124 スポーツ新聞の見出し
試合の合間の日常。2回戦の翌日です。
『 ―― いえ、さすがに最初から狙っていたわけではありません。天候の事もありましたし、試合の展開が速いといいな、とは思っていましたが』
『どのあたりから完全試合を意識していましたか? 』
『8回くらいから、だと思います。肩にも余裕がありましたし、もしかしたらイケるかな、くらいに』
『夏の大会では初の、大記録ですね』
『運が良かったと思います。今大会もできるだけ多く勝ち進みたいと思います』
※※※※※※※※※※※※
―――― などという山崎のインタビューの様子。その映像がテレビ、ネットを問わずにスポーツニュースで使い回されまくっている。気を抜くと画面に表示されている、くらいの頻度で目にするため、昨日の今日だというのに『またインタビュー映像かよ』という感想を抱かざるを得ない。試合のダイジェスト映像が入ると新鮮に感じるくらいだった。
「すっごいヘビロテで使われてるわよね。自分の顔なのに見飽きた感がある」
「去年は『人格者の平塚監督』が、こんな感じだったよなぁ」
2回戦の翌日。俺達はまた数日間の待機状態にある。そんな訳でまたのんびりと、朝食後にスポーツニュース番組を見ながら食休みをしていたりする。今日のグラウンド練習は昼過ぎなので、それまではこんな感じだろう。
例の暗黒中止試合の翌日の俺達の2回戦は【 夏大会では史上初の完全試合 】として、高校野球関係のスポーツメディアを賑わせていた。夏の選手権大会、春のセンバツと、大きく分けて2つの甲子園大会がある訳だが、今まで完全試合は『 春のセンバツで2回 』だけ達成されており、『 夏の選手権大会ではまだ誰も達成した事が無かった 』というのが、甲子園での記録である。つまり先日に山崎が達成した完全試合は『春夏合わせて3回目の完全試合達成』であり、夏の選手権大会としては【 史上初の完全試合 】という事になってしまったのだ。
もちろん状況的に幸運にも恵まれた結果なのだが、あわよくばと狙っていた山崎としては万々歳だ。なにしろ『 夏の甲子園では史上初の達成者 』となった訳だからな。選手としての売名だとか能力アピールをしたい山崎にとって、最高の結果と言える。
「いやー、またあたしの価値が高まっちゃったなー」
「プレミア価値は高くなったよな。おめでとう」
「「おめでとー」」「三人目かぁ」「夏では一人目だよな」
そうなんだよなぁ。夏の選手権大会では一人目だ。今後もまた何人か出てくるとは思うが、それでも一人目の記録達成者、というのはインパクトが強いと思う。数字的な記録だと塗り替えられればそれまでと言えなくもないが、特別な条件の記録の一人目の達成者、というのはいつまでも印象が強く残る気がする。
「ふふふ」
などと、ご機嫌に笑う山崎だった。
「史上初ですもんね!! あらためて、おめでとうございます!! 」
「ありがとう、清水さん」
ニコニコする山崎と、同じくらい満面の笑顔を見せる清水だった。だが俺には対照的な笑顔に見える。尊敬する先輩の偉業達成に、純粋というか純真な心を表わしたかのような笑顔の清水。しかし山崎の笑顔は『契約金の金額が上がったかも』という感じの、何かしら邪悪と言うか欲に汚れた笑顔な気がする。俺の気のせいかも知れないが。
「しかしテレビの取り上げ方に比べて、スポーツ紙のこの扱いはどうなのか」
「予想通りだろ」
休憩所のテーブルの上に並んでいる、駅前の売店で購入してきたスポーツ紙の朝刊を見て。少々不服そうな言葉を漏らす山崎。
駅前まで出掛けて記念に購入してきたスポーツ新聞の高校野球ページの見出しには、もちろん山崎の『 夏の甲子園で初の偉業達成 』が取り上げられているのだが…… 駅前で購入可能な3誌くらいのスポーツ新聞では、だいたいこんな感じだった。
『 史上初!! 夏の完全試合!! 夏の甲子園に女王 降臨!! 』
『 女王 山崎、完全試合を達成!! 夏の大会記録を樹立!! 』
そして。
『 暗黒の雷より生まれた女王・山崎、ついに最終形態へと覚醒!! 暗黒女王 山崎、ここに完全試合を達成!! 』
という感じ。
特に3つ目の紙面のネタ感が酷い。いかにもスポーツ紙っぽい感じと言えなくもないが、なんだかプロレスの特集ページみたいな雰囲気がある。このスポーツ新聞の芸風だとしたら、プロ野球のページもこんな感じかも知れない。
「いや、ちょっとおかしくない? あたしは高校2年生の、しかも16歳の美少女選手でしょ? そもそもアマチュアなんだし、敬称的なアレは女王じゃなくて『 王女 』でしょ。なんで女王なの」
「違和感ないよなぁ」「ホンマそれ」「いいと思います!! 」
まあ弘前高校の野球部員としては、何の違和感も感じない。世間の認識が追いついてきた、みたいな感じまであるし。あとさりげなく美少女アピールとか忘れないのは流石だと思うけど、たぶん16歳とかいう情報が脳内メモリに記録されている人は少ないんじゃなかろうか。
「学生相手には王子とか王女とかいう言い回しが好きな業界のくせに、なんで? ここはやっぱり『パーフェクトプリンセス、華麗に降臨!! 』みたいな感じなんじゃないの? 」
「仕方ないんじゃないかなぁ」
現状、女子野球選手で実力的にも実績としても、上位に存在する選手が居ないのだ。というか投球速度でも本塁打数でも、大会においての記録を塗り替えてしまっている。同性の選手で上位者が居ない事に加えて男子選手を上回る記録の持ち主である以上、もはや学生でも『 女王 』呼びした方がいいんじゃないかな、という感覚なんじゃないですかね。あとやっぱり、スポーツ新聞特有の悪ノリ感覚とか。褒めてるんだからいいじゃん、みたいな感じのヤツ。
「まあラスボス感があるのはイイ事なんだけど」
「そこに不満が無いのなら良いのでは? 」
高校球児が夏の大会で倒すべきラスボスが前年度よりもパワーアップしました感を演出した、という事では問題ないんじゃないですかね。まあ、完全試合なんて狙ってできるモノでもないだろうし、山崎だって相手チームが万全の状態だったら出来たかどうかは分からないし、運よくゲットできたトロフィーと考えれば、ちょっとラッキーっていうくらいの話なんだから。もっとも、普段から狙えてもおかしくないくらいの実力を備えている、という事の証明でもあるけれど。
「今年の夏はもう『女王』呼びで決まりなのかなー」
「スポーツ紙としては決まりかもな」
あとはWebニュースとかテレビのスポーツ特集とかでどう呼ぶようになるか。そういえば山崎は去年から、「王女」呼びはされてなかったな。去年は唯一の女子選手だったにも関わらずだ。あれ? そういえば選手権大会の本大会に出場した女子選手としても、史上初だったよな? なのに王女扱いされてなかったという事は…… 山崎、本質的にというか、感覚的に女子の扱いされてないとか?
「ちょっと変な感じよねー」
「 ……………… 」
うーむ。
去年は史上初の女子選手としての出場だったから「前例なし」という事で「新たな」みたいなフレーズを使われる事が無く。去年の1回戦では、あまりに派手にやらかしたせいで「○○王女誕生!! 」みたいな扱いをされず(複数の記録を更新したせいだろうか)。むしろ女王という代名詞は、使われるのが遅かったのかも知れないな。
もしも去年の俺達が3年生だったりしたら、山崎は去年から女王と呼ばれていたのかも知れない。あるいは王女呼びのチャンスがあったのかも。もちろん『あんな存在を女子のカテゴリに入れるのは間違っている』という意識が働いてしまったら無理だろうけど。
「当面の間というか、勝ってる間は『女王』呼びかしらね? 」
「それはもう覇王とかそんなヤツじゃないのかな? 」
戦国乱世の王とかそんな感じの。全国大会という舞台としては問題ないのかもな。
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その日の夕方。雨で練習が屋内に変わる事もなくグラウンド練習を終えて宿泊所へ戻ってきた俺達を、余慶学院の顔見知りが見つけた。
「おっ!! 弘高の皆さんの御帰宅や!! 」
「女王様のお帰りや!! 」「お帰りなさいませ女王様!! 」
という声。コイツらもスポーツ新聞を読んでるな。さっそくネタに乗っかってきやがった。それを聞いた山崎は『様をつけるな、様を。変な風に聞こえるでしょうが』とか言っていたが。なんかこういうの定着しそうだよな。
なお、夕食後に関西ローカル局の情報バラエティー番組を流し見てたけど、そこでも山崎が女王様呼ばわりされていた。例のスポーツ新聞が大写しにされて『暗黒女王』のワードもネタにされていたし。
以後、『山崎 桜 と言えば女王』という認識が自然に定着していく事になる。球児たちに立ちはだかる壁、完全試合の暗黒女王、山崎 桜。ラスボス感は充分である。
なんとなく悪の軍団の頭領という感じがするが、もちろん我々は悪の軍団などではない。しかしそんな感じの組織だとしたら、俺の立ち位置はどんな感じなのだろうか。ウチの野球部はこう言っては何だが四天王とかそういう感じの強キャラが揃っているような組織ではないし。
「あのさ山崎。普通に考えたら、平塚先生が組織のボスだよな? 監督だし」
ふと思った事を口にしてみる俺。
「そう言えばそうね。じゃあ、あたしは『四天王筆頭・暗黒の山崎』とか? 」
「じゃあ俺は何なんだよ…… 俺って、二つ名で呼ばれた事あったっけ? 」
俺がカッコいい二つ名で呼ばれた記憶は無い。そもそも四天王の三番目とか四番目は誰なんだ。清水と安藤だろうか。
「きょぬースキーの北島、とか」
「それ悪口だろ!! 」
それも校内だけで通じる悪口の類だからな?! 絶対に新聞記者とかに言うなよ!!
「北島先輩ですか…… 『山崎先輩の相棒』みたいな? 」
「KYコンビの片割れっていうイメージがあるんだよなぁ」
「あ、ほら『最高打率の男』とか」「男子選手って言う必要がね」
「普通に選手としてスゴイんだけど…… 」「何か、こう」
「山崎先輩の所持品扱いの感があります」「それな」「もうそれで」
1年生どもが好き勝手に言いおって。大会が終わったら、秋季大会に向けてしごき倒してやるからな。ゆっくりできるのも今のうちだ。覚えてろよ。
「ま、今までどおり弘前高校の二枚看板って事でいいんじゃない? 」
「それだ。最強コンビって事でいこう」
なんか山崎がまた派手に立ち回ったというか、注目される記録を達成したおかげで俺の影が薄くなっているような気がしなくもないが。2回戦の勝利点にも守備にも貢献している俺だし『KYコンビ』はすでに定着している。そして俺は、けっして山崎のオプション扱いという訳では無い。ないのだ。
大会が終わるまでには、もっと俺が目立つ見せ場というものを作ってみたいものだ。そんな事を考える、今日の俺なのだった。
スポーツ新聞。人目を引く単語をとにかく大きく印刷しておかないと売り上げに関わる。
面白くて興味を引くワードであればあるほど美味しいですよねー。完全試合って美味しい。
まあ『暗黒』とか『女王』が使えたら、筆者が記者なら必ず使うし。編集長だってOKを出すはずです。
そんな訳で、試合の合間の日常回でした。ゆっくり更新していきます。
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