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32 雲雀ヶ丘の夏 OBとの交流

とても平和な日常風景

 前略、山崎 桜さま。お元気でしょうか。

 わたしたち雲雀ヶ丘女子野球部は元気です。


「竹内―!コース甘いぞ!腕力じゃ男子に勝てないんだから!コース甘かったら意味ないんだよ!コントロール第一!一球たりとも気を抜くな!!」

「はいっ!!」


 グラウンドでは次世代エースを担う竹内さんが、田中にしごかれています。もちろんもう一人のエースピッチャー候補の川崎さんも、竹内さんと競うようにして頑張っています。これも山崎さんのおかげです。


「広瀬!神崎!松原!!ダッシュ遅いよ!打ったらすぐ反応!打球の先読みなしで外野は務まらない!休憩あとでダッシュやるからね!!」

「「「はいぃ――!!!」」」


 うちの弱点とも言える外野守備も強化中です。がんばってます。とてもがんばってます。これもすべて山崎さんのおかげです。

 というか。山崎さんのインタビューのおかげですぅ。

 おかげで私も田中も佐藤も、3年はもう引退だぁ、と思っていたのに秋までの期間限定で現役続行になっちゃったし、引き継ぎは思ったより本気の本気です。それもこれも。


※※※※※


『――ありがとうございました。では山崎選手、これまでの試合を振り返っての感想を聞きたいのですが、いちばん大変だったのはどんな時でしたか?』

「雲雀ヶ丘の徹底した、現実的な戦術に直面した時です。雲雀ヶ丘は強かったです」

『雲雀ヶ丘女子ですか』

「はい。私はすぐに打たせてもらえませんでしたが、他の打者に対しても緩急とコントロールのピッチングは優秀で、狙いを絞り切れない当校の打者は打つに打てない状況でした。田中投手は優秀でしたね。キャッチャーの大滝さんのリードもそうです。ホームスチールは竹内さんの不意をついたからできたようなもので、出来すぎでした」

『おおー』

「正直いちばん立ち直りに時間がかかったのは雲雀ヶ丘戦でした」

『それは、決勝戦の明星と比べても?』

「はい。明星は投手力においては木村選手の能力で押された感がありましたが、雲雀ヶ丘は純粋に技術で抑えられた感触です。守備においても、内野の堅さは明星よりも雲雀ヶ丘の方が上でしたね。ウチの打線も困り果てていました」

『パワーを技術でカバー、という感じでしょうか』

「まったくもって。あの姿勢と技術は、当校としても学ぶべき点が多々ありました。正直いって、来年も強敵になるであろう事は確信しています」

『すばらしい評価ですね』

「女子選手としても期待しています。私が言うのも何ですが、投球はコントロールと緩急が肝だとも言われます。実際、速球打ちが得意な当校の打線も苦労しました。そして内野守備の堅さからも分かる通り、守備は筋力だけでは優劣を簡単につけられません。雲雀ヶ丘は野球の面白さを表す一つの指標とも言えると思います」


※※※※※


 などと。

 山崎さんが優勝後のインタビューで好き放題に雲雀ヶ丘を持ち上げてくれたおかげで、現在ウチの野球部には練習試合の申し込みが殺到しているのだ。

 明星などの名門有名校よりも敷居が低く、実力があるという評価ゆえなのだろう。県外ではどうか知らないが、県内の高校野球関係者では山崎さんは生きた伝説と化しつつある。その山崎さんが手放しで褒めてくれやがったものだから、雲雀ヶ丘野球部はもう大変。

 捌き切れないから、ある程度はお断りしているのだが。学校上層部からも学校の宣伝になるから出来るだけ受け入れてくれとか言われているし。期待されているのに大した事ないとか思われても癪だし対外評価的にも困るし、練習が必死になっている。

 おかげで3年は秋まで現役残留して練習試合を処理、2年1年の育成に力を入れる事になった。ほぼ夏休み返上で。


「弘前の甲子園応援に行けないかもしれない…」

「山崎さん効果はすごいなぁー」

「ラクロス部の本田に行ってもらうかな?あの子、山崎さんのファンになったじゃん」

 野球をもう少し続けられるのはうれしい。試合も楽しい。でも忙しすぎだよ。


「山崎さーん!ちょっと手加減してよ―――!!!」


 そんな私の声は、とうぜんながら山崎さんに届くことはなかった。



※※※※※※※※※※


「山崎。本日の予定を前に、言っておく事がある」

 平塚監督(先生)が、真剣な表情で口を開く。なお、先生の前には野球部全員がユニフォーム姿で整列しているのだが、わざわざ山崎だけを名指しだ。


「なんでしょうか」

「今日、野球部がお呼ばれしているのは、確定支援者の中でも重要性の高い、野球部OBの中でも…簡単に言えば偉いさんが集まっているパーティだということは言ってあるな?」

「はい、覚えています」


 本日の野球部のお仕事は、寄付を募るための広報活動である。それも支援確定の野球部のOB。大先輩とか超先輩とかの方々。中には会社役員の方とか事業主の方もいるらしい。今風の方法、いわゆるWeb宣伝等やSNS等によるネット募金活動の方も順調に成果を上げているようで、遠征費用は着々と集まりつつあるようだと聞いた。

 しかし伝統的な方法、野球部OBや学校OBへの寄付依頼、地元からの募金活動もおろそかにはできない。特にウチみたいな運動部の場合、OBに失礼があってはいけないし、支援という意味では確実に期待できるところなのだ。だから。


「今日は無茶してくれるなよ」

 監督がこう言うのも分かる。


「しょうじき意味が分かりません」

「「「「そんな事ぁないだろう」」」」

 部員からのリアクションも入る。

 まったくだぜ。要は余所ゆきの猫の皮を十枚は被れ、と言っているのだが。


「ちゃんと覚悟は決めてきました。準備もほら」

 山崎が野球のバッグを差し出す。


「…何が入ってるんだ?」

「学校指定のスク水と、旧指定のいわゆる『旧スク水』の両方です。旧の方は入手に苦労しました。けっこう高かったんですよー。あ、領収書もあるので経費として」

「「「「なぜそんなものを持ってきた」」」」

 お前は何をする気なんだ。


「だって今日は、年配のお偉いさんが来るんでしょう?というか、そのお相手」

「まぁ、それはそうだが」

「私と大槻センパイは、コンパニオンみたいなものじゃないんですか?」

「ええっ?!そうなのぉ?!!!」

「「「「んな訳ないだろう」」」」

 そりゃまぁお酌くらいはあるかも知れないが…なぜスク水なんだよ。野球部だぞ。


「あのな山崎…大昔だったら高校生に酒を飲ます人もいただろうが、今どきはそんな事は無いし、きわめて健全なお呼ばれだ。お酌くらいは希望されるかもしれないが…なんでそこでスクール水着が出てくるんだ。繋がりがわからない」

 監督の言葉がもっともである。なんでスク水。


「お偉いさんというから、伊藤先生みたいな人もいるかと思って」

「…伊藤先生?」

 誰かな。ウチの高校にそんな名前のセクハラ教師はいなかったはずだけど。


「誰なんだ、その伊藤先生って」

「伊藤博文せんせい」

 それって初代総理大臣の人かな?旧千円札とかの、お髭の立派な人。


「伊藤博文せんせいは、近代日本の偉人で初代総理大臣なお方ですが」

 うんうん。

「女好きとしても知られており」

 急に雲行きが怪しくなった。


「明治の金持ちは『女を囲うのは男の甲斐性』とばかりに各地に愛人やら現地妻やらを囲うのが普通で伊藤せんせいもその例にもれず」

 あーうん。確かにそんな風潮だよな、明治だし。


「中でも伊藤先生は【女体盛り】の発明者として全世界的に有名だとか」

「「「「お前なにを言い出すんだ」」」」

「だからせめてスク水盛りで許してもらえればと思いました」

「「「「ひどい覚悟だな!!!」」」」

「だから大槻センパイのサイズのスク水を2種類」

「あたしの分だったの?!」

「ちゃんと見て見ぬ振りをする覚悟だけは決めてきました」

 オチが酷いだろうが。


「お前、仮に自分がそれを要求されたらどうするつもりだったんだよ」

「護身術というものをレクチャーしてやる!!」

 本当に酷ぇよ。


 もちろん、伊藤先生みたいな人はいなかった。

 その代わり、「いやぁー、ユニフォームもデザインが変わったなぁ」「僕も現役はピッチャーやっててねぇ」「今は昔と違って暑いだろ?大変だよね君ら」みたいな感じで大先輩たちからものすごく話しかけられてソフトドリンク飲みなさい飲みなさいと言われ、お腹すいてないかね、ほら寿司も肉もあるぞと食い物を勧められまくった。

 もっとも一番盛り上がったのは「ぼく現役時代は捕手だったんだよ」という先輩が現れた後の事だった。


「そんな事もあろうかとキャッチャーミットと練習球が!!」


 と言って山崎がバッグからミットとボールを取りだした。普通の道具も入っていたのかと思う間もなく、かなり年配の大先輩にミットを持たせて座らせてしまい、10メートルちょっとあればいい程度の距離から(つまりは通常よりも近い)けっこういい感じのボールを投げた。


 パァ――――ン!!!「ひぎぇえ!!」


「おおお!!」「凄いなこれ!!」「ちょっとボックス入らせろ」「俺が先だ俺が」

「ちょっと待てコレ速すぎる」「早く投げてくれよ」「誰か審判やれよ」


 あんま無茶すんなよ!防具もないだろ!!

「マウンドもないし、ほどほどにやってるから」

「コントロール重視でやれよ。マジで怪我人はまずい」


 へぇへぇ。と適当な返事で投げる山崎の投球に、OB軍団は大盛り上がり。

 最後にはキャプテンを座らせて、平面で投げられるほぼ全力の一球を投げた。…いつもより近い距離で受けるボールに、キャプテンは「ぎゃー!」とか言ってたけど。そりゃ怖いわ。まともな防具も無かったし。

 そのおかげがあったのか、最後には「支援はまかせとけ!」と上機嫌で大先輩たちは帰っていったけどさ。


「ところで監督」

「なんだ山崎」

「この通販で買った旧スク水なんですけど。領収証…」

「却下だ。野球部では落ちない」


 そんなぁー。と、意味不明な山崎の鳴き声で今日という日は終わった。


 弘前高校野球部、本日もいたって平和である。




お気楽な話を適当に投げ込んでいます。

暇な時間にチェックしていってください。ブックマークや評価入力をしてもいいと思われる方は、最新話の下のところあたりでポチポチやっといて下さい。お気持ちで。


次は少し時間あけるかも。あと連投になるかもしれません。

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