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108 そして試合は進む

いつもの弘前高校側の視点です。

 やべーな。


 いつものように中継ぎに入った前田は、そろそろ山崎に交代かなー。とか、俺を含めた皆が考えている、そんな時に。すっぽ抜けの失投を外野まで運ばれてしまった。飛んだところが良かったという事もあったけど、一塁走者が足の速い選手だったもんだから、ギリギリでホームへ間に合ってしまった。痛恨の一撃。もちろん失点はこの1点で抑えてイニングを終えたが、もう一塁側の雲雀ケ丘応援団は沸きに沸いている。ついでに外野の一般観客も大騒ぎだ。


 もちろん先取点を取られた瞬間は、三塁スタンドの弘前応援団からは悲鳴が上がり、イニング終了してから現在まで、絶叫のような応援の声が上がっている。やばい。圧がやばい。試合のプレッシャーよりも、応援団からの圧がヤバい。こういう経験、甲子園でも経験した事が無かった気がするな。去年の甲子園は逆転されたりしても、『くじけずがんばれ』という応援だったような気がするのだが。

 何と言うか今現在の応援、『おねがいだから点を入れて』『勝って』的な、何やら悲痛かつ、純粋に勝利を求めるような感情が放たれている気がする。


「やばいですね」「ヤバいな。頭上からの圧が」

「これが昨日の明星の気分か」「大変だったんだなぁ」


 余裕があるような無いような、よく分からない空気感の仲間達だった。そんな中で山崎は、なにやら指折り数えているようだが。何を数えているんだろうか。


「あと2回はチャンスがあるわね」

 山崎の言葉に、周囲の仲間達ほぼ全員が、山崎の方を見た。


「この回、ないしは次の回。そして最終回。あたしと悟、それぞれに最低でも1回ずつは打順が回る。うまくすれば、もう1回ずつ回ってくるかもね。そのチャンスのうちに、最低でも1点は取れば延長突入よ。逆転逃げ切りの可能性もあるわ。いやー、三番手の投手としても、こりゃ抑え甲斐があるわー」


 などと、嬉しそうに。確かにそれはそうだ。

 そして『次からは自分が投げて、もう1点もやらない』という宣言のようなモノを聞いて(あるいはその意を汲んで)平塚監督が近くの部員を伝令に出していた。次回からは山崎がマウンドに立つ。最短であれば全力投球での3イニング。延長になればもっと延びるだろうが、おそらく投手的な体力としては問題が無いだろう。おそらく、雲雀ケ丘の打線が山崎から得点するのは非常に困難なはずだ。

 しかし相手の雲雀ケ丘投手陣としても、まだナックル姫達の体力が尽きた訳でもない。次の回で交代してくるかは分からないが、まだ投げていない控えもいるのだ。山崎の言葉で言えば、『 まだ残弾がある(余裕がある、という意味だろう) 』という状況だ。

 投手能力で比較するのであれば、山崎の方に格段の信頼性がある。そして俺の感覚で言えば、時間さえあれば俺か、山崎のいずれかが打点を入れる事はできると思う。もう少し、もう少し情報が集まれば。そういう感覚があるのだ。


 問題は時間だろう。先取点を許してしまった以上、時間制限が発生している。このまま雲雀ケ丘が逃げ切れば、雲雀ケ丘女子野球部として、初の甲子園出場という偉業の達成だ。雲雀ケ丘の生徒はもちろんのこと、話題性のある試合を見に来ただけの観客も、そんな場面を期待しているかもしれない。


 ――まあ、観客の期待は別として。俺達は俺達で、野球選手としてのパフォーマンスを十全に発揮する事、それだけしかできない。今までの練習の成果を、この試合で得た情報を生かして、最高のプレイをするだけだ。そのために。不安だとか、余計なプレッシャーだとかは抱えてはいけないと思う。だからこそ、俺はあえて言うぜ。


「山崎。たとえ話なんだが」

「なに?」

「このまま試合に負けちゃったとしたら、どう思う?」

「来年へのリベンジの舞台は整った!!と思うわね!!」

「「えぇ――」」


 俺達の会話に、周囲の仲間から変な声が上がった。主に1年生の方から。


「まあ、俺達2年生も3年生も、すでに甲子園の土は踏んでるしな。むしろ次の、春のセンバツに出場する方がメインかもしれない……と、考える事もできるよな?」

「その通り!!まだ来年もあるしね!!そして試合の責任を選手の誰かに負わせるような、そんな文化はウチの野球部には存在しない!!もちろん今日の試合で負けたとしても、誰も責められる事は無い!!ですよね先生!!」

「あ、うん。もちろん『 監督の責任です 』と言うところだな。そういうものだろ」

「「えぇ――」」


 平塚監督(先生)の軽い返事にも、仲間から変な声が上がる。また1年生の率が高いが。山崎の少し言葉が足りない物言いはともかくとして、とりあえずウチの野球部に戦犯なんていない。仮に勝敗の責任をどうこう言われる人がいるとしたら、それは監督以外にはいない。たぶん山崎の交代タイミングとか何とか、采配ミスだとか言われるはずだ。

 真の監督が誰なのかという話ではなく、平塚先生がインタビュー攻めに遭う、というだけの話だ。そして平塚先生は、個人的な評価が下がる事を全然、全く、問題には思わない事であろう。何しろ人格者だし。虚像に困ってるくらいだしな。


「応援団の空気は気にせず、存在を都合よく受け止めよう。ウチは元々、失うモノなんて無い野球部だったんだ。古豪としての名誉も無ければ、甲子園出場の悲願をかかげたガチ野球部という訳でもなかった。応援団の存在は有難いけど、弘高野球部は別に、応援団のために野球をやってる訳じゃない。応援団の空気は応援団のもの。野球部の空気は野球部のものだ。だよなー?」

「そーそー。必要なモノは、ほぼ、いただいた……と言ってもいいしね。応援席でノリのいい応援してくれてる在校生とかも、去年の夏の予選の決勝戦前までは、ぜんぜん見向きもしなかった連中なんだから。父母会の他に義理なんて感じる必要なんて無いワケ。試合は選手である、あたし達のモノよ。勝てなかったとしても、挨拶は『応援ありがとうございました』であって、『勝てなくてすみません』ではないからね。応援団や在校生に育ててもらった覚えなんて、一ミリ秒も無いんだから!!」

「「………………」」


 互いに顔を見合わせる1年生達。ちょっと体が固くなっていた様子の2年生3年生も、『そういやそうだった』みたいな事を言っている。応援団の圧だとか雰囲気だとかの影響で変な精神状態になりかけていたのが、少し正気に戻ったようだ。お気楽野球部、それが弘前高校野球部の最大の美点であり長所。そして山崎の『必要なモノ』とは、当座の野球部の潤沢な運転資金と、自分自身の知名度や選手としての評価などだろう。必要なだけの金銭も設備も、そして名声も評価も、ある程度は手にした。まだ来春も、来年の夏もある。そう考えてしまうと、お気楽に過ごせるという事か。

 まあ、入学1年目から甲子園に行けるかもなー、と考えていた1年生にしてみれば、負けてしまうのは少し残念かも知れないが。そういう事はもっともっと部に貢献できるようになってから意識してもらおう。もちろんわざと負けるつもりなど無いし、勝つ事をあきらめた訳でも無いが。


「ちなみにさ、山崎」

「なに?」

「雲雀ケ丘が、この時点から俺達に【 敬遠策を使う 】という事は、あると思うか?」

「それは無いでしょー。ほぼ間違いなく」

「やっぱりそうなの?」

「すでに『 この試合 』にはね、【 作法 】というモノが出来上がっているのよ。演じる役者の振る舞うべき姿、みたいなのが。今日の野崎さん率いる雲雀ケ丘女子は、そんな無作法なマネはしないと思うわ。この期に及んでは、野崎さんが許さないだろうし」

「なるほど」

「もしも投手が独断で妙なマネをすれば、野崎さんが即座に鉄拳制裁を下すでしょうよ」

「「「えぇ――――?!」」」


 俺を含めて仲間達の全員から変な声が上がった。山崎情報を鵜呑みにしてはいけない。野崎さんは外見もそうだが、声も可愛い人だ。いつもの仕草とかは知らないけれど。何かの間違いで手が出たとしても、それはきっと可愛いビンタのはず。鉄拳などではないはずだ。


「さぁーて、ここらでドラマを見せてやろうかな!!」

 山崎がバットを持ち、ネクストサークルへ向かおうと立ち上がる。


 このイニングの攻撃、7番の竹中が出塁し、そしてたった今、8番の清水が三振した。9番打者の前田は……そのまま打席に入ろうとしている。このままいけば、2アウトで山崎。一発あれば試合も引っくり返る、そんな見せ場だ。いよいよ山崎のバットが一撃を放つか。


『 ――タイム!! 』

「あれっ?」

「「あれっ?」」


 山崎と、俺達が少し首をかしげる中。雲雀ケ丘ベンチからタイムがかかり、伝令が走ってくる。少し待っていると、アナウンスがかかった。


『 ――ピッチャー、交代の、お知らせ、です。 11番、川埼 美智留さんに、代わって、13番、白露 美姫さん 』


 きゃ――――――

 うぉお――――


 ピッチャー交代のアナウンスに、雲雀ケ丘の応援団と観客から大歓声が上がる。

 そうか。ここで代えてきちゃうかー。昨日の試合からこっち、まだボールを見てない1年投手もいたと思うけど、昨日の試合で明星打線を抑えた実績のある白露さんを出してきたか。山崎情報だと、勝負度胸があるっていう話だったな。白露さんのナックル、まだ情報が足りないんだよな。さっきまでの川埼さんのだったら、何とかなりそうな感覚になってきたところ、だったんだけど。


「悟ぅ――。みんなぁ――」

 ネクストサークルの山崎が声をかけてきた。


「おー。なんだ」

「あと1回まわしてー」

「努力はするわー」

「頼んだわよー。あと、よく見といてねー」


 へぇへぇ。よく見ておきますよ。どういう状況になるかは分からないもんな。雲雀ケ丘は作法をちゃんと守った上で、試合に勝つための手を打ってきた、という事だ。そしてこちらは去年の実績からすれば県内の暫定王者的な立場。どんな手を使って来ようとも、迎え撃つべきだろう。点をリードされている現状からすれば、王者も挑戦者も無いが。


 そして打順は進み。

 山崎はレフトへのヒットを打つも、守備は抜けず。ランナー二塁一塁を残し、続く安藤が内野ゴロに打ち取られてチェンジ。結局この回も無得点に終わった。


 きゃぁぁ――――!!

 うおぉおお――――!!

 ぎゃああああ――――!!


 雲雀ケ丘のベンチ、その頭上の一塁側スタンドや外野観客席からは歓声が上がり、俺達の頭上の三塁側スタンドからは悲鳴が上がる。罵声はギリギリ飛んでこなかったものの、『しっかりしてくれよぉ――!!』みたいな声は飛んできていた。


「応援団の悲鳴が、キツイですね」

「坊主の修行だと思ってくれ」


 仲間達から口々に『ドンマイ』と声をかけられつつも、安藤は打撃プロテクターを外していく。まだ残り2回ある。そして何より、守備を頑張らなくてはならないしな。


『 ――弘前高校、守備の、ポジション、チェンジを、お知らせします。ショートと、ピッチャーを、交代します。ピッチャー、山崎 桜さん―― 』


 うおおおおおおおおおおお

 きゃああああ――――!!


 そして、弘前高校のポジションチェンジのアナウンス。一塁側、三塁側、外野スタンドも関係無く、大歓声が上がる。雲雀ケ丘の応援団からも歓声が上がっているのは、女子選手としての人気ゆえか。あるいは雲雀ケ丘に常日頃から出入りしている成果なのだろうか。その歓声は山崎が一足早くマウンドに登り、足元を確認し始めるとますます大きくなった。


「敵味方問わずテンションが上がるんだよな、アイツの場合」


 そんな事を言いつつ、俺は守備位置に向かって走って行くのだった。とりあえず、この回をしのいで。次の打席で、どうにか一発打とう、と思いながら。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※

【 試合経過 】8回終了時点

弘前 0 0 0 0 0 0 0 0  |0

雲雀 0 0 0 0 0 1 0 0  |1

※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 うん、やべーな。

 轟音のような応援と歓声が聞こえる。舞台が温まりすぎだ。


 8回の攻撃、俺は何とか出塁できたが。後がうまく繋がらなかったため、またも得点は無し。裏の守りはテンション最高の山崎が、見事に三者三振と切って落としたが。物凄くイヤな状況として、次の9回、開始は7番打者の竹中からだという事。つまり、誰も出塁できなければ、1番打者の山崎まで回らない。


 同期の竹中よ。期待の新人の清水よ。ときどきキツイ状況に放り込まれる前田よ。

 今年の夏の我が野球部の命運は、君達に託された。頼んだぞ――と、三人を見てみると。三人揃って『げええええ』とでも言いたげな顔をして、お互いの顔を見ていた。


 なんて顔してやがる、お前ら。人間、死ぬ気になれば何でもできる、かも知れないって、伝説の鈍足マネージャーだって言ってたぞ。今こそ最高のパフォーマンスを見せる時。今日のヒーローになれるのは、君達なんだぞ。別にホームラン打って来い、とか言われてる訳じゃないんだ。出塁して山崎まで回せ。できれば得点圏まで進塁しろ。任務はそれだけ。いつも通りじゃないかね。


「監督!!もう9イニングですし、俺はそもそも投手ですから打撃はあんまり得意じゃないですから!!だから代打を出すべきじゃないですかね?!」

「いや、延長も考えると、1年生は守備が心配じゃないか?1年生の打撃だったら、そんなに変わらないだろ?いけるいける!!」

「先輩ぃ。頑張ってくださいよー」「ふぁいと」

「先輩ならできますって」「1年には無理っすわ」


 何やら前田が往生際の悪い事を言っているような気がするが。きっと前田なら、クライマックスに相応しい活躍を見せてくれると信じている。お前なら出来るぜ、きっとな!!

 ダメだったら前田で終わり、うまくいったら山崎が勝負を決めるような流れだな。俺の出番は、あったとしても申し訳程度だろうし。俺自身は気にする事は何もないな、と。物凄く気楽な気持ちで仲間の応援に専念する俺。


 そうして、試合は正真正銘の、最終局面に突入していったのだった。

ちょっと説明足りないなー、とか思いつつ少し書き足していたら、なんだか少し長くなったような感じに。試合が終わるのは次回になりました。また少しだけ、お待ちください。


前回も前回で、見直しているはずなのに誤字とか、けっこうな多さで……毎度お世話になっております。今回もどこかで問題を発見したら、是非ともご協力をば。本当は何も出てこなければいいんでしょうけどねぇ。なんで間違えるんだろう。

当作品の半分は読者様の優しさで出来ております。今後とも、お気楽に、お付き合いくださいませ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 決して熱血でもないし気概もない! でもノリはいいし責任感もあるし優しい! がんばれ前田くん [一言] ふわっとした印象でコメントしてしまいましたが、折角感想返しをいただきましたので自分なり…
[良い点] 盛り上がってまいりました! 量産型ナックル姫もついに最後でございます。と言うか誤字脱字いつも見逃してすみません。これから酔っていないときに読ませていただきますw 次回の更新もゆるりとお待ち…
[一言] ナックルってボールにイカサマでもしないと変化を続けられるボールじゃないですよね 山崎さんの打席で変化が少ない、スピードもコントロールもない球になってしまって… 主人公側が強くなりすぎると、…
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