26 試合前の一幕
そろそろ猫を被るのをやめつつある山崎
夏の全国高校野球選手権大会。通称、夏の甲子園大会。その地区予選であるところの、F県代表選抜トーナメント。その決勝戦が今日、この県営球場にて行われる。試合開始は午前10時。当日の午後の予定はなし。決勝戦はコールドもなく、決着がつくまで好きなだけ殴り合ってよろしい、という事になっている。
天気は快晴だが、何かの間違いで天候不良により試合が中断となったとしても、大会スケジュールに余裕を持たせてあったため(そのため別方向からの不具合が発生し、クレームが殺到していたが)中断と日を改めての再試合(試合中途再開)にも問題はない。
そんな万全の体制での、県予選決勝の試合日、当日。
球場の医務室に、男性担当医と助手の女性医師、そして山崎 桜の姿があった。医務室の外には弘前高校野球部の顧問教師を兼ねる監督の平塚先生と、マネージャーを兼ねる大槻(女子選手)がドアの前に陣取っている。間違って誰かが医務室を訪れた場合、中の人間に間違いなく伝えるためだ。
男性担当医が薬品類の準備を終えると、助手の女性医師と山崎に合図をする。
「それでは、その衝立の向こうでお願いします。すみませんね」
「いえ、お気になさらず」「それではこちらへ」
衝立の向こうへ山崎と女性医師が消え、山崎はおもむろに服を脱ぎ始めた。服の下から現れた豊満な物体に一瞬だけ女性医師の目が丸くなるが、すぐに平常に戻る。
「おほん。…それにしても山崎さん。こうまでする必要があるの?」
「私が楽しく野球をするためです。少しは思うところもありますが、苦ではありません」
女性医師の指示に従ってなすべき事をする。採血、採尿。肌の検査。血圧、などなど。
「まだ高校1年生なんだし、無理はしなくてもいいと思うのだけれど…」
「それはやはり、私が女だからですよ。先生、フェミニズムって知ってます?」
「女性に優しくするっていう、あれかしら?女性優先的な」
「あれ、物凄い女性蔑視の思想なんですよ?」
「そうなの?!!」
会話の合間にも作業を続けていたが、思わず手が止まる。また小さく咳ばらいをして、女性医師は作業を再開した。
「フェミニズムの根底にあるのは、『女性は非力でかつ愚かで、男性には絶対に勝てない矮小な存在だから、慈悲の心で優しく接してやろうじゃないか』って感じの思想ですよ。まぁ、一定数の反論はあるでしょうけど、基本的には女性上位じゃなくて、ガチガチの男性上位の思想です」
「ああー。なるほどねぇ」
「で、事あるごとに『女のくせに生意気だ』とか『女は男に勝てるわけないし』なぁんて言われてる女性で、ものすごく気の強い女性がいたとする。実力どうこうに関係なく、周囲の環境のせいで、好きな事を好きなようにする事さえ満足にいかない、そんな女性。その女性は、どう考えると思います?フェミニズムなんか、くそくらえ!的な女性」
「…どう考えるの、かな?」
山崎は握り拳の親指だけを立てると、親指を地面に向けて軽く振りおろす。
「ぐうの音も出ないよう、実力で黙らせてやる。ですよ。そして、私が女性として充分に力を振るい続けるためには、こういった事も必要になるっていうだけの事です」
「…なるほどね。それで、こんな事もするってわけね。試合、あとで見させてもらうわ」
女性医師は軽くうなずくと、作業を続けた。
―――そして、すべての検査と診察が終わった。
「では、試合終了後にまた。よろしくお願いします」
「お手数をかけます」「おねがいします」
弘前高校の3人は狭い通路の案内板を見ながら、仲間の待つベンチへと向かった。
※※※※※※※※※※
弘前高校のベンチに、山崎たち3人が戻ってきた。前列のベンチに座る山崎。
「で、どうだったの?ドーピング検査」
「医師の前で採尿とか、軽い精神拷問だと思うわー。ほぼ全裸だし」
ぶほぁ。ぶばぁ。とかいう音とともに、後ろの方でドリンクを噴き出すような音が複数聞こえた。
「しかし、試合後のネット叩き予防に、そこまでするかね?」
「いいかげん無知蒙昧な自称おっぱい星人どもには腹が立ってるのよね」
偽乳とかのアレか。最近は『おっぱい打法』とかの単語も出ていたな。
「どぉーせ、あたしが今日のマウンドで160キロの球を放れば、やれドーピングだの筋肉増強剤だの言いだす馬鹿が沸くに決まってるじゃん。試合前と試合後に検査して、証明書つきで甲子園に行ってやるわよ。いずれは全都道府県の決勝進出者に検査義務が設けられるかもね?」
あんた達も他人事じゃなくなるわよ、おほほ。などと言う山崎。やだなぁ。
「まぁそれはそれとして。…いよいよ、決勝戦の実感が湧いてきたわねー」
「いい加減に遅いとは思うが、言いたい事は分かる」
ベンチの前を見れば、数人のチームメイトがベンチ上の応援席を見ていた。
「これは…これはこれは見事な…」
「「「なんという手のひら返し」」」
弘前高校のベンチ上。応援団の優先席には、弘前高校生徒が、これでもかというくらいに詰まっていた。制服姿に野球帽。手にはメガホン、足元には水筒。首にはタオル、ポケットにはオーダー票の写しと完全武装。その数、ざっと見て200名は超えている。
「「「マジか!!」」」「「あたまおかしいレベル」」
「…インハイで他の運動部が軒並み敗退したってのも関係しているみたいだ」
部員のあきれた声に、平塚監督が答えた。
まさかの決勝進出。もしや本当に甲子園出場なるかも、となると。さすがに学校側としては応援団を組織しないと面子も立たない。緊急招集に加え、暇になった連中が我も我もと。ついでに物見高い日和見な一般応援も増えたと。
皆が皆、うわぁ――。という顔をしていた。
隅っこの方では、父母会のメンバーも『うわぁ――』という顔をしていたようだ。
いくら他の運動部イベントが壊滅したからって、これはどうよ。
こいつら、負け始めたら途端にいなくなるんじゃねぇ?みたいな。
嬉しいというより、呆れてものも言えない気分。まぁ、自分たちの実績と言えば嬉しいのだが、前回はほぼ皆無だった弘前高校生徒が大勢いる様子を見ると、世の無情などを感じてしまう。…が、そんな応援団だけではない。
『せーの!!』
『『『みんな、頑張って――!!』』』
きゃー。という歓声つきの女子応援団部隊が、我々にはついていた。弘前高校応援団にベンチ上を追い出されたにもかかわらず、統制の取れた応援をしてくれる、雲雀ヶ丘女子応援団。総勢およそ50名ほど。一般観覧の数名の観客も、その脇にいた。ベンチ上と外野席の中間ぐらい、甲子園で言えばアルプスと言われる観客席に座っている彼女たち、彼らこそが、我々の真の心の拠り所。真の応援団だ!!
なお、やはり父母会は意識の外である。
「さて皆の衆。相手チームを見ての感想はどうかな?」
山崎がベンチ内の皆に聞く。相手チームの明星学園スタメンは、練習の最中。ノックとボール回し、投球練習の真っ最中だ。
「「「でかい杭だな!!!」」」
それが弘前ナインの感想だった。チームの感想というより投手の感想。
マウンドの上。投球練習をしているのは、先日に想定しての打撃特訓をした木村投手だった。身長190センチちょっとの生きた杭。山崎いわく『目ざわりで生意気な杭』が、投球練習をしている。現物を見ると本当にでかく感じる。
なお、先日の練習後に『パイルバンカーはロマン武器の殺人杭打ち機の名称だから、ここは正しく【パイルドライバー(建機の杭打ち機)】と呼称しましょう』という発言が山崎から出たため、今日の我々は弘前建設(仮)の杭打ち機1号から12号である。打順にそってパイル木村を叩いて叩いて叩きまくる予定なのだ。
「…でも、今日の木村くんは光り輝いて見えるわぁー」
「なにか一目ぼれする要素でもあったの?」
「舞台装置のおかげかなぁ?」
と、山崎が指さしたのは、バックスクリーン。その隅っこの方。
「投球の速度表示板。今日は機能するみたいなの」
「マジで?!あれ飾りじゃなかったの?!」
いちおうこの県営球場は観客席だけでなく、バックスクリーンもそこそこ金がかかっている。スコアボードは高輝度LEDの電光掲示板だし、隅っこの方には投球速度を表示する場所もあった。しかし準決勝までの試合では全然機能していなかったので、中身が入っていない飾りかと思っていたんだけど。
「メンテ費用の関係で、いつもは消してるんだってさ。今日は決勝戦だから、昨日の夜に業者がスピードガンのメンテと動作確認して、ちゃんと機能するみたいよ。ほら、地元TVとネットTV放送のカメラも入るでしょ?演出機能に金をかけるのは県のメンツ的なやつというか」
「やはり世知辛いな。県予算も節約かー」
しかしテレビ放送か。やはり決勝だなぁ…あれ?ウチの観客席の連中、それが目当ての一つじゃねぇのかな?!やっぱ純粋に応援してくれるの雲雀ヶ丘女子だけじゃん?!
「まぁそんな訳でね?今日は『話題の天狗投手、木村くん』の『投球速度』とやらが常に表示されるってわけよ。管理してるのは中立の立場の大会運営だから、途中でバカスカ打たれたとしても、消したりしないってわけ」
ふへへへ。と笑う山崎。こいつの言いたい事は分かった。
わざわざドーピング検査まで予定に組み込んだのも、こういう事か。
素人目にも分かりやすいシステムを間に挟む事で、自分の実力を分かりやすくアピールする。けして文句のつけられないように。つまり…木村くんが実力を発揮すれば発揮するほど、山崎の凄さが際立つという寸法だ。ステージ山崎の前座担当が木村くんか。
こいつ、木村くんを骨の髄までしゃぶり倒すつもりでいやがる。にげてー木村!!
「ほんと美味しそう」
「お前には木村くんがどう見えてるんだよ」
じゅるり、と涎をすする音が聞こえそうな表情だった。
そうねー。と少しだけ考えて、山崎は言う。
「グリルの中でクルクル回る、脂とソースの照りで輝く丸鶏かな」
「木村くんが美味しく食われる未来しか見えない」
「まぁまぁ。悟にも手羽先のひとつくらいは、分け前あげるからさ?」
ちょっと取り分が少なくありませんかね?まぁいいけどさ。
「あ、そういえばさ。悟はテレビ放送用の自己紹介、なんて書いたの?」
「え?!あれテレビ放送に使う原稿だったの?!普通の事しか書かなかったけど」
「あたしはちゃんと『ドーピング検査してます』って書いといたわよ」
お前そんな事を書いたのかよ。テレビで宣言しておくつもりだったのか。
―――ん?テレビ放送の解説とかで、そんな事を…?
「…それって…受け取り方によっちゃ、【勝利宣言】みたいにならない?」
「そりゃ受け取り方によってはね?」
受け取り手の事までしったこっちゃないわー。などと言う、いつもの山崎だった。
『よーし!そろそろ練習出るぞ!準備いいか!!』
キャプテンの声が響き、俺たちはベンチから立ち上がった。
いよいよ、県大会の最後の試合。決勝戦が始まる時が近づいていた。
ちょっと短いですが書いてる部分のあたまの部分を先行投稿みたいな感じで。
全部まとまってから投稿すると遅くなるし量が多すぎて分割ー。みたいになりそうなので。
だからといって決勝戦の話数が今までで一番多いとは限らないんですよね。その場の勢い次第なので。
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