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23 応援団、結成される

閑話のようなもの。

 我々弘前高校野球部は、創部以来の実績を上げつつあった。


 高校球児の最大の祭典。夏の甲子園。夏の全国高校野球大会の県予選で、ベスト4に進出したのだ。毎年毎年、登録参加しても初戦敗退。『登録料の無駄だ』と揶揄されてきていた夏の大会で、準決勝に進出。見る者にとっては、ただのマグレ当たりに見えるだろう。

 当たった相手が弱かった、運が良かっただけだ。先の4回戦など、相手は女子校のチームだったではないか。などと。

 それでも。それでもだ。全国大会への、たった一枚の切符を手にするために、鎬を削る戦いを、努力と情熱をぶつけ合う勝負の中を、準決勝へと勝ち進んだ。立派な実績だ。


「だというのに、なぜ応援団が組織されないんですか先生」

「説明を要求します」「説明がない限り、座り込みも辞さない」

「「「そうだ!そうだー!!」」」「「「徹底抗戦だー!!」」」


 朱に交われば赤くなると言うが、弘前高野球部員は山崎の影響を受けすぎではなかろうか。そんなに真っ白ピュアハートだったのかね君たち。

 それとも先の試合で、応援団の貧弱さが…それほどまでに…それほどに…哀しかったのか。ぼくはあれが欲しいんだ、と、黄泉の亡者が光に向けて手を伸ばすように。


「俺も応援団が欲しいです。納得いきません」

 俺もデモ隊に入れてくれ。仲間になりたい。


「…それが…だな…。本当に、言いづらいんだが…」

 口も重く、平塚監督(顧問教師)が、ゆっくりと口を開く。

「……決勝にでも出ない限り、野球部に一般応援を含めて、応援団は出せない、と…」

「「「「―――はぁ???」」」」

 部員一同の声がハモった。そして。


 あとはまともな言葉として認識できる状態ではなくなった。

 唸り声、怒鳴り声、嘆きの声、説明を要求する声、さまざまな声が混ざりあって、轟々たる混沌と化した。もはや暴動の一歩手前。そんな時。


「ちょっとみんな、何を騒がしくしてるの?近所迷惑でしょー?」


 おうボス!!いいとこ来た!!

 ちょっと俺たちの話を聞いてくれよ!!俺たちの怒りと嘆きをよ!!!


 部室のドアを開けて入ってきた山崎 桜に、監督を含めて全員が我も我もと話を聞いてくれと詰めかけ、『うるさい!ちょっと静かにしろぃ!!』と一喝される。


斯く斯く云々。


「――ふむ。すると、『実績は上げているが一時的なものである可能性もある』と。また、『他の部の試合応援があるため、野球部に割く余裕がない』と」

 監督の詳しい説明を要約するとそういう事になった。ここは徹底抗戦だよな、ボス!!


「――仕方ありませんね。職員会…いえ、正確には教頭先生ですか?確かに前年度までの実績もありません。野球に興味の無い者、今大会の私たちの試合内容を知らない者にとって、『たかがマグレの準決勝進出』なんでしょうね。言いたいことは分かります」

 引き下がるのかよ!いつからいい子ちゃんになったんだよ山崎!!


「みんなも。ちょっと落ち着いて。弘前高校は、『野球強豪校』じゃない。生徒のほとんどが野球部の試合内容に興味なんて無いだろうし、県予選の準決勝っていっても、『へぇーすごい』程度のリアクションしか取れないでしょうよ。こういう所ではね、誰もが知っている大きな大会に参加するとか、参加権に王手がかかるとか、ものすごく分かりやすい状況でもないと、誰も野球部の応援に行こう、なんて気にならないと思うわ。学校側も学業優先の原則が建前にある以上、強制参加とかも無いと思うしね」

 確かにそうだけど。そうだけど、さぁ。


「さてここで質問です!!」

 山崎さん、とたんに大きな声。部員全員を見渡す。



「―――あんた達、本当に『弘前高校の応援団』が欲しいの?」


 部員一同、沈黙。これはよく考えて答えろ、という意味だ。


「正直に答えなさい。…弘前高校の組織した応援団なら、何でもいいの?…どんな応援団でもいいの?…義務として組織された、心無い人形のような連中でも?…むさい男どもだけの集団でも?…応援なんて片手間で、隙あらば寝ようとする教頭先生みたいな職員でも?彼女彼氏を連れて野球の試合そっちのけで隣同士でいちゃつくような連中だとしても」

「「「「そんなの嫌だぁあああ!!!」」」」


 部員一同で叫んだ。


「でしょう?『応援』には、『応援する意志』が必要なのよ。野球観戦が好き、でもいい。友達が選手にいる、でもいい。勝ち進んだから、もっと勝つところを見たい、でもいい。単に応援が好き、だってもいい。とにかく、自分で『応援するぞ』『試合会場に行くぞ』という意思が必要なの。現状、弘前高で無理に応援団を作ったところで、私たちが力を分けてもらえるような応援団は組織できないでしょうよ。その気がある人なら、勝手に球場に来てくれるわ。決勝戦に進んだら、さすがにその気になる人も出てくるでしょう?今は無理に組織してもらう必要は無いわよ。いずれ、『もっと前から応援していれば良かった』と後悔させてやればいいの」


 正論である。

 しかし、それでも、なんか、モヤモヤする。やっぱり応援が欲しい。

 くそう。神は死んだのか。


「はいそこで岡田先輩」

「えっ俺?!」

 珍しく岡田先輩が指名された。


「本音を言ったらどうです?本当は『女の子の声援が欲しい』じゃないの?」

「――うっ。ぐぅ…」

 岡田先輩。声を失う。ストレートに刺しすぎだろ。


「正直に言いなさいよ。雲雀ヶ丘の、女子の歓声が羨ましかったんでしょう?歓声が欲しかったんでしょう?女子に応援して欲しかったんでしょう?ほれ、ほれほれほれ」

「くぅうううううう」

「言いなさいよ。ほれ」

「―――そうだよ!!羨ましかったんだよ!女子に応援して欲しかったんだよぉおお!!」


 もはや岡田先輩は泣く寸前だ。こやつ悪魔か。


「やはり若い男は、こればっかりねー。で………ポチっとな?」

 山崎がスマホを操作して、皆の前に突き出した。と。


『はい、せーの』

『『『岡田くーん!がんばって―――!!!』』』


 岡田先輩を応援する女子の声が響き渡った。

 数瞬の後。


「「「「「おおおおおおおお――――??!!!」」」」」

「なにこれなにこれ」「なんなのコレ」「なんで岡田」

「どういう事なんだ山崎!説明を要求する!!」「合成音じゃねぇよな?」

「雑音も入ってた!本物だコレ!」「どういう事なんスか先生!」


「うるさい。静かに」


 騒然とした部員が、山崎の一言で口を閉じる。説明を待っているのだ。


「これは私こと山崎が個人的に確保した応援女子です。応援のテストとして、ピッチャーの応援をするボイスを吹き込んでもらいました」

「「「「おおおおおお――――」」」」

 あなたが神か。

 男子部員全員が、山崎を崇めんばかりに見ていた。


「鳴り物などは確保できなかったので、声援のみ。でも、総勢30名のうち、20名はかなり気合入れて応援してくれるはずなので、負けることだけは許されないわ。各自、次回の試合は相応の覚悟で。もちろん当日までに怪我、病気などの不具合のないよう、健康管理には気をつけるように。よろしい?」

「「「「「おおおおお――――っス!!!!!」」」」」


 歓喜である。気力100倍である。勇気凛凛である。


 ―――うんちょっと待て。俺の脳内に形成された、山崎警戒回路が走っている。…なんか話がうますぎませんかね。なんか確認しておかないと、いけないんじゃないでしょうか?


「はい、山崎せんせい。質問があります」

「よろしい。質問を許可します」

 俺が手を上げたことで、皆も静かになった。


「応援女子の年代は、どの程度でしょうか」

 ちょっとダイレクトすぎたかな。しかし年頃の男子としては気になるのだ。

「JKです」

「「「「おおおおー」」」」

 リアクションのおまけつきだ。しかしJKときたか。


「もと『女子高生』とかいうオチはつきませんか?」

「現役の女子高校生で、略してJKです。常識的に考えて問題ありません」

 ようし第一段階クリア。しかしまだ気になる事がある。


「山崎せんせーのコネクションだそうですが」

「はいその通りです」

「問題なければ、どんな繋がりか教えてもらっても?」

「うーん。野球女子つながりかなぁ。ごく最近、友達になった人達なんだけどね。先日の休養日に、内輪のパーティにお呼ばれになってねー。その時に弘前高の応援を頼んだわけよ。そしたらやってくれるって」

 なるほどなるほど。


「それが『やる気のある20人』という事でしょうか」

「その通りです。残り10人あまりは、その場でちょこちょこっと追加で確保してさ」

「弘前高の応援に乗り気だと?」

「そうよ。弘前高には是非とも県予選を勝ち上がって、県代表になって欲しい!って言ってたわよ!もう絶対に勝って欲しいって!もう応援にめっちゃ乗り気!!」

 だいたい話は読めた。じゃあ答え合わせだ。


「…どこの学校ですか」

 俺の言葉に、部員男子が『こいつ何を言ってるんだ』みたいな視線を送ってくる。まぁ確かに、弘前高校野球部の応援に来る現役女子高生なんて、弘前高の生徒であるのが当然だろう。…常識的に考えるならば。

 しかし。すでに山崎は色々と気になる事を言っているのだ。岡田先輩に『弘前高の応援団が本当に欲しいのか』などと言ったのもその一つだ。

 俺たちに是非とも勝ち進んで欲しい女子高生の集団。それには心当たりがある。


「雲雀ヶ丘女子よ」


 ――――やっぱりか。

 部室に沈黙が下りた。


「20名は雲雀ヶ丘女子野球部部員の有志によって形成された応援団です。彼女たちの思いを受け取った我々を、心より応援してくれるそうです。やる気充分の応援団です。もうやる気MAXです。やったね!!」


 いやなんか重いんですけど。

 あと山崎さん。あなたいったい何してきてくれてんの?


「なお、まだ未定ですが、田中さんの口利きによって、もう少し追加が来る可能性もあるわよー?こないだ聞いた黄色い声援が貴方にも!やったよね!!!」


 わーお。うれしいです。


「あと、確定の残り10人はラクロス部の人達です。ユニフォームでの応援を取り付けました。知ってる?ラクロス。先にネットのついた棒でボールを飛ばすやつ」

 知ってます知ってます。

「この際ついでだから聞きますけど、なんでラクロス部の人が?」

 もうほんと。ついでに聞いておこう。


「お呼ばれしてる時に、ちょっとひと悶着あってねー。ゲームでやっつけて約束を」

「お前ホントに何やってんの?」

 よそ様の学校で、いったい何をやらかしてるんだよ。


「あっちが悪いのよ!試合に負けて残念会やってる野球部に配慮のない言葉をかけてさー。だからちょこっと挑発して、あたしに都合のいいルールでラクロス勝負してね?」

「お前!残念会に参加してたのかよ!あと余所の高校で喧嘩すんじゃねぇよ!!」


 喧嘩じゃありませんー。スポーツ勝負ですぅー。

 などとのたまう山崎。


 次回の準決勝、県予選5回戦。我々、弘前高校野球部に、念願の応援団が結成された。もっとも、正規の応援団ができるまでの間の臨時のものだろうが…その代わりと言うべきか、なんと女子率100%の女子応援団チームである。男子高校生運動部員のロマンの一つである。


 ―――黄色い声援と同時に、めちゃくちゃ圧がかかりそうな応援団ではあるが。

 それでもちゃんと形になった、我々の勝利を心から望む応援団。ちょっとプレッシャーにドキドキしそうだけど。次の試合、ベンチ上からの応援が少し楽しみになった。


「それじゃー、練習がんばりますか!これで負けたら、あくる日から生きる道は残されてないからね!!そのつもりでがんばってね!」


 やっぱプレッシャーの方がでかそう。

 なんでこいつはこう、やる事が極端に走りがちなんだろうなぁ。

 そんな今更な事を考えつつ、俺はグラブを手に、グラウンドへ向かった。



誤字報告機能の活用、ありがとうございます。もとへ(もとえ)が、誤用だって初めて知りました。いやーん。語源的なものだったんですねぇ…昔見た文章も誤用だったのかな…日々が学習と悟りですね。感謝感謝。


次回も閑話のようなものになります。というか本当に閑話。

それはそうと日間ジャンルランキングの広告ブーストが予想外に長期化していて(2日目に突入するとは思わなかった)閲覧のご新規様が多数いらしてくれているようです。皆さまの支援と心づくしに感謝。というわけで、ご新規様もそうでない方も。


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筆者の気力の半分は読者さまの優しさでできております。

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