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閑話 雲雀ヶ丘の山崎

山崎さんがちょっくら雲雀ヶ丘へ遊びに行って来た時の話です

【4回戦の試合の翌日。雲雀ヶ丘女子野球部の部室にて】


「皆さん、この度はお疲れ様でした」

 部員一同、軽く礼をする。


「雲雀ヶ丘女子野球部は全力で頑張りました。ですが、勝負は時の運ともいいます。あの時こうすれば良かった、ああすればもっとうまくできた。そういう思いはあると思います。ですが、終わった試合はもとには戻りません。今回の試合で得た教訓は次の機会に生かし、それぞれが更なる成長をするための糧として欲しいと思います」

 部員一同、軽くうなずく。


「夏の大会は終わりました。そして、3年生は受験に専念するため、大半が引退する事になると思います。これからは新体制のもと、秋季大会へと向けて。新たな思いで心機一転、新しい空へと羽ばたいて欲しい。今までに経験した事のない苦労もあるでしょう。辛い思いをするかもしれません。ですが、皆さんならどんな困難も乗り越えて、さらなる高みへと羽ばたけると信じています。――その前に、少しだけ羽を休めて、英気を養いましょう。雲雀ヶ丘女子野球部の、さらなる飛翔へと、願いを込めて。―――献杯!!」

「「「「献杯!!!!」」」」


 司会進行のスピーチが終わり、各自に紙コップでジュースを献杯。

 今日は身内での残念会。4回戦敗退の、ささやかなパーティだ。部室で各自が持ち寄ったジュースとお菓子で、反省会を兼ねた残念会。加えて、夏の大会を最後に事実上の引退をする3年生の追い出し会を兼ねている。顧問の先生が見逃してくれるパーティである。


 しかし若干おかしいところがあった。


 さっきまで司会進行のスピーチをしていて、今は仲間の野球部員に囲まれて質問攻めにあっているのは、他校生徒である、山崎 桜さんだ。普通に考えて、なんでいるんだろうか。彼女。

 さらに、部長である私、大滝 怜香は、一言もしゃべっていない。部外者が見たら、誰もが山崎さんを部長だと思うだろう。なんなのこれ。


「いやはー。山崎さん、スピーチうまいねぇ」

「うん。それは私もそう思う。で、なんで山崎さんがいるんだっけ?いや、嫌ではないんだけど。むしろ友達になろうと企んでいた私達としては嬉しいんだけど。でも経緯がよくわかんない」

「それはもちろん!この私がGETしてきたからだよ!!」

 むふー。という感じの鼻息荒く、佐藤がドヤ顔する。


「うんそれは正直よくやった。…でもよく山崎さん捕まったよね?」

「試合の後の、帰る間際の弘前高のミニバスに突撃したんだよ!いやー、弘前高ってば帰るの速すぎ。危うく間に合わないところだったし」

 そんな経緯があったのか。そして部長の私が知らないところで残念会へのお誘いをしたと。他高生徒をどうやって部室に招き入れたのかとか、細かいところは気にしないでおこう。山崎さんがうちの学校のジャージを着用して雲雀ヶ丘高生のふりをしているのがその秘密な気がするが、今は山崎さんとの友誼を結ぶのが先だ。


「ねぇ山崎さん、正直どこまで勝てると思ってる?本気のところ」

「とりあえず県代表になるところまでは?」

「「「「おおおぉ―――」」」」

 いけない。すでに山崎さんの周りに輪ができてる。乗り遅れた。私も参加だ。何か話題話題。ああそうだ、とりあえずアレだ。


「ねぇ山崎さん、ちょっと聞いてもいい?」

「答えられることなら」

「山崎さんてほんと凄いんだけど…どうして中学は社会人野球だったの?中学の学生野球リーグに在籍してたら、そりゃもうすごく有名になってたと思うんだけど」

「小学生つながりで、軟式野球組織には回状が回ってたから。たぶんですけど」

「回状?」

「小学4年のとき、在籍していたクラブで監督とモメましてね。クビになった上で、問題のある選手としてブラックリストに乗ったみたいです。地元じゃもう野球部に入れませんでした」

「「「なにそれひどい!!!」」」


 本当にひどい話だと思う。その監督は山崎さんという金の卵を逃したわけだ。指導者としても見る目がない。


「まぁその監督も辞めさせられましたけどね。私って一人っ子で、小さいころは両親にネコかわいがりされてる節があったんですけど。野球部をクビになったってんで、両親がもう盛大にキレましてねー。モンペと化して大騒ぎ。もともと縁故採用とかで問題のある監督だったんで、部員からのヒアリングで問題が浮上してもうグダグダ。最終的には喧嘩両成敗的な感じで決着しました」

「…あぁ…なんかその話、聞いたことあるかも…どっかの監督が保護者と盛大にモメて辞めたとか…もしかして山崎さんの話だったのかなぁ」

「その監督の話が、口喧嘩の末に子供を突き飛ばして、その上でその子供と物理的な喧嘩になったという話なら、たぶんあたしです」

 一瞬、しんと静かになった。


「確かこうだったかな…『いい加減にしろよデコっぱち野郎!野球はオマエのストレス解消のオモチャじゃないんだぞ!こっちは真面目に楽しく野球がやりたいんだ!真面目にやる気がないんなら、家帰って酒でも飲んで寝てろハゲ!!』……とか言ってやったら。ゆでダコみたいになった監督が、どーんと突き飛ばしてきて、あたしは転倒」

 わりと容赦のない切れ味鋭い言葉だなぁ。小学4年生の山崎さんもすごい。


「ところで『正当防衛』っていう言葉、知ってます?」

「…あー。なんとなく」

 なにやら不穏なものを感じた。


「簡単に言うと、自分を害しようとする相手が危険な相手の場合、反撃して相手を害しても罪に問われない、というものです。おもに相手が武器を持っていたり、人数が多かったり、女性が男性に襲われたり、などですね」

「うん。分かりやすい」

「で、小学4年生の私は、素行不良でかつ興奮して前後不覚になっている成人男性に突き飛ばされたわけです。加えて監督は下手糞なシートノックの準備中で、バットを持っていました」

 お菓子をパリパリ食べて、山崎さんは続けた。


「そりゃもう私は恐怖しましたよ、ええ。なにせ小学4年生ですもの。もしかしてこのハゲは私をチームメイトの前でボコボコにするかもしれない。一生残るような傷がつけられるかもしれない。それどころか首を絞められて意識を失ったところを、川へ投げ込まれてしまうんじゃないかと。命の危機を感じました。死にたくない、まだ生きていたい、私はそれだけを考えていました。恐怖のあまりパニック状態に陥っていたのです」

 ジュースを一口飲むと、また続ける。


「だから私は必死に防衛行動に出たのです。確か武器はハゲ監督がカッコつけで使っていた木製バットです。奪い取ってやりました」

 みんなは黙って聞いた。


「最終的にはハゲに馬乗りになって、折れたグリップで顔面を殴打していたと思いますが、そのあたりでコーチ陣が数人がかりで私を引き剥がしたので、止めは刺せずじまいでした。小学4年生の非力さを感じましたね…あんなに時間があったのに…あのハゲ、けっこう意識がしっかりしてて、股間を押さえながら『もう…野球ができると思うなよ…』とかムカつくことを言うもんだから」

 股間も攻撃したんだ。


「すぐさま『できらぁっ!お前らの世話なんかにならなくても、楽しく野球をやってやらぁ!!』…って言いましてね。そのまま野球部はクビ。…でも、無理でしたねー。きっと回状が回ってたんだと思いますけど、手近なクラブは入部不可でした。軟式クラブはもう全然ダメで、かといって小学生の硬式野球部は地域に無かったし。結局、中学になって社会人野球部に潜り込むまでは、自主トレーニングだけでしたね」

 ポテトチップをパリパリやる山崎さん。

「もっと平和的かつ合法的に葬るべきでしたね。子供は感情的になっていけない」

 そういう問題かなぁ。


 うん。あれだな。

 山崎さんは『残念系美人・山崎さん』じゃなくて『暴れん坊・山崎さん』みたいな通り名の方が似合う感じかな!まぁ私たちとしては山崎さんの面白エピソードを聞けて楽しいけど!

 そして佐藤が「雲雀ヶ丘女子野球部員の印象はどうだった?」からの『大滝さんの印象は最初、最悪だった』につながり、山崎さんのマシンガン愚痴トークで一方的に糾弾された後『でも許す!昨日の敵は今日の友!』と一方的に赦された。全員が【おともだちハグ】で山崎さんの自前安眠枕を体験して気分フワフワになったところで、野球と筋肉に関する話になって。山崎さんがもろ肌脱いで上半身ブラ一枚で筋肉の説明をしている時、その事件が起きた。


「ちょっとお邪魔するよー」

 部室にノックもなく入ってきたのは、顔見知りのラクロス部部長、本田 陽子だった。こいつは「女子校なんだから別にいいじゃん」と、何度言ってもノックをしない。

「…って、なにやってんの?!おっぱいでかっ!!」

「いきなり乱入しといて無礼なやつね。名を名乗れ」

『『ぶれいもの!!』』『この方をどなたと心得る!』

 山崎さんの言葉に野球部員が続く。うちの部員、ほんとノリがいいなぁ。


「…あー。ラクロス部部長の、本田です…」

「私は野球部1年女子、山崎よ。それで何の御用かしら?」

 山崎さんが腕を組んで仁王立ちする。ただでさえ大きいおっぱいが寄せあげられて凄い事になってる。


「…野球部はトーナメントで負けたし、グラウンドの使用期日に関してちょっと交渉を」

「ちょっと本田。それは運動部会で話し合った件?だったら交渉はナシよ。野球部は期日通り、決められた面積を使わせてもらうわ」

 どうやら以前にモメたグラウンドの使用権とかの話らしかった。

「いいじゃん。もう夏いっぱいはお気楽なもんでしょ?少し融通させてよー。こっちはまだ大会もあるしさぁ」

「あまりナメた事を言わないでちょうだいね」

 山崎さんがインターセプトした。


「雲雀ヶ丘女子野球部は、弛まぬ努力の末に今大会の結果を得た。一度くらい試合に負けたからといって、暇になる事なんてないのよ。ろくに基礎力を鍛えてもいないラクロス部ごときが、生意気な口をきかないでちょうだい。しゃらくさい!」

「…なっ!?この1年!うちが鍛えていないって?!」


「体を見ればわかるわよ。ラクロスの全国大会予選は、秋季大会でしたっけ?鍛え方が足りなくて、焦る気持ちは分からなくもないけど、こっちだって秋季大会はあるんです。私たちは人間であって豚ではありません。お互いの領分を侵さず、紳士的にいきましょう。…あぁ、文句があるなら、勝負したっていいんですよ?もちろんスポーツメンらしく、スポーツでね?ふふっ。まぁその体で勝てるかどうかは知りませんが」

 あれっ。雲行きがおかしいな?なんで山崎さんヘイト稼いでるの?


「やったろうじゃん!!」

 いや本田。あんたも挑発に乗らないでよ。

「じゃあ競技はラクロスで。女子ラクロス準拠でディフェンス7人。野球部の攻撃を10分間防御できたらラクロス部の勝ち。そちらの攻撃はなし。こちらの攻撃は3人でいいですよ。その代わり、スパイクは野球のものを使用させてもらいますから」

「…オフェンス3人で、素人がうちのゴールを割れるとでも?」

「そっちのディフェンスがザルでなければいいんですけどねぇ?」

 なんだとこのやろー、とかの掛け合いの後、女子ラクロス部対野球部のディフェンス勝負が始まった。



 勝負は開始3分で山崎さんが中央突破してゴールして終わり。ひどい。


「ばかな…素人に…」

「投石機の素人はあんた達じゃないの?」

 山崎さん、素が出てるよ。あといちおう、他校生徒でも3年だからね。あと投石機って。


「そもそも。技術以前に、あなた達には、『ちから』が足りない。まず力ありき。これはどんなスポーツ、戦闘技術においても基本となるもの。全力疾走のフットワーク勝負で、ストップアンドゴーの野球部に勝てないとか、下半身の鍛え方が足りないんじゃない?近づいてからのチェックも緩いゆるい。上半身の鍛え方が足りない証拠ね。持久力の練習ばっかりやって、筋トレを疎かにしすぎなんでしょ。もっとトレーニングの勉強したら?」

「ぐふぅ……」

 本田は反論できずに言葉もないな。なんと哀れな。でも山崎さんの身体能力が凄いだけじゃないかな。他の野球部員はそんなに動けないよ。


「でもまぁ、良かったわね!」

「えっ?」

 山崎さんが、満面の笑顔を見せる。

「秋季大会には間に合うわよ。これから鍛えればね!!」

「あ…」

 本田がはっとした顔になる。


「賢者の一歩は、己の無知を知る事により踏み出すもの。強くなりたいと願うのは、己が弱いと自覚するからこそ。あなた達は自分の弱さを知った。なればこそ、強くなる資格を得た。ようこそ、新しい世界へ。ここより先に、強者の道がある」

 山崎さんの朗々たる声に、ラクロス部だけでなく、野球部の皆も聞き入っていた。


「ラクロスは好きかな?だったら、強くなればもっと楽しいよ!そして、より強い人と競い合う事ができれば、そりゃもう最高でしょ!弱い相手を叩いても、強すぎる相手に手も足も出ずにボコボコにされたって、どっちも楽しくないでしょ。より大きな楽しさを得るために強さを求めて、より強い相手と競い合う。これこそが、スポーツってものよ!」


 山崎さんの言うとおりだ。私たちの野球の原点もそこだ。野球を『より楽しむ』ために。だからこそ夏大会にもエントリーした。


「もっとも、『紳士的に』ね。審判にバレなきゃいいっていう連中もいるけど、それは汚濁を水底に溜めるだけの愚行です。ルールを守るのは『誇りという自尊心』を守るため。自分たちが気分良くスポーツを行うためのものです。ルール無用の戦いは、もうただの殺し合いと変わりません。あと自分の取り分があるのに他人の取り分を狙うのは豚の所業です」


 なんか最後に余計なの入っちゃった。奇麗に終わろうよ、山崎さん。


※※※※※


「じゃあ野球部の応援、よろしくお願いしますね!本田さん!」

「わかったわかった。なんかよく分からないけど、ユニフォームで行くよ」


 山崎さん、最終的にはラクロス部とも仲良くなって、野球部の応援に行く約束を取り付けていた。ただし私たちと一緒に行く事になっている事は説明されていない。


「でも野球部がすぐ練習試合を組んでるとは思わなかったなぁ。ごめんね」


 ちがうよ本田。説明が足りてないけど、その応援は弘前高の応援だから。どの野球部の応援とは明言されてなかったでしょ?あと山崎さんは『野球部1年』とは言ってるけど、うちの部員じゃないから。あんたは将来、詐欺に騙されないように気をつけるべきだと思うよ。


 こうして野球部の残念会にお呼ばれした山崎さんは、弘前高の準決勝の応援の約束を野球部とラクロス部に取り付けて帰って行った。なんだろう。あの人、どこでも少しは暴れないと気が済まないんだろうか。面白いトラブルメーカー的なやつ。

 まぁともかく。私たち野球部としては、山崎さんを知って以来の目標『山崎さんと友達になる』を達成したし、まぁいいとしましょう。メッセージアプリの専用会議室も確保したしね!これでいつでも山崎さんと雑談可能だよ!


 でも後日、ちょっとめんどくさい事も発生した。


「ねぇねぇ大滝ー。山崎さん貸してよー」

「だからダメだって」

 本田が山崎さんをラクロス部に貸せと、うるさく絡むようになってきた。

「いいじゃんかー。山崎さんなら練習しなくても、交代要員で全然いけるよ。ウチの学校は兼部もオッケーだしさ。ラクロスは交代バンバンできるから、スタミナなくても戦力になるし。あの突破力は欲しいよー」

「だからダメなの」

「なんでだよー。ずるいぞ野球部」

「…今度の応援に来てくれたら教えるわよ」

「ぜったいだぞ!ちゃんと応援するから教えてよね!!」


 他校の生徒を選手登録できるわけないじゃん。それができればウチだって欲しいよ。…あぁ、あの戦力があれば…なんて、無いものねだりをしても仕方ない。おのれ叔父さんめ…もっと早く山崎さんの事を教えてくれていればスカウトしたものを…。


 こんど電話かけて文句いってやる。

 そう心に決めて、部室に向かう。引き継ぎもそうだし、秋季大会の相談にも乗らないと。


――山崎さん。弘前高野球部。次も勝ってね。精一杯応援するから。




誤字報告機能の活用、ブックマーク登録、評価入力、感想など本当にありがとうございます。

更新頻度は安定しておりませんが、睡魔などと戦いつつがんばります。ブルーライト軽減フィルムとか必要ですね。ジャンル別ランキングを土日突破したせいか、まだ居座っております。そのおかげか、広告ブーストがまだ継続中みたいな。実情はよく分かりませんが。たぶん2度とないラッキーかな。


最新話まで読んでいただいた方、ブックマークしてもいいと思われましたら、下のブックマークをポチっと。評価をしてもいいと思われた方、最新話の下にある評価入力欄をポチポチと。

わずかなポイントアップが筆者の睡魔をやっつける原動力になります。

今後とも気長にお付き合いください。

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