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33 豆畑と犬と私

野球以外は不要と思われる方はスルー(その1)

 夏の畑は、雑草との戦争である。


 もちろん除草剤などを効果的に使用すれば、雑草への対応は最小限で済む。しかし農薬には金がかかる。残留農薬がどうこう言う一般消費者や、知ったかぶりの自称有識者や、知識を聞きかじりの芸能人などが偉そうに大声で何やら言うが、農家だって農薬なんか使用したくはないのだ。

 アブラムシは病気を媒介してしまう。下手をすれば農作物は全滅だ。小さな苗の段階で夜盗や根切りと呼ばれる蛾の幼虫に食われてしまえば、せっかくの畑が丸坊主だ。

 雑草にしてもそうで、伸びが速い夏の季節に、雨の後に1週間も放置していれば農作物は雑草に埋没してしまい、湿気と日照量不足で枯れてしまう。


 しかし金がなければ、農薬もトンネルネットも使用できない。となれば、人力でどうにかする他ない。昔ながらの、明治大正までの人力作業がすべてというわけだ。

 ちなみに作物の周囲の雑草を減らすマルチや、アブラムシの侵入を防ぐネット等は金がかかるし、設置にも人力が必要となる。結局、無農薬でド高い野菜にするか、農薬を適度に使用して程々の値段の野菜にするか。そういう事なのだ。


 これは家庭菜園でも同様となる。むしろ、プロでないために、費用対効果が無茶苦茶になってしまったりする。スーパーで買った方が安くておいしい農薬野菜か、無農薬だが苦くてまずい自家製野菜を食べるか。どっちかを選べお前ら。


 無農薬ならいいじゃん!とか言う連中は、いちど家庭菜園を自分でやって、虫喰いまみれの白菜を食べてみればいいと思う。白菜が自製した農薬のような物質により(攻撃される度に生成されるのだ)苦くてたまらない白菜に育つ。霜が降って糖度が上がるまでは、現代人などとても食えない味だ。

 あとキャベツの青虫はブッ殺す。モンシロチョウは皆殺しだ。紋黒白蝶は絶対に許さん。あの連中、外側の硬い葉っぱだけを食っていればまだ可愛げがあるものを。真ん中の柔らかい部分ばかりムシャムシャやりおって。キャベツも苦くなるし。


 人間様の人工環境に侵入したからには死あるのみだ。対価は貴様らの命だ。…とにかく、冬場に比べて雑草と害虫の対策が多いのが夏の畑というわけだ。


「ふぃー。あっついなぁ」

 長そで長ズボン。そして軍手。首には濡れタオル。頭には大きな麦わら帽子。この完全装備がなければ、夏の家庭菜園はやってられない。もちろん給水ドリンクも必須だ。

 私は少し草むしりを休みながら、ドリンクを飲んで辺りを見回す。と、その時。


 へっへっへっへっ。


「あ、コタロー」

 大豆の列の陰から、若いビーグル犬が走ってきた。柴村さんちのコタローだ。この暑い日中に御苦労なことだ。畑の見回りのつもりだろうか。

 柴村さんちは20メートルくらい先にある農家だけど、メインで農作業をしている柴村のおじいちゃんが最近は仕事が間に合わなくなって、一部の畑をレンタル畑として貸し出していたりする。ちなみに私は畑の上がりを半分納めることでタダで貸してもらっている。畑の面積はだいたい10アールほどで、一人が借りている家庭菜園農地としては広い。

 子供のころから畑に入り込んで、おじいちゃんと仲良くなっていた賜物である。


 なお、コタローはおじいちゃんが飼っている犬だ。首輪はしているものの、ほぼ放し飼い状態である。あたしととっても仲良しだ。


 ずさー。ごろん。へっへっ。

 コタローは目の前まで来ると、滑り込んで引っくりかえってお腹を見せた。


「よーしよし。コタローは相変わらずだねー」

 コタローの白いお腹をなでなでする。コタローも嬉しそうだ。


 ――と、コタローが体を起こして、伏せの状態でじっとした。

 あたしの背後を見ている。…ふうん。この畑に来るとは。余所者か。それとも若い奴か。いずれにせよ、あたしの畑に侵入したからには、対価を払ってもらう。

 あたしはすぐそばに置いてある、真竹の竹竿を手繰り寄せた。自作の、適度な太さと長さの竹竿。先端部はカップ状に加工された自作の木製部品が取り付けられている。

 そのカップに投擲用の石を装着すると、振り返りざまに鋭く振り抜いた。


 ―――バヒュッ! 『グワッ』


 投石機から発射された石の一撃を食らって、畑に立てた竹竿に停まっていたカラスは地面へと墜落した。


「GO!」

 あたしの命令に従い、コタローが飛び出す。カラスを回収に行ったのだ。必要とあらば止めを刺す役目もある。

 ビーグルは英国原産の狩猟犬だ。もともとは群れで運用する、ウサギ狩りの勢子として使用されていたらしい。数種あるビーグルの、しっぽの先端の白い毛は共通の特徴で、草むらに入った時にウサギと間違って射撃されないために品種改良されたものだという。

 カラスに向かって飛び出していったコタローの、ピンと立てたしっぽの白毛が豆の向こうで揺れている。捕まえたようだ。


 少し待つと、カラスの首を咥えたコタローが嬉しそうに戻ってきた。


「よーしよし。ちょっとお待ちよー」

 コタローを撫でまくって褒め、カラスを受け取ると地面に突き刺した竹竿の上端から、麻紐で吊るす。そしてそのまま羽根をばりばり毟ると、カラスの首を雑草刈りの鋸鎌で切り裂いた。鮮やかな血がぼたぼた落ちる。しばらくは血抜きだ。


 へっへっへっへっ。


 コタローがしっぽを振って興奮している。だめだよー。血は舐めちゃ。以前にカラスの血で顔を血まみれにして家に戻ったコタローを柴村さんちのおばさんが発見して、大騒ぎになっちゃった事があるんだからねー。よしと言うまで勝手な事をしたら、しばくよ?


「あれっ?向こうから来るのは…おーい!悟じゃん!こっち来なさいよー!!」

 わんわん。コタローも吠える。畑の前で自転車を停めた悟がやって来た。


「この光景…久し振りだな…」

 吊るされたカラスを見て、悟が言った。

「豆まきした豆畑に立てた竿に結わえる黒いビニール片は、吊るしたカラスを模したものという話を聞いた事はあるけどさ。本物を吊るすのはお前のところぐらいだよな」

「こいつが『吊るしてください』ってやって来たのよ。仕方ないわよね」


 古株のカラスや、仲間が撃墜されるのを見た事のある地元カラスは、けっして私の豆畑には近づかない。近づく間抜けは遠くから来た余所者か、去年くらいに生まれた若い奴かだ。こいつはたぶん後者かな。馬鹿なやつだ。

 秋の収穫期に、あたしが見ていない時に畑を襲った集団がいた事もあったが、その時は徹底した報復攻撃で地元のカラス群を壊滅寸前に追い込んでやったしね。少しだけ生かしておいてやったのは、2度とあたしの畑に近寄らせないためだ。農作物の対価は命。それがあたしの畑のルールだ。


「熟成してる時間はないけどさ。新鮮な鳥肉で焼き鳥にしましょーよ。その代わり、草むしりを手伝いなさいよね。あっちの端っこの方からやってきてよ。隣の畑との境界を」

「わーったよ。帽子くれよ帽子」

「編み傘ならそこの案山子のやつを借りて」

「あの怖い奴?!呪わないように言っといてくれよ!!」


 悟が怖い案山子と言っているのは、隣の畑に立ててある、マネキンの首を使った案山子の事で、夕暮れ時とかに見ると、どう見ても亡霊か何かにしか見えないやつだ。

 地味に近所の子供の恐怖スポットになっていると聞いた事がある。いったい何時から立っているのか、あたし達が子供の頃にはすでに畑に立っていた気がするなぁ。先輩か。


※※※※※※※※※※


 焼き鳥は塩味だけだったけど、まあまあだった。また来てくれてもいいな。

 まずあたしが肝を塩で焼いて食べ、次にコタローと悟に分け前を渡す。序列は重要だ。なお、カラスが黒いのは羽根だけで、肉は鶏肉と変わらない。ついでに言えば、弓や空気銃でカラスを撃つと野鳥保護だとか(馬鹿な話だ)狩猟法だとかに引っかかるが、自分の畑で石をぶつける分には違法でもなんでもない。投石は合法なのだ。


「平和よねぇ」

「カラス以外はなぁ」

 へっへっへっへっ。


 コタローはさすがに暑そうだなぁ。犬は毛皮に汗腺が無いからなぁ。田圃の用水路の冷水に漬けこんでやろうかしらん。


「ねぇ、悟」

「んー?」

 へっへっへっへっ。


 スカッと晴れすぎた青空を見ながら、少しだけセンチメンタルな気分になった私は、なんとなく口を開く。


「自分の畑が欲しいなぁ」

「家庭菜園的にかな。お前、野菜とか植物とか好きだもんな。育成が」

 へっへっへっへっ。


 遠くから、セミの鳴き声が聞こえてくる。


「緑っていいよねぇ。酸素は作ってくれるし、食べられるし、基本的に裏切らないし。おいしくて、おいしくて、おいしい」

「意味はわからんでもないが」

 へっへっへっへっ。


 大きくて白い雲が、西の方からゆっくりと動いている。明日は少しだけ降るかな。


「柴村のおじいちゃん、あと何年生きてくれるかなぁ」

「重い。言わんとする事は分かるけどな。その時が来たら、無料レンタルも終わりか」

 へっへっへっへっ。


 コタローの頭をぐりぐり撫でる。


「そうなっちゃったら、コタローのフリーダム生活も終わりかなぁ」

「かもなぁ。今でも時々問題視されてるし」

 へっへっへっへっ。ぶしゅっ。


 あっコタローがくしゃみした。ビーグルって時々不意にくしゃみするけど、なんでかな。ゴムパッキンみたいな口の形状のせいかな。


「…平穏な日を獲得するためには、やはり金か」

「きゅうに生臭くて辛い話題になりよる」

「そうね。『辛い』という字と、『幸せ』という字は似てるわ」

「聞きとうない」

「辛い思いを一歩ずつ歩み進めると、幸せが得られるのよ」

「やめてください」


 そうは言うけどね、悟。

 人間、どこでどう死ぬかなんて、わかったもんじゃないのよ。

 真面目に仕事してれば、平平凡凡と気楽に生きていられると思っていても。

 ある日、ある時、突然に人生が終わっちゃう事もあるんだから。

 可能な限り自由に生きて、自分の生き方を自分で決められない限りは、どこでどうなっちゃっても不思議じゃないんだから。

 あの時のあたしみたいにね。

 真面目にサラリーマンしてて、余暇の楽しみにベースボールやって。

 ベースボールの世界を唯一神聖な、自分の聖地と決めて。

 他の生活はそれを支えるための代償と割り切っても。

 突然にその流れが打ち切られる事もある。


 できるだけ後悔が少なくなるように。

 自分の幸せはどこにあるのか、ちょっとは考えた方がいいと思うよ。


 あたしは、ぼけーっと風景を眺める悟の横顔と、おとなしく頭を撫でられているコタローの毛並みを交互に見ながら、薄れゆく前世の記憶を思い出していた。

 久し振りに。…もう正確に思い出せなくなりつつある、前世の記憶を。




死に設定とも言えます。また、山崎の昔の記憶なんてフレーバーテキスト的なものとも言えます。必要じゃないって言えば必要じゃないのです。作者の頭の中だけで充分とも言えます。

気になる人はスルーする方向で。重要ではないと言えば重要ではありません。よろしくお願いします。

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