31 野球部の平和な日常
どうでもいい平和な日常
県大会の閉会式が終わり、数日が経った。
ガチガチに固まった山田キャプテンが優勝旗を、副キャプテンがいない我が部でのトロフィー受け取り役を満面の笑みで余裕ありまくりの山崎が受け持ち、県大会優勝校だけの戦利品を持った俺たち弘前野球部ナインを出迎えたのは、【祝・弘前高校野球部、全国高校野球大会甲子園本選出場!!】という、校舎屋上の柵に結わえられた大きな横断幕だった。
「こういうの、突貫で用意できるもんなんだ…」「出かける前は無かった」
「旗屋さんに頼むんだっけ?こういうの」「いくらするんだよ」
正直なところ、少しだけ呆れた。
こーいうのに金を使うなら、遠征費用に回してくれ!
とか思ったが、これが宣伝となって遠征費用の寄付が集まるのなら、初期投資というやつなのかも知れない。是非とも我々の食事内容の改善に役立って欲しい。
県代表になった以上、今更キャンセルはできんのだ。寄付が少なければ、特別予算を組んでもらうぜ!なにしろ公立無名校の初出場だしな!話題性は抜群だ!!
それに加えて、生きた都市伝説レベルの超高校級高校球児(女子)の山崎もいる。F県としても、面子の立たない真似はできまいよ!!
金がなければ、最悪の場合は河川敷の橋の下キャンプになりかねない。悪い意味で伝説になってやるからな!!!
F県大会の優勝旗、焦げ茶の大優勝旗は昼前から夕方までは、野球部の部室に飾られる事になった。保安上の問題もあるから気をつけているけれど、やはり期間限定で間近に見られるという事で、野球部員の大人気スポットとなっている。なお、もらってきた(預かってきたのだが)当日は、各運動部の部室の近くを回って「どやぁ!」と自慢して回った。もちろん山崎が。どうやら全校集会でドヤるだけでは満足できなかったらしい。
「すんすん」「ええ匂いやわぁ」「これが青春の匂い」
「うん。防虫剤と除菌剤の匂いだわ」「虫喰いが大敵だもんな」
優勝旗の匂いをかぐ部員。そんな部員の姿を見て、山崎は
「あはは。柴村さんちのコタローみたい」
と笑っていた。
「コタローって誰だ北島」
「柴村さんちの犬ですよ。ほら、外国漫画キャラの『スヌーフィー』っているでしょ?あれと同じくビーグル犬です。まだ若いんで、キレイな白黒茶の三毛犬っスよ」
「スヌーフィーは老犬よね。あの二足歩行犬は」
「ビーグルは年取ると色が抜けて白くなるっていうからなー。コタローはまだ若いし」
「コタローもあと28年くらい生きれば2足歩行できるようになるかな!」
「犬又かよ」
どうやらスヌーフィーは妖怪のようだった。などといつもの馬鹿話をする。
そんなある日。
我々野球部員は、校内に何やら流行があるのに気づいた。
歌…いや、曲だ。よく鼻歌でフンフン言っているのを聞く。なんだろう。
なんか聞いたことのある曲な気がするが。
「ああ、あれ?キャンペーンソングを導入したんだけど」
部室で皆がいる時に山崎に聞いてみると、すぐに答えが返ってきた。
やはり山崎がなにやら知っていたようだ。というか、詳しいな。
「応援団部と吹奏楽部に、野球部の応援曲の相談を受けた時に、ついでにね」
ほぼ山崎の仕業と言ってもよかった。
で。キャンペーンソングって何だ。何のキャンペーン?
「甲子園に行って野球部を応援しよう!キャンペーンよ!甲子園ってウチの県からは西でしょう?で、昔の洋楽で『西に行こう』って歌があったから、それを採用してね。ほら、サッカーのチャント(応援歌)とかで、けっこう有名なやつよ。何回かカヴァーされてるんだけど、いちばん売れたイギリスのバンドのやつの歌詞はまぁ、東西冷戦とかその他もろもろを皮肉ったやつだったりするんだけどさ。西に旅立って野球部を応援しよう!って感じで採用したわけよ」
「サッカーのチャントで有名だと、なんかサッカーのキャンペーンみたいなのだが」
そんなの弘前高生がわかってりゃいいのよー!と山崎は吠えた。
「とにかく野球部の今後のためにも、生徒の一体感を演出する事は必要なのです。ウチの県は無茶ぶりやってくれたおかげで県大会が夏休み前に終わってくれたし、どうにかしてこの機に野球部の地位を不動のものにしておきたい。今こそ宣伝のとき」
「何げに野望のようなものを掲げているな」
まぁ今までの地位が低すぎた感もあるけれど。
「うまく寄付金が集まったら、野球部の遠征費用を差し引いた余りで応援団部と吹奏楽部から編成されたブラバン応援部隊で遠征応援軍団を組織しないといけないしね。ちょうど良かったから、応援曲のリクエストを出しておいたわ。弘前しか使わないようなやつを」
「山崎のリクエストというだけで何やら不安が」
だいじょうぶなのか、その曲は。
「ぜんぜん大丈夫よ!一打大量得点とか、一打逆転の時に演奏して欲しいやつを頼んだだけだしさ!他は普通にありがちなやつよ」
「ほー。ピンポイントだが効果的かな。どんなの?」
「ほら、小学校低学年のころ、夏休みの夕方にまとめて放送してた、昔のヒーローアニメ覚えてない?野球の要素が入ったやつ。ヒーローが野球のアンダーシャツっぽいデザインのバトルスーツを着て悪役と戦うやつでさ。ヒロインが毎回ピンチになって、ヒロインを襲う悪漢に硬球をぶつけて登場するヒーローのやつ」
「あー…なんか覚えがあるな…内容はうろ覚えだけど」
「それの挿入歌」
挿入歌かよ。主題歌じゃないのかよ。なんでなんだよ。
「ヒーローが悪役ロボと戦う時に乗り込むヒーローロボの合体変形シーンで必ず流れるのよ。ヒーローロボの名前が『逆転皇』って名前で、曲名が『ああ逆転皇』なわけ。あの曲、すんごく好きでねー。それと番組名は『一発逆転マン』だったかな?野球要素がところどころに入ってて、突っ込みどころが多いところも好きだったわー」
「よく覚えてないけど、ヒーローロボも野球要素かな。名前がそうだし」
「たしか武器はビームライフルと剣だった」
「野球要素がまるでないな」
「ヒーローもヒロインのピンチに乱入する時は硬球をぶつけるけど、あとは徒手格闘で、野球要素のあるのはバトルスーツのデザインだけだったなぁ」
そんなのでいいんだろうか。
「とにかく、『逆転皇、見参!!』とかやりたいわけよ!!」
「お前のロマンだけだな」
「できればピンチに陥った後、一発逆転のチャンスが欲しい」
無理難題を要求しやがる。しかも山崎の打順でか。代打でもない限り無理だろ。
「あとさー。高校野球の応援曲で、いろいろと物申したくなる曲ってない?」
「いや、特にないなぁ。応援曲なんてノリだけだと思うし」
「あるでしょ!左腕投手の歌が!!」
ああー。あれかぁ。
「防御側の応援で、ピッチャーが左腕投手ならいいわよ?でもね、あたしが中継を見た時、左利きだったのは打者だったのよ!応援してたのは攻撃側!!でもって相手ピッチャーは右投げなわけ!アンタ達!曲の中身を馬鹿にしてんのか、と!!」
「そこまで言わんでも」
「だめに決まってるでしょー!!あの曲はもともと、当時現役だったレジェンド打者をネタにした曲で、歌詞の中にも一本足打法のナイスガイが出てくるわけよ!それに相対するのが左腕の魔球投手なんだから!しかも女子選手!!食い違いすぎるのにも程があるわ!!せめて打者は一本足打法しなさいよ!あと投手は左腕じゃないとダメでしょ!曲名がそのまんまなんだからさー!!」
「女子選手つながりで文句を言いたいわけか」
なんだかんだと女子選手つながりだった。
「こうなりゃ、私が左投げをマスターするしかないかも」
「お前ずっと右投げ右打ちじゃねーか。無理すんな」
「ハリケーンボールって、どんな魔球かな?!揺れて落ちるスクリューとか?」
「それってドリームスボールじゃねーか」
正体不明の魔球はマスターできねーよ。
そんな馬鹿話をする日常を送っていた、そんなある日。
なにやら、校内の鼻歌に変化があるのに気がついた。
「…なんだか、曲が微妙に違う気がする…妙な違和感が…」
山崎に聞いてみる。
「なんかね、伝言ゲーム的に変質してきて、今は【レッツゴー弘前】って曲になってるみたいなのよね…『西へ行こう』は、バックコーラスで1フレーズ毎に『Go West !』って入るんだけど、現行の校内ソングでは『Lets Go !!』って事になってるみたい」
「もはや全然原型をとどめてねーじゃねえか」
曲名がもう全然ちがうわ。
「曲調も少し変化しちゃっててね。『弘前すすめ(ひーろさきすすーめー)』って、ひたすら繰り返す歌になってるのよね。誰がこんな歌にしたんだか。覚えやすいけど」
「山崎の仕業じゃねーのか。ネーミングセンスがもう山崎クオリティ」
「あたしじゃないわよ!なんか知らないうちにこうなってたんだから!まったく!」
まぁ応援団が固定化されれば文句はないか、と軽く流す山崎。
こんな馬鹿話をするような日常の中でも、練習を続けて募金を募ったりする俺たち。
激戦の後のまったりムードの日常の中、少しずつ夏大会の開会式が近づいてくる。
――他の県の代表校が決まったら、また抽選会だな。
今度はどんな相手と当たる事になるのやら。
当作品はフィクションです。
現実の曲や作品に似たようなものがあってもオマージュ的な何かです。軽く流してください。
作中の意見、思想的なものは登場人物の感想です。筆者とはちょくせつ関係ありまぬ。
息抜きのような話なので、特に気になさらないでください。
やっぱサウスポーは左腕じゃないといかんと思うのですよ。あとフラミンゴ打法も必要なのさ。
お気楽にお楽しみください。息抜き話はもう少しやります。
 




