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119 雨で得られたもの

どんな出来事にも、得られる経験や貴重な光景があるものです……

 今年の夏の甲子園は、天候不順の開会式から始まった。


 試合も降雨や雷警報で試合時間がズレ込み、また試合中の降雨により、試合の一時中断も発生したため、第1試合、第2試合ともに試合そのものの実質的な試合時間は一般的な時間に収まっていたにも関わらず、第3試合の開始予定時刻は19時近くになってしまっていた。

 俺達の1回戦、本日の第3試合も試合後半から雨が降り始め、タダでさえ慣れない甲子園の夜間試合に加え、瞬間的に豪雨とも呼べる雨が降って来て視界が悪くなったり、雨水を吸って重くなった内野の黒土でボールが予想しない動きをしたり減速したり、外野では逆に芝の上に溜まった雨水のせいでボールが高速で滑って行ってしまったりと、終盤の試合展開は外的要因による荒れ模様となった。


 そんな試合も、もう終わった。時刻は22時を過ぎているだろうか。これがプロのナイターだとしたら、試合後のヒーローインタビューを含めて丁度いい時間で終わった試合という事になるだろう。もちろん俺や山崎も、この後少しだけインタビューを受けてから帰らねばならない。今日の晩飯は何時になる事やら。


 ―― 甲子園の夜間照明に光る雨粒を身体に受けつつ、今年の甲子園で初めての、校歌斉唱。雨に濡れて、しょんぼりとした校旗が掲揚されるのを見送り(すぐに取り込まれたが)、あらためてベンチ上の応援団、アルプス席に陣取る一般応援団の皆さんに挨拶をして、帰り支度をする俺達。本日の最終試合なので、大急ぎでベンチを片付ける必要も無い。落ち着いてゆっくりと、和気あいあいと後片付けをする。


 そんな中、山崎がわざわざ、雨に濡れつつベンチの前に立っている。レフト方向、外野の夜間照明を見上げている山崎。帽子から流れ落ちた雨水が照明の光に輝きつつ、身体に落ちてゆく。

 その光景に、つい見とれるように動きを止めてしまう俺。―― やっぱりコイツ、美人だよなあ、と。あらためて思ってしまう、そんな一瞬だった。


「 ―― 雨の音を 熱きこの身で 聞きながら 」


 山崎が何やら、それっぽい短歌みたいな言葉を口にしていた。


 まあ何となく形になっているような気もする。ビジュアル的には絵になっているし。


「 ―― カクテルライトに 煙る月虹げっこう 」


 えー。

 月虹げっこうって、月の光で見える虹の事で、大都市近辺の夜間照明が強い場所ではまず見られないし、満月の時にしか見られないし、そもそも今現在は雨が降りまくってて夜空なんか全く見えないし。仮に夜間照明の光で雨粒が虹みたいなものを発生させたとしても、お前の見てる方向で見えるの? レフト方向は強力な夜間照明がある方向だし、そういうのが観測できるのは外野の観客席とかフェンス脇とか、もっと暗い方向から光源を背後にした時なんじゃないかなあ。とりあえずウソつくなよ。


 ―― などというツッコミ思考のおかげで、一瞬だけ飛んでいた意識が現実に引き戻された。こういう条件反射的なモノが鍛えられているから、中学以降はコイツに真剣な恋愛感情的なモノが育って行かないんだよなぁ。全部コイツのせいだ。


「さすがです、先輩」「美人は絵になりますね」


 などと背後から清水やら安藤やらの言葉が聞こえた気もするが、球場整備の人の仕事もあるだろうし、選手はとっとと帰らなくてはいけない。そもそも遅れに遅れた夕食を食べなくてはならないのだ。インタビューだって控えているのだし。荷物をまとめて屋内練習場へ行ってインタビューを受けて、すぐに旅館へと戻らねば。

 俺達に約束された、京野菜の天ぷらが待っているはず。10分で汗を流して着替えて食事にしなくてはならない。もしかしたら揚げたてを出してもらえるかも知れないのだ。今から腹がなるぜ。


「じゃ、帰りましょっか。約束の天ぷらパーティーが待ってるわ」

「「おおー」」


 バットやグラブをタオルで拭きつつ、そんな声を上げる俺達なのだった。寝る前までにはもう1回くらい、スパイクシューズを含めて手入れしないとな。雨は大変だよ。


※※※※※※※※※※※※


 スポーツ記者さん達からのインタビューを受けたり写真を撮られたりした俺達が、宿に戻って汗を軽く流し、待望の夕食にありついたのは、何だかんだ言って23時近くになってからの事だった。食堂は使えない時間になっていたので、宴会場の一つに集まって皆で食事をする事になった。いちおう御前みたいな感じになってはいるが、おかずは山盛り、追加あり。ご飯に至っては好きなだけ食べてもいいという。たぶん足りなくなったら、うどん類とか出してもらえるんじゃないかな。


「「「 いただきまーす!! 」」」

 と、号令のような声で食事が始まり。

「うめえ」「このナスビ、丸いなぁ」「地元で見た事ねぇわ」

「揚げ浸し、焼き浸し追加ありまーす!! 」「こっち一皿ちょうだい!! 」

 などという声が飛び交い、ひたすら食べまくる俺達だった。


 俺も俺とて、一人一皿の鶏肉マヨネーズ焼きを大事に食べつつ、京野菜の天ぷらをモリモリと食べている。どんぶり飯の3杯目に突入したところで少し落ち着いた。周りでも雑談しながら食事をする雰囲気になってきたみたいで、今日の試合を振り返ったような会話をしている。主に雨と夜間試合で苦労した点がどうとか、そういう話だったが。


「それにしても、面白い試合だったわよねー」

 かき揚げをバリバリ食べるかたわら、山崎がそんな事を言っている。


「ナイターはともかく、雨がドバドバ降ってきたのは、実に良かった」

「「ええ―― 」」

 山崎の言葉に対し、近くの仲間からイヤそうな声が上がる。確かに俺も、雨がドバドバ降ってきて楽しい!! とかいう気持ちは無かったけど。小雨くらいなら地面の状態も変化無いし、少し涼しくていいかなぁ、とは思うけど。


「ちょうどいい『 雨天試合の練習 』になったじゃない? 」

「「 ………… 」」


 練習、ときたか。山崎的には、荒れた試合そのものの楽しさもある、とは思うが。練習、という事は……


「今年の夏の甲子園で、今後も雨の試合をする事があるのなら。突然の雨でグラウンドの環境が悪化した経験を、その対応方法を学習しているチームとそうでないチームとでは、若干の差がついてくるかもね。ギリギリの点差を追ったり守ったりするような試合じゃ、それが勝敗を分けたりして」


 そんな事を言って、モシャリモシャリと天ぷらを咀嚼する山崎だった。コイツがそんな事を言うと、また突然の豪雨に見舞われる試合が発生しそうな気がする。もちろんそれは俺達の試合に限った話ではないだろうが、なんだか今年の夏は天気で荒れそうな気がしてきたな……


「それに、甲子園のナイターなんて、学生にはまず経験できない体験だったし」

「「それは確かに」」


 それはもっとも。今後は回が進めば進むほど、ナイターの可能性は低くなる。そもそも、ナイターが発生する条件そのものが厳しい。初日以外は第4試合に当たらなくてはならないし、普通の試合進行では暗くなる前に試合は終わる。そう考えると、レアでワクワク感のある試合を経験した、と言えるだろう。もちろん勝ったからこそ、だろうが。


「最後のカクテルライトも堪能できたしね。カクテル光に光る雨粒もキレイだった」

「……?? 」「あーうん。え? 」「さいご?? 」


 ちょっと分からない情報が入ってきた。最後のカクテルライトって何だろう。まずナイターに当たる事はないだろう、っていう意味かな。でもプロの試合でもナイターはやるわけだし、どうしても見たけりゃ、いくらでもチャンスはあると思うが。


「甲子園の夜間照明、今年でハロゲン灯とかをやめちゃって、シーズンオフにLED照明に交換しちゃうんだって。だから現行のカクテルライトの光は、今シーズンまでらしいわよ。もう最後のチャンスかも知れないなー、って思ったら、思わずじっと見ちゃったわ」

「「ええ――!! 」」「あのライト、変わっちゃうの?! 」

「それで外野照明を見てたのか…… 」「俺ももっと見ときゃよかったかも」


 そういう事はもっと早く言えよ。

 俺も『期間限定』とか『今だけ』とか商品タグに書いてあったりすると、思わず商品を手にとっちゃうくらいには、限定商品に流されやすい一般庶民なんだぞ。試合中は照明を直視するとかあり得ないから、ちゃんと見てなかったし。もっと見ておけば良かった。


「よその球場では、すでにやってるみたいだし。まあ、高輝度LED灯の性能が上がってきたっていう事かな。商品が安くなってきたとか。関西だし」

「そこんとこ、関西人関係ないと思うぞ」


 普通に費用対効果とか、予算確保の話だと思うし。企業ならどこだっていっしょだ。


「それにしても今日のインタビューは、いつもより写真を撮られてた気がする」

 などと山崎。それ本当に?


「やっぱアレかな。濡れシャツ女子にエロスを感じるとか、そういうの。ほら、外国のショーパブとかで、『濡れTシャツ女子コンテスト』みたいなのがある、っていう話じゃん。悟も知ってるでしょ? そういう需要かな」

「サラっと俺を巻き込むのヤメロ」


 仲間から生暖かい感じの変な視線が飛んできてるだろ。そういうのに、特別に特別な興味を抱いてはいないからな!! あくまで一般男子レベルの興味だぞ!!


「いくらずぶ濡れだって、野球のユニフォームなんて肌に貼り付いても、面白くも何ともないと思うんだけどね。アンダーシャツだって着てるし、身体の線もそんなに出ないし。それでもうれしいのかな? どう思う、悟」

「いや俺は別に。良く分からん」


 いい加減、俺をこの話題から開放してくれませんかね。


「ていうかさ、そっち系の需要だと」

 まだ続けるかコイツ。セクハラって言葉を女子視点で教育してもらわなくてはダメなのではないか。それとも、さっき届いた唐揚げで意識を逸らすべきか。


「あたしよりも『 国営放送の中継 』にこそ、価値があるんじゃないかな?? 」

「「「 ――――あああっ!! 」」」


 瞬間。

 俺達…… 男子限定ではあるが、脳裏に電流が走りまくった。

 そうだ。そうなのだ。

 よくある話なのだが、スポーツ中継では客席に可愛い子や美人がいたりすると、選手の映像をそっちのけで観客席を映しまくったり、ズームアップする事が、よくあるのだ。これは洋の東西、スポーツの種類を問わない。それが、今回のように『夏場で軽装の女性が突然の豪雨で、びしょ濡れになった』という状況であれば……


「あの連中が(中継カメラマンの事と思われる)撮らないワケないと思うのよね」

「「「………………」」」


 これは。録画を確認しなければいけない。


「ところで今井せんぱーい。試合の動画は? 」

「プレーの内容だけに絞って、編集する事になってるわよ」

 今井マネージャー、無情の仕事を宣言している。文句を言うに言えない男子達だった。


 その後。誰かが検索した『0時からスポーツニュースをやるらしい』という情報が流れ、俺達は急いで食事を進めた。ゆっくり温泉に浸かるのは、明日にしよう。今日は寝る前にスポーツニュースで甲子園ダイジェストを見る。ここは関西だし、番組の編成に期待しようと思う。もちろん国営放送の仕事にも。俺達はプロの仕事を信頼している。


 女子部員の『バカばっかりだなぁ』という視線を浴びつつ、俺達は腹いっぱいに夕食を詰め込み、空になった食器に手を合わせる。とにもかくにも、俺達は1回戦を突破。今日という日を平和に終える事ができたのだった。

 前回の更新で「次回はもう少し早く」とか言ってたのに、更新間隔が開きました。申し訳ありません。主に精神的な余裕とか色々アレでして。今後は何とかしてみたいなぁ、とか思いますので、どうぞ今後もお付き合いを御願い致します。

 更新間隔が開いてしまいましたが、ユーザーデバッガーの皆様の協力には感謝しております。何か不具合が発見されましたら、その時はどうぞよろしく。出来るだけ早く対応しようと思います。


 ……そんな訳で、弘高の1回戦、おわりー。初日に1試合目を消化しているので、2試合目までは少し間が開きます。そのため、また閑話みたいな話が挟まります。お気楽にお付き合いくださると幸いです。次こそは、もう少し早く……更新、を。今後とも、どうぞよろしく。

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― 新着の感想 ―
[一言] 本当に照明がLEDだと、温かみのある色が出ないんですよね 時代が経つにつれ、甲子園のロマンが消えていく もうそろそろ熱中症対策等も含めて、ドームで試合してもいいんじゃないかと思ったり思わなか…
[一言] 育ち盛りの高校生が試合をして夜11時まで飯を食えないのはさぞ辛かろう。。。 さあ食え・・・たんと食え・・・みたいな気持ちに。 ウェット&メッシー(WAM)でしたっけ。水で濡れてたり汚れてた…
[良い点] ナスは天ぷらにしてよし、揚げ浸しよし、焼き浸しよしで嬉しいですね! 鶏肉も鶏天にしちゃえば楽そうなところマヨで焼いてくれるのは嬉しいですね 米が無限に進みそうです [一言] 雨というのは幻…
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