表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/138

53 空振り三振

ボールをよく見て……振るんだ

「さぁて、皆の衆。ひとつ聞きたい事があるんだけど」

 7回の表をどうにか凌いだ弘高野球部。ベンチの前で裏監督とも言える山崎の前に集まる。もちろん平塚先生(正監督と言うべきか)も、その隣にいるのだが。


「皆、試合に勝ちたいかな?」

「「「……そりゃ、もちろんだが……」」」

 今更な事だろう。せっかくの全国大会、甲子園。3年の先輩は最後の機会だし、行けるところまで行ってみたいとは思う。


「自分の権利を対価に、博打にベットするつもりは?」

「「「……話を聞こうか」」」

 案の定、胡散臭くなってきた。何か裏のありそうな話を振ってきた理由があるな。こういう時は、詐欺紛いの話術に騙されないようにするべきだ、と用心してしまう。ベンチの弘高野球部全員が(監督と大槻マネも含め)少し詰め寄って、小さな円陣を作ると、皆に囁きかけるようにして、山崎は話し始めた。


「我々はほぼ詰んでいる」

「「「まぁ何となく察してはいる」」」

 さっきの回も。山崎のボールはクリーンヒットこそされなかったが、何度もファウルチップにはされている。得意の剛速球も同じコースに連発していてはタイミングを合わせられるから、変化球はもとより、コースを散らしているのだが……。


 どうも配球を読まれている(・・・・・・)節がある。基本的に山崎がサイン無しで一定威力以上のボールを投げた場合、ほぼ間違いなくキャプテンが取れないから、基本的にはキャプテンの指示に従って投げている山崎。

 そして技術を持った捕手は、弘前高野球部では山田キャプテンしかいない。一応(正)捕手とは呼ばれているが、副捕手とか予備の捕手なんて、事実上いないのが弘高なのだ。つまり、山崎だけでなく、山田キャプテンも攻略対象として分析されていた……という事なのだろうか。弘前高校野球部と関東総合高校野球部、余力とバックアップ能力(偵察とか分析とか)に、雲泥の差があるな。

 今のところは力押しでどうにかなっているが、いつかはエラーがらみのヒットとかで点を取られる可能性もある。ここでの1点は致命傷になりかねない。


「目立ったところでは、あたしと悟の2人がマークされてるわけなんだけど……実際のところ、他の皆も攻略が進んでいると思うわけよ」

「「「……マジか?!」」」

 確かに1回戦の時の様な派手な得点は無かった。しかし、それは山崎と俺が打てないせいだと思っていたが……思い起こせば、ヒットの率が全体的に低いような気がする。


「関東総合の野手の能力は、1回戦の聖皇とそんなに差は無いわ。差があるのは、打たせる配球と、そして守備シフト。配球としては雰囲気だけなんだけど、シフトは間違いないと思う。打者一人一人に対して、守備シフトを少しずつ変えてるでしょ。特に内野手だけど、野手の正面にボールを飛ばした事って、しょっちゅうじゃない?だんだん巧妙になってきているというか、安打にしづらくなってきてない?」

「「「………………」」」

 少なからず、心当たりがある。なるほど……俺たち全員、攻略対象だったのか。あと、それだけの情報を分析したり作戦として指示出したりシフト実行したり、なんかもう監督も部員も、基礎レベルが全然違う。優秀な軍団って、こういうのを指すのか。


「あと3回、この調子で凌がれるだけでもウチは負ける」

「「「…………」」」

 言葉も無い。そして、特に打つ手もない気がする。


「ともかく守備で1点もやらないのは最低条件として……どうにかして9回までに1点を取らないとね。そして、少しばかり仕込みをすれば、そのチャンスはある。……で、この作戦、乗る?それともやめる?乗ったが最後、文句は言いっこなし。やめたら負けても自己責任」

「いやそれ、どっちにしろ自己責任なんだろ」

 これぞ古典的な詐欺だ。自分で選んだと見せかけて、実は選択肢は一つ、という。相手の不安感を煽り、追い詰められた状況で相手にじっくりと考える余裕を持たせない、とか。


「悟。アンタいったい、どっちの味方なの?」

「俺は社会正義の味方だ。あと、弘高野球部員は全員仲間で味方だ。今の発言だけで背任疑義による審問会を開く事ができるぞ」

 なにおうー!あたしは断固としてたたかうぞー!!などと腕を振り上げる山崎。相手ベンチからは、こいつはいったいどう見えているのだろうか。まかり間違っても学級裁判にかけられようとしている被告のようには見えてはいまい。


「ともかく、山崎。作戦があるなら聞きたい。もう時間が無いんだ」

 俺はちらりと後ろを見る。もう守備練習は終わりそうだ。俺はすぐバッターボックスに行かなくてはならないんだから。


「まあ、簡単なことよ。この7回の攻撃、打順は4番の悟からよね?」

「うん。そうですね?」

 当たり前すぎるほどに当たり前だ。思わず首をかしげてしまいそうな俺に、山崎はこう言った。


「ホームランが打てないなら、三振してきてくれない?」



※※※※※※※※※※※※※※※


【1塁側・関東総合ベンチ】


 マウンドの鈴木が、監督をチラリと見る。

 ――ベンチに確認を取る鈴木に、東郷監督は【 やれ 】とのサインを出す。

 バッターボックスには北島。山崎に例の超スローボールを本塁打にされた以上、警戒するのは当然かも知れない。だが、東郷監督は『まだいける』との判断を下した。


「……おそらく、山崎と北島は同門だろう。だが、野球選手としての総合力は山崎の方が上だ。本塁打だけは、ないはずだ……多分な」

「「多分、ですか……」」

 そりゃあそこまでは分からんよ、と。いつもの砕けた調子で言ってから、東郷監督は続ける。


「ここ一番は博打になる。相手ありきの勝負事は何でもそうさ。まぁ、多分大丈夫だ。博打といっても、それこそ1回の表ほどには、厳しさは感じんよ」

 そうこう言っている間にも、鈴木投手が『例の超スローカーブ』を投げる。そして。


『ぬぅん!』『ストライーク』

 球審がストライクのコール。ストライク、ワン。

 北島が、空振り(・・・)していた。


「……なにぃ?」

「「「…………あれぇー?」」」

 なぜだ。と、1塁ベンチ内に疑問符が飛び交うような、奇妙な空気が流れた。


 確か北島は、前回の打席では、普通にシングルヒットを打っていたはず。力みすぎて振ったとしても、完全に、かすりもしないで、空振りするとは……何というか、肩透かしのような気分だ。そしてそれは、打球を待ち受ける野手も、投げた鈴木投手も、そして弘前の応援団すらも同じ気持ちだったようだ。場内の音という音のボリュームが小さくなり、球場全体が少しだけ静かになる。球場が元の状態に戻るのには、数秒を要した。

 キャッチャーからボールが返球され、鈴木投手、北島選手への第2投。ボールは同じく例の超スローボール。高さ、速度を微妙に変えて投げられる、職人の技。


『ふぅん!』『……ストライーク。ツー』

 北島はまたも空振りしていた。


「………………」

「「「…………あれぇー?」」」

 続いて、鈴木投手、第3投。


『むぅん!』『……ストライーク。バッターアウッ』

 北島は三振で3塁ベンチに戻っていった。


「………………」

「……力みすぎ?」「……かな?」「通用してるって事……かな?」

 ベンチの選手から、どうにも確信が持てないという気持ちの言葉が漏れる。そして、続く第2打者、打順5番の打者がバッターボックスに入る。弘前野球部のキャプテンの山田選手だ。ここでルーチン作業と化したポジションチェンジで、ライトの佐藤選手とマウンドの鈴木選手が投手を交代する。そして。


『ふぅっ!!』『ストライーク』

 打順5番の選手(山田選手)も、空振りを重ねていた。


「………………」

「……なんだか、妙ですね」「あの5番も、当てるのは上手かったと思うけど……」

 そういう間にも、打順5番の山田選手も三振で戻っていった。次のバッターがボックスに入って構える。


『おりゃ!』『ストライーク』

 打順6番の選手(松野選手)も、空振りしていた。


「…………あの連中……」

「「……やる気が感じられない」」「試合を投げたんだろうか……?」

 空振りを重ねた6番の選手も、三振でベンチに戻っていった。

 守備の準備に移る弘前高校を後に、グラウンドから戻ってきた選手達が、監督の前に集まる。その選手達が一様に、『何か変なものを見た』とでも言いたげな、妙な顔をしている。


「……いいか、お前ら。よく聞け」

 東郷監督の言葉に、姿勢を正す選手達。


「やる事は変わらん。あと2回の攻撃、相手の配球を読み、ボールの変化に反応し、打つ。誰かが塁に出れば、状況に応じて送る。山崎のボールはバントであっても当てるのは困難だろうが、基礎練習を積み重ねてきたお前たちなら、できるはずだ。一打席の間でも練習はできる。じっくりと、落ち着いていけ」

「「「はいっ!!!」」」

 いつもと同じ、よい返事が返ってくる。


「それから、さっきのアレだが……。おそらく、次の回も同じだ。連中、とりあえず次も打とうとはせんよ。もっとも、いきなり方針変更する可能性も無くは無いから、気を抜かずに守備はしろよ。もちろん、投球もな」

「「「…………えぇ?!」」」

 選手達の口から、異口同音に驚きの声が上がる。


「いちおう言っておくが、間違っても弘前高校のやり方を『ふざけてる』とか『卑怯だ』とか言うなよ?ありゃ、俺たちが敬遠策で山崎や北島を塁に歩かせたり、山崎の前にランナーをわざと出塁させる手段と、そう変わらん。もっと言えば、送りバントやスクイズも同様の手段と言えなくもない。文句を一言でも言いたいのなら、全打席とも山崎と北島に勝負するくらいの覚悟は必要だ」

「……あの、監督。あれ、どんな作戦なんですか……?」

 佐藤投手が控えめに手を上げて、質問をする。その気持ち、疑念はすべての選手が抱いていたものだ。そんな選手を前にして、東郷監督は苦笑いを浮かべて言った。


「ありゃ打順調整(・・・・)だ。1回以降、ウチは山崎がトップバッターになる状況だけは避けてきたんだが……弘前は9回の攻撃で、山崎から攻撃を開始する、そのためだけに【三振策(・・・)】を取ってきたという事さ。今の回で4番から6番、次の回で7番から9番。そして9回表の攻撃は1番の山崎から。連中、最も得点しやすい打順から開始するために、わざと空振りしてきたんだよ。……得点のために三振するとか、作戦行動としては意味不明なレベルで珍しいが、ほぼ間違いない。山崎は、もう1回表のようにはいかん。勝負をすれば本塁打の危険性があり、歩かせれば、前にランナーが居ないのをいい事に3塁まで走塁を試みるはずだ……こいつは実例がある。というか、山崎が3盗するまではヒッティング無しだろう。そこからはスクイズか、ヒッティングか……弘前の連中、不確実な逆転勝利の可能性を捨てて、確実性の高い、同点延長を狙ってきた……という感じだな。向こうの監督の作戦かな?確か数学教師だったか……それとも」

 東郷監督は、マウンドで投球練習する女子選手を見た。


「この作戦の前提となっている、最低でも3回を無失点に抑えるという条件、それに絶対の自信を持つ、どこかのルーキーの献策か」

「「「………………」」」

 関東総合のベンチの一同は、まるで不気味なものを見るかのような視線で、マウンドの山崎選手をチラ見する。見た目はスタイルのいい、女子にしては長身の、グラビアモデルのような凹凸を身に着けた、可愛らしい女子選手。


 そしてその実態は、何を仕出かすか分からない、正体不明の化け物のような選手だ。


「……このままいけば、状況は変わらん。ま、仕方ないな。それとも佐藤、わざと死球でも当てにいくか?」

「――!!それは……」

 佐藤投手が絶句する。

「だな!そんな事ぁ恥ずかしくてできるものかよ。そんな最後の一線を自ら踏み外すような真似はな!……だとすれば、やる事は決まっている。連中が1点をもぎ取りに来るなら、こっちはさらに1点を追加して余裕を作るだけだ。9回の裏は我々の攻撃だしな。同点までなら、サヨナラだってある。心に余裕を持っていけ!今ここでこんな話をしたのも、心構えを持たせるためだ。現状、追い詰められているのは弘前高校なんだ。延長に突入したって、連中に圧倒的に有利な展開になるわけでもないんだ。きっちり攻めて、守って、そして勝つぞ!いいな!!!」

「「「はいっ!!!」」」

 選手の返事を受けて、東郷監督はうなずく。


「よし、準備だ。打順を再確認しとけよ!」

 めいめいに返事をしながら、個々の仕事を進める選手。その様子を見てから、東郷監督は再びマウンドの女子選手へと視線を移す。


 ――確かに、連中の予定通りに行くとは限らない。この7回裏、そして8回裏の攻撃で、山崎から得点できる可能性もある。9回表の山崎の出塁……これはほぼ確定だ……からの盗塁だが、2盗はともかく、見え見えの3盗は難しい。3塁でタッチアウトにできる可能性もある……そして、仮に3塁に山崎が出たとしても。スクイズが成功する確証は無いし、4番の北島を敬遠してからの勝負もできる。北島が出てくる前にツーアウトにできれば、山崎がホームインする前にアウトを取れば得点は阻止できるのだから……。しかし、いずれにしても山崎の超高校級の運動能力を考慮してプレイしないといけないのだ……


「……ああ、やれやれ」

 東郷監督は錯綜する考えを振り払うように、頭を振った。


「次に打つ手が分かっているのに、ここまで悩まされるとは。まったく、厄介な奴だ」


 キャッチャーに『ひぃー』と悲鳴を上げさせながら投球練習を終える女子選手を見ながら、名将と呼ばれるベテラン監督は、ぼやきのような言葉を漏らすのだった。



絶対に当てないように……ボールがホームベースに近づいてから、上の方を振れ。

「お前は何を言っているんだ」

……という感じのやつをやりたかった、みたいな。

今回はこのくらいの文章量でキリが良くなったので、とりあえずUPしておきます。

今回の「作戦」は、一種のセットプレー(のようなもの。確実性は一応ない)ですが、強打者を敬遠して次の打者でアウトを狙う敬遠策を裏返したような作戦、実際に発生したら皆さんどう思うのでしょうー?とか思ったので実際にシチュエーションとしてやってみた次第。

人によっては受け入れられず、筆者が大叩きされそうでビクビクしてますけど。

もしかすると他所ですでに誰かがやっているシチュエーションかもしれませんが、だとしたら「誰でも思いつきそうなネタ」として許されそうな気がします。


誤字報告機能は、必要に際して活用ください。ほんとに便利です(筆者が)。

ブックマークや評価などは、最新話の下の方からポチポチとよろしくお願いします。お気持ちで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ