111 OBの皆さんとの懇親会
当面は日常回です。
弘前高校野球部が夏の甲子園への出場権を手にした後、弘前高校野球部に関しての話題で盛り上がる人達が各所に存在した。県営球場で観戦した足で近所のファミレスへと繰り出して料理と酒類を頼む人達、テレビ中継を見ながら酒を飲んでいた人達。市内で、県内の各所で。そしてWeb中継番組やスポーツ速報などで試合結果の情報を得た、高校野球関係者達が、会議室アプリや掲示板などで意見を交わす。
以前から弘前高校野球部の動向に注意を払っていた人達は、時には会議のようなものを開いては、議論を、あるいは雑談を繰り広げている。もちろん弘前高校野球部のOB達も、その例には漏れなかった。
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【 会議室アプリ 弘前高校野球部OB会 専用会議室 】
>『勝った!!』
>『今年もやったな!!』
>『応援の準備しないと』
>『寄付金の段取りが先だろ』
>『応援団は今年どのくらい出るかな?』
>『去年みたいな県の支援は今年もあるのか?』
>『とりあえずワシはもう全日程のチケット予約済み』
>『マジでか。とりあえず有給の申請を出さんと……』
>『また今年も親戚が死んだ事にしておく』
>『俺は普通に有給消化する』
>『壮行会の場所は誰が確保する?』
>『ワシ(副会長)がやるよ。会長は寄付金の段取りよろしく』
『 連絡です 』<
>『お。連絡きた』
>『段取りの連絡かな』
『 通販サイトのプリカが必要になりました 』<
>『おい』
>『またか』
>『アカウント乗っ取り……』
>『また乗っ取りか。会議室いそいで作り直しだ』
>『セキュリティ甘いな、これ』
>『会長に電話だ電話』
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決勝戦が終わって数日後の事。今年も弘前高校野球部とOB会の懇親会が開かれる事となった。形式上は慰労会を兼ねた壮行会で、現状の野球部員は全員がベンチメンバーであり、この夏の甲子園出場チームの選手および実働要員なため、マネージャーを含めた全員が招待されている。つまり部員の全員が御馳走をいただく事ができる、という事だ。
「今日はOB会の方々が開いて下さった、慰労会と壮行会を兼ねた、懇親会に出席する。もちろん寄付の関係でも、とても重要な方々だ。会社役員の方などもいらっしゃる。失礼のないように」
「「「 はいっ!!!! 」」」
平塚先生の言葉に、ユニフォーム姿で整列した野球部全員が、キレイに返事を返す。
「特に山崎。そのスポーツバッグの中身は何だ」
「『スポーツ用品』が入っています」
「野球用品だけか?」「検査だ検査」「ボケはいらねーんだよ」
1年生はどういう流れなのかよく分かっていないようだが、上級生は違う。去年は女体盛りの伊藤先生がどうこう言って、スク水を持って来やがったからな。
「中身を見せてみろ」
「やーん」
鳴き声を上げる山崎からバッグを取り上げて荷物検査をしたところ、キャッチャーマスクとミット、グローブと練習球の他、袋に入ったままで未開封のスク水が二着でてきた。
「また持ってきたのか……」
「自分のサイズじゃないから使い道が無くて。念のため持ってきました。ほら、今井センパイなら、ギリギリ入ると思いますし」
念を押す部分が存在しないんだよ!! 伊藤先生は居ないから!!あと自分を人身御供に差し出すつもりが全然無い!! 去年の話を知らない今井マネは首を傾げているけれど、世の中には知らなくてもいい事はあるのです。スク水の上に刺身を盛りつける仕事とかは、野球部マネージャーの仕事ではないですからね。そういう仕事やピンクコンパニオンだとか、温泉芸者の仕事だって、ウチの親父が言ってた気がする。
「普通に会話して、料理いただいて頭下げていればいいから」
「はぁーい。……最初に女子だけ集めて並んで、『本日は御指名いただき、ありがとうございました』とか言っておいた方がいいですか? ほら、宴会に呼ばれたコンパニオンとか、そんな感じらしいですし。聞いた事あります」
「やめなさい!! どこで聞いてきたんだ、そんな事」
悟のおじさんに聞きました、とか言う山崎だった。
家に帰ったら親父には説教が必要だ。などと俺が思う間にも時間は過ぎて、緊張する1年を引き連れてOBの先輩方と去年ぶりの再会をする。ほぼ去年のメンバーだと思うが、少しだけ人数が増えている気がする。やっぱり二年連続の夏の選手権大会出場、というのが効いてきたのだろうか。だが、今年のOBの先輩方は……
「今年はマスクとプロテクター持ってきたぞ!!」
「バットとメットもな!!」「まあ振らんけど」
「審判用のプロテクターも持ってきた」
大先輩の皆様方、去年のピッチングショーが大層気に入ったらしく、各種装備を持参してきていた。特にバットが多い。あと、かなり年代物のユニフォームを着てきている方がチラホラと。この少しノリのいい雰囲気、もしかしてウチの学校の伝統なのだろうか。OBの方々が主催してくれた慰労会、兼、壮行会のはずなのだが。今年から山崎のミニライブ的なショーと化していないだろうか。寄付金を御協力していただくのだし、もう完全に『 営業 』というか何と言うか。平塚監督マネジメントの弘前高校野球部ショー。いや、山崎 桜とゆかいな仲間達、フィーチャリング北島 悟。みたいな感じかな。いや、俺は客演ではなく主演の一人のはずだ。フィーチャーされる立ち位置では無い!!
「あ、山崎くん。北島くんも」
「はい、なんでしょうか?」「あっハイ」
変な事を考えていたら、俺達二人がまとめて声をかけられていた。たしかOB会の会長さんで、どこかの会社の役員さんだったはず。
「サインくれないかね? ウチの孫も小学校で野球やっとるんだが……サインもらって来てくれって、せがまれてな。すまんが、頼むよ」
「いいですよ。でもプロじゃなくて高校野球の選手のサインを欲しがるって、けっこうマニアックなお孫さんですね? 」
「山崎おまえ、一言余計だよ。すみません、こういうヤツで」
はっはっはっ。と笑いつつ、手提げカバンから色紙とサインペンを取り出す会長さん。
「山崎くんと北島くんは特別だよ。それに、正月にお年玉をやる時に、僕が自慢したんだよ。甲子園に出た弘前高校って知ってるかー、KYコンビって知ってるかー、ってな。二人の事はもう知ってたんだが、僕が野球部OBだって言ったらビックリしとったよ!! 野球やってる孫は二人いるからな、二枚頼む」
「会長ぬけがけ」「ワシもワシも」「俺も頼むよ」
「ツーショットいいかね」「押すなよ」「並んで並んで」
われもわれもと、色紙やらサインペンやらスマホやらを取り出す人達。山崎も俺も、今までに学校でサインを頼まれた事はあるけど。今日みたいな、サイン会みたいな事になったのは初めてだ。山崎の様子はどうかと思って視線を向けると、『お名前は何ていうんですかー』みたいな、何だか少しだけ手慣れた様子でサインを書いていた。山崎の事だから、すでにサインの練習をしている可能性はあるな。
「平塚監督。サインお願いできますかね」
「えっ?! 私ですか?? 」
「お願いしますよ。この本に」「あ、僕の方も」
平塚先生は平塚先生で、3月くらいに(先生の結婚式の直前くらいに)発売された『 人の心とスポーツ ~甲子園で学んだ事~ 』というタイトルの本にサインをねだられていた。確かアレ、どこかの出版社の押しに負けて一冊だけ出した本だな。平塚先生が山崎に色々と聞きながらメモを取って、どうにか原稿みたいなものを書き上げていたヤツだ。
ウチの父親が一冊買ってきたし、近所の本屋の売れ筋コーナーに平積みされていたから見覚えのある本だが……もしかすると、この夏の活躍次第ではまた本を出すんだろうか。どのくらい売れてて、どのくらいの印税が寄付金として入って来ているのか。
何やらサイン会みたいな感じからスタートする食事会だった。あと撮影会も。それらが一段落すると、肉とか寿司などの料理を堪能する俺達。『暑いだろうけど頑張りなさい』『いっぱい食べて力つけてくれよ』などと声をかけられて、和気あいあいと飲み食いする。そして料理が大体片付いて、少し落ち着いた雰囲気になると。
「お待ちかね!! ピッチングショーの始まりです!! 」
『よぉーし、来ぉ――い!! 』
「審判はよ」「最初の打席は俺だぞ」
マスクとプロテクターを装着したOBの先輩が座り、審判役の人が構える。バッターボックス(の位置)にバットを構える人も。今年はかなり本格的になってるな。
「野球部OBとの懇親会って、こういう感じなんですね」
「知りませんでした」「面白いなあ」
などと1年生の連中が感心した声を出しているけれど、たぶん一般的な感じではないと思う。
OBが遊びに来てミニゲームをやるような事は、運動部ならあり得る話だろうけど。基本的に食事会がメインの慰労会や壮行会で、こういうショーじみた事は無いと思うんだけどなあ。……でもまあ、変なOBに一発芸やってみせろ、とか言われたりしないだけ、ウチの野球部OBは人が出来ているのかな。ショーを推進しているのは山崎だし。
「あ、本気に近い投球ですか? それなら、こっちのミットを使ってくださいね」
『何だコレ……シリコンシート? 緩衝材が中に入ってるのか? 』
――――スパァン!!『ひぃっ!! 』
おおぉぉ――――!!と歓声が上がるが、手加減しておけよ山崎!!
ケガ人が出るのはマズいからな!!
と、そんな感じで。予定時間いっぱいまでOBの先輩方と過ごした俺達だった。
「「「御協力、ありがとうございます!!!! 」」」
「「おう!! 任せとけ!! 」」「「観に行くぞ――!! 」」
練習した挨拶で、OBの方々に感謝の気持ちを伝える。
そして充分にショーを堪能した先輩方は、サインされた色紙やボールやバットや本などを手にして帰って行った。ご機嫌な様子だったので、今年の支援も期待できそうだ。
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懇親会が終わり、学校に戻って着替える俺達。本日の『 お仕事 』は以上だったので、軽く練習をするスケジュールをこなす、いつもの野球部だった。練習を終えての帰り道がてら、俺と山崎はいつものごとく、雑談をしながら歩く。
「ところでさ、卒業した山田先輩とかは? 」
「OB会に登録はされてるみたいだけど、まだ学生だし。支援の会には出ないみたいよ。ああいうの、参加費とかもかかるから。就職してからじゃない? そういうの。でも大槻センパイが来たら、モテたでしょうねえ」
大槻センパイは、どこに行っても大人気だからね。とか、今度キャラクター商品化しようかしらん、やっぱりアタシのプロデュースは間違ってなかったわね、などという山崎のくだらない戯言を聞きながら。まもなく終わる1学期末の学校スケジュールと、甲子園への出発日までの野球部のスケジュールに思いをめぐらす。期末試験も全員が乗り切ったし、あとは終業式とか、甲子園の抽選会とか。そんな中でも夏の暑さはますます増しているが、俺達の夏はまだまだ、これからだ。
もうすぐ俺達の、野球部の夏の第二幕が始まる。それまでの短い間、少しだけ気を抜いて、のんびりと過ごそう。そう思う、俺なのだった。
1年目と2年目では、少しだけ雰囲気というかノリが違うと言うか。知名度もかなり違ってきているし。当面は2年目の日常回的な感じで、閑話的な話が続きます。気を抜いた感じでお付き合いください。たまにはこういう(時には学生の日常回的な)話もいいですよね。ね。
毎度毎度の誤字報告機能の活用、ありがとうございます。最近は少しばかり半角スペースを使って読みやすい文字列を書いてみようかな、などと試験的な文章作成を行っていたり。おかげで以前の文章との統一感が無いような……順番に修正していった方がいいんですかね。
更新速度は不安定ですが、のんびりゆっくり、お気楽にチェックしていってください。本作品は今後もゆるーく更新していきます。




