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113 豆の甘さを噛み締めて

出発前の、とある平穏な日常。

 日本の各都道府県で、夏の甲子園大会の予選、全国高校野球選手権大会の予選が終わり、それぞれの学校が現地入りへの準備をしている頃の事。


【 大阪某所 高野連本部 会議室の一室にて 】


「山崎の件は? どうなった?」

「メンバー入りは問題なさそうだ。正式な依頼だが……」

「いちおう内諾はもらっている。パスポートも取ったと確認した」

「ひとまず安心だな」「調子も良さそうだしな」


 今年の秋に開催される『WBSC-U18』の日本代表選抜メンバーを選考するために集まっている面々は、各地の予選結果の最新情報を確認していた。メンバーの選考はほぼ決定している上、予定している選抜メンバーの情報は個別に集めている。だが、現状の選手の出来栄えや調子に関する情報は、やはり必要なものだ。場合によっては予備メンバーと入れ替える必要も出てくるのだから。直近の試合の様子などは、判断材料としては重要な位置を占める。


「女子チームの監督も、余裕ができたというか、何と言うか」

「女子のWBSC大会は次回からの開催日が完全に変更されたからな。イベント的に時期をズラすのが、正式に決定されたんだろ?来年の6月だったか、開催は」

「6月から7月だな。開催地は米カリフォルニアだ。甲子園予選と完全にかぶるから、山崎の女子代表メンバー入りは完全に消えた」

「それに最新試合の情報が、な。アレだろ、雲雀ケ丘の3年。大学推薦さえどうにかできれば、代表合宿も調整も、やり放題だろ。コネの使い時だな」

「3年のピッチャー二人と、主将のキャッチャーに交渉に行ってるんじゃないのかな。女子の方の残る課題は、打撃強化だけですな」


 はっはっは。と、笑い声を上げる面々。去年の会議で、ひと悶着起きた事を思い出しているのだろう。去年は少々揉めたが、今年はそんな揉め事は起きない。女子大会のスケジュール変更が大きな要因ではあるが、雲雀ケ丘の今年の躍進……県下の野球名門校である明星高校を下し、さらには弘前高校の打線を苦しめた『 ナックル姫の城 』とも呼ばれる、雲雀ケ丘高校の存在が大きく関係している。

 実力はもとより話題性も充分なため、スポンサーや世間へのアピール要員としても、とても優秀なメンバーだ。しかも3年生となれば、大学の推薦という条件をクリアできれば、今から強化合宿などのスケジュールを組むこともできる。本人の希望があれば、就職先の斡旋をしてもいい。各大学や企業へのコネが物を言う、交渉の腕の見せ所だろう。

 あえて山崎 桜の招聘に拘らなくとも、戦力的にも強化でき、話題的にも美味しい選手が生まれたという事で、開催期間の変更も含めてだが、山崎の確保について争う必要が無くなったのだ。


「で、こっちの代表の出発スケジュールは甲子園……選手権大会の日程の直後だから、段取りは今から前倒しで進めるとして。少し気になってる事があるんだが……」

「何か気になる事が、ありましたか?」

「備品だよ。選手のユニフォーム」


 ふむ、と。会議メンバーの一人が発言した内容に、首をかしげる面々。


「デザインは半年も前に決まっていますし、各サイズ、数は余裕を持って発注済みですな。すでに納入されているのでは?」

「入荷確認はされましたぞ?何が気になるので?」

「山崎の分だよ。女子の服って、立体裁断とか少し違ったりしないのか?代表ユニフォームは確か、一般の高校ユニフォームより少し厚めの、丈夫な生地だから使い勝手も多少違うと思うし……まあ、弘前のユニフォームも男子のヤツを適当に袖や裾を詰めて使ってるみたいだから、在庫の数さえあれば問題ないとは思うが……山崎は代表合宿に参加してないからな。現物でのサイズ確認は?サンプルとして一着渡してあったっけ?」

「「………………」」


 あれ。してたっけ。してなかったかな?どうだっけ?

 などと、顔を見合わせる面々だった。


「確認しときましょう」「山崎のサイズはどれだ?」

「身長からすればMかLサイズだろうが……山崎って、ほら、アレだから」

「LLサイズか?」「いや、3Lかもしれん」

「だとしたら、裾を詰める必要が……」「考えてなかったな」

「3LとXLの予備を確認しとこう。今なら追加発注も間に合う」

「しかしよく気が付きましたな」「目の付け所が違う」

「変な言い方はよしてもらおうか」


 などと、ちょっと変な話をしつつも。少しだけ仕事が増えたが、間際になってバタバタしないで済んだと、今日の会議はそれだけでも充分に開いた甲斐があったと、そう思う面々なのだった。


※※※※※※※※※※※※


【 柴村さん家の管理農地・通称『 桜ちゃんの豆畑 』 】


「それでは、皆さんにはこれから枝豆の収穫を手伝ってもらいます」

「「「……はいっ!!!! 」」」


 山崎の声に、いちおうは元気よく応える俺達。

 夏休み直前、もうじき甲子園の予備抽選会と本抽選会の日がやってくる。その日を待ちつつ練習を続ける、そんな、とある日。校内ではどこへ行っても、去年の同時期に適当に作られた応援曲『 レッツゴー弘前 』の鼻歌が歌われ、早朝や放課後にはブラスバンド部を中心とした応援団の、応援練習の声と応援楽曲が流れている。

 そんな遠征を間近に控えた土曜日の午後に。練習もしないで、野球部の面々は近所の人から『 桜ちゃんの豆畑 』と呼ばれている、山崎が野菜を作っている畑に来ていた。冬場は葉野菜などが植えられているのだが、夏場は管理の都合もあって、完全に大豆畑となっているため、豆畑で通っている畑だ。春先に植えられた大豆は相応に大きくなって、今は収穫すれば枝豆として食べられる程度には実を膨らませている。


「とはいえ、全部を収穫する訳じゃないし、あんまり太ってもいないわ。枝豆として食べられる量だけ収穫して、残りは大豆として収穫できるようになるまで放っておきます。甲子園に出発するまでに、どうしても【 甲子園大豆の豆ごはん 】を食べておきたかったから、そのための作業です。感謝の気持ちを持って、かつ迅速に収穫を行い、皆で豆ごはんを食べましょう」

「「 甲子園大豆 」」「「 そんなのあったんだ 」」

「 知らなかった 」「 普通のとどう違うんだろ 」


 1年生が素直に感心していたりするので、あとで説明しておかないといけないだろう。他所で甲子園大豆の事を普通に話したりしたら、野球部の一般常識能力が疑われかねない。正確には【 甲子園ミミズの耕した畑の大豆 】であって、そういう商品ではないのだ。と、その時。


 だだ――っ!!

 へっへっへっへっ。


 道路を爆走してきたビーグル犬が、山崎の隣まで来て座った。シッポが左右に元気よく振られている。整列している野球部員を、うれしそうに見上げている。


「あ、犬だ」「三毛犬だ」「かわいい」


 そんな声が上がる。柴村さん家のコタローだ。実質的に山崎の飼い犬率が3割を越えているんじゃないかという評判の、近所ではよく知られている、放し飼いビーグル犬だった。もちろん俺とも顔なじみ。その他の野球部員とは初顔合わせである。


「コタロー、紹介するわね。この連中が弘高野球部のメンバー。あたしの仲間よ」


 へっへっへっへっ。シッポぱたぱた。コタローはうれしそうだ。

 ――と、コタローが『 伏せ 』の姿勢を取り、息をひそめる。


「……はい、皆さん。静かに、ゆっくり、そのまま座って。静かにね」

「「「…………………………」」」「…………」


 部員は意味も分からず、そして俺はこの後の光景を予想して、静かに姿勢を低くする。ゆっくりとした羽ばたきの音が、後ろの方から聞こえていた。竹竿に止まったな。

 そして山崎も静かに腰を落とし、足元に置いてあった竹竿を静かに引き寄せ、先端のカップ状の木製部品に、拳程度の丸石をセットして――――


 ――――バヒュッ!!

 ボッ。『 グワッ 』

 投石器が山崎と一体化したかのような一挙動で動き、放たれた石が風を切る音が響く。直後に鈍い音とカラスの鳴き声。ばさり、という音が聞こえる。カラスが地面に落下した音。何度も聞いた事があるから間違いない。


「 GO!! 」


 山崎の指示を聞いて、先ほどの呑気な様子からは想像もできない素早さでコタローが飛び出す。豆の向こうに落下して、瀕死状態になっているであろうカラスを発見して飛びかかっているのだろう。ピンと伸ばされたシッポが豆の葉の向こうで揺れている。半ば茫然として様子を見守る野球部員の視線を受けながら、カラスの首をガッチリと咥えたコタローが、得意げな様子で山崎の元へと戻ってきた。


「よーしよし。コタローは仕事ができる、イイ子だねー」

 へっへっへっへっ。


 山崎に獲物を渡したコタローが、頭や体を撫でられてシッポを振っていた。そのまま山崎はごく自然に、カラスを手近なところに立てられている竹竿から逆さ吊りにすると、素早く羽根を大雑把にむしり、ノコギリ鎌でカラスの首を切り裂いて血抜きを開始する。

 こんなの普通です、みたいな自然な動作で行われる作業。あまりに自然な動作だったためか、さっきまで生きていた動物の血抜き作業とか、比較的ショッキングとも言える光景を見ているはずの野球部員の面々も、特に何も言う事はなかった。


「さーて、そっちの2列を片付けましょうか。根っこから引き抜いて集めてね。豆だけ収穫したら、枝葉は抜いた所に並べるから。そこまでが仕事よ。はい、始めた始めた」

「「「 ……はい 」」」


 ぼたぼたと首から血をこぼし続ける逆さ吊りのカラスをチラ見しながら、俺達は作業へと向かった。人数は充分だから、素人でも短時間で収穫作業は終わるはず。芋掘りみたいな軽いレクリエーションじみた作業だが、環境としては炎天下の作業。手早く終わらそう。


「あのー、北島先輩」

 1年の芹沢が、俺に声をかけてきた。


「なに? 」

「こういうの、この辺では普通なんですか」


 たぶん、さっきの一連の流れ作業の事を指して言っているんだろう。もしかしたら、投石器でカラスを撃墜して猟犬で回収する、投石猟みたいなヤツの事を言っているのかも。俺はシッポを振りながら、うれしそうにカラスを見上げるコタローを見ながら答える。


「カラスの事だったら、この畑だけの常識だぞ。アレをやるのは山崎だけだ」

「「「 あ、やっぱり 」」」「「 ですよね 」」


 そうだと思った。と、仲間達から声が上がる。


「ときどき出るんだよな。山崎の事を知らないバカなカラスが。まあ豆蒔いたばかりの畑じゃないから、荒らしに来た訳じゃないだろうけど。理由はどうあれ、カラスの不法侵入は肉になるのがこの畑の法律なんだ」

「……食べるんですか、あれ」

「すぐ食べるのは山崎と、コタローだけだな。俺は熟成させた時だけ」

「「「 ……………… 」」」


 なんだよお前ら。なんで俺を変な目で見るんだよ。朝の鶏肉よりも、夕方の鶏肉の方が美味しいだろ? カラス肉も鶏肉といっしょだ。シメたばっかりの肉って、そんなに美味くないんだぞ。知らないのか。まあ、別の味わいはあるけどな。

 作業を俺達に任せる中、用水路から水を汲んできた山崎が、血抜きが大体終わったカラス肉の解体作業を始めていた。残った羽根や羽毛を手早くむしり、安っぽいナイフとノコギリ鎌で肉と骨を開いていく。ざぶざぶと水洗いされる肉と内臓を見て、コタローのシッポが元気よく振られまくる。そんな様子をチラチラと見つつも、自分達の仕事を進める俺達だった。


※※※※※※※※※※※※


「これが甲子園の味かぁ」「よく噛むと甘い」

「普通にうまいな」「甲子園おいしい」


 学校に枝豆を持ち帰り、部員が練習をしている間に、父母会の皆さんとマネージャー、監督も手伝って出来上がった豆ごはん。それをモリモリと食べる俺達。豆に関しては少々間違った認識が生まれているような気がしなくもないが、食べ物が美味しいのはいい事だと思う。


「こんな贅沢な食べ物を食べてるのは、全国でもウチの学校だけよ!! これで甲子園での活躍も間違いなし!! がんばるぞー!! 」

「「 おお――――!! 」」


 確かに、こんな特殊な食べ物を(言い張っているだけ、とも言えなくないが)食べてから甲子園に出発するのは、全国的にもウチの学校だけかもしれない。というか、甲子園のグラウンドでミミズを捕まえて帰ろうとしたのは、山崎が最初ではなかろうか。わざわざ生き物を持ち帰ろうとか思う球児は、そんなに多くないと思う。


「もう、あたし達が甲子園と言ってもいいんじゃないかな?? 」

「それは言い過ぎだぞ」


 まだ豆を食べ始めたばっかりだし。せめて秋以降の大豆収穫が始まって、甲子園大豆をいっぱい食べてから言わないと。俺達が甲子園になるのは、まだまだこれからだよ。


「甲子園の内野でイモ作って食べてた世代なんて、もう野球やってないだろうし。甲子園の野菜を食べてる球児なんて、もうあたし達だけじゃない?? 甲子園が血肉に通った高校球児としては、レアリティ高いんじゃないかなー」

「もっと豆を食べたら検討しようか。秋以降だな」


 秋以降なら、甲子園大豆の煮豆とか普通に食べてると思うし。つまり今年の秋季大会以降だったら、山崎も『 あたしが甲子園だ!! 』と口に出してもいい、という事かな。色々と誤解を招きそうなセリフではあるが。


「ま、今年も『 追加分 』を捕まえられるよう、頑張りましょうか」


 ――こいつ。

 今、『 甲子園ミミズを捕まえる機会 』のために、最終試合まで残るとか言いやがったか。初日から最終日まで、余裕を持って外野周辺をうろつけるのは、すべての日程が終わった後の、スポーツ記事用の写真撮影時間くらいのものだ。別にミミズのためだけに決勝戦まで勝ち残る、という意味でもなかろうが。今のセリフを一部の有識者とか球児たちが聞いたら怒り出す可能性が少しだけ存在する。分かってるとは思うが、絶対に他所では口にしないように言い含めておこう。


「いよいよ抽選会よね…… 主将!! いいとこ引いてきて下さいね!! 」

「「お願いしまーす!! 」」「「よろしくー!! 」」

「おぅ。まかしとけー 」


 山崎を始めとした皆の声に、適当な返事を返す松野主将だった。


 いよいよ、予備抽選の日がやってくる。夏の甲子園のトーナメントのブロック分けと本抽選のクジの順番が決まる抽選会だ。山崎の言う『 いいとこ 』の意味は、大多数の球児の視点とは少し違っているかも知れないが。

 たぶん山崎としては、第一ブロックの、全日程で試合数が多い方が、とりあえず当たり、という事だと思うが。つまり、松野キャプテンに期待されているのは、試合数の多いブロックを引き当てる事である。あとは本抽選での組み合わせ次第だ。

 俺達は弘前高校野球部。野球を楽しむ事にかけては、全国でも屈指の高校野球部員の集まりだ。高校球児にとって最大の夏イベントの参加者として、最大限に祭りを楽しもう。


 いよいよ、俺達の旅立つ日が近づいてくる。熱く燃える、夏の舞台へと旅立つ日が。俺は豆ごはんの豆の甘さを噛み締めながら、間近に迫る出発の日へと、思いを巡らせていた。荷物のチェックは今日からしておこう。水着に穴が開いてないか、よく確認しておかないとな、と。

 よくある日常風景を、どうしても描いておきたかったのです。豆畑とか犬とかカラスとか。

 次回は抽選会~出発、みたいな感じになると思います。文字数次第ですけど。おそらく去年(作中時間においてです)に比べれば波乱の無い大会進行のはずなので、そういう事もあるかな、という感じでお楽しみ下されば、と思います。2年生は秋もあるしね。そっちは本当にマッハで終わらせる可能性もあるけど(夏と春といえば夏、という筆者)。


 毎度の誤字修正機能の活用、まことにありがとうございます。ユーザーデバッガーは神様です。どこかで不具合を発見されましたら、またよろしくお願い致します。

 更新速度は不安定ですが、閑話的な話であれば何かの間違いで超スピードで更新できる可能性が、少しだけあります。ゆっくりのんびりお待ちくださいませ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] カラスを狩るには自治体の承諾が必要では? そこんところどうしてるんだろう [一言] いつも楽しく読ませてもらってます
[一言] この作品、最高ですわ!
[一言] あれ、これだと代表呼ばれたのは山崎だけ? 今だ、北島君。 鬼嫁のいぬ間に羽根を伸ばすのだ!
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