54 相棒の意地
ルール上は問題ないはずなんだけど
7回裏の、関東総合高校の攻撃が始まる。
弘前高校、もはや1点もやれない状況。それはもちろん対戦相手の関東総合に1点差で負けているからだが、現在の俺たちが取っている作戦というか、一発勝負的な戦術によるものが大きい。俺たちは9回表の攻撃で、最低でも1点を取る。そのための準備として、わざわざ【三振策】などという訳のわからない戦術を採用したのだ。うまくいけば逆転、そうでなくても延長戦に持ち込む。堅く1点を取るという戦術である以上、さらにリードを広げられるのは即死案件といってもいいからだ。
そして7回裏、守備に向かう直前のこと。
『キャプテンには、ちょっと苦労してもらおうと思います』
『……おう。がんばる』
……などという会話が、我等がチームの最強バッテリー間で交わされていた。この場合の『苦労』とは、【基本的にノーサインで投げる】という、山田(正)捕手にとって、ある種の精神的拷問のような方針の事だった。山崎いわく、現状の説明と対応策は、以下のような事だった。
『かなりの率で、配球が読まれています』
『……その可能性があるな……』
山崎は続けた。
『山田キャプテンの指示が読まれているという事ですね』
『……ぐぅ……』
山崎はさらに続ける。
『余計な事を考えて、いつもと違う事をしても、あんまり上手な事はできません』
『……確かに、どんなプレイでもそうだ』
そして山崎はこう言った。
『だから基本はノーサインで投げます。キャプテンは好きなところにミットを構えてください。そこへ投げますから』
『……ん?それって、俺がサインを出すのと何が……え?!』
山崎はこう締めくくった。
『球種は、あたしが決めます。ミットは基本的に動かさないように。変な角度にボールが飛び出しても、慌てないで下さいね。もちろん、速度も好きなようにしますので』
『ひぃいいいいい』
山田キャプテンの小さな悲鳴がベンチに響いた。
そして最後に、特殊な条件やボールに関しては、山崎の方からサインを出すという打ち合わせをして、この回の投球が始まる。キャプテンは山崎の全力投球が怖くても、それが必要とあれば『投げろ』との指示を出せる人だ。県大会でも、全国大会の1回戦、2回戦でも、充分な仕事をしてきた。しかしその指示……配球が読まれてきたとなれば、配球を読まれていると踏んだ上で裏をかくか、まったく違う人間が指示を出すしかない、というのも分かる。
しかしノーサインは怖い。これも分かる。特に、予告なしで山崎が全力投球を放ったら、受けるキャッチャーとしてはたまったものではないだろう。全力投球は基本的にオーバースローだから、直前になれば分かると言えば分かる。しかし覚悟の時間はわずかだ。
山田キャプテンは、正捕手として、今はその心の強さを試されているのだ。
バッターボックスに、相手チームのバッターが入る。打順2番だったか……ミート打撃が上手い、足もそこそこ速い技巧派打者。野球名門らしい理想的な2番。
マウンドの山崎が、何やら足をちょこちょこ動かしながら、グラブで帽子を叩く。
――あ、あれやるんだ。
直前に取り決めたサインだ。サインを見たキャプテンが、ミットを軽く動かす。了承の合図。……これから頑張ってやるぞ、と、山崎からキャプテンへの応援というか、緊張を解きほぐすための、お遊びのようなアレだ。トップバッターじゃないとできないしな。
山崎、ふりかぶって、第1投。
投球は、遅くも早くもない速度で――バックネット上部へ飛んでいった。
……これ、本当に流行ったりしないだろうな。わざと暴投するやつ。
この試合だけで3回目なんだが……
――おおおお――――
相手の応援団からも、声が上がる。今までは緊張を解くために暴投をする投球(互いのチームでそれぞれ同じような事をしている)だったが、緊張と無縁のような山崎が、故意暴投でリラックスしようとしている、と思ったのだろうか。
――いや、そんな訳ないですよ。山崎は遅めで回転を抑えたボールを、高く放り投げたかっただけで。投げた直後から、ボールをずーっと観察してたんだから。
そして、山崎は、第2投を投げた。
※※※※※※※※※※※※※※※
【1塁側・関東総合高校ベンチ】
「――な」
「「「――なにぃぃぃいいいいっ!!??」」」
マウンドの山崎が、踏み込みの浅い独特のモーションで、ゆっくりと、そして最後に切るような投球でボールを放り投げた。投げられたボールは、高く、高く、高く――目測で10メートル以上はあるだろう――飛んで、落下とともに加速しつつ、緩やかに弧を描いて、急角度でホームベース上を通過するコースを取った。
――――おおおおおおおおおお
観客の声をバックにして、ボールは見上げるような角度からバッターボックスの前を通過する。
そして地面で跳ねて飛んでいった。
キャッチャーが慌ててボールを追う。
なお、判定はボール。ボールカウント、ツー。
『あー、やっぱ無理かなぁ』
『山崎!ダメだダメ!これは捕れん!!練習してないんだから!!』
相手チームのバッテリーの会話が聞こえた。
「……ま、現実的に使える技かどうかってのは、程度によるわなぁ」
「「「ですね」」」
なんだか気が抜けた。と言わんばかりの声が、1塁ベンチで上がったのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※
「よーし。気も済んだし、いっちょう仕事をやっつけるか!」
「昔堅気の職人のようだな」
消える魔球(ただし時間帯の関係で太陽の逆光にボールが隠れたりしない)を投げた山崎が、ベテランの職人さんのような台詞を言っていた。
配球を読まれている事に対する、対策。指示を出す人間を変える。
それは至極まっとうな方策だ。配球を読む、とは言っても、スーパーコンピューターで過去と現在進行形の情報を解析して、投球コースから球種まで予測する、というものではない。あくまで人間が、『クセを読む』という代物だ。指示を出す人間が変われば、それで予想は大幅に狂う。……もっとも、指示を出す人間も同様に分析されていた場合、誰が指示を出しているかがバレた場合、すぐに修正が可能だろうが。
実際のところ、山田キャプテンには『いつも通りのつもりでミットを構えて』と言ってあるのだし、コースの大まかな指定は『いつも通り』なわけで。そこへ山崎の思考が混ざる事で、どのくらい相手の予想を外して『打ちづらく』できるかどうか、という事になる。山田キャプテンと組んで、キャプテンの指示でずっと投げてきた山崎が気分次第で投げるようになったからといって、そう変化するものでもない、のかも知れない。
キィン!
若干鈍い打撃。俺の左に、速いゴロが飛んできた。落ち着いてキャッチして送球。まずはワンアウト。『ワンアウトー』キャプテンの声に、皆が『おー』と声を返す。
キィン!
少しいい打撃。俺の真正面への、ゆるいライナー。キャッチ。『ツーアウトー』おー。
キィン!
ボテボテのゴロが、俺の前の地面で減速しながら転がってくる。ほんの少しだけ前に出て、ボールをキャッチして送球。『アウト!』塁審のコールが聞こえた。3アウトチェンジ。
「ナイスキャッチ!ナイスセカン!」
「さすがだぜ北島!この調子でな!」「次も頼むぜ!」
仲間から声をかけられながら、ベンチへ戻る。日陰に入ってすぐグラブを脱ぎつつ、俺は山崎に質問する。
「……で、やっぱり二遊間に打たせるピッチングという事なのかな?」
「基本的にはね」
あ、やっぱりそうなんだ、と。あちこちから声が上がる。
「全員三振、といきたいところだけど。長丁場になる可能性があるから。できるだけ体力温存したいわけよ。で、二遊間へは打ちやすいような球にしています。向こうの見解でも右打者の外角は比較的当てやすい、という見解になってくれれば次から助かるし」
「俺と竹中と、西神先輩(セカンド・ファースト・ライト)の負担増、という点以外はまっとうな考えだと思う」
まぁ、仕方ないけど。それに。
「基本は悟の守備能力への信頼ね。できればファーストの守備範囲の内側もカバーしてね。バント処理は基本的に、あたしとキャプテンがやるから。頼んだわ」
「おう」
これだ。
押し付け的なものはともかく。信用している、と言われれば、任せろ、と言わざるを得ない。ボールへの対応能力については山崎に次ぐという自負もある。いかな大舞台といえど、やれる自信があるかどうかではない。やるしかないのだ。
「まぁ、他にも打球が飛ぶかもしれないから、皆も気を抜かないで欲しいんだけどねー」
二遊間へと打たせる、という言葉を聞いた皆を見回しながら言う山崎。確かに少しだけ気の緩んだ雰囲気は出たが。すかさず締めに入るとか、それキャプテンの仕事だよな。
「ちなみに、二遊間以外へ打球が飛んだ場合、すごく速い打球が飛ぶ可能性があります。それがゴロだろうとライナーだろうとね」
「「「えっっっ」」」
山崎が少しだけ呆れたような声で言う。
「とうぜんでしょー?基本は右打者の内角とか、引っ張ってレフト方向へ飛ばしやすいコースへの投球なんだけど、高速シュートとか高速ジャイロとか全力4シームとか、基本的に運動エネルギーの大きいボールを投げ込んでるわけよ。そんなもん上手に当てられたら、そりゃもういい感じに飛ぶでしょーよ。打球の速度は投球の運動エネルギーと打撃の反発力で決まるんだからね。飛んできた場合は間違いなく高速弾だから、間違っても限りなく無反応で抜かれるような事だけは、無いように」
「「「お、おおお……」」」
引き締めは充分なようだった。
「まぁ、あたし達は充分に見せ場を作ってプレイしてきたし、負けても後で戦犯探しなんて発生しないアットホームなチームなんだけど。観客やら自称批評家やらの、正真正銘の外野どもは好き勝手言うからね。打球に飛びつくくらいの事はしないと、格好つかないわよ?ま、投手が打たせたい方向に、いつもいつも打者が打ってくれるわけじゃないって事、気に留めておいてね」
「「「……おおっ!!!」」」
いい感じに気合の入った声が返ってくる。適度に緊張感の乗った雰囲気になった気がする。これでイージーミスの心配は無いだろう。
「……ちなみに、長丁場って、どのくらいになると思ってる?」
ちょっとだけ山崎に聞いてみる。
「……うーん。相手のミスを待つような耐久戦に、なる可能性もあると思うのよね」
そりゃかなり厳しそうだな。相手はそのミスをしてこない優秀なチームだ。
「9回表の攻撃は、県大会の雲雀ヶ丘の時みたいな、最終的には出たとこ勝負の博打になると思う。定石通りのスクイズか、ホームスチール策のいずれかになるでしょうね」
延長戦がほぼ前提という事か。勢いに任せて逆転する可能性もゼロではないが。問題は延長戦がどの程度続く目算か、という事だが。
「もしかすると、勝利の鍵になるのは、古市先輩か、前田くん。この2人かもしれない」
「「えっっ」」
不意に名前を呼ばれて、2人が振り向いた。どっちも8番と9番の打順待ち(この回では2番目と3番目の打者)の準備をしていたところだ。
「この回では、予定通りの三振策でいいわよ。でも、次の打順からは、どうにかして塁に出られるように頑張ってね。もちろんその前に決着がつく可能性はあるけれど、長丁場の試合にもつれ込んだら、状況を打開するのは……君達2人よ!!」
びしぃっ!!
とばかりに、2人を指差す山崎。そして腕を下ろした。
「どういう事?」
「その時が来れば分かるわよ」
特に説明は無いようだった。
※※※※※※※※※※※※※※※
【国営放送・放送席にて】
「いよいよ、9回の表が始まります。現在のところ、関東総合が1点差でリードしていますから、この9回表の弘前高校の攻撃を凌げば、関東総合高校の勝利となります。そして、弘前高校の打順は1番から。山崎選手の打席から、となります」
「関東総合としては、敬遠策を選択したいところですねぇ」
「ああ……やはり、そうなりますか?」
「勝負するとなれば、一発を覚悟しないといけない打者ですからね。9回裏で得点する事を前提とすれば勝負もできますが、山崎選手が抑えにきてますからね。難しいでしょう」
「山崎選手を敬遠して、後の選手で勝負、ですか……おっと、そう言う間に第1投です!判定はボール。大きく外してきました」
「正確に言えば、北島選手も除いて、ですね。弘前の打順1番からの開始は、大量得点のためのルーチンとすれば微妙ですが、1点を取る事に限れば相当に堅い。山崎選手は打つだけでなく、走りますからね。ノーアウトで塁に出せば、送りバント1本で3塁まで走ってもおかしくありません」
「続いての投球もボール。速い球を投げてきていますが……実質的に敬遠のようですね」
「無理もないですね。打たせるよりもランナーにして、ダブルプレーでも狙った方が現実的です。もっと点差が開いていれば勝負できたかもしれませんが、点差が1点ですから。自由に走れる状況で山崎選手をランナーにするのも嫌でしょうが、打たせるよりマシです」
「またボールです。となると、続く2番、3番をアウトにできるかが、関東総合としての勝負どころ、という所でしょうか?」
「一人でも追加ランナーを出せば厳しいでしょうね。おそらく最低1人はスクイズの機会があるでしょう」
「ボール!フォアボールで山崎選手、出塁です」
「走る事は関東総合も織り込み済みでしょうが……アウトカウントを稼ぎつつ、山崎選手の3盗を阻止できるかが、最初の勝負ですね」
※※※※※※※※※※※※※※※
現在のところ、弘前の9回表の攻撃は予定通りだ。
山崎、フォアボールで出塁。秘打・野球盤打法でギリギリ当てられない事もないボールも1球混じってはいたが、あの打法は基本的にどこへ飛ぶかが運任せだ。後の事も考えて普通に見送っている。
そして2番打者への投球1球目で、2メートルもないリードから盗塁し、キャッチャーからの送球モーションが完成する頃には2塁に到着する俊足で、山崎は余裕の盗塁成功。
続く投球2球目は最初からバントの構えで投球を外側へ外させるという、弘前高校としては実に高校野球らしいと言えばらしい、珍しい送りバント的作戦で山崎の3塁への盗塁をサポート。実際にはバントの構えをといてバットを引っ込めるだけの『するフリ』なのだが、山崎に関してはこれで充分な時間稼ぎとなった。
山崎、3盗に成功。ノーアウトでランナー3塁。そのランナーは山崎。
弘高応援団の声援の圧が上がった気がする。めちゃくちゃテンション高い。まぁ9回表、下手すりゃ最後の攻撃回でまだ1点差で負けていて、同点のチャンス。盛り上がらない方がおかしい状況だろう。
さて、この状況下で弘前高校野球部の打線が取るべき方法とは何だろうか。
【1:もちろんスクイズ】
【2:犠打狙いの打撃】
【3:選球による進塁。スクイズ警戒でボール多くなるはず】
『ストライーク。バッターアウッ』
選択したのは【2】である。もちろん犠打である必要は無いのだが、ヒッティングでランナーを返す事を狙ったのだ。……今頃は野球実況掲示板の連中やら何やらが、ノーアウトなんだからスリーバント失敗を心配する場面じゃねえだろー!スク水しろやー!!とか言っているような気もするが(普通に国営放送でも言われているかもしれない)。
ここでバントを選択しないのには理由がある。もちろん、次の打者もバントをするつもりが全くない。ついでに言えば、さっきの送りバントのフリは、本当にフリだ。
なぜなら、弘高野球部は、今季の打撃練習でバントの練習をほぼ、していないのである。練習していない事を試合でやる選手などいない。普通は。
ちなみに、バント処理(相手がバントをしてきた場合)の練習だけはしている。この場合のバント打者は山崎、ときどき俺と、守備エリア的にバント処理の必要の無い、そして打撃が上手な2名が受け持っていただけで、他の連中は暇があれば普通の打撃練習しておけ、とばかりにピッチングマシン打撃の練習をメインに行っていた。
弘高野球部に、送りバントなどという文字は存在しない。最初から。
だって練習していないんだもの。だからスクイズは基本無理なんですよ。
つまり、同点ランナーの山崎をホームに返すためには、内野越えのヒットを打つか、わずかながらにもバント練習をしていた俺がスクイズを敢行するしかない訳なのだが。敬遠策を取られる可能性がある俺がスクイズを行うのは絶望的と言ってもいい。
正直、3番打者の小竹先輩が打ってくれないと困ると思う。打撃の練習はしているのだ。バントなんぞよりも普通に打った方が3塁ランナーをホーム返せる率は高い。それが弘高打線というものなのだ。
キィン!!
よっしゃ打った!ボール1塁方向!
打球が地面跳ねた!山崎走った!!
しかし打球が遅い。しかも内側に転がった。飛び出したセカンドが捕球すると、迷わずバックホーム。山崎は間に合わないと判断し、3塁へ戻る。キャッチャーからの送球は山崎の帰塁には間に合わず、山崎はセーフ。ワンアウト、1塁3塁。
そして次のバッターは4番の俺。観客が沸きに沸く。
――――いやいやいやいや。何を沸いてんの君ら。
そりゃ確かにここで1発打てば、俺が今日のヒーローでしょうけども。犠打でもいいとは思うけど。この状況下で、関東総合が勝負してくるわけねぇじゃん?!お前ら落ち着け!
何となく雰囲気で騒いでいる賑やかし応援団は意識から切り捨てよう。
問題はだ。事実、ここが勝負どころだという事だ。おそらく、弘前の観客がどう文句を言おうとも、相手チーム監督の指示は『満塁策を取れ』以外には無いだろう。
満塁ならば、すべての塁でタッチ不要のフォースアウトが成立するため、ダブルプレーも容易になる。内野ゴロならほぼダブルプレー成立。悪くてもホーム送球で山崎アウト。外野フライならタッチアップも成立するが、5番のキャプテンは回を回るごとに攻略が進んでいるのか、外野への長打が減っている。期待するべきかどうか。俺が何かをするとしたら、どういう手段があるのか。
バッターボックスに入る直前。ちらり、と。3塁の山崎を見る。
【 やれ 】――と。そう、視線で言っているのが見えた。
間違いない。『走るから、当てて転がせ』と。
俺の打席で走るつもりだ。
そして、あいつが【 やれ 】と言うからには、勝算があるという事か。
不安を抱えながらも、覚悟を決める。こと勝負事の瞬間的な判断に関しては、あいつが今まで間違えた事などない。そこは信頼している。
そしてあいつが【できるから、やれ】と言うのならば。俺の能力で実現可能な状況が、ここで起きるはずだ。ここであいつの信頼を裏切るような事だけは……できない。子分、手下、舎弟、その他色々な呼び名があろうとも、山崎の相棒を自認する俺としては、けして譲れない最後の一線だからだ。
覚醒した意識の中で、ピッチャーが投球モーションに入る。山崎はまだ、リード位置から動かない。ピッチャーの腕が振られ、ボールが指から離れる瞬間、山崎が走った。
判断した。このボールは当てる事ができるのだと。ボールが反対側のバッターボックス外側へ逃げるコースを取る。遠い。
だが、当てられると山崎は判断した。ならば、できるはず。俺と山崎のコンビネーションが他の連中と大きく違うのは、俺たちのどちらもが【覚醒による一種の意識共有】ができる事だ。自分が観察できている事は、相手も観察できている。できる、できないの判断を完全に共有できるという自信。それが大きな違いだ。普通にバットを伸ばしたのでは届かない。グリップ端を持っても半歩ほどの距離が足りない。しかし当てられるはずだ。と、なれば。
バッターボックスの最前内側の角に、左足を踏み込む。そのまま左足を軸にして、右足を蹴り出して体を一直線に伸ばす。左足から右手まで、その先のバットが一直線に伸びるように。バットの先端をボールの上半分にかぶせるようにして、バットと、一体化した俺の重量だけでボールを弾き、内側へとボールを落とす――――
コキィン!
ボールはフェアゾーンへと落ちて跳ねる。バントのような打撃成立だ。
打撃の瞬間、バッターボックスの外側に足がついていなければ、有効打撃となる。片足振り子打法などが問題とされないのはルール内の打撃だからだ。
そしてボールを当てた俺は、顔面を地面に打ち付けそうな勢いで倒れた。こんな無茶な姿勢でボールを当てる事だけに注力すれば当然の結末だろう。あーもう、とにかく起きて走らないと――
『悟!!そのまま動くな!!!』
山崎の気迫が込められた叫び声に、俺の体が硬直する。うごいてはいけない。
――――ズザァ―ッ!!
地面に倒れた俺の後ろの方で、山崎が滑り込む音が聞こえた。
『セーフ!』『もういいよー』
あ、もう動いてもいいんだ。
応援団が同点ランナーのホームインに騒いでいたようだが、俺にとっては山崎の『動いてもいい』許可の方が重要に感じた。不思議だけど、これが幼馴染というものだろうか。
――ポン。『アウト!』
起き上がった俺に、前に居たキャッチャーがミットでタッチ。俺はアウトになった。
「ほら、ベンチに帰るわよ」「ああ、うん」
バットを拾うと、山崎に続いて3塁側ベンチへと歩いていく。
ほんの僅かな間に、色々と発生して思考がぼんやりしている俺だった。が。
「――――ああ!そういう事か!!」
「そういう事よ。ちょっと危なかった」
後ろを振り返り1塁側ベンチを見ると、相手チームの監督が厳しい表情で腕を組んでいるのが見えた。
「もしかして……」
「とっさに、あの監督がキャッチャーに指示を出したの。『お前が捕れ』ってね」
マジか。ヤバいな、あの監督。何がどうって、瞬間的な判断力が。
「とりあえず同点にはできた。勢いに乗って、逆転できればいいんだけどね」
「……それがベストな展開だなあ」
現在、ツーアウトでランナー2塁。山田キャプテンの1発で勝負が決まりそうな状況。騒ぐ事に関しては並以上の実力を持つ弘前応援団が大フィーバー中だ。
しかし、そうは問屋が卸さん。とばかりに、山田キャプテンの打球はレフト前まで飛ぶも、地面に落ちる前に上手く捕球され、3アウト。レフトの走力が素晴らしい。
9回表、弘前高校の攻撃は1点の得点で終了。そして、9回裏の関東総合の攻撃を無得点で防いだ。俺達の第3試合は、予想通りというべきか。延長戦へと突入する事となった。……まぁ、延長戦とか耐久戦とは言っても、第1試合よりも試合時間はまだ普通レベルの状況だから、まだそれほど精神的にはキツくは感じないけどさ。
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【スコアボード状況】 5対5で延長戦に突入
弘前 010111001 |5
関東 111110000 |5
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現状のルールで問題ないはずなんだけど。もしも確認不足だったら、そこはフィクションとして押し切るしかないなぁ。どっかの野球漫画で完全に両足ジャンプでバッターボックス外でスクイズするシーンがあったと思うけど、あれも打撃成立の瞬間に足がボックス外についてないからOKのはずだし。
ホントはもうちょい文章量(説明台詞)が多かったんですけど、文字数が多くなりすぎたと感じたので(台詞ばっかりで情報量は少ないんですけど1万字越えたので)少し削りました。削った分は次回。感想欄ですかさず指摘(予告)された場合もスルーしてそのまま次回にやります。
なんか更新が遅くなった感。遅いのか遅くないのか。相場が分からないです。お気楽にお待ちください。遅くなった感があるので、今回は出来上がった時点で更新しておきます。
毎度毎度の誤字報告機能の活用、本当にありがとうございます。助かっております。
ブックマークや評価など、お気持ちでよろしく。評価入力は最新話の下あたりでポチポチと。




