38 開会式前日。弘前野球部の正義とは
正義とは何か
開会式前日、つまり俺たちの甲子園での初試合の前日。
全員参加でのミーティングの時に、俺は山崎に一つの疑問を問いかけてみた。俺たちの甲子園での戦い方に関する事にも関わる、とある疑問である。
「なぁ山崎。弘前の攻撃の主軸とも言える、山崎や俺に、徹底的な敬遠策を取られたらどうする?例えば初回の打席から、山崎はずっと敬遠、とかさ」
この問いに山崎はこう答えた。
「相手の実力にもよるけど、どうしようもないかもね?でもさ、甲子園でそうなったら、そりゃあたしの完全勝利でしょ?まず無いと思うけど」
と。論拠はこうである。
「それってつまり、【山崎にはそうするしか無い】と判断させたって事だもの。過去の甲子園にはスーパー強打者の伝説やらが残ってるわけで。知ってるかな?もうずいぶん前の話なんだけど、すごい強打者がとある試合で5打席連続で事実上の敬遠をされたんだって。そりゃもうすんごい事になったみたいよ。ブログ大炎上!!的な。敬遠策の最後の打席にもなると、相手チーム応援団はもちろん、外野の一般応援席はおろか、味方の応援団からもブーイングの嵐でねー。試合は敬遠策を取ったチームの勝ちで、ある意味作戦勝ちだったんだけど。試合終了後にもブーイングが嵐のようだわ、グラウンドにゴミは投げ入れられるわ、もう大荒れ。『帰れ!』コールで校歌が聞こえない程だったとか」
ブログ炎上をリアルでいってるな。なかなか恐ろしい。
「もちろんそれだけでは終わらなくって、勝ったチームの宿泊所には嫌がらせや抗議の電話が絶え間なくかかってくるわ、宿の前にはヤジを飛ばす連中が押し寄せるわで。警察の警備がなければ選手の安全も確保できないという有様だったとか。そんな環境ではまともな精神状態を保てるわけもなく、強豪校のはずのこのチーム、次の試合で大差をつけられてボロ負け。ちなみに負けても敢闘を称える拍手は無かったそうよ」
選手的には、もはやホラーレベルの話になってきた気がする。こわい。
「その作戦を指示した監督は【勝つためには仕方がなかった】と述懐していたそうだけど。もしもこの結果を知っていたら、それでも実行したかな?選手のためを思えば、他の手段を取ったんじゃないかな?それにね、この件に関しては全国の高校野球の監督に『この作戦、ありか、無しか』でアンケートを取って、勝つためにはあり、と答えた監督も一定数あったみたいだけどさー。…次、自分がその立場になったとして、実行できると思う?勝負すると不利すぎる強打者への、全打席敬遠策。けして称賛される事はなく、名誉を得られない勝利のために」
俺には無理だな。前例が怖すぎる。少なくとも、ランナーが無ければ敬遠は無しだ。1点を献上する事になるとしても、学校の名誉とか選手の安全とかは守れるわけだし。
「だからね?【山崎には絶対に勝てないから、もう敬遠するほか無い】と判断させてしまったのなら、それはあたしの勝利ってわけ。選手としてはね」
もしも実行する監督がいたとしたら、もう命知らずの阿呆としか思えないけどさ。と言いつつ、さらに山崎は続けた。
「そもそも雲雀ヶ丘や明星とは状況が違うわよ。だいたい県大会は甲子園出場というプラチナチケットを奪い合う、ある意味で甲子園本選よりも厳しい、血で血を洗うデスマッチ状態でしょ?そもそも雲雀ヶ丘も明星も、最初の打席は勝負してきたし、1点差を争う試合展開や、大量得点を追う状況で、しかも県大会じゃ、連続敬遠も仕方ないとも言える。でも甲子園本選は優勝を目的とするだけでなく、地元代表としての見栄というか、名誉を守る必要なんかもある。地元の顔に泥を塗ってでも勝利が欲しいっていうなら、味方の応援団から泥団子をぶつけられても勝利を目指すだけの強力なメンタルが必要よねぇ」
そりゃ無理だな。少なくとも俺たちには。
「さっきの話のチームだけど、結局、監督は『試合に勝つこと』を至上とした作戦指示をしたのにも関わらず、それが原因で選手はまともに試合できる状態ではなくなってしまった。本末転倒とはこの事よ。その強打者を擁するチームに勝ちさえすれば、他の何物もいらない!というような、その試合に勝つ事が至上目的だったのならいいんだけど。先の事を考えての行動とは思えないわよね。もちろんこれは作戦の目的をどこに置くか、という事であって、善悪の話ではないわ。自分のやった事が正しいと信じるのであれば、後の試合で負けた後で泣いたり、選手に謝ったりとか、本当にバカバカしい事よ。その行為こそが自分の正義にとって正しい行動を取ったか否かを、すでに証明している」
なかなか考えさせられる話だ。試合に勝つことを至上とすべきか、否か、か。
「俺たちだったら、どうなんだろう?」
「あたし達の場合?迷う点なんかないでしょ?」
山崎は言った。
「あたし達が望むものは、何?勝利?深紅の大優勝旗?いいえ、違うわね。我々が望むものは、【名誉と称賛】それだけよ。勝利とは、そのための手段に過ぎない。称賛を得るために勝利を得ようとする。しかし、そこに名誉を守る行動が伴わなければ意味がない。我々は、実利だけを追求する人間にとっては、一円の価値もない【紳士的な自尊心】というモノを守る事にこそ、至上の意味を見出す。そうでしょう?」
まぁその結果として、いろいろ利益が入ってくるかもしれないけど、それは別の話。と余計な一言を挟んで、山崎はさらに続けた。
「他の連中の正義は知らないわよ。野球のルールを守っている限り、己の最も大切とする信条に従って、己の正義に従ってプレイすればいいわ。でもね、あたし達は『勝利のためにはどんな手段でも使うべきか』なんて事で、そんなに深く悩む必要なんて無いのよ?あたし達の判断基準はね、【自分がカッコいいと思えるかどうか!】それだけよ!!何年後か、それとも何十年後か、その時の自分を思い出して、『俺はよくやった』と思えるかどうか。ただ、それだけ。自分に恥ずかしくないよう、それだけを心掛ければいい。単純明快、これこそが我々の正義。勝てばすべてが肯定されるんじゃない。肯定される行為を貫き通して勝つからこそ、そこに至上の価値が生まれる。でしょう?」
山崎はまだ続ける。
「あたし達はそもそも初出場の無名校!圧力を与える偉大な先人もいなければ、無駄に守る必要のある『学校の箔』なんてものも無い。失うものなんて何もない。ただカッコ良くプレイすれば、それだけで得るものが沢山ある。とっても美味しい立場ってわけ!!だからね、『ただ勝つこと』なんて考える必要なんか無いのよ。『最高にカッコ良くプレイ』して、『そのついでに勝てばいい』だけなんだからさ!」
満面の笑みを浮かべて、山崎は、こう締めくくった。
「どんな手段でも勝てば名誉がくっ付いてくる、なんて考える、あたまの弱いおバカさんは世界中の色々なスポーツ界にいくらでもいるけれど、こと日本の甲子園大会本選では、ちょっと見かけないわね。そこは信用してる。…つまり、いくら強打者とはいえ、初めて対決する1年女子に初回から敬遠なんかしたら、笑い物にされた上で後ろ指さされる事は必至。地元に戻っても、表通りは歩けないわね。一度も勝負しないうちに連続敬遠なんて策を選択したら、もう他の土地への移住を余儀なくされるレベル。やる奴はいないわよ」
ごもっともである。
つまり常識的に考えて、このJKには勝負するしか無いわけだ。少なくとも初回は。野球強豪校であり、野球名門を自負する学校であるならば。監督も投手も、逃げる事などできないだろう。まだ前評判だけ、のようなものでもあるし。
…でもこいつ、普通のJKでも普通の高校球児の強打者でもないんだけど。聖皇のピッチャー、いったいどうやって攻めるつもりなんだろうか?真っ向勝負かな?
あるいは舐めてかかってくるとか。しょせん都市伝説、みたいな。だとすれば終わりだ。
「考えるだけ無駄か。全力でホームランでも打つ事を考えておくよ」
「そうそう。そういう事。皆も、甲子園でどうやって目立つか、それだけを考えておけばいいんじゃない?まぁ勝利に貢献できれば、それだけでニュースになったりするけど」
その後。
プレイヤーとしての見せ場がどう作り出せるのか。そんな事を話しあうミーティングとなった。お気楽極楽。緊張しないで野球を楽しむ。それこそが弘前野球部なのだ。
ほんとは試合進行したかったのですが、この部分がはみ出てしまったので、試合前に放り込んでおきます。それと試合進行はいつもの通りといえばいつもの通りみたいな感じで進めます。よろしくお願いします。
誤字報告、ほんとありがとうございます。ときどき意図的に変なタイミングで体言止めみたいな書き方してたりしてるため、いつもの欠けみたいに見えたりして、ご迷惑をおかけしております。今後ともユーザーデバッグの協力をお願いいたします。すみません。
いまだにポイントがちょこちょこ増えてて有り難いことです。
ブックマーク、評価入力は最新話の下あたりでポチポチと。お気持ちでよろしく。




