交代がルールで指示されるような……でもない限り、得点をやった上で同点、逆転を狙うような真似はできない。……これは現在の状況を招いたという理由でも、判断ミスという、俺の責任だろう。かくなる上は、選手が後悔しないようにプレイさせた上で、その力に賭ける他ない。結局のところ、試合をするのは選手なのだから。監督の采配というものは、選手の手助けに過ぎないのだ。


「……選手の自主性と、成長を見守る、だったかな。弘前の監督も、いい事言うよ」


 この試合の中でも成長を見せた自チームの選手と、3塁ベンチを見ながら。名将と呼ばれるベテラン監督は、苦笑を浮かべて腕を組んだ。過去の判断は取り消せない。今現在と、わずかな先を見据えて全力を尽くすのみ。人事を尽くす、というやつだ。


 指揮官として居る以上、見守り、結果を受け止めるのも責任のうちだと。東郷監督は腕を組んでベンチ最前に立つのだった。



※※※※※※※※※※※※※※※



 ――――これは勝負かな。最後のピッチャーは、鈴木くんか。


 あたしはバッターボックスに入りながら、マウンドの投手を見る。今までになく真剣な面持ちで、こちらを見る鈴木くん。物凄く器用な投球をする長身で痩せ型の、甲子園専用魔球を操る、甲子園の変態魔球使い。


 確かにあの高角度スローナックルは、必ずホームランにできるとは限らない。というか、ナックルボールみたいな、急激な速度変化とホームベース近くでの予測しづらい変化をするボールは、覚醒でも対応は難しい。最終的には予測の許容範囲にボールの変化が収まるかどうか、運と言ってもいい要素によって決まる。

 しかしスローボールなだけに、その予測範囲の誤差はバットスイング速度次第で、小さく抑えられる。スイング速度によって誤差を最小限に抑え、ボールをスタンドに運ぶ。


 あたしは鈴木くんの投球を待つ。マウンドの鈴木くんは、振りかぶった。


 ――――振りかぶった。あの変態魔球じゃない。

 打撃の構えを普通のものに瞬時に戻す。ボールの球種、リリースタイミング、すべてを見逃さないように、覚醒視野で鈴木くんを見る。そして球種を判別する。……これは。


 ――第1投を、あたしはキャッチャーミットに収まるまで見た。


 おおおおおおおお。『――なにぃ――っ?!』


 観客の唸るような歓声と、3塁ベンチの悟の叫び声が聞こえる。

 歓声の方は、あたしが見送った事によるものかな。でも、悟の叫び声は違う。鈴木くんの投げたボールを見てのものだろう。


 実に素晴らしい。この期に及んで、今まで投げてこなかった球種を投げてきた。確か、大槻センパイの調べた一般データにも、鈴木くんがナックルボール(・・・・・・・)を投げてくる、なんて情報は無かった。あの変態魔球だけではなく、普通の投球フォームからでも、一流のナックルを投げられるとは。素晴らしい変化球投手だ。


 ――正解だ。気に入ったぞ、鈴木くん。現状での最高の答えだ。


 初速も速い。かなりの速度変化もある。そしてナックルは基本的には変化の予測が不可能だ。気圧、風速、ボールの傾斜角度。その瞬間瞬間のすべての情報が入手できなければ、変化の挙動は予測できない。そして、あたしの通常スイングは、あの振り下ろしよりも遅い。完璧に近い対応はできない。今のあたしを打ち取るには、最適解と言える。


 鈴木投手が構え、投げる。インコース低めへの、ナックルボール。それも、充分な変化のある、一流といってもいいナックルボールだ。

 ――しかし。ゴロを打たされるほどではない。ナックルの変化は環境にも左右されるから、環境のせいとも言えなくはないだろう。だが、真の理由はそこには無い。そしてその理由を一番理解しているのは、鈴木くん自身だろうね。


 ――――まだ未完成(・・・)だ。来年に期待するぞ、2年生!!



※※※※※※※※※※※※※※※



 カキィ――ン!!!

 鈴木投手の投げたナックルボールを、山崎のバットが打ち返した。

 打球はゆるくカーブを描き、鋭いライナーの飛球で飛び――――レフトとセンターの中間のフェンス上端部に当たって大きく跳ねて。


 グラウンド内に戻ってきた。レフトがキャッチして返球する。


「走れ走れ走れ!!」「ホームランじゃねえぞ!!インプレーだ!!」

「誰もタッチアップを考えてなかった気がするなぁ……」

 結局、どこもフォースアウトになったりはしなかったが、かなり必死に走った感があった。ギリギリ2塁ランナーまでがホームインに成功し(本当にギリギリだった)、2点の得点を得た。ランナー3塁2塁に残塁の、逆転ツーベースヒット。あわや満塁ホームランの打球ではあったが。その後、2番3番の弘前高校打者を打ち取り、関東総合は2失点で裏の攻撃を迎える。


「いやいや、ホントいい投球だったよ。鈴木くん。……いや、鈴木さん、と呼ぶべきかな?」

「別の学校でも2年生だから、俺らはそう呼ぶべきだと思うけどな」

 基本的な部分で失礼だからな。ウチの暴れん坊は。


「……さて。あたし達がすべきことは、解ってるかな、皆」

 山崎の言葉に、真剣な顔でうなずく俺達弘前ナイン。


「私達がしなくてはならない事とは、関東総合高校が、あの場面で勝負を選択せざるを得なくなったという理由を、無知蒙昧なる観衆にも解り易く伝えられるよう、完膚なきまでに関東総合を抑えきる事よ。彼らの覚悟を無駄にせず、誇りを傷つけぬよう、綺麗に介錯してやる事こそが我等の務め。バント処理は完璧に。凡打は余裕を持って処理。ミスのないようにお願いしますぞ、各々方」

 分かるような、分からないような。そしてこいつがふざけているのか真面目なのか、今この瞬間だけは、俺にも分からない。若干ふざけ気味だとは思うんだけど。


「ゆくぞ――!!」

「「「おおお――――!!!」」」

 いざ決戦の時、とばかりに3塁ベンチから飛び出す俺達。


 そして。

 第1打者のバントは、160キロを超える山崎の剛速球に不発に終わり。

 第2打者のミートを意識した、バントを意識させたヒッティングも不発に終わり。

 第3打者の一撃を狙ったスイングは、すべて空振りに終わった。


 どんな投手の投球も、情報と慣れによって打てるようになる。それは山崎といえど例外ではない。慣れる時間が、今季の大会で突然に現れた謎の1年女子選手の情報が、どちらも足りなかったというだけの事なのかも知れない。

 いずれにせよ、今現在の山崎に打ち勝つには、力及ばず。


 優勝経験もある、名将と呼ばれる監督に率いられた関東総合高校は、3回戦で敗退した。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

【試合結果】 7対5で弘前高校の勝利(延長13回)

弘前 0101110010002 |7

関東 1111100000000 |5

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


タイブレークルールに関する議論がまたも紛糾。とか。延長15回で再試合と、どっちがいいのー?みたいな。いちおうルール上、タイブレークだと延長なしで永遠に試合を続けられるのですが。大会日程の関係とか考えると、仕方ない気もしますけどね。

ちょっと今回の試合の話が長くなりすぎたので、そろそろ閑話とかで気の抜けた話を書きたいとか思うようになりました。次から適当に閑話いきます。


誤字報告機能の活用、まいどありがとうございます。ときどき表現方法の是非についても提言されたり。奥が深い。ときどき修正されてなかった時は、迷った末に現状の表現方法を選択したと思ってくだされ。


久しぶりに日間ランク10位に入ったせいか、新規読者様ブーストが少しかかったみたいで、ブックマークが2000件超えました!わーい!!草の根投稿作家としては大台突破ですよー!!

泡沫の夢かもしれないので、ここに記録しておこうかと思いました。削られないようにがんばろ。

更新は不定期ですので、お気楽にお待ちください。

ブックマークや評価入力などは、お気持ちで。最新話の下あたりでポチポチと。

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