45 望む理想と、対戦相手を想う
当作品はフィクションです。実際の問題、事件とは関係ありません。
幽霊騒ぎの翌日。取材者無しでの、練習前のミーティングにて。
山崎が言うには。
【 野球の危険行為について、故意と事故は基本的に判別できない 】
のだと言う。乱暴な意見だが、危険行為を行ったとする側が「偶然です」と言い切ったのなら、それが故意であると証明する事はできないかも、しれない。
「もちろん、審判には行き過ぎた危険行為を行った選手に対しては、【退場を勧告する権限】がある。でもね、大抵の場合は守備妨害や走塁妨害と判断されたとしても、アウトか走塁の差し戻し、悪くて警告1回。やろうと思えば、やれるという事」
「いやな気分になる話だな」
山崎、びしっ!と俺を指さす。
「それよ!そこが重要なの!!」
「え?」
どこだ。
「この話を聞いて『嫌な話だ』と思うという事、そこが重要なのよ!いい?それが正常な思考なの。この話を聞いて『そりゃいい事を聞いた』なんて思う奴は、野球のグラウンドに入る資格なぞ無い!!」
「…ああ、そういう」
山崎は基本的に暴君なところがあるが、自己の利益のために法を犯す犯罪者でもなければアウトロー気取りのチンピラでもない。むしろ法を順守し正義を成すために暴力を振るう私設警察のようなものだ。暴力自警団みたいなやつ。
少し表現を間違えた気がするな。
ともかく。野球に関して言えば、こいつはルールを順守する事を大切にしている。心理的な罠を仕掛けて相手の隙を突くプレイはしても、相手の足を引っ張ったり、怪我を誘発、あるいは怪我そのものをさせるプレイはしない。山崎の信条に反するがゆえだ。
山崎にとっては、ルールブックに書かれている禁止事項は【絶対にやってはいけない事】であり、その根幹にある【野球は紳士のスポーツである】という精神、スポーツメンシップに則った行為こそが基本であり、絶対の法なのだ。
「…実際にね、まぁ、流行りすたりはあるんだけど。一部の地方で、『ルールブックに記載されている禁止行為じゃなけりゃ、何やってもいい』的な風潮はあったのよ。どのくらい流行っているかは知らないけど、今もあるんでしょうね。紳士的うんぬんではなく、勝利至上主義の、かなり汚い方向で。…もちろん、あたし達みたいなのが、そう感じるだけで。やってる連中からすれば『みんなやってるから普通だ』って言うんだろうけど」
「…精神性の問題か。となると、世間の風潮とか、審判次第って事に?」
山崎は、まぁそうなんだけど、と言ってから続けた。
「ある程度の知識がある人間なら、投球のボールの握りから、次に投げる球種がある程度は予想できるでしょ?あと、よほど息の合ったバッテリーでもなけりゃ、投球直前にキャッチ位置へミットを開くわよね?」
「そりゃそうだなぁ」
フォークみたいな特徴ある握りをする変化球なら一目瞭然だし、直球でも分かりやすい。キャッチャーだって、狙いの位置を分かりやすくするために、キャッチ位置にミットを持っていくのは普通だ。キャッチ直前までミットを開かないなんてのは、一部のプロぐらいなものだ。
「そうした情報を、2塁ランナーがサインで打者に教えるのは、どう思う?」
「…ぐっ。それは…どうなんだ…?」
正直、アンフェアな気がするが。カードゲームで仲間が相手プレイヤーの手の内を教えるようなものじゃないのか?野球だと絶対成功のイカサマとは言えないが……
「この事例は『フェアプレー精神にもとる』と審判に判断されて、注意を受けたわ」
「すでに事例があったのか」
そして、審判員に【ダメだ】と言われたと。少なくとも高校野球らしくない、とは判断されたという事か。
「そしてこの行為をしたプレイヤー、『次からはもっとうまくやらないと』などと言ったそうよ。審判にバレないように、ってね。ちなみにこの学生、あたしが問題だと言った地方の野球経験者で、他の部員はそろって『ダメって言われたからやったらダメなんじゃないの?』っていう反応だったと」
「うわぁー」
教育が人を作るって、こういう事なのかなぁ。
「じゃあ、ランナーの予想走路に、あえて野手が立っているのは?」
「そりゃ走路妨害じゃねぇの?」
山崎は首を振る。
「塁の前に立ってない限り、そして『ボケーっと突っ立っているフリ』をしている限りは、審判には判断できないわよ。直接ぶつかったりすれば判断できるかもしれないけれど、場合によってはランナーが守備妨害を取られる可能性すらある」
「うわぁー」
「問題はいくつもあって、このやり口、どことは言わないけど、高校野球の強豪地方、と言われるある地方のやり方なのよ。なんでも一説には、『プロの汚いやり方を真似した結果』なんだとか。笑えない話よねぇ」
「うわぁー」
「次に、こういうのは学生の流行りだとか伝統とかじゃなくて、『監督やコーチが教育』した結果だ、という話。『こういうやり方で相手を妨害しろ』とか『こうしてバレないようにやれ』とかね。指導者が指導した結果、チームごと【そういった集団】になってしまう、というわけよ。もちろん高校野球では監督は絶対だから、意に沿わない選手はレギュラーになれる可能性がとっても低くなる」
「うわぁー」
「人は教育によって、いかようにも変わる。これが『普通』で『強くなる手段として当然』などと教えられたら、そうなってしまうという訳。地域ごと意識的な問題があるとは思うんだけど、最も問題になるのは、こういう指導者がいるって事よ。野球の…特に、学生野球における精神性、『大事なものとは何か』を教える人間の問題というもの」
「うわぁ……」
「生活と金のかかったプロの汚い手口なんぞ、学生スポーツで使う必要あるのかな?そりゃ確かにプロに進む選手なら、結果は重要だけどさ。そういう手口を使ってチームの実績が上がったところで、個人の評価にさほど影響があるわけでなし。結局のところ、その行為を将来的に自分が許せるかどうか、許してしまえる人間というのが果たして『誇り高い』と言えるのかどうかという問題であって」
「山崎、ストップストップ。ちょっと暗黒オーラが出てる」
もうすでに「うわぁー」としか言えない内容だったが、だんだん解説ではなく、山崎の愚痴とかイライラ放射みたいな感じになってきた。周囲に怖い気配が漂いつつある。
俺はともかく、素人には危険だ。「あらそう?ごめん」とか言い、山崎は咳ばらいひとつして、言葉を続ける。
「あたしの信条、そして弘前高校野球の正義として、言えることは以下の事よ」
ひとつ。こんな連中に怪我させられないように、自己防衛につとめる。こんな連中の手にかかるなんて我慢できない。ゆるせん。
ひとつ。こんな連中のプレイを、全国放送で流すのは、可能な限り減らさなくてはならない。可能な限りチャンスをつぶす。ゆるせん。
ひとつ。こんな連中に負けるのは癪に触る。部員の安全が第一だけど、できればここで敗退させて『お前らのやり方など全国では通用せん』と教育するべき。ゆるせん。
ひとつ。とにかくゆるせん。
「以上よ」
「最後のやつ、必要だったか?」
弘前高の正義としては必要な一言でしょー!と吠える山崎だったが、山崎のイライラが噴出しただけのような気がする。
「あのね!『割れ窓理論』ってあるでしょ?小さな犯罪を徹底的に取り締まる事で、大きな犯罪を未然に防ぐっていうやつ!こういう連中をのさばらせておくとね、どんどん小さな汚い行為が普通になっちゃって、清流の淵に澱が溜まり、腐敗し、流れが変わり、いずれはドブ川になっちゃうのよ!!あたしに野球司法権があれば、阿呆な指導をする連中は全員拘束して、南米の非合法農園にでも売り飛ばしてやるところなのに!!マリーシアの指導がしたけりゃ、南米でサッカーでもしてろっつうのよ!!!」
「少し言いすぎだぞ。あと野球司法権って何だ」
やっぱりイライラが溜まっているなぁ。最近は畑いじりもしてないから、植物セラピーの効果がなくてストレス発散できてないのかな?あと動物セラピーもか。
「…たしかに、言いすぎたわ。マリーシアで通じるのはアルゼンチンだけ、だっけ?ええと…マランダラージ?って言うべきなんだったかな?」
「そういう問題じゃねぇよ」
落ち付け。そしてサッカー叩きみたいな事を言うな。
少し深呼吸をして、息を整える山崎。
「ともかく。選手としての私たちに出来ることは多くありません。正々堂々、卑怯な真似をせず、相手の罠に一切引っ掛からず、そして可能ならば、勝利する。あと、監督!!」
「えっ?何?」
山崎、平塚監督に向き直る。
「相手チームが問題行動を起こしたと見たら、即座に抗議をお願いします。また、試合後のインタビューでは相手チームの問題行動をあげつらって徹底的に叩いてください。声を上げて抗議する!我々は見ているんだぞと!ハッキリ言ってくださいね!!特に偶然を装った走塁妨害などの行為は、成立・不成立を問わず、試合後でもいいですから必ず口に出して!今後の高校野球の行く末に関わります!」
「あっはい、わかりました」
山崎の勢いに、うんと頷くしかできない先生。でも仕方無い。間違ったことを言ってないからなぁ。言われないと気付かない事も含まれてるし。普通は直接妨害が成立しないと、なかなか抗議とかしないものな。バレなきゃいいと思う連中の考えの大本だ。
「負けて文句言うと、負け惜しみみたいに聞こえる上、『こうすれば勝てる』みたいに世間には見えるかもしれないから、できれば勝ちたいけど。部員の安全が第一だからね」
「…入善東高校って、強さ的には?」
むぅー。と、唸る山崎。そしてゆっくりと口を開く。
「野球の実力としては…並、かなぁ。普通に甲子園出場レベルはある。要は、ウチよりも守備力が高くて、あたしと悟を除く打撃力でいけば、ウチと同等か、ウチよりも少し下。総合力としては、弘前よりも強い高校、と言えるかも…」
「それでもラフプレーとか、妨害行動をしてくる可能性がある、と?」
次に山崎がこちらを見た時、その目は完全に真剣なものだった。
「自分で言うのもなんだけど、弘前高校にはジョーカー的な切り札として、あたしと悟がいるでしょ。聖皇みたいに正面からやりあえば、あたし達が勝つ可能性が高い…と判断したら、手段を選ぶ連中だとも思えない。少なくとも、指揮官としての監督はね」
「確信のようなものがある、と?」
「現に『実績』があるのよ。だから心配してる。偶然を装って、相手チームの選手を負傷退場させた、実例がね」
「マジか。…どんな?」
じつに、苦々しい表情で。
山崎が言った言葉は、本当に、嫌な気分を覚えるものだった。
「…入善東は、県予選の序盤で、相手チームの選手を2人負傷退場させた『実績』がある。相手チームは実力的には互角と目された、しかし弱小のチーム。わずか10名で参加した野球部でね。1点差で勝っていたのは入善東だったけど…試合続行不能で没収試合。実質的に不戦勝ね。あたし達の場合は一時的にでも4人が負傷退場になれば、その時点で弘前の不戦敗よ。相手は『必要とあれば負傷退場も手段として狙ってくる』ように教育された連中だと思った方がいい。監督のサインひとつで足を踏んでくる、くらいはする連中の可能性がある」
―――ホントにやってくるのか。マジでか。
おもわず、げええ、と言う声がもれてしまう、俺たちだった。
※※※※※※※※※※
その晩。食べ放題の晩飯を楽しく食べた俺たちは、夕方のバラエティー調ニュース番組を見ていた。関西系列の放送局で、芸人がコメンテーターとして大勢いる番組。俺たちの地方では見られないやつだった。のだが。
『――そしてこれが、ウワサの【甲子園マスク】の実物大パネルです!』
『『『なんじゃそりゃぁ―――!!』』』
テレビの前の俺たちも、心の中で同様のツッコミを入れていた。
黒いレインコート、きつく絞られたフードの中から覗くのはホッケーマスク。手は軍手、足元はスニーカー。見た事もない、正体不明の怪人物。それが【甲子園マスク】。
全員、山崎の方向をチラ見する。山崎は落ち着いたものだ。
『変質者やんけ!!』『どこが甲子園やねん!!』
つぎつぎに誰もが思い浮かべるツッコミが入る。
『この【甲子園マスク】ですが、宝塚の人質事件の現場にどこからともなく現れ――人質の証言によると、空から舞い降りたそうですが――』
「どこの暗黒系ヒーローだよ」
思わず俺もツッコミを入れてしまった。
『――犯人が拳銃で撃つも、銃弾をひょいひょいと避け、パンチと投げ技で5人の犯人をすべて叩きのめしてしまったそうなんですね。その後、銃声を聞いて突入した警察官から逃走し、警察の包囲網を一時は突破したのですが――』
固唾を飲んで、事件の経過を聞く俺たち。
『――有料道路の歩道橋の上で、前後を警察官に挟まれて、もう逮捕待ったなし!と思われたその時!歩道橋から飛び降りて、下を走行していたトラックの荷台に飛び移り逃走』
どこのスタントマンだよ。
『次の料金所で検問を張った警察でしたが、到着したトラックの荷台には怪人の姿はすでになく、どこかで飛び降りた後でした』
すでに怪人扱いだぞ。
『この後、この怪人の姿は各所で目撃される事になります。発見した警察官が追跡した末、暴走行為を行う集団に突っ込んで暴れたり、犯罪被害を届け出た人から、【ホッケーマスクの怪人に助けられた】とか、【ホッケーマスクの怪人にやられた】と言う犯罪者まで、情報の出どころは多数です』
ぜんぶ怪人扱いじゃないか。
『その中で、この怪人と会話した人がいたんですねぇ』
「「「えええぇぇぇ!!!」」」
弘前野球部員の叫びがハモる。
『1人は、婦女暴行未遂事件の被害者女性。もう1人は、暴走集団に絡まれていた家族連れのお子さんです。この2人に、怪人は自分の事を、【甲子園マスクだ】と言っていたそうです』
『『『自称かい!!』』』「「「自称かよ!!」」」
スタジオと視聴者のツッコミがハモった。
『なんでも、【高校球児の魂が形になった夏の妖精】だそうで。【19年に3回だけ現れる】のだとか――』
この番組はもういいや。とりあえずは。山崎に向き直る俺たち。
「高校球児にあやまれ」
「なんでよ」
決まってるだろ。
「なんで高校球児の魂が殺人鬼みたいな形をしてるんだよ!」
ふうむ。と、山崎、少し考えて。
「…仮に、仮によ…?あの中身が、きょぬー美少女だったりしたら?荒々しい力強さと、繊細な中身を体現した、まさに夏の妖精と言うべきものじゃないかしら…?」
「ああ言えばこう言う」
まったく始末に負えない。
―――その後、調べてみて知ったが。一部の人が撮影した動画(暴走行為関係に乱入する様子)が動画投稿サイトに上げられ、かなりの再生数を記録しているという。加えて【怪人・甲子園マスク】の活躍アニメやら事件再現ムービーやらが作られ、一種の都市伝説として成立しつつあるという事だった。まとめ動画によると、ひと晩で甲子園マスクが叩きのめした犯罪者の数は30名を超えており、加えて警察官への暴行は一切なし、運動能力はプロスタント並み、格闘はおろか銃撃戦もこなし、車やボートの運転もできるという。
ネット上では甲子園マスクの正体について、元傭兵だ、いや警察の特殊部隊だとか、色々な噂と議論が飛び交っているということだ。
俺は甲子園の第2回戦を間近に控えて、一つの事を思った。
――どうか、2回戦の試合が平和に終わりますように。
山崎が本格的にキレた場合(あいつにも野望があるから大丈夫だとは思うが)甲子園、正確には入善東高校のいる1塁側ベンチ内に、血の雨が降る可能性がある。犯罪者を一晩で30人も素手で叩きのめす怪人が舞い降りる可能性があるんだぜ?
平和がいちばん、なのだ。いずれにしてもだ。普通に試合しようぜ、なぁ。
俺はそう祈りながら、眠りについたのだった。
怪人・甲子園マスクって、なにものなのー?
夏の妖精なら刑法とか関係ないですよね。よかった。
ともかく、誤字報告機能の活用、まいど助かっております。前回は誤字チェックしないで投稿したら、酷い事になってました。今回はチェックしてからUPします。すみません。そしてありがとうございます。
そして当作品はフィクションです。いかなる現実の事象とも関係ありません。
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更新は不定期です。お気楽にお付き合いください。




