121 怪談
あらやだ!! 3カ月以上未投稿とか表示されてるわ!! 信じられないッ!!
―― これは、檀家さんの一人から聞いた話なのですが。
お父様が老衰で亡くなり、告別式を行った当日の事。
出棺が翌日になる場合、葬祭場の専用の部屋で、仏様の線香が絶えないよう、ご遺族の方が一緒に一晩を過ごされるのです。
その際、葬祭場の関係者から、こう注意されます。
『あまり無い事ですが、その家の事情で、深夜に、亡くなられた方が安置室へと運び込まれる事があります。廊下の突き当りの扉が開いて人が入って来る事がありますが、気にしないで下さい』
と。知らない人が突然、建物に入って来てバタバタする事がある。でも全く関係ない別の事情なので気にする必要は無い。気にしないでください、という事です。
―― そして、その晩の事。
仏様の付き添いの方は、仏様の息子さんでした。
時刻は夜の11時を過ぎていた頃だという事です。説明を受けていたドアの開く音はしませんでした。もちろん、車のエンジン音なども聞こえてはいません。ですが……
パタパタ。パタパタ。
部屋の外、ドアの向こうの廊下を、誰かが小走りに走る音がします。
軽い音です。まるで子供が駆け回っているかのような音にも聞こえます。
もちろん葬祭場の夜中の11時。子供が侵入する訳も無く。また、葬祭場関係者の足音にも思えません。関係者であれば廊下の突き当りにある安置室に用はあっても、建物の反対側に位置する、こちら側に来る用事など無いはずです。
―― と。その足音が止まります。ドアの前で。
じっと耳を澄ましていると。次の瞬間 ――
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「ガチャガチャッ!! と、鍵のかかったドアノブが激しく動きます!! 」
「「「「キャアアアアアア―――― ッ !!!!」」」」
「「「「ひゃぁあああああ―――― っ !!!!」」」」
一休は一同を見回すと、あらためて口を開く。
「なぁーんて、事は無かったんですけどね」
「「 ………… えぇ――?? 」」「「 なんやそれ?! 」」
俺達は温泉旅館『不朽苑』の、ロビー近くの休憩所に集まっている。ヒマを持て余した感のある高校球児が集まり【 怪談話 】をしているのだ。
ヒマがあるなら練習の準備でもすれば、と言われそうだが本日の練習時間は終わり。道具の手入れも終わったとなれば、あとは筋トレか温泉かで時間をつぶし、夕食を待つばかりである。なお、雨のせいでプールの使用は自粛を促されている。台風の日に遊んでいた前科者が居るせいかも知れない。
両校の交流とヒマつぶしを兼ねて怪談話でもしよう、という話を持ちかけてきたのは余慶学院の中村・山本コンビだ。どうもこの二人、顔見知りでないと警戒されると思っての計算か、俺を通して弘前高校へのイベントを持ちかける窓口要員のような感じになっているみたいだ。いちおう「怪談話なら夜ではないのか」と聞いてみたら。
『監督たちに説教されるだけやろ? 』『今の時間しか自由は無いで』
との事。公式イベントにはできないらしい。まあ、持ちかけられた話の中に「ぜひとも女子を誘ってきて欲しい」とかいう要望が混ざっていれば当然の話かと思う。そんな訳で両校の有志を集めて休憩所の一つをほぼ占領しているような状況である。
そして何番手かの話し手として、弘前高校のツルピカ坊主の一休こと安藤が話を披露していた。静かな語り口調が雰囲気を出していて、思わず隣の山崎の服の袖を掴んでしまいそうになるくらいの迫力があった、と思う。
「さっきのドアをガチャガチャ!! というのはフィクションです。怪談らしいでしょう? 」
「「 あ、あー ………… 」」「「 …… そうなんか」」
つまりその直前まではノンフィクションという事か。じわりと来るな。
「足音はその後も聞こえていて、走ったり、足音が止まったりを繰り返していたようです。ですが何時間か後には音がしなくなり、そのまま夜明けを迎えました。よくある怪談だと蛮勇の持ち主が足音の主を確かめようとドアを開けて探検して、どうにかなってしまったりするんでしょうけど。檀家さんはじっと『聞こえないふり』をしていたそうです。…… この『聞こえないふり』というのは『正しい対処法』の一つでしてね。何の心得も無い人が、迷っている方に関わってはいけません。皆さんも今後そういう経験をする事があれば、ご注意ください」
そう言って手を合わせて頭を下げる一休だった。つられて頭を下げる俺達。
「なかなか雰囲気あったわねー。さすが見習い小僧」
「本職だしな。法話が上手な坊主になりそうだ」
小声で山崎と感想を口にする。リアル坊主だと葬儀の手伝いとかしているだろうし、色々と経験しているのかも知れない。ガチ恐怖話とかが手持ちにあったとしても聞きたくは無いな。
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―― これは、オレが叔父さんから聞いた話なんやけどな。
叔父さんはタクシードライバーなんやけど、その日は深夜を流してた。
お客を一人送り届けて、駅前まで戻ろうとしていた時。
一人の女の客を拾ったんや。
雨も降ってないのに、ずぶ濡れの女やった。髪の長い、若い女。
女の話やと、川に落ちたんやと。
だというのに、女の腕の中には、一言も泣き声を上げない赤ん坊が。
女は『不朽苑まで』と言った。…… そう、この旅館や。
長い髪を顔の前に垂らしていて、顔はよく見えんかった。
しかし髪の隙間から見える目は異様な程に白く見えたそうや。
目的地に着いて、女は料金を払おうとしたんやけど、金が足りんかった。
知人を呼んで来るからと、女が館内へ入って行くと……
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「―― 突然、ギャーッという叫び声が!! 」
「「 ……………… 」」「「ひゃ――っ!!」」「「ひょーっ!! 」」
話し手の余慶学院の生徒は(名前なんだっけ)一部からリアクションが無いのを少し残念そうにしていたけれど。完全に無反応だった訳ではない。関係者の誰もが冷や汗をかいていたはずだ。もちろん関係者とは、去年もこの旅館に泊まった弘前高校2年3年の生徒に他ならない。ウチの監督もこの場に居たら、気まずい表情を浮かべていたに違いないと思う。
「 …… そして幽霊のような雰囲気を漂わせる男から残りの金を受け取ると、叔父さんは急いで走り去った。あの女が何やったのか、この旅館にどういういわくがあるのか、それは謎のままや。しかし、これだけは確かな事やで。この旅館には…… 何かがおる、と。それが何なのかは、分からんけどな」
それ期間限定で現れたり現れなかったりするヤツだと思うので、気にする必要は無いと思いますよ。しかしあの一件、ごく一部で怪談みたいになってるのか。まあ俺達も最初に見た時は赤ん坊を抱えた女幽霊だと思ったから仕方ないけど。
「おっかしいなー。『美人』の形容詞がどこにも無かった気がするんだけど」
「顔を見てないんだよ。いい事だろ」
そんなの雰囲気とかボディラインで断定するのが男ってモノでしょー!! とか言う山崎だったが。女幽霊の正体は不明だから良いのだ。未来永劫、その謎は解かれないままでいて欲しい。というか平塚先生の顔はハッキリ見ていてもよさそうなもんだが、やっぱり暗がりだと印象が変わるのかな。あと怖くてよく見て無かったとか。今の話だと、痩せた男の幽霊みたいな感じになってたし。
などという感じで怪談の披露は進み、話が終わるごとに感想を口にする俺達だった。
「さっきの話、どっかで聞いたような気がするわね」
「『超・怖い話グミ』じゃないか? 見た気がする」
「あーそれそれ」「でも語り口は上手かったと思う」
これが百物語とかガチな感じのヤツだと、ロウソクを一本ずつ吹き消していったりするんだろうけど、昼間の旅館の休憩所でやってる怪談話だからな。お気楽なモノだ。ときどき雰囲気が出ていて『キャ――ッ』とか声が上がるけど、そのくらいの気楽な遊び。ヒマつぶしには丁度良いイベントになったと思う。あとで旅館の人に怒られなきゃいいけど。
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これは怪談とはちょっと違うかも知れへんけどな。
中学のときのツレが体験した話なんや。
去年の夏、とある夏祭りのミニライブイベント会場に居ったところ……
突然、銃を持った覆面の集団が飛び込んで来たんや!!
もちろん最初はモデルガンやと思っとったしサプライズイベントやと思ったんやけど。
銃弾が発射されてセットの一部が砕けると、もう辺りはパニック状態!!
そう、去年に起きた『 降臨!! 甲子園マスク 』の事件や。
ツレは何と人質の一人でな。甲子園マスクが天から降って来たのはちょうど目の前――
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「「おお―― 」」「「それでそれで」」「「このネタ鉄板やな」」
この手の話って人から聞いた話を自分が経験したかのように話す人も居るから、その知り合いも本当に現場の人間なんだか知れたものでは無いが。こうして都市伝説って地域に根付いていくんだなぁ、と思ったりする弘前高校の上級生組だった。
「多少は盛られてるけど、まあだいたい合ってるわね」
「しっ。余計な事を言わないの」
そんな訳で、怪談話の最後は『ほんとうに遭った怖い話』みたいな感じの、ドキュメンタリー的な話として終わろうとしていた。
「甲子園マスクと言えば!! 住み家は甲子園球場の地下らしいで!! 」
「アレやろ。戦争中に掘られたっちゅう、地下防空壕の奥深くやろ? 」
「地下貯水池やなかったか? 自作の船で地上と地下を行き来しとるっちゅう話」
「なんでも淀川に出口があるらしいで」
「旧淀川の方やろ? 」
「甲子園球場内にも秘密の通路があって、自由に出入りできるらしいって聞いた」
と思ったら、完全に都市伝説とかウワサ話の類になっていた。どこかの外国文学の怪人のネタが投入されて訳の分からない感じになっている。まあ中の人は時々甲子園球場に出入りしているので、微妙に当たっているウワサもあるにはあるみたいだけど。しかし甲子園球場の地下って防空壕があったんだろうか。仮にあったとしても、今は完全に埋められたりしてると思うから、どっかのオペラ座の地下みたいに貯水場が残ってるような事は無いと思うけどなー。
と、最後はバカなウワサ話を聞いてヒマつぶしイベントを終えた俺達だった。そしてそろそろいい時間だから、部屋で着替えを取って来て風呂に行こう、上がったら夕食だと会話しながら廊下を歩いている時。マネージャー達の会話が聞こえた。
「でも、この旅館の話はちょっとゾクッと来たよね」「現地だもんね」
「女の幽霊かぁ…… 見たくはないなぁ」「だよねー」
だから俺は、指をさしてこう言ったのだ。
「そこに居るぞ!! 後ろだ!! 」
「「「ひゃぁ――――っ!! 」」」
なかなかに良いタイミングだったと思う。小さく飛び上がったり、とっさに身を寄せ合ったりする彼女らが後ろを恐る恐る振り返ると。
「うらめしやー」
舌をペロっと出して手を猫の手にしている山崎の姿があった。
「ちょっと!! 北島くん!! 」「泣いたら事件ですよ!! 」
「山崎先輩じゃないですか!! 」「やめてくださいよマジで!! 」
半ば予想していた抗議の声を受けつつも。
ほぼウソついてないよなぁ、と。上級生組は視線を交わすのだった。今日も試合の無い俺達は、平和な待機日を過ごしている。
という訳で、復帰後のジャブを一発。
長い事投稿間隔を開けてしまい、申し訳ございません。今後はもう少し真面目に生きていきたいと思います。見捨てないでくださると助かります。
グラウンドでの練習時間を制限された高校球児が、待機日をどのように過ごしているのかは人それぞれ、環境それぞれだと思います。だいぶ昔だと空きスペースの使用許可をもらって、宿泊所でひたすら素振り…… みたいなイメージがありますが、現代だとそうもいかないと思いますしねー。それも宿泊所の事情次第、学校次第だと思いますが。
雨が続いて大会スケジュール進行がガッタガタだったりすると、調子を整えるのも大変だと思います。などと、残しておいた去年の大会録画をちょっと見ながら考えました。
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