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117 気分はプロデビュー戦

先月の遅れを取り戻そうと、急いで書き上げました。

 全国高等学校野球、選手権大会。夏の甲子園、その初日。

 開会式の後、グラウンド整備が行われ、すみやかに1回戦の第一試合が開始される。


 ―――― の、だが。

 開会式の途中も小雨に降られ、退場行進の途中からは雨風が強くなり、ついでに稲光と雷の音の回数も増えてきた。どうやら雷注意報が市内で発報されたようで、グラウンド整備も目印のロープ等が回収されただけで先送りとなり、第一試合の開始は様子見の状態となった。

 屋内練習場で待機する両校の選手の様子などがTVで放送されている。天候回復を待ちつつ、軽くウォームアップを続けたり、インタビューを受けたりしている、監督や選手達。いつもの『地元の紹介』の映像が流れないところを見ると、試合が行われる事が決定する時まで取ってあるという事なのだろう。


「―― 今日の試合は明日に順延かな? 」

「天候の状況次第だろうな」


 スマホで甲子園の様子をチェックしつつ、宿泊所へとバスで戻る俺達。弘前高校は今日の第三試合だから、開始までにはまだ時間がある。試合開始時間が予定よりも遅れる可能性がある以上、焦っても仕方が無い。とりあえずは宿に戻って、昼食を取らなくてはいけないのだ。

 食べられる時に食べ、食事を消化し、栄養を吸収しておく。これも高校球児の仕事である。何と言っても食べ盛りの高校生にとって、生活の中での大きな楽しみなのだ。甲子園の様子は食事後にロビーのTVで確認すればいい。


「いっぱい食べておかないとね!! 」

「食べすぎない程度にな」


 もともとの予定でも、第三試合は15時半くらいから開始の予定だ。食べすぎは良くない。動けなくなるまで食べてもいいのは、試合の後の夕食なのだ。天候が回復して、何だかんだと第三試合が予定通りの時刻に開始される事を希望する。


「試合が行われるとしても。夕方はどうなってるかなー」

「どうだろなー? この様子だと、16時くらいに内野照明が点灯するかも」


 去年は第一試合に時間がかかりすぎた事に加え、第二試合の時間もそれなりに長時間化したため、第二試合の後半から内野照明が点灯していたみたいだが、今日は単純に空が暗いのだ。普通だったら明るいはずの夏の夕方でも、薄暗くなっている可能性がある。もしかすると時間が早いにも関わらず、外野の照明が半点灯していたりとか、そういう事もあるかも知れない。


 そもそも第一試合の開始時間がまだ決まっていないのだ。もしかしたら、試合日程そのものが順延か、それとも第三試合だけが翌日に繰り越し、みたいな事になるのかな。まあ、そういった事は昼食を食べてからゴロゴロしたり、軽く温泉にでも入ってから、TVを見ていれば分かる事だ。大会運営から連絡だって入ると思うし。


「いっぱい食べて、昼寝でもしましょ」

「だよな」


 とにもかくにも、まずは昼食である。食べ盛りの高校球児にとって、それが最優先事項なのだから。あとは成り行きに任せよう。



※※※※※※※※※※※※


【 高校野球・甲子園速報より一部抜粋 】


 第一試合は雨と雷注意報により、約1時間の遅れで11時30分より開始。途中、降雨により15分中断。グラウンドのコンディションは悪化しなかったため、軽く砂を撒いてから試合を再開。試合時間は中断時間を除けば2時間ほどで終了。


 その後、再びの降雨により試合開始を見合わせる。雷は無かったものの、激しい集中豪雨によりグラウンドコンディションが悪化。天候回復の後、グラウンド整備を行ってから試合を開始。15時30分より試合開始。以降は天候の不具合は無かったものの、早いイニングで両校ともにエラーが頻発。乱打戦で進行した試合は延長10回で終了、試合時間は2時間半程度となった。


 天候が安定している事、また、翌日以降の天候が不明な事から、大会運営の協議の結果、第三試合は予定通りに行われる事に決定。試合開始時刻は18時45分。



※※※※※※※※※※※※



「―― これが、あたしのプロデビュー戦」

「確かにそんな気分に、なろうかという気持ちも分からんでもない」


 試合前の守備練習をしながら、いつものようなバカトークをする、山崎と俺だった。しかし山崎の『プロデビューの気分』というのも、まあ理解できる。俺も、仲間達も。もちろん対戦相手の水城 附属高校の面々も。そんな気分になっていると思う。


 真っ黒な雲をバックに、そびえ立つ照明塔のてっぺんから、グラウンドを広く照らす外野照明。銀傘の上に並び、強烈な光を注ぐ内野照明。甲子園球場の照明は、内野・外野ともにフル点灯。まるでプロのナイターみたいな感じである。


 というか、試合そのものがナイターの時間帯だ。試合開始時刻は18時45分ごろを予定しているという話だったので、プロの試合の感覚だとナイターという事になる。

 そもそも今日の日中、ずっと陽光を遮る厚い雲のおかげで空は暗い。というか、今日の日没は確か19時くらいのはず。太陽はもうじき山だか建物だかの影に沈むだろう。雲に隠れて全然確認できないと思うが。つまり俺達が球場に到着した頃から、もう通常の日没くらいには辺りは暗かった。あと1時間、試合開始が早かったとしても気分はナイターだっただろう。


 なお、外野照明がフル点灯するような時間、環境の試合は近年では珍しい。とはいっても、去年もそうだったので、2年連続という事になるのだが。


「よくもまあ、こんな時間から試合を行おうと思ったもんだ」


 つい、そんな言葉を口に出してしまいつつ、ベースカバーに入った山崎へとボールを投げる。


「明日の天気が心配なんじゃない? 明日以降も試合が順延される可能性もあるだろうし。スケジュールの節約じゃないかしら。ま、去年もやってる事だしね」

「それは可能性として、充分にあり得るな」


 内野でボールを回しつつ、今日のナイターが強行された理由について話す俺達だった。


「あとはまぁ、『以前からやってみたかったから』みたいな事もあるんじゃないの? 」

「ナイターを? 全国大会で?? 」

「ほら、『高校球児の熱中症が危ない』とか、以前から一部で問題視? されてたみたいじゃない。暑苦しい昼過ぎの時間帯を中抜きして、試合時間を遅らせよう、みたいな。ちょうどいいから、今年も試験的にやっちゃえー、みたいな事かもね。そこで『第一試合を朝の6時から始めよう』っていう感じにならないところ、商売的な何かを感じないでもないけど 」

「関係者への悪口は慎め」


 全国大会に参加する高校球児の、健康問題上の問題解決策としての話は、どこかで聞いた事がある気もする。

 もっとも、ナイターを実行すると照明設備などの電気代の問題もあるだろうし、暗い時間になれば応援団やら周辺警備の問題やら色々と別の問題も増えてくるだろうから、やりたくない理由も同様にあると思うんだけど。去年の第三試合での問題点とか、そこら辺はどうだったんだろうか。去年も同じくらいの時間帯だったよな。


「しかしまぁ、応援団は元気いっぱいよね」

「どっちの内野席も、けっこう満員だよな」


 我らが弘前高校の大応援団は、例の安っぽい応援Tシャツを着て応援している人が多数だった。『アルプス』の名に恥じないと言ってもいい、まっ白に近い光景となっている。いつものように景気よく、応援の最終確認をしながら騒いでいる。今年の祭りの最初の一日を全力で楽しむ気分が、こちらにも伝わってくるようだ。あと、湿度はともかく気温が低いので、騒ぐのにちょうどいい、という感じかも知れないが。


「あと外野スタンドも満員に近いし」

「それな」


 内野の一般席に甲子園マニアが大勢入っているのは分かる。きっと、弘前高校のファン? みたいな人も、たぶん存在しているのだろう。全試合の予約チケットを取っているゴリゴリのマニアも居るはずだし。

 しかし外野席となると話は別だ。初日の第三試合に、こんなに観客が入るのだろうか。去年の第一試合は相手が全国的な有名高校だったけど、これほどでは無かった。まるで準決勝から後の試合みたいだぞ。


「仕事帰りの人とかが流れ込んでるのかしらね? 」

「それか」


 時間が時間だ。仕事帰りの会社員とか近所の人とかが、変な時間に高校野球やってるぞと、面白がって流れ込んでいる可能性はある。もしかすると大阪あたりから阪神電鉄でわざわざ観に来てる連中も居るのだろうか。地元球団の試合でもあるまいに。


「あっ!! あれ、あっちにも!! ビアガールじゃない?? 」

「ホントだ!! めっちゃ出てる!! 」


 学校の応援団の集団を上手に避けるようにして、背中に大きな保冷バッグを背負った女性が観客席のあちこちを移動している。白っぽいシャツと短パンみたいな恰好の、プロ球場名物の移動販売員、ビール売りのお姉さん達。ビアガールだ。グラウンドに比べれば若干だが薄暗く感じる客席で、ちょっぴり目立っている。お客さんから見えやすいカラーリングになっているのだろうか。


「なんか数が多くない? 」

「日中でも見かける事はあったけど…… 今日はやけに多く感じるな…… 」


 プロの試合と同じくらいの動員数かも知れない。まさかと思うが地元球団の試合に行くべきベテランやら売れっ子がこの球場に…… とまではいってない、と思うけど。そう言えば地元球団は今日、試合はどうなんだろう。もしかしたら遠征日やデーゲームとかだったのかも知れないな。

 このぶんだと、球場の屋台? とかの施設も相応に稼働しているのだろうか。これがナイター効果というモノなのだろうか。アレか、会社帰りだと一杯やりたくなるとか、そういうヤツなのかな。もう高校野球とか試合内容とか、どうでもいいんじゃないかな、試合前からビール飲んでる人とかは。


「大人はすぐ、お酒よねー」

「だよな。地元でもあんな感じだよな」


 もう酒飲んで騒げれば何でもいいんじゃなかろうか。


「ここはプロらしく、球場の売り上げに貢献しましょうか。試合を盛り上げてね!! 」

「俺達は清廉潔白なアマチュアだぞ」


 プロっぽいのは今日の空気と気分だけだろう。

 確かに照明は内野も外野もフル点灯だし、ナイターだし甲子園球場だし、外野まで観客が一杯入ってるけどさ。そりゃまあ今日のナイター照明の費用の元が取れるくらいには収入があればいいな、とは思うけど。アマチュアである俺達に、お金と人気の天秤は無いはずだ。


「これでグッズ販売があれば完璧だったのにね」

「ここ地元じゃないから」


 甲子園グッズは販売しているだろうけど、各チームのグッズとかが販売される事は無いし。まあ、ウチの地元だったらグッズ販売関係があるからな。

 …… あれ? 弘前高校野球部って…… あれ? ……あれぇ?


「まあ、お客さんにアピールするのは慣れてるしね」

「お客さんちがう」


 地元で応援して下さる方は、弘前高校野球部ファンではあっても、お客さんでは無い。断じて違う。お客さんとか言ってしまったら俺達がアマチュアであるという事を前提としたアレやコレや、一部の建前がおかしくなってしまう。言葉には気を付けて欲しい。


「しっかし、グラウンドは内野も外野も思ったより明るいなぁ。隅っこの方は暗いけど。この明るさ、ウチの学校の夜間照明とは全然違うわよね。内野は特に。でもさすがに夜空はどうかなぁ? フライが上がった時の距離感とか、ウチの練習場と、どのくらい違うのかしらね。暗くなってからの紅白戦とか練習試合とか、わざわざ狙ってやった事も無いし―― よし、9番!! 黒木くん!!」

『 ―― えっ、ハイ!! 』


 突然、山崎がライトの黒木に大声を出していた。一瞬遅れて、ライトの黒木が振り向く。


「そぉ―― れ!! 取って来い!! 」


 持っていたボールを、ライト上空へと思い切り放り投げる山崎。慌てて上空のボールを見て、落下地点を目算している黒木だった。


「犬じゃないんだから」

「コタローが小さい頃、冬場の田んぼで棒を投げて、遊んでやったわよね」


 そういう事を言っているのでは無い。セリフが問題なのだ。

 そして黒木が何とかキャッチに成功すると、ライト周辺の観客から、『おお―― 』という歓声が上がる。タイミングばっちりだったので、偶然の可能性は低そうだ。


「あらやだ。ウケてるわ」

「ビールの売れ行きが好調なのかな」


 酔っ払いが歓声を上げている可能性は捨てきれない。


「こりゃ、ホームラン打ったら外野席が沸きに沸くわね!! 悟、知ってる? 今年からバックスクリーン弾を打ったら、賞金が100万ですって!! 」

「そりゃ地元球団の選手に限った話だよ」


 高校球児にホームラン賞とか無いんだよ。地元県民ですら無いし。

 などと。くだらない話をしている間にも試合前の練習時間は過ぎて、試合開始時間が迫ってきた。号令を待つため、ベンチへと戻って行く俺達。とりあえず雨は降って来ない。このまま試合終了まで、現状のコンディションで済んで欲しいと思う。というか、俺達は試合をすみやかに進行させたいのだ。


 今頃は宿泊所で、試合の無い余慶高校の連中が夕食を食べ始めている頃だろう。正規の夕食を犠牲にしてまで臨んだ試合、必ず勝たねばなるまい。雨でノーゲーム、翌日に再試合など論外である。タイムアタックなぞをするつもりは無いが、ムダな時間をかけずにテンポよく試合を進行させてやるぞと、気合いを入れ直す。


『 ――集合!! 』


 主審の声に、ベンチ前から飛び出す俺達。

 甲子園球場の夜間照明に照らされて。俺達の1回戦が、いよいよ始まる。


『『お願いします!!』』


 ホームを挟んで一礼を交わし、ベンチに戻るため回れ右。応援団の皆さん、よろしくお願い致します、と。走って戻りつつ応援団の皆さんを見ると。


 わぁ――――――――っ!!!!


 手に手に応援団扇を振り回して盛り上がっていた。前から思っていたが、あらためて見るとアイドルコンサートに集まっているファンのようにも見えるな。


「 …… 夜間だし、ケミカルライトでも持たせれば完璧だったかも…… 」

「ああ、アレはダメみたいなのよ。そう言われたから間違いないわ」


 俺の独り言に山崎が返事を返す。

 え?! 問い合わせたの?? ケミカルライトの持ち込みOKかって?!


「どうも、『守備妨害の可能性がある発光物』に該当する恐れがある、という事らしくてね。ライトでも反射板でもないんだけどねー。高輝度っていってもたかが知れてるのに」

「問い合わせたのは、お前じゃなかろうな」


 名前の知れた選手が変な問い合わせをしたと知られたら、もしかすると変なウワサが流れちゃうかも知れないだろ。いや、ケミカルライトを持ち込もうとした時点で、俺達の弘前応援団が変な集団だと思われる可能性がある。個人情報の漏洩が無いようにお願い致します。


 ―― この連中、ナイター応援で浮かれて変な事をしないうちに、さっさと帰らせた方がいいかも知れない。


 我らが大応援団を見上げながら、そんな事を考える。

 静かな闘志を胸に秘めた俺達の1回戦は、こんな感じで始まったのだった。

 予定していた試合環境の説明ナイターまで進行しました。

◆現実の高校野球の甲子園ですが、今年は春からアルコール類の販売が禁止されている(センバツ大会)ようですが、こっちはフィクションなので知ったこっちゃありません。以前までと同様に販売されています。

◆甲子園球場に限らず野球の試合における球場への持ち込み禁止品の中に、選手のプレーを意図的に妨害できる物品や、テロ行為に使用される可能性のある物品の持ち込みは禁止されています。ケミカルライトという物品に関しては輝度も低いので明言されていませんが(持ち込もうとするヤツがそもそも居ないんんじゃなかろうか)作中の応援団みたいに【大量に持ち込もうとするのは】たぶんダメだと思います。フラッシュライトとかレーザーポインタとかは1個でも手荷物検査で完全にアウト。花火や爆竹はハッキリ禁止とされてます。過去に持ち込んだ人が居たのだろうか……


 という訳で。毎度の誤字修正機能の活用、本当にありがとうございます。今回の更新は少し早くできました。次回も程ほどに頑張ります。更新ペースは不安定ですが、のんびりお待ち下さいませ。気長にお付き合い下さると幸いです。この作品は読者様の優しさで支えられております。

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― 新着の感想 ―
[一言] 甲子園球場の売り子のバイトはビール・酎ハイは1日で160杯で達成固定給がビール1500円、酎ハイ2000円+歩合給ビール30円、酎ハイ40円。 運んでるタンク空にして一つで4〜5千円。ただ男…
[一言] そうか。この世界じゃ新型コロナない平和な世界だったと読んでて気づきました。
[良い点] フィクションではありますが、雨で試合開始が遅れたり順延になった時に球児たちは何してんの?を想像できるような話だった…。 もちろん弘前高校野球部は特殊なケースなのでそのまんま現実の球児たちに…
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