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40 伝説となる開幕戦

引けぬ意地を見せる者。

 夏の甲子園大会、開幕。第一試合がもうじき始まる。


 聖皇の守備練習が続いている。弘前の攻撃を直前にして、弘前の応援団も最終確認の真っ最中だ。そんな中、第一打者の山崎がネクストサークルまで歩み出て、応援団を見上げて手を振ると、応援団から歓声が上がった。

 応援団の仕事の邪魔をしているような気もするが、応援訓練を真面目にやっている弘前高生以外は、ほぼお祭り騒ぎの賑やかし、山崎ファンクラブの一員的な側面もある。応援部隊のテンションアップの役には立っているか。


『あっちだ』


 山崎がライト方向をバットで指し示す。バッターボックスでやったら、予告ホームラン!的なポーズである。実際にバッターボックスでやったら警告対象なので、試合開始前のグレーゾーン的な場所でのパフォーマンスという事なのだろうか。

 そして山崎を注視していた弘前応援団、大喜び。わぁ――っ!と歓声が上がる。


「そっちは向かい風じゃねぇか」


 思わず突っ込んだ。甲子園名物の浜風はライトからレフト方向へと吹いていて、掲揚されている旗も、すごくいい感じにたなびいている。バックスクリーンの写真を撮る分には都合のいい風だが、フライをキャッチする守備陣、はては打者にとっても、時には『甲子園の魔物』扱いされるこの名物、事前の守備練習でもかなり戸惑った。

 向かい風の方向に向かってホームラン打つぞ、というのはどうなのだろう。もっとも、こいつはライト方向場外ホームランを打ったこともあるのだが。


『じゃあそっちで』


 俺の声が聞こえていたらしい。今度はセンター方向へとバットを向ける。そっちはそっちで左右よりも距離が20メートルくらい遠いじゃないかよ。

 しかし観客はまたも大喜び。わぁ――っ!と歓声が上がる。何でもいいのかな。

 そんな事をしながらも、守備練習は着々と進み、試合開始の時が近づく。いよいよ、試合が始まるのだ。整列の中、山崎がニコニコ顔で挨拶していたのも、大槻センパイがガクガクプルプルしながら頭を下げていたのも、わずかながらに過去の事。誰にも時の流れを止める事はできない。いよいよだ。いよいよ、始まるのだ。


 俺たちの、初めての甲子園の試合が。


※※※※※※※※※※


「飲み物、全員に行き渡ったか?」

「「「うぃーす」」」「「足りてまーす」」

 私の確認の声に、部員からの返事が返る。

 明星高校、野球部専用の会議室にて。前面に設えた大型モニターの前には、野球部全員が集まっている。なぜか?もちろん、甲子園大会、開幕第一試合を観戦するためだ。


 明星は今年の夏の甲子園出場を逃した。しかし高校野球は夏の甲子園だけではない。すぐに秋季大会があり、秋季大会の優勝者には来年春のセンバツ甲子園大会の出場権がほぼ確定で与えられる。夏大会予選で負けた、などと落ち込んでいる暇など無いのだ。

 敗北をバネに、その先を目指す。それを承知しているからこその名門なのだ。今年の夏の甲子園大会を逃した明星は、秋季大会に目標を切り替え、反省を踏まえて練習を始めた。名門として、その自負がある。しかしそれとは別に、気になって気になりすぎる事もある。


 夏大会の決勝で、自分たちを倒して夏の甲子園に参戦した、弘前の戦いの行方。


 どこまで勝ち進めるのか。それとも、甲子園大会のプレッシャーに負けて、実力を出せずにアッサリと終わるのか。気になってしようがない。

 そんな皆の想いを汲んで、弘前の試合が予定されている時間は練習を中止し、全員で試合観戦をする事になっている。名目上は来期の敵情視察だ。


「おー。いつもの始まるな」

「県と市の紹介なー」「その後はチーム紹介か」


 TV放映的なつなぎ。試合開始前の練習時間のつなぎとして、県の紹介やらチームの紹介やらの録画映像が流れる。まずは先攻の弘前側の紹介。F県は弘前のお膝元…といっても、自分たちも同じ県の高校である以上、それほど珍しく思える内容でもない。

 まぁ、初出場の弘前高校のコメントが少し気になるくらいだ。さぞや緊張している様子のキャプテンだかマネージャーだかのコメントが流れる事だろう。


『――では、弘前高校野球部の副主将、山崎 桜さんにチームの紹介をしていただきます』


 ぶふぉぉ――――!!

 ぶばぁ!!げぇへげぇへ!ごほごほ。

 鼻に入ったぁ、はなに。タオルくれタオル。

 やっべこぼしたぁ。げふげふげふ


 室内は飲み物を噴き出す多数の野球部員と、噴き出し、あるいはこぼした飲み物の処理をする部員たちとで騒然となっていた。私も噴き出した麦茶をタオルで拭く。


「副主将?!そうだったっけ?」

「いや、対戦オーダーにはそんな肩書は無かったぞ」

「そもそも弘前には副主将なんて役職の部員は居なかったはずでは」

「いやいや、そもそもこれは主将かマネージャーの仕事だろ」

「主将がいるのになんで副主将が」「顔か。顔なのか?!」

「分かったぞ!あいつTVに出るためだけに無理やりねじ込みやがったな!!」


 最後のは木村だな。確かにその可能性はある。弘前との県大会決勝を経て、我々も山崎という選手の性格というかキャラクター、そういったものに理解を深めているのだ。

 山崎という女子選手は、木村と同じく気分の良い悪いで能力が大きく上下するタイプの選手であり、しかも自己主張の強いタイプだという認識。目立つためだけに急きょ副主将などという役職に就いた可能性はある。というか、主将から野球部紹介の座を奪い取った(と思われる)だけでも性格が想像できるというものだ。


『―――みんな助け合って、全員の力でここまで勝ち進んで来ました!野球部全員の力を振り絞って、弘前高校の名に恥じない試合をしたいと思います!弘高ー!ファイっ!!』

『『『『おおおお―――!!!』』』』『ぉぉー』


 吹き出した液体処理に追われたおかげで、なんか途中まで聞き逃した。最後にありがちな掛け声がかかったが、もう一人の女子選手の声がやたら小さかったような気がする。まぁどうでもいいが。


「なんという殊勝なコメントだ」

「猫の皮を何枚か被っているな…」

「本当はアイツが主将なんじゃねぇの?やりたい放題すぎる」


 木村の感想には少し悪意が入っているような気がしないでもないが、発言力が主将を超えているであろう事は、想像に難くない。チーム一の強打者、そしてチーム最強の投手。広告塔としても実に優秀。彼女を抑え込む事は不可能とも思える。監督としても、山崎選手をうまく制御するのは困難な仕事に違いない。同じ監督としては感心する。

 そうこうしている間にも、守備練習は終わった。いよいよ試合開始だ。


「試合が始まるな…さて、最初はどう出るか」

「弘前のオーダーは県の決勝と同じっスね。最初に一発ブチかますつもりか」

「あの山崎に、1球目は何を投げるのか…」

 たしかに。気になるところだ。山崎の噂に最大限の警戒をして臨むのか、それとも舐めてかかるのか。いずれにせよ。どう勝負するか、それだけだ。そこが問題だ。


 ――甲子園の試合開始。サイレンが鳴り響く。

 そのサイレンに合わせて、実況アナウンサーの声が走りだした。

 

『―――いよいよ始まりました!全国高校野球、夏の甲子園大会!投げるは名門、聖皇の後藤選手。最高速度155キロの速球と切れ味鋭い変化球を武器にする、プロスカウト注目の投手です。対するは県大会の打率10割を誇るホームランバッターにして大会唯一の女子レギュラー、山崎選手。彼女は初球打ちを得意としている選手としても有名ですが、甲子園でも初球打ちはあるのか。さて注目の第一球、投げた――!』


「おっ」「「「「あっ」」」」

「ばかめ。甘すぎるぜ」

 甘い。甘すぎる球だ。試合を観る我々が、同じ感想を持った。


『―――うぅ打った―――!!打球ぐんぐん伸びる!速い打球は浜風を巻き込んで曲がりながらどんどん飛んでいく!これはホームラン確実の飛距離だ!!ボールは…バックスクリーン脇へと飛び込んだ!!ホームラン!弘前先取点!山崎選手、甲子園初出場、初打席の第1球を、本大会初本塁打で飾りました!初球打ちの山崎選手、噂に違わぬ強烈な一撃で弘前高校の初陣を飾りました――!!!』


「「「おおおお―――」」」

 思わず歓声が上がる。見事なホームラン。理想的な打撃だ。

「どうだ木村。今のは」

「…あの時の自分を見ているようで、すげぇ気分わるいっス」

 そうかもな。

 充分な球速だった。スピードガン表示によれば、148キロ。見逃しでも、空振りでもおかしくはない。コースも真ん中というわけでもなかった。しかし、山崎に対してはコースも速度も甘すぎると言わざるを得ない。

 さて、聖皇の後藤選手、山崎への認識を改めるのはいつになるか。


「もっとも、逃げる事はできないだろうが」

「…甲子園ですからね。しかも、相手は無名校で、かつ女子ですし」

 木村が苦い顔で言う。


 その通りだ。聖皇は野球名門校。夏の甲子園出場も10回を数える。しかも準優勝の経験も2回あり、さらに野球留学を大々的に行っている学校だ。そして舞台は甲子園。おまけにまだ第一試合。優勝がかかった終盤ですら無いのだ。

 無名の初出場校に、しかも10割打者とはいえ女子選手に、逃げの手段など取れるはずもない。それをしたら敗北宣言も同義だし、地元にも顔向けできない。

 たとえ試合の途中で破滅を覚悟する事になろうとも、最後まで突っ張るしかないだろう。勝つか、意地を貫いて前のめりに倒れるか。その二択しかない。

 同じ地元校としては、弘前の(少なくとも山崎は)調子がいつも通りだと分かり、少し安心した。これで初出場のプレッシャーに負けてボロボロになろうものなら、決勝で必死に足掻いた末に負けた、我々明星野球部の立場が無いというものだ。


 観客に手を振りつつ、山崎が塁をまわっていく。さて、後続はどうなるか。


※※※※※※※※※※

【スコアボード】4回裏終了

弘前 8665     |25

聖皇 4534     |16

※※※※※※※※※※


「こいつら何の試合をしてるんだ?」

「野球という名のラグビーか何かっスかね?」

 それが4回裏が終わった時点での感想だった。


 甲子園の本選でも、1回の攻撃で10得点を超えるという展開は、たまにある。しかしコンスタントに点を取ったり取られたりで、どんどん進む試合展開というのは珍しい。

 というか。

 聖皇は名門の誇りを、優秀選手としてのプライドを、甲子園大会開幕戦の舞台に泥を塗るような真似は出来ぬと言うのか、今までの1打席とも、1番の山崎、4番の北島を敬遠してはいない。すべて勝負している。…いや、ボールカウントを取られても問題ないコースへのボールを集めたりはしていたようだが…山崎も北島も、当てられるボールはボール球お構いなしに打ち、打球をスタンドに放り込み続けているのだ。


 山崎、5打席連続ホームラン。打点14。うち満塁打1回。

 北島、4打席連続ホームラン。打点8。


 つまり現時点での弘前高校の得点25点のうち、22点はこの2人のホームランで走者が一掃された結果である。なお、1試合中のチーム合計本塁打数でも、連続打席ホームランの記録でも、すでに弘前高校と山崎は大会記録を更新(北島もだが)している。


「聖皇にとっては悪夢だな」

「まったくっス。後藤も悪い投手じゃないんですけど」

「プロ選手が混ざってても、ここまで酷くはならない」

「しかも山崎、全打席で初球打ちだし」

「あいつの目どうなってんだ。北島もやべー」


 弘前も、山崎と北島を除けば打撃能力は普通といえば普通だ。甲子園出場校としては平均レベル以上の打撃能力でヒットを打っているが、それでも異常といえるレベルではない。あの2人が異常なのだ。

 聖皇が1回の攻撃で打点をそれほど伸ばせないのは、普通だったら2遊間や3遊間を抜けるはずの速い打球や、ライト前、レフト前の打球がセカンド北島、ショート山崎によって処理されている結果に過ぎない。並の2遊間や3遊間なら、もっと点が入っているはずなのだ。


「あからさまに敬遠できないのは、まだ中盤だからなのと…」

「点を入れる事ができるから、ですよね。外野に飛ばせばいける」


 そうだ。相手にはアホみたいに打ってくる化け物が2匹もいる。

 しかし、それを上回る得点も、できなくはない…と、思える状況だ。外野まで飛ばせばいける。打って飛ばせる打線があるのだ。

 1塁線、3塁線を抜けてもいい。現に16点も入れているのだ。山崎、北島以外の打者を切って落とせば、1イニング平均1点以下の失点に抑えられる。

 敗北宣言を出して逃げなくとも、実力で勝てるのだ。理屈の上では。


「すでに大会記録も更新中だし、伝説級の試合だが…どう決着するか」

「最後までで何点入りますかねぇ」



※※※※※※※※※※

【スコアボード】8回表終了

弘前 86651103 |30

聖皇 4534254  |27

※※※※※※※※※※


「ばかやろう!何やってんだ!!」

「さっさと山崎だせぇ!!」

「同点になった時はマジ死ぬかと思ったわ!」

「もう8回裏なんだぞ!1年はもう下げろ!!」


 7回の裏が終わったあたりから、男子部員、女子マネを問わず、明星野球部員からは罵声が飛び出すようになっていた。こんな下品な生徒じゃないはず、なんだが。


 試合が後半に入るや、弘前の交代した投手の球は安定して捉えられて外野に運ばれ、反して弘前の打線は山崎、北島の2人以外は急に失速して打てなくなっていた。

 山崎、北島の前にランナーを貯められずにいたために大量得点とはならず、結果、安定して追い上げられ…点数の派手さはともかくとして、ウチの試合に近い展開だろうか…?いや、ウチとの試合の時は、勝っている間に山崎を投入してきたはずだが…どんな思惑があっての事か。ウチの時は1年の前田は出して来なかったしな。

 6回の途中から交代した1年の前田はもう限界だ。どんな球を投げても聖皇の打線に捕まる。もう山崎を出すしか無いはずだ。


 とにかく山崎を出せ!!

 その1年じゃ抑えられんだろうが!!

 私の我慢ももう限界だ。観客も暴発するぞ!!


『――ポジションチェンジの、お知らせです』


 独特のイントネーションで話す、甲子園うぐいす嬢の声に。

 室内の罵声が止んだ。


『ピッチャーと、ショートを、交代します。ピッチャー、山崎 桜さん』


 途端に。

 割れんばかりの歓声が、部屋を震わせた。


「それでいいんだよぉ!!!」

「ブチかませ山崎―――!!!」

「やってしまえ!!聖皇をつぶせぇ!!!」

「ぬっくぉろすぅえ―――!!!!」


 やはり少し下品になってきている気がする。試合が終わったら、少し話をしないとな。まぁ、それはさておき、だ。


「全力でやれよ山崎!!お前の力を見せてやれ!!!」


 さっきまでのイライラを吹き飛ばすように、私も叫んでいた。

 ウチの県代表だしな。たまにはいいだろう。

 何より、明星の優勝を阻んだのは山崎、お前だ。その力、存分に他県の連中に見せつけてやれ!!そうでなくば、気が済まん!!


 夏休み中で人が少ないのをいい事に、大歓声を上げながら試合を見る野球部だった。


書きあがったところを投入しておきます。

台風ぴゅーぴゅー。今日の試合は明日に順延。甲子園もほぼ直撃コース。たいへんだなぁ。

誤字報告機能の活用、モヤっと指摘など、どうもありがとうございます。当作品はユーザーデバッグによって下支えされております。

ポイント追加してくださる優しい方のおかげで、筆者の気力ゲージもちょこちょこ貯まっています。ほんとありがとうございます。気に入っていただけたら登録その他をよろしく。

ブックマーク、評価入力などは最新話の下あたりでポチポチと。お気持ちをば。

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― 新着の感想 ―
[一言] 四回までの得点を見て 笑い死にそうになりました 全国で何人死にそうになったか知りませんが サブタイトルなどで 警告予告が必要だと思います
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