104 2年目の県予選。決勝の朝
今年もよろしくお願い致します。
全国高校野球選手権大会、F県予選。決勝戦の朝。
弘前高校野球部員は、野球部部室に全員集合していた。
すでに軽い練習はすませてある。ナックルのおさらいも行った。グラウンドの整備も軽く済ませたし、あとは試合時間に遅れないようにバスで出発する事になるのだが……まだ昨日のゴタゴタで切り上げてしまったミーティングの続きが残っている。もちろん司会進行は平塚先生( 監督 )ではなく、『副部長』山崎 桜だ。
「さて、皆さんには、これから【 ある動画 】を観てもらいますが……その前に、皆さんに伝えておく事が、2つほどあります」
不動の姿勢で、黙って続きを聞く俺達。
「まず、今日の試合ですが。負傷者などが出ない限り、1年生を経験値稼ぎのために次から次へと投入する事はありません。控え投手を除き、スタメンのみで切り抜ける予定です」
当たり前の事を言っているように聞こえるが、弘前高校野球部においては前提条件諸々が一般の野球部とは違うため、その限りではない。というか、今日の試合は『普通の学校のような体制』で挑む、という事だ。そうする必要がある、という事なのだろう。それは部員全員が、雰囲気として察している。
「そして、いつもの事ではあるけれど、ウチのチームは『 打撃 』が肝心。……そこで、今日の試合では【 初心を思い出して 】打席に臨んでもらいます。これから観てもらうのは、そのための動画よ。体験した事の無いナックルボーラーの軍団を前に、心に抱いているであろう不安、迷い。それを取り除けば、我が弘前野球部の前に、恐れる物はありません。いえ、恐れを抱いたまま試合に臨めば、試合を心底【 楽しむ 】事などできない!!我らが弘前高校野球部は、どんな試合、どんな場面でも試合を、野球を楽しむ!!それこそが我らが信条!!そこへ結果がついてくる!!」
背筋を正して、言葉を聞く俺達。さっきちょっとだけ『我が野球部』と言って『我らが』と言い直したのが気になったけど、そこはスルーすべき所だろうな。
「明星の打撃陣がうまく得点する事ができなかった理由の一つとして、『 割り切って思い切り良くプレーする事ができなかった 』事が挙げられる、と。あたしは思っているわ。上手にやろうと思うあまり、運任せの一撃に賭けるような思い切りの良いプレーができなかった事、それが最大限に実力を発揮できなかった理由、そして『 打点が成立する状況まで、運を引き寄せる事ができなかった 』要因だと思っている。……運がどうのこうの、というとオカルト的に感じる人もいるかも知れないけれど、自分の予想と投手の思惑、放たれたボールが投手の思い通りの軌道を描くかどうか。それが噛み合うかどうかは、最終的には『 運 』によるものとも言える。偶然の機会を掴み取る事ができるかどうか、その機会に最大限の実力を発揮できるかどうか。それを決定づけるのは、プレイヤーたる選手一人ひとりの、心の持ちようが重要よ」
山崎の言葉に、真剣に耳を傾ける俺達。
「ボールが投手の手を離れたら、迷わず思い描いたポイントへと、最高のスイングでバットを振りなさい!!どんなボールが来ようとも、タイミングとポイントさえ的中すればボールは飛ぶ!!基本的には狙いを定めての決め打ちよ!!そこにナックルボールかどうかなどという事は関係ない!!1球ごとに気持ちを切り替えて、直前のスイングと、これから振るスイングは別物なのだと。1球ごとにバッターボックスに入り直したつもりでバットを振るのよ!!百発百中は必要ない!!全員で、試合中のすべての打席の機会で、あたしと、悟が決め手となる瞬間を作ればそれでいい。決定打は、あたし達が必ず放つ!!わかった?!」
「「「はいっ!!!!」」」
気合充分の返事を返す俺達。清水や安藤の心からも、迷いは消えた事だろう。俺と山崎の責任は重大だが、必ずボールをスタンドに放り込め、という話でもないのだ。必ず仕事をやり切ってみせるぜ。
「さて、それでは皆さん。さっそくですが、この動画を見てもらいましょう。迷いなきスイングの一撃が、奇跡を見せた瞬間。この動画を見て、心に勇気を宿してちょうだい」
山崎がそう言いながら、操作していたタブレットの画面を皆の方へと向ける。音声は控えめだが、どこか聞き覚えのある声援。素人撮影の映像なのか、アナウンスの声は入っていない。
「……あれ?!見た事、ある気が……」「どこだっけ……」
「「………………」」
声を上げる1年生に対し、声を失う2年3年。深く記憶に刻まれた、あの打席だ。
「あ!!受験の神様だ!!」「思い出した!!」「大槻大明神だ!!」
次々と1年生が声を上げる。そして初めて聞く、大槻センパイの異名。受験の神様とか大明神とか何それ。今年の1年生の中でどういう位置づけなの大槻センパイは?
「大槻大明神って、何それ」
「『がんばれば間に合う』というチカラをもらえる、という偶像ですよ」
前田の質問に一休が答えていた。
「そうだよなー。『がんばれば、できる!!』みたいな感じで」
「最後の一瞬まで、あきらめない事が大事です!!」
「できない子には希望を与えてくれました」
「まだだ!!まだ間に合う!!みたいな」
「大槻さんの写真をお守り袋に入れておけば、ギリギリの学校でも滑り込みセーフできる、みたいなウワサが一部で流れてましたよ」
「聞いた事あるわ」「あたし実際に入れてた」
マネージャーを含めた1年生の間……今年の受験者の間では、大槻センパイは有名人だったようだった。そしてそんな会話を俺達がしている間にもカウントは進み、大槻センパイの打席の3球目、当時の仲間から見れば『完全にやけっぱちのスイング』は、見事なまぐれ当たりでボールをはじき飛ばし、そのまま伝説の鈍足走行を披露する流れとなった。もちろん俺達は、その映像を最後まで見る。ギリギリのタイミングでセーフとなり、球場を揺るがすほどの歓声が、大槻センパイに降り注いだ――――
「勇気が出たでしょう?」
どやぁ、という表情の山崎。
「でたでた」「すごい気力わいたわ」
「当たる時は当たるんだー、って思ったよ」
「こうして永遠に動画が再生されていくんだなー、って思った」
「迷って変なスイングしたり見送るくらいなら、豪快に三振した方がいいと思ったよ」
「何と言うか、少し申し訳ない」「すまん大槻センパイ」
「当たったら頑張って走るわ」「ホントそれ」
部室の空気が和やかなものになり、いつもの気楽な雰囲気が戻ってきた。昨日の練習時に申し訳程度にナックルボールを体験してみた俺達だったが、何だか何とかなるような気分になってきた。気がする。
なので、俺はもうちょっとだけマジメな話を促す事にした。
「ちなみに山崎は、勝算はどのくらいある、と思ってるの?」
「まぁ7割くらいは」
おおお、と。1年部員を中心として声が上がる。思ったより高いというべきか、それとも低いというべきか。
「いつものように大量得点とはいかない。つまり一般的な実力の、戦力が拮抗したチーム同士の『普通の試合』になると思っておけばいいわ。試合終盤までに『ナックルボールそのもの』に慣れれば問題ない。あとは何とかできる実力を、あたし達は持っている」
ふむ。『ナックルそのもの』と言ったか。多数の投手による継投策は問題としていないのだろうか。
「昨日の試合みたいに、ポジション入れ替わり立ち代わりの継投策は、たぶんウチのチーム相手には取って来ないと思う。たぶん通常のピッチャー交代の継投策に近い編成で来るんじゃないかなー。だから正直、あまり問題にはならないと思う」
「なんで?」
山崎、うーん。と少しだけうなって。
「ウチには、あたしと悟がいて。そして向こうのナックルボーラーの約半数は1年生だからね」
「それだと、どうなるんだ?」
「あっちの1年投手、中学時代の投手経験者か投手専門の選手を訓練してたんだけどね。ウチの県下では当たり前なんだけど学校の野球部、つまり軟式経験者ばっかりで、変化球は高校に入ってから練習始めたわけよ。ついでに言えば、あたしがナックルの技術指導を始めたのは5月半ばくらい以降だから、ナックルボールと最低限の守備練習、キャッチャーとの連携とかサインの習熟訓練が主で、外野守備とかその他の細かい部分に関しては穴だらけ……だったはずだから、今もそんなに変わってないと思うわ。あのナックルの習熟度からすれば、投球とバント処理の練習がほとんどかも知れない。すなわち、外野に安定して飛ばされる可能性のある打者が存在する場合、外野を1年投手で埋めてくるような、昨日みたいなメンバー構成では来ないと思う」
「ほぉー。ちなみに、外野に1年が3人入ってきた場合は?」
「今日の打順なら、あたしと悟でカモれるかもね」
「ちなみに雲雀ケ丘の1年生の個人能力に関しての情報って、なんで知ってるの」
「そりゃ、技術指導をする際とか世間話とかで色々と聞いたのよ。ほら、あたしって今や全国的にはもちろんの事、県下では野球女子の星でしょ?あこがれでしょ?スターでしょ?いろいろと話がはずむわけよ」
「お前やっぱりスパイなんじゃねーのか」
別に探ったわけじゃないわよ!!自然な会話だから!!
などと言う山崎だったが。対戦するまで1年のナックルボーラー軍団の情報が一切得られていなかったであろう明星高校と、選手能力をかなり詳しく知っているウチとでは、情報の有利不利という点で雲泥の差だ。
しかも相手がどう考えてくるか、新人選手がどの程度動けるか、という点を考えて打順をいじって嫌がらせをするとなると、雲雀ケ丘はもちろんの事、明星高校に対しても申し訳ない気分になってくる。
「ま、そんなワケで。試合後半、終盤までに。どんどんナックルを投げてもらいましょーよ!!めったに打てないナックル打ちの練習ができるわ!!きっと今年の甲子園ではナックル使いが多めに出てくるはず!!右投げ左投げスリークォーターからサイドスローまで、より取り見取りよ!!楽しみよね!!」
「「「……こいつ……まさか…………」」」
幽霊か、魔女でも見るような目で、山崎を見る俺達。まさかコイツ、女子野球友達を何かの生贄にしようとしているのでは。そんな気持ちになってしまったのだ。
「――別に、雲雀ケ丘での技術指導で、ウソは教えてないわよ?」
じっと山崎を見る俺達。
「――でもまぁ、選手としての完成度と、新しく身に着けた技術を使いこなす技量に関しては自己責任よね?練習量や経験が足りないのは、臨時コーチの責任じゃないもの」
じっと山崎を見る俺達。
「――別にウチの弱点を教えたワケじゃないし。あたしの弱点を教えたワケでもないし。かといって互いに弱点を作ったワケでもないし。ナックルボール打ちの練習だって、昨日はじめてやったでしょう?つまりあたしは、双方にとってフェアな立場を貫いたワケよ!!」
じっと山崎を見る俺達。
「――何よそのダブルスパイを見るような目は!!あたしは潔白よ!!悪くなんかないんだからね!!誰も裏切ってなんかないわ!!」
うがー、と腕を振り上げて吠える山崎。
何だかもう、今は準決勝で負けた明星がとてもとても可哀想に思えてきた。こんなヤツの策略にモロにハマって(正しくは雲雀ケ丘の戦術に、と言うべきなのだが)脱出する前に敗北を喫したなんて……山崎と同じ時代に生きる現在の明星野球部選手……あと明星の監督に、哀れみを感じてならない。
いちおう試合前日まで雲雀ケ丘のナックル対策をしなかった点で、雲雀ケ丘への義理を果たしたという事なのだろうが……
「さぁー、そろそろバスが来るから!!準備じゅんび!!」
「「「へぇ――い」」」
強引に話を切り上げる山崎。マネージャーがタブレットを片付ける。
その後、俺達は部室にカギをかけて駐車場でバスを待ち、到着したバスに乗り込んで球場へと向かったのだった。
ともかく、だ。何だか今日の試合、最終的には何とかなるような気分になってしまっている俺達だったが、試合は試合。どうなるかは始めてみないと分からない。油断して心に深くキズを残すようなプレーだけはしてはならない。何よりも、試合そのものを楽しむためにだ。
誰でもミスは必ずしでかす。カケラも後悔を残さないようにする事は難しい。だが、油断や侮りが原因でそれを生み出すような事があってはならない。勝利を逃すとかそういう問題以前に、俺達の大好きな野球と言うスポーツ、試合そのものに対して失礼な行為だからだ。
山崎を学級裁判にかけるかどうかは、試合が終わってから考えよう。そんな事を考えつつ、バス移動をする俺達だった。
明けましておめでとうございます。
だいぶ遅れてしまって申し訳ありません。昨年の最終日までに何とか上げようと思っていたのですが……今年はもうちょっとコンスタントに試合進行したいと思っておりますので、どうぞご容赦を。
今年もユーザーデバッガーの方々にお世話になる気がしますが、なんとか仕事量を減らせるように気を付けていきたいと思っております。とはいえ、いまだに過去のアップ分の不具合報告や修正連絡が届いたりします。本当に有難く思っています。当作品は読者様の優しさに支えられております。今後ともどうか、寛大な気持ちでお付き合いくださいませ。




