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127 マモノに打ち勝つチカラ

果たして、試合のゆくえは――?

『 ―――― 球場の皆様に、ご説明いたします』


 弘前高校の攻撃が不発に終わり、イニング交替のしばしの給水休憩の時間に。マイクを持った審判員が場内放送で説明を始めていた。さっきの俺達の攻撃に関しての事だろう。ウチの一般応援団と外野席の観客の一部から、かなりのブーイングが飛んでいるからだと思われる。


『 ―― 野球規約におきましては、野生動物は自然現象の一部と見なされており、意図的なプレー妨害などには含まれません。いわば風で飛んできた小石や枯れ葉のような扱いです。よって、さきほどの野鳥が走路に飛び込んできた状況も、合法的なプレーの範囲内と見なされ、ランナーの差し戻しなどは発生しません』


 えええ――――

 と、主に俺達のベンチ上の観客席や、それに近い位置から声が上がる。


『 ―― プレーが途切れている状況であれば審判が試合中断を宣言し、動物の対応をする場合もありますが、合法的な打撃と走塁の最中、つまりインプレー中の自然現象の不具合は、自然災害を除いてほぼ問題とされません。よって、先ほどの弘前高校ランナーの進塁中に発生した状況は合法となります。走路妨害には相当しません』


 ちくしょー!! あの鳥!! 今のうちに追っ払えよ!!

 などと、あちこちの観客席から声が上がる。主に俺達のベンチに近い位置から。


 まあ確かに。称揚学院の生徒に実は鳥の調教師が居て、カラスを操って意図的に俺達のプレーだけを妨害していた…… という事実が存在すれば別だろうが。野鳥なんぞ公式見解としては『どちらのチームの味方でもない』はずなので、どちらかのチームに有利な判定をする事はできない。むしろここで『アレは称揚学院の鳥使いの仕業だ』などと言おうものなら、『それこそ弘前高校の鳥使いによる陰謀だ』と言われかねないだろう。


 我ながら『鳥使い』ってなんだろう、などと考えてしまう。よその家の猟犬を勝手に手下として使役する系の幼なじみが居るから、こんな事を考えてしまうのだろうか。


「ちょっと一休さん、あの害鳥に念でも飛ばして追い払えない? 」

「私の実力では、ちょっと」


 その幼なじみはウチの一年生に無茶振りをしているところだった。というか、修行したら出来るようになるのかな。安藤の家の親父だったら出来るのだろうか。


「ここはあたし達のナワバリなのに…… せめてウチの畑だったら」


 投石器での投石と猟犬で狩り殺してやるのに、と言いたいのだろうか。

 山崎のそんな言葉を聞きながら、チームメイト達はきっと、俺が想像しているのと同じ光景を頭の中に描いていただろう。飛ぶ石弾、撃ち落されるカラス(もしくはハト)、そして地面に落ちた鳥に襲い掛かる猟犬。最後には鳥は吊るされて焼肉となるのだ。


 しかしここは一時的に高校球児のナワバリになっているとはいえ、本来の持ち主はプロ球団の経営企業だ。勝手に野鳥を狩猟対象にしてはいけない。絶対に叱られてしまう。もっとも私有地の中であるから、侵入した野生動物を力ずくで排除するのは合法かも知れないけれど。


「 ――そう言えば」

 紙コップをゴミ袋に入れながら、山崎が口を開く。


「確か、どこかのメジャーリーガーが。試合中にハトを撃墜した事があったわね…… 」

「まさか狙うつもりじゃなかろうな」


 それってネットに動画が上がってるヤツ。俺も見た事がある。

 二羽のハトがナワバリ争いか何かで球場のあちこちを飛び回ってた結果、ピッチャーが投球した直後の瞬間にバッターの前を横切って剛速球の直撃を喰らい、前のハトだか後ろのハトだか知らないけど派手に白い羽毛を撒き散らしながら散ったヤツだ。なんか白い霧が瞬間的に生まれたというか、羽毛が爆発したみたいな感じだった。ものすごく手の込んだアレ、みたいな事件。


 今の給水休憩後は7回の表。俺達の守備からスタート。山崎がマウンドに上がる。速度だけならメジャーリーガー並みの剛速球が、暴投した体を装ってバックネット上に止まっているカラスに向けて投げられ……

 爆発四散したかのような羽毛を散らしつつ、死骸が国営放送の放送席へと落ちてきて、ネット裏の観客席は阿鼻叫喚の地獄絵図と化す―――― という光景を想像してしまう俺。


「ボールカウント1つと引き換えなら、おつりが来るわよね? 」

「あとで問題視されるだろ絶対」


 せめて投球直後に自分から当たりに来てくれる事を祈るだけにしておけよ。そういうのなら事故だから。確か動画の時のプレーでも、試合進行上は投球したボールがミットに届かなかったからボールカウント1つ、という感じだったはず。違ったっけ? 鳥の羽毛とか死骸とかを掃除する間、プレーは一時中断になったと思うけど。


「送球時に狙うのもアリか…… 」

「そのためには、わざとランナーを出さないとダメだよな? やめとけよ」


 今現在、まだ俺達は1点のリードを追う立場だ。まずは同点にしないとこのまま負けてしまうのに、余計な事をしている余裕など無い。審判の言葉じゃないけれど、野鳥なんぞ居ないものとして頭の中から追い出し、理想的なプレーをする事を心がけるべきだ。そもそも相手チームも俺達も、あの野鳥集団のイタズラのため、ずいぶんと集中力を欠いている。直接的な妨害も発生しているが、集中力を欠いたがゆえのミスも多発している気がする。まずは集中だよ集中。


 給水休憩の終わりが告げられ、俺達は守備位置へと駆け出す。雨にも負けず、夏の暑さにも負けず、野生動物のアクシデントにも負けない。それが高校球児なのだから、と。気持ちを切り替えてプレーを続行しよう。ハトにもカラスにも、俺達は負けないんだ。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

【 途中経過 】8回表 終了時点

称揚  0 1 0 1 0 0 0 0   |2

弘前  1 0 0 0 0 0 0    |1

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 いよいよ追い詰められてきた感がある。

 もちろん山崎がマウンドに上がった時点で弘前の得点が負けている、という時点で俺達の勝ちパターンからは外れている。ことここに至っては称揚学院だって俺や山崎に対して申告敬遠を使ってきても全くおかしくは無い。今のところ、俺や山崎の前にランナーが居ない場合は申告敬遠ではなく、当たっても絶対に飛ばないくらいのボール球…… バットの先端に当たるか当たらないくらいのボールしか投げて来ない。

 かといって他のチームメイトだけで点が取れるかというと、どうにも今日は調子が悪いというか、打線がつながっていない。言いたくはないが、あの鳥どもの呪いだろうか。


 そんな事を、俺はネクストサークルの中で考える。

 この回の攻撃、俺の打順は2打者目だ。まずは1点、できれば一発欲しい。応援団の皆さんもメチャクチャ声を張り上げているが、試合の当事者である俺達にとっても何とかしたい状況である。


 ―― ストライク。バッターアウッ!!


 ぐわぁ―― !! という悲鳴をバックに、俺は集中力を研ぎ澄ませ、バッターボックスへと向かう。すれ違う時に「すまん」と古市先輩の声を聞きつつ、うなずいて歩く。

 ついこの間。俺の見せ場が欲しい、などという事を考えていた事を少しだけ思い出す。今がその時だ、と思う。ワンアウトでランナー無し、申告敬遠さえ無ければ投球ミスだって有り得る。1球あればいいんだ。四球でランナーになったなら、アウトカウントが進む前に三塁まで進塁してやる。必ずホームを踏んで、同点にする。


 俺は集中力を最大に高め、挨拶をしてバッターボックスへと入る。今年の俺は4番の打者。ここで一撃を放たずして、なんの4番だというのか。俺の感覚的な時間が、ゆっくりと流れ始める。


 相手チームの監督からは何も無し。申告敬遠では無い。チャンスは来る。


 ―― そして。

 外角低めを狙ったであろう、その投球は。わずかに手元が狂ったか、ボール2個分は内側へと入って来る。バットはギリギリ届く。今は浜風も弱い。ライトスタンド下段へ、最低でもフェンス直撃で三塁打をもぎ取ってやる。必中の気合いを込めて、俺は全力のスイングで、バットをボールに叩きつけた。


 カキィッ!!


 白球は猛スピードで飛んでいく。低い弾道だが速度は充分。定位置守備のセカンドの頭上を超え、そしてライト方向へと。打球の行方を、俺が、ベンチの皆が、応援団の皆が、球場のすべての目が追う。


 そして――――













 黒い霧が爆発した。


 「「 あ――っ!! 」」

 『『 あ――っ!!!! 』』

 「「 あ――っ!! 」」

 「「 ぁぁ―― 」」「よし良くやったぁ!! 」


 一般観客席から。

 弘前高校の応援団から。

 相手チームのベンチから。応援団から。

 弘前高校のベンチから。そんな叫び声が上がった、気がする。


※※※※※※※※※※※※


【 国営放送 放送席 】


『 あぁ――――っ!! 』

『 ああっ!! 』

『え、ええっと…… これは…… 』

『インプレー!! インプレーです!! 』

『えっ。あっ。北島選手、走ってます!! 試合の中断はありません!! 』


※※※※※※※※※※※※


 ―― 以下は、この試合を動画として投稿した、とある投稿主の、動画に添えられたコメントである。


 ―― 宙に黒い霧のように羽毛と風切り羽根を撒き散らし、本体であるカラスの肉体が落下してゆく。なるほど羽毛の根本近くまで色が黒いし、成鳥のハシブトカラスだったんだな、などと冷静に分析できているのはおそらく観客に混ざり込んでいた日本野鳥の会会員か、カラスに詳しい野鳥好きであろう。


 この時のプレーに問題があったとすれば、ちょっと野球場では見かけない光景に意識を奪われ、8回裏の守備を行っていた称揚学院の選手が自分達の行うべき行動を少しの間、忘れてしまっていたという事だろう。特にカラスの羽根が爆散した地点に近かったセカンドとライトの選手が茫然としてしまったのには問題があったと思われる。


 その間に、弘前高校の打者走者である北島は、一塁を蹴って二塁に向かっていた。7回前の給水休憩の際に審判員からの場内説明をよく聞いていたのか、あるいは野球のルールをよく理解している落ち着いた行動であったのかも知れない。これもルール違反行為をさせないため、日頃から座学を繰り返し教育していると言われる平塚監督の教育の賜物であろうか。


 北島が二塁を蹴ろうとした頃に、ようやく状況がインプレーである事に気づいたショートやセカンドが声を出し、『ボールはどうした』と声を出しているのが画像からも察する事ができた。しかしボールはすぐに見つからない。どうやらカラスの爆発の瞬間までは全員がボールの行方を追っていたが、直後に発生した現象に気を取られ、ボールから意識が逸れてしまったようだった。


 選手ばかりを責めてはいられない。中継のカメラですらボールを追うのをやめていたほどだ。しばらくは舞い降りる黒い羽毛などを映し、その後は地面に横たわるカラスの姿を映していた(このカメラワークに関しては多方面から抗議の声が上がっているらしい)。


 ボールがカラスの体と散らばった羽根から少し離れた場所に(フェアグラウンド内である)落ちているのに気づいた時、北島はすでに三塁を回ろうとしていた。


 慌ててボールに駆け寄り、手に取ったボールをホームへと送球する右翼手ライト。しかし時すでに遅く、走力も平均以上である北島がホームを踏む事を阻止する事は叶わなかった。


 高校球児、怒りの一撃。

 魔弾の射手、北島 悟の誕生である。



 ―― なお、このコメントが添えられた動画は日に日に動画再生数を伸ばし、ニュースサイトのトレンドワードに『魔弾の射手』『北島 悟』などのワードが上がる事となったという。同じような動画投稿は他にも多数あったが、編集とコメントが秀逸だったため、頭一つ抜けたという感じだった。


※※※※※※※※※※※※


 ―― おや。

 カラスが居ないな。例のハトも、どこへ行ったのかよく分からない。姿を消している。


「ちぇー。今度はあたしが撃墜してやろうと思ったのに」

「いや、事故は仕方がないだろ。故意だと叩かれるぞ」


 一羽も二羽も同じでしょー? と言う山崎だった。

 もちろん俺は狙ってやった訳ではない。事故なので仕方が無い。向こうが悪いのだ。そもそも試合中のグラウンド内は選手のナワバリなのだ。勝手に侵入してはダメなのだ。重ねて言うが、俺は悪くない。悪くないのだ。飛んできた木の葉にボールが当たったからって文句を言われる筋合いは無いんだからね!!


 などと考えつつ、打撃用防具を外していると。審判員がマイクを持って場内放送を始めていた。なお、落ちていたカラスの死骸らしきものと黒い羽根などを掃除する時間が必要であるとして、試合は一時中断となっている。


『 ―― えー、先ほども申し上げた通り、野生動物は自然物であり、風に乗って飛んでくる小石や木の葉のようなものです。野球規約においては【 打球が鳥に当たった場合 】のルールも明確に定められており、プレーに支障をもたらすものではありません。ホームラン性のボールが鳥に当たった場合も特別進塁などには該当しません。今回の場合も、【 打球の勢いが弱まって落ちた 】と判断されます。なお、記録としては外野安打であり、エラー扱いにもなりません。さきほどのプレーはランニングホームラン、という事になります 』


 うおおおおお――――― !!!!


 審判員の説明に、観客から大歓声が上がった。

 野鳥による走塁妨害は無いし、同時に守備妨害も無いのだ。それがルールである。屋外競技なので、そういう項目がちゃんとあるのだ。それが野球というスポーツである。

 なんか知らんけどボールが急に勢いを失って落ちてきた。たまたま守備の選手がボールを見失った。なんでか知らんけど。そういう事なのである。そしてなぜだか分からないけど風に乗って飛んできた鳥の羽根とかが大量に散らばっていたので、片付けるために試合を一時中断した。それだけの事なのだ。


 そしてグラウンド整備が終わると、試合は再開された。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

【 試合結果 】 称揚 2―3 弘前 

称揚  0 1 0 1 0 0 0 0 0  |2

弘前  1 0 0 0 0 0 0 2 X  |3

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 あのランニングホームランの後、打線が上手くつながり1点をさらに追加。9回の表を守り切り、弘前高校は勝利を得た。運もあったのかも知れないが、調子が上向きになったチームメイトの様子を見ると心理的な要素も関係していたのかも知れない。

 やはり集中力と適度な平常心。状況を落ち着いて把握する精神力は必要だな。守備がなぜか捕球に手間取っているなら、できるだけ先まで走るのが走者の役目なのだし。まあ、視界の隅をウロチョロする飛行物体が居なくなったのは良かった、という事だろう。


 ちょっと予想だとか予定だとかは違ったが、俺も見せ場というものを作る事ができたしチームも勝ち進む事ができた。終わりよければすべて良し、である。


 何だかんだと、俺達は4回戦へと進出。

 いよいよベスト8。大会も後半戦である。今日の食事はとっても美味しく食べられる事だろう。夏の大会の後半戦と今日の昼食と夕食を思いつつ、俺達はご機嫌で校歌を歌うのだった。

マモノに打ち勝つ球児のチカラ(物理)

事故はしょうがないですよねぇ。私有地なんだもの。

そんな訳で、弘前高校はベスト8に進出です。準々決勝の再抽選の権利を得ました。

またちょっと閑話みたいなものを挟みつつ、大会は進みます。


とか何とかやってる間に、今年の大会が!! 地方予選が、は、始まって……

こっちの方もマジメにやらなきゃいけないなぁ、と反省する事しきり。ホントですよ。


それはそうと、誤字報告や単語の誤用・変換ミス、文章の修正ミス等の指摘、まいど誠にありがとうございます。助かっております。今後も気づいた部分があればご指摘のほどをお願いいたします。


今後もゆるーくお付き合いください。当作品は読者様の優しさで支えられております。

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― 新着の感想 ―
とても面白いです 2日で一気に読んでしまって また読み返しています
[一言] 2024センバツも終わりましたね カラスの肉片が付いたボールを拾って投げるとか ライト君の心にも傷がありそう
[良い点] 面白くて一気に最後まで読んでしまいました。 続きが投稿されるのをお待ちしています。
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