36 宿泊先での注意事項
性懲りもなく閑話のようなもの
「皆さん。―――ごめんなさい」
ざわり。ざわざわざわ。
部室内が、にわかにざわめき立つ。何が起きているのだ、と。
野球部全員集合、となって全員が部室に集合したのだが、皆の前に立つ山崎が、深く頭を下げ、チームメイトに謝罪の言葉を発したのだ。どのような天変地異の始まりか。そもそも、こやつは何に対して謝っているのか。この暴れん坊が謝罪する、その根本的な理由に恐怖すら覚える。
「その件については、私から説明しよう」
平塚監督が前に出た。珍しい流れだ。通常なら逆に山崎が平塚先生の話を混ぜっ返したりするのだが。ますますどうかしている。
「要は、我々が甲子園に縁遠すぎたため無知だったというか。勘違いなんだ。別に悪い話じゃあない。実は宿泊所なんだが…高野連が抑えている宿泊所を、参加校に割り当てる、という方式らしくてな。しかも通常の宿泊料金よりも割安…というか、上限を決めてあるらしくて、さらに少しだが高野連から補助金も出る。そんなに心配いらなかったという事なんだ」
「つまり最悪、野球部が少しばかり借金をすれば、充分に問題なく宿泊できたらしいの。決勝戦まで計算しても、全然問題ないわ。心配かけてゴメン」
そんなシステムだったのか。なるほど、高野連としても参加校にトラブルが発生して大会がグダグダになっても困るし、おそらくは過去に色々と問題も発生したんだろう。その対応の結果か。
「てっきり、そこら辺の運動部の全国大会みたいな扱いだと思ったんだけどねー。さすがは高野連、金も圧力も持ってるわぁ」
少しでも隙を見せるとディスってくるな、こいつは。
「なお、食事もバイキング方式で食べ放題らしい。食事の質も量も、心配ないぞ」
「むしろ食べすぎに注意らしいわよ。デブって能力低下する選手もいるとか」
食事もひと安心らしい。心配の種が無くなったな。
「…つまり、寄付金はそんなに集まらなくても問題なかったと?」
「いや、それは甘い」
俺の言葉を、すかさず切り捨てる山崎。
「見栄と応援には金がかかる」
「「「「見栄か」」」」
見栄ときたか。そりゃどういう意味かな。
「甲子園大会といえば、高校球児としてのハレの舞台。しかも全国放送で全試合が中継。全国津々浦々のお茶の間に、参加校の球児の姿が流れてしまう。…つまり、いつもの普段着ではなく、専用の晴れ着とかが必要なイベントという事よ。一般的には」
「「「「ああ―――」」」」
そういう意味か、なるほどと納得した。学校側としても県の側としても、見栄えには気を遣うというわけか。県の代表だもんな。他のスポーツでは、全試合の全国放送とはいかない。
「でもね。後援者の皆さまのおかげで、我々にも晴れ着が用意できました!!」
「「「「おおおお―――」」」」
部員の歓声。そしていつの間にやら、山崎の主導で話が進んでいる。いつも通りだ。
「なんかねー。野球部OBの方々が張り切ってくれちゃって。おかげで甲子園大会に使用する専用の新品ユニフォーム、防具、バットも一応。あと持ち出しの練習球やらスコアブック、ミーティング用の大型タブレットから小型プロジェクターに至るまで、消耗品のすべてが新調されて大会に挑めます。借金はありません」
「「「「ひゅうぅぅぅぅ――――」」」」
さすがハレの舞台。新調した晴れ着にて参加できるとは。初体験だな。
「もちろんこれだけで無くなる金額ではなく、余剰分は行き帰りの交通費の足しになるばかりか、各人それなりの額の、帰りの観光のお小遣いまで出ました。あ、ちなみに交通費にも高野連からの補助金が出ます。ほんと金持ってるわよね」
「「「「マジかぁ―――!!!」」」」
大阪観光のお小遣いまで出るとな?!大盤振る舞いではないかね!あとサラっといらない言葉をはさむんじゃないよ。
「好き放題できるほどではありませんが、適度に食べ歩きできるくらいはあります」
「「「「ひゃっほう!!!!」」」」
スゲェいい話だな!最高じゃん!大阪観光も楽しみじゃんか!!
「まぁ、それでも結構な余りが出てるんだけど、それは宿泊費への持ち出しとか、あとは翌年以降の野球部予算への繰り越し金ね。去年に比べればだけど、だいぶ贅沢ができるわよ。練習球はすべて新球に一新できるし、バッティング練習用のネットなんかも、新入部員に応じて新設できるくらいにはあります。ピッチングマシンの追加も可能です」
「「「おおおお―――」」」
かなりの金額だな。晴れ着その他の今年の費用だけでなく、来年の分もあるとは…どれだけ集まったのか、そして各費用にどれくらいの金額が必要とされているのか、聞くのが怖いレベルだ。こいつを聞いてしまうと甲子園出場校の裏の面を見てしまいそうなので、あえて聞きたくはない。
「さらに、応援部隊も恐ろしい勢いになっています。応援団部と吹奏楽部からなる混成ブラバン部隊ですが、なんと寄付金に加え、県の支援によって全日程合宿ツアーが組まれています」
「「「「はぁ??」」」」
全日程ツアーだと?!というか県の支援って何。
「野球部が負けるまでついてきます」
「「「「マジか」」」」
そんな金が出ているのか。
「あと地元市民相手に『弘前高校・甲子園初出場応援ツアー』なるものが組まれたらしくてね。これがもう結構な参加者で。現在の参加人数が、なんと2000人超えだっていうのよ。もちろんこれは第一試合の話なんだけど、我らがアルプスベンチの上は大規模応援団で埋め尽くされる事がほぼ確定したわ。我らが弘前野球部のチームカラーである、ありがちな濃紺色の野球帽とメガホンがずらりと並ぶわけよ」
「「「「……………」」」」
なにかプレッシャーが。そこまでバブル的なやつになってるの?
「なんかね、『創部以来の初出場』とかが『いい話系』でフィーバーしちゃってね?つぶやき系SNSとか、ダイジェスト編集の動画が動画サイトでバズるわ、もうスマッシュヒットのブームと化しているらしいと聞いているわ。普通に弘前野球部グッズが売れて、収益が上がってるとか。意味分からないわよね、実際」
「「「…………」」」
ちょっと大げさすぎませんかね。初戦で負けたらどうすんのかな、これ。
「F県にとっては、まさに急成長の金の成る木!と化しつつあるわけよ我が野球部は!!」
生々しすぎる。ホントにバブルじゃねえか。
「まぁ都市伝説レベルの1年女子の活躍とかも後押ししてるんだけどね。Tシャツデザインの許可申請とか来たんで、キャラクター使用料的なものは野球部に入るようにしておきました。平塚先生、税金関係が発生したら、よろしくお願いしますね」
「はぁ?!聞いてないぞ?!」
つい先日の話ですので。これ先方の名刺です。と平塚監督(顧問教師)に名刺が渡る。そっかー。顧問教師って、部の確定申告とか税金処理なんかもやるんだ。知らなかった。でも部費以外に収入がある野球部って珍しいよな。
「はい山崎せんせい。しつもんです」
「質問を許可します北島くん」
「Tシャツデザインて、どんな?投球シルエットとか?バッティングの方?」
「アニメ調5頭身キャラのプリントTシャツだけど」
商品サンプルと思わしきTシャツを取り出し、広げて見せる山崎。
なんとまさかのキャラクター商品展開。
「お前これで稼ぐつもりか?!」
「まさか。基本的に高校野球を商品にしちゃいけない事になってるのよ。これはあくまで『応援グッズ』で『収益の一部を貧乏野球部への寄付とします』みたいな事で、ギリギリ白寄りのグレーで黙認されている感じらしいし。本気で商品化したら高野連からアウト判定を食らう事になるでしょーよ。そしてこの収益によって、市民応援が格安の弾丸ツアーになっています。応援グッズが売れ続ける限り、応援部隊と野球部の来年度予算は安泰!というカラクリよ!!」
法の網の目をくぐる商売的な黒さを感じる。
「名前は入ってないからね。いざとなれば『モデルはいません』と言い張る覚悟はできています!!ぬかりは無いわ!!」
「完全にアウトじゃねぇか」
ふーむ。と山崎。
「せめてセウトで」
「アウト判定だろそれ!!」
セーフ寄りのアウトだからな!!
「予想外にアホみたく売れてるから、どこかの転バイヤーとかに売れているのかも。仮に甲子園の応援部隊の人が全員このTシャツ着てたら、なんかアニメファンの集いみたいになってるかもね。2000人の応援団が、アニメキャラTシャツを着用!!みたいな」
「ひどい有様じゃないのかな。それって」
アニメキャラのTシャツを着て応援する応援団。伝説になりそうな気がする。
「これで弘前高校の名を全国高校野球ファンの目に焼き付けてやるわ!!」
「どんなイメージを持たれるのか、それが心配でならない」
うちの高校、県でも有数の進学校なんだけどな。いちおう。
※※※※※※※※※※
「まぁ金の話はここまで。資金の心配は無いから、安心して移動日を待つように」
平塚先生がまとめた。そして。
「重要な話はここからよ」
山崎が続ける。今までのは重要では無いと言いおったぞ。
「宿泊所に着いてからの事だけど、自由時間の観光は、電車もタクシーも使用しない範囲に限ります。そしてもちろん夜間外出は禁止。そして知り合いが来た場合も、宿泊所の外やロビー内で会うのはいいけど、部屋に連れ込むのは禁止です。要はね、トラブル防止を厳格に行いますよー、という事ね。夜の歓楽街観光なんか絶対に許しません」
「さすがに心配しすぎだろ」
…と、仲間を見渡すと。ほぼ全員が視線を逸らした。こいつら。
「過去にはねー。地元のチンピラと喧嘩になって試合に出られなくなったレギュラーの話とか、脱走して風俗街でアレやコレやしてきた連中の話もあるのよ。ウチみたいな少人数チームでそれをやられると、人数不足で不戦敗になっちゃう可能性が高くなるのよ。夜の観光は言うまでもなく、昼の観光も遠距離移動はダメ」
「…言いたい事は分かるが…」
自由時間の観光もダメかな。健全でも。
「過去には、試合開始時間に戻るのが間に合わなくて、不戦敗になった伝説のチームの話もあります」
「マジか」
「ついでにそのチーム、当時に存在した『敗者復活制度』によって準々決勝からトーナメントに乱入、そのまま優勝してしまった伝説の持ち主です。なお、翌年から敗者復活はなくなりました。さすがにクレームがあったようです」
「それはごもっとも」
さすがに他の参加校からは、ちょっと納得いかない話。甲子園って面白いネタがいっぱいあるなぁ。
「そもそも付き合ってる彼女とか彼女候補とかいる時点で夜の風俗観光とか、不誠実きわまるというもの」
「待った。今なんて?」
聞き流せぬ情報が入ったぞ。
「校内有志によって組織されたリア特警(リア充を摘発する特殊高等警察)によると、野球部男子は甲子園バブルによって恋愛ブルジョワジーと化している、という情報が入っております。彼女持ちは男子部員10人のうち7人、複数女子と彼女未満の付き合いをしているものが2人、なおリア特警の報告では彼女持ち8人でしたが、うち1人は冤罪のため除外しています。残りの男子はすべて有罪。つまり大阪の夜遊びなんて学生どうこう以前の問題として論外ってわけよ」
「馬鹿なっ!!!」
思わず俺は叫んでいた。
「そう。無実なのはアンタだけよ、悟」
こっちの検察席に来ていいわよー。と、手まねきする山崎。
「彼女持ち7人のうち5人は、女子の方から告白があったらしいわよ」
「なぜだっ!俺だって『北島くーん』とか言われて手を振ってキャ―、とかいうリアクションくらいはもらっている!しかし俺にモーションをかけてきた女子はいないぞ!!何故だ!なぜ俺は恋愛貧民のままなんだ!攻撃の主軸なのに!!」
ええー、と全員の目が俺を見る。
「そりゃアンタ、世間一般ではあたしと付き合ってると思われてるからよ」
「がっでむ!!」
だんだんだん、と地団駄を踏む。
「あたしは見ての通りスタイル抜群でかつ、きょにゅーだし。顔の出来はまだしも、バストサイズとスタイルにおいて、どちらも山崎さんを上回る女子は、現在の弘前高には居ないわ。戦力不足で勝負を控えるわけね」
戦う前から戦意が折られるわけか。あと顔の出来でも勝ってる女子を見たことない。くそう、やってみないと分からないじゃないかよ。
「となると彼女がいてもかまやしねぇよ、という猛者しかコナをかけて来ないわけなんだけど、そういう人も甲子園大会の準備期間に入っちゃうと、さすがに様子を見るわよねー。何かトラブルがあって野球部がどうにかなっちゃったら、稀代の悪党として吊し上げを食らうわけなんだから。大会終了までリスク回避するわよ」
俺は黙って、山崎の隣に並ぶと姿勢を正して声を張り上げる。
「高校球児は、清廉潔白にて質実剛健!!大会が終わるまで、彼女とは距離を置けぇ!!現地では無論、品行方正を心がけ、文武両道を体現せよ!!!」
「「「おのれ裏切ったか北島!!」」」「「貴様それでも男子か!!」」
うるせえ!裏切り者はお前らじゃねえかよ!
「「それならキャプテンはどうなるんだよ!」」
「えっ」
どういう事ですかね。
「悟、あんた知らなかったの?山田キャプテンと大槻センパイは彼氏彼女の関係よ?なんでも大槻センパイの言によれば、真面目で頼り甲斐のあるところがいいんですって!」
「なんじゃそりゃああああ」
もうだれも信じられない。
※※※※※※※※※※
「キャプテンは?もう出かけた?」
「監督と一緒に予備抽選に出かけたわよ。一泊の出張」
「移動は?」
「明々後日の午後。午前は簡単に壮行会。午後には移動開始して、夜には宿泊所にチェックインする予定ね。以降は開会式のリハーサル及び練習、などなど」
そうかあ。いよいよ、現地に移動か。
俺たちの甲子園、いざ、開幕。てな感じだな。
「で、赤点コンビの二人は?」
「今晩の花火大会に誰を誘うかで、複数の交際相手とモメてる」
「馬鹿どもめ。せいぜい苦しむがいい」
ざまあ見ろだぜ。バブルに酔うからだ。
「他は平和なもんね。まぁ一応『チューまでは許容範囲とする。それ以上は処刑対象』と言ってあるし、分相応な思い出を胸に、甲子園へ旅立てるでしょうよ」
「おのれリア充どもめ」
納得いかぬ。
「つまり悟は今晩の予定はガラ空きね」
「仕方ねぇだろうよ。まぁ花火は一人でも見られるしなー」
「それじゃあ、あたしが一緒に行ってあげましょう」
「それなんて死亡フラグ」
実の無い噂を固める作業ではないか。
「細かい事を言いなさんなって。あたしの『ちょっと着崩した浴衣』を見せてあげるから」
「なんで着崩すか」
仕方無いのよー。と文句を言う山崎。
「あのね。きょにゅーの人は、サラシで胸を潰すか、タオルを胴に死ぬほど巻いて平滑化しないと、奇麗に着物類が着られないのよ。気楽に着物類を着るためには、ちょっと着崩すしか着る方法が無いわけよ」
「おばさんに叱られないの?」
「そこは逃げる」
あとで俺が怒られたりしないんだろうか。少し心配だ。
「まぁ一人は寂しいので、お願いします」
「よきにはからえ」
何だかんだと平常運転だな。こいつ。
いよいよ甲子園本選が間近に迫って、さすがに俺たちも緊張してきた。今までは山崎が無茶苦茶やるのについて行くばかりで、緊張する間も無かったというか。実際、決勝戦が始まっても、『現金なにわか応援が大勢いやがるなー』程度のものだったし。
山崎が終始仕切って、やりたい放題だったし。
しかし。いよいよ【全国大会】である。県代表同士の勝負の連続だ。
テレビ中継も、地方テレビではなく、国営の全国放送だ。しかも最初から最後まで。本当に大丈夫かな俺たち。よく「緊張して日頃の力が出せませんでしたー」って言う人達、中継ではよく見かけるしな。俺たち初出場組だし。
それでも。
この暴れん坊がいる限り、それなりに何とかなる。そんな気がする。なんといっても、こいつの信頼性だけは抜群なのだ。特に俺にとっては。
「さぁーて。『地方の都市伝説』を『全国区の都市伝説』にしてやるぞー!!」
「なぜ都市伝説にこだわるのか」
相変わらずの山崎節。そしてこいつの『相変わらず』が、全国大会でどのように発揮されるのか。それを楽しみにしている自分に、少しだけ笑ってしまった。
滑り込みセーフ(セウト)。ちょっと差し込みたくなったので差し込みます。もう通常営業です。高校野球をポチポチ見ながら書いたり消したりしています。更新は不定期です。
誤字報告機能の活用、毎度ありがとうございます。とりあえず直して、いい感じに修正できる機会を待ったり。とにかく助かっております。
ブックマークやら評価入力はお気持ちで。最新話の下の方にあります。書き始める直前に目標としていた作品のポイントになんか迫ってきたな。まず無理だと思っていたのに。ほんとみんな優しい。奇跡か。
 




