126 3回戦に舞い降りるマモノ
今年もマモノが、球児たちに襲い掛かる……
長く続いた雨模様も、ようやく晴れ間が続くようになった。
つい最近まで曇り空や雨模様で涼しい、ともすれば寒く感じるような天気が続いていたものだから、なんだかやたらと暑くも感じる。夏らしい天気が戻ってきたのなら、暑さに早く順応…… もとの感覚に戻さないといけないな、と思っているうちに。俺達の3回戦の日がやって来た。
「今日はメチャクチャ晴れてるわね!! 」
「夕方までは降水確率0%だってさ。久しぶりの最高の天気だな!! 」
「「うお―― !! 」」
そんな声を上げながら、楽しく元気にバスへ乗り込み、宿泊所から出発する俺達。俺達の3回戦は本日の第2試合、10時から11時くらいに始まる予定。余裕をもって朝食を食べ、食事の消化吸収が適度に進んだところで試合が開始されるという寸法である。そして試合でカロリーを消費して宿泊所に戻り、美味しく昼食を食べて食休みする予定なのだ。
なにかにつけて食事がどの時間になるか、どのような状態で食事を取るのか、という事を考えたりしている気がするが、高校球児の生態、そしてここ最近の試合スケジュール消化の成り行きを考えると仕方のない事だと思う。
本日の対戦相手は、大雑把に言うと俺達と同じ方角からやってきた、私立『 称揚 学院 』だ。夏の甲子園の出場回数は20回と、強豪野球部という事では我らが弘前高校よりも遥かに歴史がある。
「野球部の強さを歴史で測ると、ウチは出場校の中でも底辺くらいよねぇ」
「今回で2回目だからなぁ」
ウチの学校の評価としてはどのくらいの順位なのかなぁ。一部の選手とか、監督は評価されてると思うけど。
「まあ戦力を数値化したら、ウチはなかなかのモノだと思うけどね」
「それってテレビ番組でよくある、数字を誤魔化すヤツじゃないの? 」
野球部としての数値がどうのこうのという話をしたら、出場回数とか大会本選での試合回数に対する勝率、とか計算したらウチは出場回数が少ないわりに勝ち進んでいるから、かなりの高い数字になりそうだし、試合回数に対する打点とか数えたら、それこそ酷い数字になりそうだし。まあ失点もかなりの数字だから、防御に関しては低い数字になりそうだけど。実情は超高校級のモンスターが混ざってるから強い、みたいな感じだし。
高校野球マニアの目から見たら、俺達って総合評価で、どのくらいの位置づけなのかなー。この間の山崎の完全試合で、また順位が変動したのかな。面白い野球部という評価はあると思うけど。
「ま、勝負は水物っていうか、運に左右される部分もあるけど」
「人事を尽くして天命を待つ、みたいな言葉もある。とにかく頑張ろうぜ」
運がどうのこうの、というのはギリギリまでやれる事をやって、その後の事である。才能と呼ばれるものを努力で磨いたり、体を鍛えて地力を上げたり、理論や作戦などの知識面を鍛え、イザという時のためにフォーメーション動作を訓練したり。
ただ運が良かったから勝てる、などという試合は滅多に無いのだ。そんな事ばかりが出来るのであれば、練習なんぞしなくとも、占いや神頼みで勝ち抜けるようになってしまう。そういうモノであれば、それはもはやスポーツでは無いだろう。
「まあ、あたし達は日頃の行いもいいからね!! 」
「野球部としては行いがいい方だと思う」
大会が始まる前に、甲子園神社にも参拝したし。日頃も悪事を働いた覚えはない。煩悩だって一般的な高校球児レベルだと思う。
「ウチには見習い坊主も居るし」
「そういえばそうだった」
意外に死角が無いなぁ、などと。くだらない事を考えている間に俺達は甲子園球場へと到着し、バスを下りると整列してから屋内練習場へと向かう。
今日の試合を勝ち抜けば、いよいよベスト8となる。どのような試合になるかは始まってみないと分からないが、全力を出して試合をして、そして勝とう。今日は快晴、時間は昼前。風だって強くはない。天気だって俺達、高校球児を応援している気がする。今日は雨も雷も暗黒も無い。邪魔な要素のない、全力勝負の試合日だ。
気合い全開で、思いっきり試合をしてやるぜ、と。試合に備えて準備を始める俺達なのだった。
※※※※※※※※※※※※
【 国営放送 放送席 】
『 ――おっと、えー、またエラーですね。気が逸れた、のでしょうか』
『 ……まあ、仕方ないと言えば仕方ないんですけどね。困りましたねぇ』
『どうにかならないんですかねぇ? 』
『両チームとも、集中力を欠いてしまっているというか…… さっきも一時中断して対応していましたが、あまり効果は無かったみたいですし』
『ルール上は問題ないですし、ねぇ…… 』
『KYコンビの二人も、まともに打たせてもらえていませんが…… 敬遠策なのか投球ミスなのか、よく分からない状態ですしね』
『現在のところ、安打にはなっていても本塁打は出ていません。 ――ストライクバッターアウト。これでツーアウトです』
『弘前の打線も、若干ながら精彩を欠いている気がしますね』
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【 途中経過 】5回表 終了時点
称揚 0 1 0 1 0 |2
弘前 1 0 0 0 |1
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現在のところ、称揚が1点リードで進行中。
弘前高校、本日のオーダーは『いつもの打線配置』であり、山崎は1番打者に配置されている。だからといって三振に取られたという事もなく、出塁はしている。しかし。
一般的な評価が『安打製造機ならぬ本塁打製造機』のような扱いを受けている山崎が、今日の試合では本塁打を打てていない。俺も打てていない。
もちろん他の選手が打てばいいだけの事だし、俺だって出塁している。しかし、俺も打球をスタンドに届けるには至っていない。そして仲間達の打撃も精彩を欠いている。当たってはいるのだが、打点を得るには至っていない。現時点では出塁した山崎を俺のシングルヒットで返した1点のみである。
そして精彩を欠いているのは守備も走塁も同じで、ときどき守備や走塁の失敗によって、ランナーを出したり、タッチアウトになったりしているのだ。そして称揚 学院の2回での得点は、ウチの守備のエラーによるもの。けっして良い当たりではなかった打球なのに、捕球ミスや送球ミスによってランナーが進み、得点されてしまった、というものだった。
そして今、田辺が1塁でアウトになり、ベンチへと戻ってくる。
「 ……………… 」
ウチのボス、暗黒女王の二つ名をいただいた山崎の機嫌が、ちょっと悪くなってきている気がした。弘前ベンチの中の空気が、ちょっと張り詰めてきている。
「 ――ちょっと田辺くん」
「あっ、はい!! 」
ベンチに戻った1年の田辺が、山崎に振り返る。外側からの中継カメラには絶対に映らない角度の山崎の顔 ――とてもとても冷たさを感じる表情、それでいて鋭い視線の瞳。静かな怒りを抑え込んでいるようなその顔を見て、田辺の背筋が伸びる。
「 ――今、どうしてアウトになったのか、理由は分かっているわね? 」
「 ……は、はい…… 」
まずウチの野球部ではありえない、上級生による下級生の吊るし上げのような光景が、そこにあった。
「今後、同じような状況でも出塁するためには、どうすれば良いのかも分かる? 」
「も、もっと遠くへ飛ばします」
「そうね。それも一つの方法ね。 ……でも、もう一つの方法を教えてあげる」
「 ………… 」
「『 容赦なく 』『 踏み潰し 』なさい。肉を割き、骨を砕け。情けをかける必要は無いわ。不幸な事故でした、という言葉で片が付く」
「 ………… 」
ただ無言でうなずく、田辺だった。
…… 田辺は躊躇したのだ。そのまま足を踏み出したら、その相手を傷つけてしまう事に。その凄惨な結果を回避しようと、進路を微妙にズラし、かつベースを踏もうと努力した結果、あえなくアウトとなったのだ。仕方ない、と言えば仕方ない状況だった。しかし同様の状況がこれまでに何度となく起きている。田辺だけではなく、他の仲間にも。
繰り返される『山崎にとっては納得のいかない状況』に、ついに山崎の堪忍袋の緒が切れようとしている。
「みんなも、試合に集中してね」
そう言い残し、ネクストサークルへと出ていく山崎だった。
現状、試合は中盤を過ぎようとしている。そして弘前高校は点差を追う立場。今後の試合展開がどうなるかは分からないが、もしかすると称揚 学院は逃げ切りの選択をする可能性もある。いったいどうなるのだろうか。
そして、試合は進行する。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
【 途中経過 】6回表 終了時点
称揚 0 1 0 1 0 0 |2
弘前 1 0 0 0 0 |1
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
5回裏の弘前の攻撃で山崎が四球で出塁するも、その後が続かずに得点ならず。
そして6回裏の攻撃で俺が出塁した後、6番・竹中の打球がレフト前ヒットになると確信し、俺は守備の状態を見ながら二塁へと走り――
ばさばさっ。ばささっ。
「うお―― !! 」
目の前に飛び込んできた灰色の鳥と黒い鳥に、おもわず声を上げて。顔を腕で守りつつ走りを緩めた。そして、二塁に送球されたボールが、二塁カバーに入った二塁手のグラブに収まるのを見る。俺はフォースアウトになったのだ。
―――― そう、今日の俺達の試合、特に弘前の攻撃と守備のプレーは、この鳥たちに妨害されている。正確に言えば、三羽のカラスと、一羽のハトである。
ハトはカラスに追われているというか、弄ばれているようだった。球場内に追い込まれ、逃げようとすれば追いまわされ、グラウンドのどこかに降り立っては歩いたりしている。カラスもカラスで、ときおり気まぐれに外野の芝生に降り立ったり、銀傘の上に止まったりバックネットの上に止まったり。
マウンドの前を歩いていたりした時などは、試合を中断して審判が追い払ったりしていた。しかし追われているハトはもちろんカラスたちも、いっこうに球場の外へと出ていく様子は無く、俺達のプレーは事ある毎にハトとカラスにジャマされている。
前の回などはカラスに追われたハトが、田辺が打った直後に一塁のちょうど手前に降り立ったため、田辺がハトを踏まないように頑張る必要が生まれ、アウトになったりしたのだ。
だから山崎は『害鳥が走路に出て来たら踏み潰せ』と言ったのだ。山崎は基本的に人間の生活に害をなす動物に対して、一切の情けをかけないからな。
「 ――いい加減にしろ、あの害鳥ども!! 鳩が狙いなら、さっさと狩り殺して隅っこの方で食事でもしてればいーのよ!! 悠長に追い掛け回して遊んで、あたし達の試合をジャマすんじゃないわ!! 」
ベンチに戻ると、山崎がキレ散らかしていた。
「カラスって、遊びをする鳥だからなぁ…… 」
「カモメだったらとっくに挽肉にしてるところでしょーが!! 」
そんな怒りの声を上げる山崎だった。
プロ野球の試合でも、こういう事はある。特にメジャーリーグなんかだとハトやカモメはもちろんの事、街中に住んでるリスとかが試合中のグラウンドに侵入してきて観客を笑わせたりするのだが。徹底的にプレーをジャマされる側としてはたまったもんじゃないと思う。見ている分には面白いかもしれないが、こっちは優勝旗のかかったトーナメント戦の最中なんだから。
「ちょっと悟!! コタロー呼んできてよ!! アイツ等追っ払わせてやる!! 」
「無茶言うなよ」
怒り心頭の山崎が適当な事を言っている。
今ごろあの三毛犬は、柴村さんちの庭で寝てるか、畑でモグラでも掘ってるよ。もしくは泥まみれになってるところを見つかって、用水路で洗われてるかホースの水をかけられてるか。そんな感じだと思う。あと、ハトとカラスを猟犬が追いまわす光景とか、もう爆笑必至だからやめといた方がいいと思う。
しかし現状、得点で負けてる側としては大問題だ。
頭上の応援団からもハトとカラスに向けて大ブーイング。審判なんとかしろー!! 走路妨害だろー!! という声も聞こえた。でもルール上、野鳥の走路妨害だとか守備妨害は合法なんだよなぁ…………
まさかとは思うが。
もしかして野鳥の妨害行為によって、俺達は今日の試合で敗退してしまうのだろうか。そんな事になったら、また特殊な意味での伝説を作ってしまう。
試合の行く末は、まだよく分からない。
はい、前後編みたいな感じの前編みたいな話でした。
もちろん『なにかピンときた』読者の方もいらっしゃいますでしょうが、もう先の展開は決まっております。誰がなんと言おうと予言を的中させようと、展開は変えたりしないんだからね!!(泣き声)
それはそうと、毎度毎度の誤字脱字・誤用・勘違いなどの連絡、誤字修正機能の活用、まことにありがとうございます。自分でも読み返して間違いに気づいたところは直していたりするのですが、まだ隠れていそうです…… 発見されましたら、どうぞご協力をば。ユーザーデバッガーは神様です。
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