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110 試合を終えて、想いを馳せる

ちょっとした会話とか。

 ゲームセット、の声とともに決勝戦が終わって。


 それぞれのチームが整列して、応援団に礼をして、大きな歓声を受けて。優勝旗が授与され、閉会式が終わる。この後、それぞれの学校の選手、関係者などが、今日の白熱した試合について語らう事になるのだろう。

 その前に。弘前高校、雲雀ケ丘高校、それぞれの学校に割り振られたインタビューのための部屋へと、関係者および高校スポーツ報道メディアの記者が集まっていた。


「――いえ、生徒の自主性に任せているだけです。当校の野球部は、生徒中心で行っている部活動ですので」

「――では、今後の目標などは」

「もちろん、当面は秋季大会を目標とする事になるでしょう。3年生は受験勉強に専念する事になりますので、2年生を主体としたチームを作る事になると思います」

「――ありがとうございました。今後の活躍を見守っています」


 雲雀ケ丘高校野球部の高島監督のインタビューは時間も短く、ほぼ型通りの質問で終わったという。というのも、以前からのインタビューで人となりも、野球に関する知識や野球部の運営方針なども、よく分かっていたので……要は『限りなく素人の責任教師』であり、『弘前高校の平塚監督のセリフのコピペのようなコメントを返す』人物だという事が分かっていたため、あまり面白いコメントが得られないと思われていたためだろう。

 その一方では。


「――いや、生徒の自主性に任せているだけ、ですよ。いつも通りです」

「甲子園出場のかかった決勝戦です、特別な気持ち、必勝のための気構えなどは? 選手に特別な指示を与えようとは思いませんでしたか?」

「私は、いち教師に過ぎません。試合は野球部員の……生徒のものです。どんな結果になろうと悔いを残して欲しくはないし、悔いを残さずに試合をやり切れるのなら、どんな作戦、方針であろうと問題は無いと思います。試合に、野球に対してどういった意義を見出すのかは、生徒の心ですから。もちろん、ルールに則った上での事ですけどね。私にできるのは生徒が悔いの無い試合を行えるようにする、その手助けだけです」

「……最終回のアレですが。ちょっと『やりすぎだった』とは、思われませんか?」

「いえ別に」

「山崎選手への、信頼ですか?」

「ええ、まあ。それに、正面対決にこだわり続けた雲雀ケ丘ナインに対しては、あの盛り上げ方ぐらいで丁度良かったんじゃないですかね。昔、子供の頃に読んだ野球マンガみたいで、私もテンション上がりましたよ。【 この試合の作法を守った 】とでもいいますか」

「【 作法 】ですか?」

「対戦する選手同士で、自然と通じ合う意識といいますか、ノリのようなもの、と言いますか。この試合はこうするのが当然だ、と選手が感じたのだとしたら。よっぽどの事でも無い限り、私が口出しする事ではありません」

「――ありがとうございます。では、甲子園出場を前にして、この後のチーム調整や育成などの予定を――――」


 などと。弘前高校野球部の平塚監督に対しては、結構な時間のインタビューが続けられた。もちろん勝利者側だから、という理由もあるのだろうが、教育者として、そして野球部監督として、全国的にも注目を集める平塚監督のコメントを多く引き出したかったという理由もあると思われた。試合の意義をどこに見出すか、高校野球、そして学生スポーツとは何か、スポーツを通した教育とは何か、などといった、今までにも質問されたような内容の質問も含めて、数多くの問いに対する応答があったという。

 なお、平塚監督の【 試合の作法 】という言葉はWebニュースの記事に載ると多方面に拡散されて、特に県内のスポーツメディア関係者や高校スポーツ関係者、野球部を中心とした高校生の運動部員の中で流行する事となった。

 そしてこの言葉は、【 平塚監督 100の名言 】というタイトルの本にも収録される事となる。平塚監督の株価は、この日も安定して高止まりだったという事だった。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「――甲子園への出場を賭けた決勝で、あえて、最後まで正面対決を選んだのは?方法に対して、後悔はありませんか?」

「そうしたかった、ただ、それだけです。後悔は、ありません」


 雲雀ケ丘野球部の主将、野崎 美琴には、当然のように試合の進め方に対しての質問が飛んでいた。監督が置物同然だという事が事前に分かっているので、詳しいコメントを聞けるのが主将である野崎しかいない、という理由もあっただろう。


「9イニング表の、山崎選手の打席ですが。あそこで敬遠策を行えば、試合は勝てていた……と、そう思いませんか?」

「たとえそれを行ったとして。甲子園に出場したところで、胸を張って旅立つ事はできなかったでしょうね。今年の雲雀ケ丘は、試合の結果ではなく、『勝ち方』に意義を見出していたという事です。誰にも文句の言われない、自分自身に言い訳なんかしない、そういう姿勢を守りたかっただけです。もちろん、これは今年の雲雀ケ丘の信念のようなもの、というだけの事で、試合への意義の見出し方は、人それぞれだと思います。それぞれのチームが、納得できるプレースタイルを貫けばいいと思います。秋からの体制になれば、雲雀ケ丘野球部もまた、今とは少し違う意識を持つようになるのかも知れません」

「――今回の試合の方法が、失敗だったと。後輩に判断されると思いますか?」

「人それぞれでしょうね。面白い、自分もやってみたい、と思えば。私たちと同じようなスタイルを貫こうとする人もいるでしょうし、試合に勝って何としてでも上位に進みたい、と思うのならば。不利を抱えるような事はしないかも知れません。どちらにせよ、今年の夏の試合は、今年のチームのもの。ずっと後の後輩の考え方は、また別です」

「不利を承知で、プレースタイルを貫き通す事に意義を見出した、という事ですね。野球への信念が、今日の試合のスタイルを決めた、という事ですか?」

「それもあります。……ですが、理由は、もう一つ」

「それは?」

「私もそうなんですけど、ウチの部員は山崎さんと、平塚監督の弘前高校野球部を尊敬しているんです。リスペクトしています。ファンだとも言えます」

「はい。わかります」

「野球選手だったら、【 最高の相手 】と、【 思い描く理想の試合 】をしてみたい、と思うじゃないですか。甲子園に行ったって、山崎さんも、弘前高校野球部も居ません。弘高が他県の学校だったら、優勝にこだわったとは思いますが。今日の決勝戦こそが、私たちの夢の舞台でした。甲子園への出場を第一目標に置く必要が無かった、その点では、私たちは運が良かったと思います」

「運が悪かった、ではなく?」

「はい。舞台としては甲子園球場は最高だと思います。ですが、自分が尊敬できる選手のいるチームと、真剣勝負ができる機会が間近にあって、しかも実現できた。ウチの県はいい所だと思いますし、今日の試合は最高でした」

「――ありがとうございます。では、ここまで聞いておいて、少し申し訳ないのですが……『 もし、こうだったら良かった 』と思う事があれば、一つお願いします」

「……そうですね。では、一つだけ」

「はい。お願いします」

「去年の春、山崎さんがウチに入学してくれてたら。それはそれで面白い事になってたと思いますね。その場合、平塚監督や北島くんを敵に回した上で、甲子園での優勝が目標になってて、練習が数倍は大変になっていたとは思いますけど」

「ありがとうございました」


 最後まで笑顔を絶やさず、野崎のインタビューは終わった。

 カメラを構える記者の中には、お約束のような選手の泣き顔を期待する者もいたかも知れない。だが、晴れやかな野崎の笑顔を撮り終えて、『これはこれで良かった』と、満足していただろう。『 一点の曇りもない青空のような笑顔 』『 信念の漢女おとめ 』といったタイトルがつけられ、野崎の画像はWebスポーツ記事に上げられたという。もちろんそのタイトルと画像は雲雀ケ丘野球部の部員に大いにウケて、野崎が卒業するその日までネタにされるのだが……それはまた、別の話である。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「――雲雀ケ丘ナックル姫の、ナックルボールの威力については?」

「現状でも充分ですが、まだ向上の余地はあると思います。工夫はできるかと」

「またコーチングに出掛けますか?」

「余裕があれば」

「――最後の打席、ランナーを戻したのには、どんな理由が?」

「……うーん。タイミングが、微妙だったから……?」

「またまたぁ」

「いえいえ。うふふ」


 山崎のインタビューでは、記者と山崎がお互いに、ニヤニヤと笑いながら応答を繰り返している。あえて言葉にしなくても分かってますよ、いえいえ想像にお任せしますよ、みたいな遣り取り。KYコンビの担当番記者なのか、かなり気安い雰囲気だ。


「甲子園への抱負などは、またいずれ。……今回の試合もそうですが、雲雀ケ丘の試合スタイルは、どう思われましたか?率直な感想を」

「昔の少年マンガの熱血野球みたいで、すごく楽しかったです。またやりたいですね」

「ありがとうございました」


 山崎 桜へのインタビューは、雲雀ケ丘の選手への総評のようなものと、最後の打席とそこへ繋がる打席の感想などがメインだった。そして。


「……今日の試合は、残念でしたね」

「ええ、まあ。次回は打点が入れられるよう、がんばります」

「期待しています」


 北島 悟へのインタビューは、今までの試合と比べると各段に短い時間と、簡素な内容だったという。守備では充分に活躍していたはずだったが、最終回の勝負のインパクトに全てを持って行かれてしまった。そんな感じだった。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「――祇園精舎の鐘の声。諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす」

「誰が平家だ」


 インタビューが終わっての帰りのバスの中で。そういえば、と話しかけてきた山崎が『悟のインタビュー、ちょっと寂しかったわね』などと前置きしてから、平家物語の冒頭部分をそらんじていた。俺が没落した平家だとでも言いたいのか、コイツ。


「ただ単に寂しい雰囲気をかもし出してみただけよ。それにアンタ、平家は平家でも下っ端の方のイメージじゃない?」

「だったら、お前が清盛なのかな!!」

「再興を夢見る源氏は存在するのかしらね――?」

「否定しないのかよ」

「まだ三種の神器は手にしてないけどね」

「高校野球の『 三種の神器 』って、何?」

「アレじゃない?『 深紅の大優勝旗 』『 紫紺の大優勝旗 』『 契約金 』の3つ」

「最後の1つは、再検討してもらおうか」


 コイツだとフルコンプしそうな気もするが。どれがどれなんだよ。特に契約金。勾玉かな? 宝飾品みたいだし。


「帰ったら簡単な慰労会があるのよね。カレーが出るんだっけ」

「唐揚げも出るらしいよ。父母会に感謝だよな」


 やったあ!!と子供みたいな声を上げる山崎。近くに座ってる連中からも、腹減ったー、という声が上がる。打点は入れられなかったが、俺も腹が減った……カレーを腹いっぱい食べて、今日は練習なし。反省会などは明日だから、明日までゆっくり休むのだ。


「優勝旗を眺めながら食べるカレーは、さぞや美味しいでしょうね」

「あんまり近づくなよ。シミがついたら大変だから」


 ウチの野球部では『まず野球部が優勝旗を堪能する』という所から始まるので、いきなり校長室に持って行ったりしない。しばらくの間は保管室が校長室、日中は部室で部員が自由に見られるようにする。そういう扱いだ。当然ながら本日の慰労会の間は県予選の優勝旗が飾られる事になる。今日からしばらくの間、優勝旗はカレーの匂いがするかも。


「今日の夜は近隣界隈で酒盛りが大量発生……いや、日曜だから、もう飲んでる人も居るのかな?ウチのOB関連の人とか」

「ありそう。大人はすぐ酒だから」

「あたしは大人になっても、お酒は少しでいいかなー。ほら、お高いお酒を、ちょっとだけ。みたいな。野球選手だと発泡系のお酒は、飲むもんじゃなくてブッかけるものだし。シャンパンシャワーとかビールかけとか」

「それプロの優勝イベントだろ」


 少しだけ、山崎がビールかけをしている光景を想像してみる。俺の想像の中の山崎はビショビショに濡れてユニフォームを肌に貼りつかせながら、報道カメラに囲まれていた。おのれスポーツ新聞記者どもめ。掲載紙面が違うページになってしまうだろうが!!


「それにしても、いい練習になったわよね」

「――――は?」


 こいつ、今なんと言った。練習?

 それはさっき終えて来た、決勝戦の事か。

 何の練習か。試合は公式戦。練習試合などではない。

 実戦が最大の訓練だ、などという言葉もあるにはあるが。

 であれば、それは、やはり。ナックル打ちの練習か。


 今日の試合でナックルボールを数多く【 観察して 】きて分かった事。それはナックルといえど、ある程度の傾向が出てくるという事だ。もちろん環境の状態によって変化の行方が変わる可能性がある以上、予測は完璧にはできない。だが、似通ったリリース速度、投球角度からのボール、特に【 握り 】の違いによって変化の予測がある程度つく、という事が分かってきた。投手が意識的に変化させている訳ではない変化球だが、変化しているのはボールそのもの。ボールの状態と変化の行方を紐づけていけば、予測の精度は上がっていく。勘ではなく、計算的な意味合いでだ。


「甲子園ではナックルボーラーも去年より多く出てくると思うし、雲雀ケ丘には感謝しなきゃね!!今年も面白おかしく、楽しく甲子園で野球しましょー!!」


 去年の夏、山崎に『甲子園の変態魔球使い』などとヒドイ言われ方をした、ナックルボーラーの鈴木さん。あの人と俺達との勝負を参考に、ナックルボーラーを控えに入れてくる学校が相応に出てくる、という予想だろうか。

 まさか、そのために雲雀ケ丘にナックルを仕込んだんじゃなかろうな。いや、雲雀ケ丘に強くなって欲しいと思っていたのは間違いないだろうし、そのため『 だけ 』では無いはずだ。しかし、『こいつら、ナックルボール打ちの練習相手になればいいなー』とか思っていたのも間違いないだろう。友情と打算、野球への純粋な情熱と個人の利益的な欲望が、山崎の中では渦巻いていたに違いない。光と闇を内包した女、山崎。雲雀ケ丘ナックル姫は、光と闇の渦の中から生まれたのだ。


 きっと来年の夏までには、ウチの前田や1年生の育成投手達も、何かしらの特技を仕込まれていくのだろう。特に1年生は山崎が所有している野球ユニット扱いされている節もあるし、俺達が卒業した後もそれなりの強さを維持してもらいたい、とか考えているのであれば。特訓の一つや二つ、冬の間に実行する事になるかも知れない。

 いずれにせよ、俺達は貴重な試合経験をした。そして、県の代表として甲子園へと旅立つ。雲雀ケ丘女子のためにも、俺達は甲子園で全力を尽くすのだ。


「明日は優勝旗を持って、運動部の練習を冷やかしに行こうかな!!」

「それ去年もやったよな」


 校内で唯一、夏のインターハイの類で優秀な成績を残した部として、分かりやすい実績を見せびらかしに行く。去年は弱小野球部の逆襲!!みたいな感じだったが、今年はそうでもないんだし、そこまで自己顕示欲を満たそうとしなくても、いいんじゃないかね? とか思わなくもないが。

 結局のところ、山崎は平常運転である。開会式では山崎がいきなり病院送りになったりして、どうなる事かと思ったが、何だかんだ言って今年も甲子園への出場権を手にした。あとは終業式まで普通に……多少の甲子園出場関係のイベントはあるが……普通に過ごして、夏休みに入った瞬間には西へと旅立つ事になる。


 しばらくは気楽に過ごせるな。今年のOB会主催の壮行会では、どのくらいのグレードのお寿司が出るのかな。質はともかく腹いっぱい食べたいな。と、そんな事を考えつつも。とりあえずは今日のカレーに思いを馳せる、試合後の俺達だった。

甲子園ではがんばってください!!みたいな声をかけられる、主力コンビの片割れ。

当分の間はそんな感じかも。試合のインパクトって重要ですよね。

ここから少しの間は、出発までの日常回のような感じになりますので、のんびり流し読みする感じでお付き合いくださると幸いです。


毎度の誤字報告機能の活用、ありがとうございます。ユーザーデバッガーは神様です。何か不具合がございましたら、連絡いただけると助かります。今後とも、寛容な気持ちでお付き合いくださいませ。更新頻度は安定しておりませんが、お気楽に更新してゆきます。よろしくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] グラウンドは、ラボラトリーでありハンティングフィールドであるw 今孔明か!?という雰囲気で山崎さんぱねぇっすw しかし前から思ってたんですが、監督が役者過ぎてカッコええです。 連載終了後に…
[良い点] 野崎さん負けてもカッコイイ! [気になる点] 【握り】は質より量がほしい お後がよろしいようで [一言] ベストバウトでした ホームラン祭りも大好きですが、一点を争う投手戦もまた良し!これ…
[一言] 雲雀ケ丘の先生と平塚先生の違いはインタビューの訓練を受けてるか受けてないかの違いですね(笑) 正直言ってる内容はほぼ変わらないのに、平塚先生の方は慣れから来る饒舌さが見て取れます
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