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114 注意事項の確認

試合が始まるまでは、のんびり流していきます。


「それでは、皆さんお待ちかね!! の、晴れ着の配布です!! 背番号はサービスで縫い付けてあるからね。基本的に背番号は、今までと同じです」

「「 おお―――― 」」


 移動日を間近に控えた野球部の部室で、山崎の言葉に歓声を上げる俺達。隣の机の上に置かれた段ボールの中に、これから配布される『 甲子園で使う新品のユニフォーム 』が入っているのだろう。


「なお、1年の田辺くんと黒木くんは8番9番を振ってあるけれど、ポジション的には暫定だと思ってちょうだい。1年生には状況次第では、基本ポジション以外にも、センターとライトには入ってもらう可能性があるからね。持ち回りで外野の練習をさせてるのは、そういう意味もあるんだから。もちろん、基本が投手枠の清水さんも例外じゃないわよ」

「「 はいっ!! 」」


 元気よく返事を返す、1年生たちを見て思う。

 …… お前ら、今の言葉が一種の脅しだとか、気を引き締めるためだけの言葉だとか、そんなのだと思ってたら大間違いだぞ。去年は野球経験がほぼ無いマネージャー女子部員を『 せっかくだから 』とか『 話題づくりのために 』というだけの理由で投入した実績がある。順調に勝ち進めば、黒木と田辺だけではなく、全員がどこかで甲子園のグラウンドに立つ事になるはずだ。

 そして何かの間違いで勝ち進めば、誰かが決勝戦のグラウンドに立つ事になるのだ。2年3年が負傷などで欠場したり、一時退場する事になった場合も同様なのだ。覚悟しておくがいい。


「ほら、悟。はやく取りに来なさいよ」

「おう。すまん」


 俺の番になっていた。うれしそうにユニフォームという名の晴れ着を受け取る仲間を見ながら、清水をチラリと見る。こいつの場合、貴重な投手枠として何回かはマウンドに送り込まれる事になるはずだが…… 。きっと最初に送り込まれるのは第一試合だな。そんな気がする。


「はい、それでは移動日を目前に控えて、皆さんには各種の注意事項を明記した、『 甲子園旅行のしおり 』を渡してあります。まだ読んでない人は、いないわね? 」


 ユニフォームを渡し終えて皆が整列し直すと、山崎が皆を見渡して言う。

 山崎が言っているのは、数日前に渡された『 修学旅行のしおり 』的なノリの冊子。あちこちに描かれた落書きみたいな説明イラストは、たぶん山崎が描いたヤツだと思う。


「いくつかの注意事項は、ここで再確認しておくわね。読んでいませんでした、聞いていませんでした、などという言い訳は聞かないから、よーく聞いておくように」


 背筋を正して山崎の言葉を聞く、俺達。ちなみに今日のミーティングが始まってから、主将である松野キャプテンは、一言も言葉を発していない。移動日が近づくにつれて、山崎の発言率が高くなっているような気がするのだが、何故なんだろう。


「先生へ届け出の無い外出は禁止です。夜の観光も禁止です。昼間でも繁華街への観光は禁止です。外部からの訪問客に関しても、ロビー以外での歓談は禁止です。言うまでもなく、ハニートラップを含めた問題を未然に防ぐためで、違反者は厳罰に処します。特に田辺くん、黒木くん。何か『 疑わしい行動 』をした場合、即座に彼女へ通報するから、そのつもりで」

「えっ」「えっっ」

「「 ……えっっっ 」」


 しばらくの間、部室を静寂が包む。そして。


「はい山崎先輩!! 質問があります!! 」

「なにかしら、中島くん」


 1年の中島が天を突かんばかりに勢いよく手を挙げていた。


「田辺と黒木には彼女がいるんですか?! 」

「校内の情報筋からすれば、ほぼ間違い無いようね」


 なんだと、と言わんばかりの目つきで、黒木と田辺を射貫く視線で凝視する中島。おそらくは山崎の情報源は、校内の有志で結成されているという秘密結社、『 リア充を摘発する特殊高等警察 』こと、リア特警からのものに違いない。しかし黒木と田辺、やはり暫定とはいえレギュラーメンバーに選ばれていると、やはり違うのか。1年生だけで勝った試合もあると言うのに。やはり目立った者が恋愛勝率を上げるのだろうか。


「ちなみに、特定あるいは不特定の、彼女未満の女子と軽くお付き合いしている疑惑を持っている1年生数名に関する情報も、もらっています」

「「 ………… 」」


 さらに部室の空気が引き締まった。気がした。この1年坊主どもめ。


「練習に影響が出ないうちは黙認しておくけどね? 知らないと思って好き勝手できると思ったら大間違いだから。まあ上級生は、一般認識的には全員が彼女彼氏持ちなので、特に厳しく言ったりしないけど。ハメを外すようなマネをしたら、校内に居場所は無くなると思いなさい。ま、移動日前の花火大会で、学生らしい甘酸っぱい思い出を作るに留めておくように。不純異性交遊の罪で摘発される事が無いように」

「「 ………… 」」


 移動日を目前にしての、山崎の説明は続いた。


※※※※※※※※※※※※


「……さて、質問は無いかしら? しおりの内容で不明点があったのなら、この場で質問に答えるけど」

「はい」


 今度は芹沢が手を挙げていた。


「なにかしら? 芹沢くん」

「去年と同じ旅館、なんですよね? 旅館の雰囲気とか、持ち込んだ方がいい物とか、そういうのを教えていただけると…… 」

「そうね…… あれ? 男子には言ってなかったっけ…… 旅館のホームページには載ってるんだけど、『 温泉旅館・不朽苑 』って、それほど大きくはないけどプールがあってね? 水遊びする程度にはプール使用ができるのよ。水着は持ち込んだ方がいいかも? 」

「「 プール!! 」」


 歓声のような声が1年生から上がる。当然ながら弘前高校でのプール授業は男女が別々の時間割りである。ウチの野球部は勝ち進める野球部であるから、普段から部員の日常的な余裕時間の大部分は練習に割かれている。

 つまり彼女持ちやそれに近い状況の部員であっても、女子とプールに行ったり、ましてや海へと遊びに行ったりする余裕は無いはずだ。というか、日程的に彼女持ちになったのは、ごくごく最近だろうから行っていないはず。合法的に水遊び、そして妙齢の女性の水着を鑑賞する機会の到来にテンションを上げるのは、俺にも良く理解できた。


「はい」


 今度は中島だった。


「何かしら、中島くん」

「山崎先輩もプールを楽しみに、してたりしますか? 」


 上手に危険を回避するような質問だった。女子からのヘイトを稼がないようにする会話スキルが向上している気がする。


「それなりにね。授業以外で水遊びする機会は、ほとんど無いしねー。まあ、あたしは水着にお金をかけるタイプじゃないから、去年のと一緒だけど。ま、さすがに水遊びに学校指定の水着は持って行かないわ 」

「「 おぉ―― 」」


 控えめな歓声が上がった。間接的にだが、山崎がプールで水着になるという言質が取れた、という事に対してのものだろうか。歓声を上げたくなる気持ちは分かる。


「女子部員は全員、水着持参で出掛けるから。そこら辺は期待してもいいわよ? 」

「「 おおお――!! 」」


 歓声を上げる半数くらいの1年部員に、1年の女子マネ達から冷たい視線が飛ぶ…… かと思ったが、余裕を持った様子。これはもしかしなくとも、山崎の提唱した野球部式ボディメソッド(仮)が効果を現した、という事なのか。ちなみに清水は『 やれやれだ 』と言わんばかりの表情だったが。


 実際にプールで水着を鑑賞できる機会は多くないと思うけど。まあ、余暇は筋トレ漬けだけではないと思えるのは良い事だろう。もしかしたら、脱走を計画するヤツが出ないとも限らないし。外出しなくてもイイ事がありますよ、という情報を発信するのはトラブルの抑止力として働くのではなかろうか、とも思った。


 もちろん俺は水着を持参して行く。当然だな。


※※※※※※※※※※※※


 ミーティングが終わって、客観的情報から判断して彼女および彼女候補が存在しない1年生部員、中島が俺に声をかけてきた。


「…… あの、北島先輩。去年の山崎先輩の水着って、どんなのでした……? 」

「オマエは安藤とは別の意味で命知らずだな…… 山崎はビキニだ」

「ビキニ!! 」

「水爆だ」

「水爆ですか!! 」


 ひゃー、と。うれしそうな声を上げる中島。

 こいつ、こういう感じだと秋以降にレギュラーになっても彼女が出来るのは遅くなりそうだな。と、そんな事を思ってしまう俺だった。人の振り見て我が振り直せ、とも言う。俺は自分の行動に気を付ける事としよう。


※※※※※※※※※※※※


 注意事項を再確認した、その日の夕暮れ。今年も地元の河川敷で花火大会が開催される。移動前の貴重な夏イベントに参加するため、俺は山崎と一緒に河川敷へと向かっていた。


「松野キャプテン、いいとこ引いてくれるかなー? 」

「どういうのが理想なの? 」

「とりあえず、初戦で楽しく試合ができる相手」

「だとすると、去年の聖皇みたいなとこか」


 そんな会話をしながら、浴衣姿の山崎と道を歩く。

 松野キャプテンは平塚監督といっしょに、大会の予備抽選のため、関西へ出張中。今年も抽選日の日程の関係で、地元の花火大会とバッティングしている。少しだけ申し訳ない気もするが、これも主将のお仕事。よろしくお願いします、主将。


「来年は、あたしがクジ引いてもいい? 」

「そういう事を考えてると思った」


 3年生ともなれば、誰が主将となっても不思議ではない。それが1年生の頃から部を引っ張ってきた部員ともなれば、主将となっても誰も文句は言わないだろう。


「だいじょーぶ!! 悟もキャプテンにしてあげるから!! 」

「ダブルキャプテン制か。ま、仕事の分担は楽になりそうだな」


 代わりに今まで居た副主将が居なさそうだが。

 ぼーん。という、花火の試し打ちの音を聞きながら、珍しくアップにしている山崎の髪とか襟元なんかをチラ見する。微妙に気崩しているせいか、露出面積が多いような気がする。よく分からんけど。

 こういう恰好を見る限りでは、こいつも普通の美人に見えるのだ。第三者から俺達を見たら、普通の学生カップルに見えるんだろうなぁ、などと思う。とりあえず対外的な見た目に関しては、俺もリア充に分類される男子なのだろうか。世の中は不思議で満ちているな。


「足元、下駄じゃないんだな」

「下駄は慣れてない人だと足をくじいたりするし、大会を控えた運動部員が履いちゃダメでしょーよ。カジュアル系の草履なら合わせてもOKらしいし。下駄はイザという時の武器になる所が優れているとは思うんだけどねー。ま、ボールペンの1本もあれば事足りるしね。あ、悟は持ってる? 1本あげようか」


 すぐに武器とか言うんじゃありませんよ。だから物騒なイメージが俺の中から払拭されないんですよ。昔に比べれば丸くなったとは思うけどさぁ。というか、今どこからボールペン出した? よく見てなかったけど。


「いよいよ、夏の始まりね」

「そうだな」


 どぉ――ん。と、いよいよ暗さを増してきた空に、花火大会の開始を告げる1発目が炸裂する。あちこちから『おぉ―― 』という声が聞こえた。


「かーぎや――!! 」

「そっち?! 」


 いつもの日常的な会話をしつつ、俺もあらためて実感する。

 いよいよ俺達の夏が始まるという事を。日本の夏、高校球児の夏、選手権大会の夏が始まるという事を。いよいよ大会本選の地、甲子園へと向かうのだ。今年はどこまで行けるのだろうか。どんな対戦相手に当たるのだろうか。


 俺達の夏の開幕を告げているようだと、勝手な思いを抱きながら。夜空に輝く花火を見上げる俺達なのだった。

 御存知だとは思いますが、いまどき浴衣だからといって下着つけない女子はいません(普通は)。肌着を重ねれば下着のラインもそれほど出ませんし、Tバックとか和装用に適した下着もございますしね。上だってサラシでガチガチに固めるくらいならスポブラつけるわ!! みたいな感じかも。

 問題があるのは「暑いから」という理由で雑に浴衣を着る方々の方にある訳でして。特に身八つ口なんかもうアレですよね、ええ。


 そんな訳で、毎度の誤字報告機能の活用、指摘など誠にありがとうございます。当作品はユーザーデバッガーと読者様の優しさで支えられております。今後とも、ゆるーい当作品をヨロシク御願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] この二人が同時にNPBの同じ球団に入るには山崎がその年の最下位球団(ドラフトで2位指名が一番早い)にしか入らないと言って、北島が2位以外を拒否する・・・とか、やっぱりMLBに行くしかないのか…
[良い点] 水爆!!! 水上爆撃機じゃない爆弾の方ですねw って今時?の若者はビキニにそれほど衝撃受けないから、250kg爆弾くらいで良いのでは? あと、いくら巨乳でもアスリートの水着姿は萌えない(涙…
[一言] いよいよ試合が近く。 どんなぶっ飛んだ試合になるか楽しみです!
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