103 明日の決勝戦を前にして
ほぼ閑話、みたいな。
土曜日の準決勝戦二試合が終わった。
県下では大注目の、国内高校野球界でも相応の注目度を集める、今年度の全国高校野球選手権大会、夏の甲子園・F県予選大会の決勝戦を明日に控える二校は、それぞれに学校へ戻ると今日の試合の問題点を整理して、明日の試合に備えてのミーティングを行い、必要な練習を行う。そして充分な休息を取り、明日に備えるのだ。
決勝戦で対戦する相手は、お互いがすでに想定している相手であり、今さら大がかりな対策会議も特別な特訓も必要ないだろう。特別な混乱も無く、練習後のミーティングを終え、選手を含めた両校野球部の関係者は、笑顔で帰宅しようとしていた――――
「――先輩!!せんぱーい!!」
「これ見てみて見て!!」「ウチの地方局がやらかした!!」
雲雀ケ丘女子野球部の帰宅が遅れたのは、そんな叫び声を上げながら数名の女子生徒がノートPCと電源を持って、部室へと駆け込んできたからだった。
「なになに」「どうしたの?」
部室のテーブルの上に、ノートPCが乱暴に置かれ、素早く電源ケーブルが接続される。開いたままのPC画面には、某有名動画サイトの動画再生画面が映っている。一時停止中だ。
「……んん?……『【 放送事故 】県予選準決勝二回戦(字幕つき編集版)』」
「放送事故?」「これ今日のヤツ?」
「さすが地方局だなー」「何やったんだろ」
自分達の試合で放送事故やらかしたのか、と。興味を覚えた部員達が、ぞろぞろと画面の見える位置に集まってくる。すでに着替えも終えて帰宅するばかりだったレギュラー達も全員集まってきて、モニターの前に鈴なりになる。
「うわー!!投稿されて間もないのに、スゴイよこの閲覧数!!」
「閲覧数もそうだけど、『いいね』の率がスゴイな!!」
「『くたばれ』が、ひとケタってすごいね」「そんな名称だっけ下向きのヤツ」
わずか2時間ほど前に投稿された動画にも関わらず、閲覧数が3万を超えている。これはまだまだ伸びるという事だろうか。そして似たような動画投稿をしている人が他にもいるとするならば、今日の『放送事故』とやらで、合計どれほどの動画再生数が稼ぎ出されているのだろうか。
「もう見ていいんだよね?」
「はよ」「再生はよ」
主将である野崎が再生ボタンをポチり、動画再生が始まった――
※※※※※※※※※※※※
「「「……これはひどい」」」
動画再生がある程度進んだところで、数名の部員が口にしたのが、その一言だった。なおも動画再生が続く中(KYコンビの雑談が続く中)、PCを持ち込んで来た女子……1年生部員と、野球部に協力する女生徒グループに属する生徒達に、野崎が問いかける。
「これ、最後までこの調子?」
「あ、はい。試合終了まで、ずっとです」
「「「ひどい仕事だな!!」」」
再び『ひどいね』の声が上がる。その後も手に持ったスマホで検索しつつ動画を見ながら、好き勝手に感想を口にしつつ動画を視聴し続ける。動画はKYコンビの会話を中心に編集されていたため、実際の試合時間よりもずっと早く終了した。
「……ところで主将、山崎さんから電波とか受信したり」
「いや、そういうの無いから」
「て事は、完全に行動が読まれてるって事かなー」
うーむ。と、少しだけうなって見せる、雲雀ケ丘女子野球部員の面々。そして少しばかり考え込むような素振りをしてから、口々にこう言った。
「……まあ、山崎さんだしなぁ」
「技術コーチだしね」
「『強豪に対抗する方法』とか、質問したのはウチらの方だし」
「山崎さんが指導に来なくなってから、そんな時間も経ってないし」
「独自性を磨くような時間も、アイデアも無かったしなぁー」
「「「しゃーないな!!」」」
3年2年のレギュラーメンバーが、口々に『仕方ないね!!』と、明るく言っているのを間近に見て、1年部員の何名かが口を開く。
「あのー……不安とか、そういうのは……」
「対策を講じたりとか……」「何か……」
そんな1年部員の声に、山崎 桜と去年から付き合いのある3年2年の部員達は、口をそろえて言う。
「「「 ないね!! 」」」
えぇー、と鳴き声を上げる1年生に向かって。主将である野崎 美琴が、少し咳払いをして姿勢を正してから、こう言った。
「試合である以上、もちろん勝つつもりで試合には臨みます。……でもね、現状で勝てないとしたら、それは実力も運も足りなかった、というだけの事だと思う。去年の夏からこっち、山崎さんと弘前高校のおかげで練習試合はいっぱい出来たし、少しだけど投球技術の指導も受けられた。その上で勝てなかったとしたら、もう仕方ないでしょ。明らかに弱点の存在するRPGの中ボスじゃあるまいし、ちょっとやそっとの対策で勝てるような、そんな野球チームなんて普通は居ないわよ」
「……はあ。それは、確かに」
笑顔を見せて、野崎は続ける。
「明日の試合、全力を出し切るだけよ!!新しく学んだ技術、鍛え上げた技と力、磨きぬいた心!!明星に勝利できたのは、投手の力だけじゃない。持てる力の全てを発揮した上で、運が我々に味方をしたから勝てた!!下手な迷いは腕を鈍らせるだけよ。明日は雲雀ケ丘女子野球部が初めて臨む、夏の予選の決勝戦!!いわば最高の檜舞台。今夜はしっかり休んで、ぐっすり眠って、明日はテンションMAXで試合に臨みましょう!!」
「「「――はいっ!!!!」」」
野崎の言葉に、明るく元気な返事を返す部員達。1年生が持っていた、少しばかりの不安な気持ちが吹き飛んだ瞬間だった。
「……ま、ウチの部の新兵器であるところの、ナックルボーラーには期待してるけどね?」
「「うへぇ――」」
野崎の下手くそなウインクを受けて、1年を中心とした投手陣から苦笑まじりの声が上がる。
「いやいや、本当に期待してるし感謝してるのよ。今まで、ずぅ――っとやりたかった事が、ようやく出来るんだし。ホントまじで」
「主将の期待が重い」「おっもい女だわぁ」
部員の軽口を聞きながら、それでも笑顔を絶やさずに。野崎は心の底からの声を、口に出す。
「――やっと、KYコンビと。山崎さんと。まともに勝負できるんだから。敬遠策は、よほどの状況が訪れない限りは無しだからね。県下最強、全国屈指の強打者と、正面から勝負できる日が来るとは……いやぁー、明日が楽しみだなぁ」
友人として。技術指導者として。あこがれのヒーローとして。
山崎 桜という野球選手を知ってからの、色々な想い。そして、去年までは自分達と同じく無名公立高校でありながら、夏の甲子園で準優勝という実績を残した、県下の雄である弘前高校野球部に抱く気持ち。その思いを、すべてを明日の試合に持っていき、その身で燃やしてみせると――早くも血をたぎらせる、主将・野崎だった。
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一方、弘前高校野球部の部室。
一通りの練習を終え、シャワーと着替えを終えた野球部の面々は、明日を控えてのミーティングを行っていた。
「基本的に雲雀ケ丘の監督は案山子同然で、実質的な監督は主将の野崎さんなのね」
「そういう裏事情とか、ペラペラしゃべっていいのかなぁ。倫理的に」
山崎が相変わらずの軽い調子で、何やら善良な男子高校生が心苦しくなるような事をしゃべっていた。
「いや、実害は無いから」
「そりゃそうかも知れんけどさ」
確かに事実は変わらないし、俺達は司令塔をラフプレーで潰すような事をするアウトロー集団では無いから、何も問題は無いんだろうけど。何かこう、スパイを送り込んで情報を得ているような、何かアングラな行為をしている人間のような気分になってしまって、心が少し痛むような感じなんだよな。
「で、野崎さんの性格からして、おそらくは明日の試合、正面からの殴り合いを希望すると思われます」
「本当に実害は無いんだよね?」
疑いを感じてしまう。周りの仲間達も、ちょっと苦い表情をしている気がする。もちろん監督も、マネージャーもだ。
「いや本当に実害は無いから」
「信じて……いいんだな?」
どうしても不安が残ってしまう。明日の決勝戦、試合前から相手をペテンにかけている、などという事は無いのかと。スポーツメンシップに反するような精神的行為を仕掛けてはいないのかと、そういう点に疑問が、だ。
「あったり前でしょ――!!技術指導で最後に遊びに行ってたのは、準決勝よりずっと前の事だし、戦力強化のために色々と手塩にかけてあげてただけよ!!決勝戦で当たる事になったのは出来すぎだけど、別にウチと当たったら確実に勝てるような弱点を仕込んだとか、そういう事ぁないわよ!!」
「ああ……うん、信じるよ。信じる」
声を荒げる山崎に、素直に謝る俺。そうだよな、試合中に駆け引きで相手をペテンにかける事はあるけど、試合前から罠にかけるような事はしない。コイツは野球というスポーツに関しては、正々堂々と、真摯に取り組むヤツなのだから。
「そもそも、『正面から勝負するだろう』っていうのは、良くできたナックルボールは優秀な打者にも充分に有効な変化球で、下手な小細工をする必要が無いってだけの事だし!!そりゃ正面から戦える武器を手にしたら、野崎さんみたいな性格の人なら間違いなく真正面から勝負を挑んでくるだろうって事なだけで」
「「ちょい待ち」」「「そこんとこ詳しく」」
山崎の言葉が気になったのか、仲間の数名から質問の声が飛んだ。
「わりといい仕上がりだったから、たぶん悟もあたしも、今までの試合みたいにバンバン飛ばせるかどうかは分からないわよ」
「「「マジで?!」」」「「えええぇぇ?!」」
俺としては『だろうなぁ』と思うぐらいの事だったけど、仲間からすると……特に、1年生部員からすると驚愕の事実だったみたいだ。何人かの視線が、山崎と俺の顔を行ったり来たりしている。
「そりゃそうよ。ナックルボールは【 行き先はボールに聞け 】っていうボールなんだし。そりゃまぁ突然加速したりしないけど、ボール半個も予想からズレたら、どっか変なところへ飛んでっちゃうでしょ?当たり前じゃないですかやだー」
「……ああ、まあ……」「なんだろう。何か、こう」
「正論を言われているのに、何か納得できないような……」
また、視線のいくつかが俺の方を向いている。何か言ってやれ、という視線のような気もするが。今の山崎は別段おかしな事を言っているワケじゃないしなぁ。
「はい。いくつか、よろしいでしょうか」
「発言を許可しましょう」
一休こと安藤が、姿勢よろしく手を挙げていた。
「それは、『飛ばせない』という事でしょうか?」
「当たり所が良ければ飛ぶわね。ただ、狙って飛ばせないだろう、それだけ」
「それには『木製バットだから』という理由もあると思われますが」
「もちろんね。金属バットみたいに当たり判定が広くないから」
「相手がナックルボールを多用して勝負してくる、という状況が予想される明日の試合に限り、金属バットに戻して打撃する、という選択肢は」
「 無い 」
ありがとうございます、と言って頭を下げる安藤だった。
そしてまた視線のいくつかが俺の方向に向けられるが、俺は何も言わない。そしてそれは当然ながら、俺も明日は今までの試合通り、木製バットを使って打撃に臨む、という事を意味している。
「ウチの野球部の芸風として、『 楽しくプレー 』出来なかったら意味ないでしょ。もちろんチームとして勝利を目指すために、泥臭い作戦を使う事は、当然ながらある。でもね、こういう駆け引き無しの勝負に……少なくとも、あたしがそう感じる対決姿勢から、逃げるような事は論外というものよ。それは、あたしが、楽しくない。……だから、明日の試合で、あたしや悟に全球、最高のナックルボールを投げまくってくれるというなら、それは大歓迎!!というものでしょ?!」
そんな山崎の言葉を聞いて、何となく仲間達から『納得した』という空気感を感じる。
「まぁ、飛ばすのが難しいっていうだけで。まったく打てないワケじゃないし。ピッチングトンネルが同じくらいの球を投げてきても、あたしと悟はナックルかどうかくらい、すぐに判断できるからね。スタンドに放り込めなくてもランナーさえ出てれば、ホームに返してやれるくらいの打球は、ある程度打ってやれるから」
と、そこまで言って、山崎がこちらを見る。『続きを言え』と言わんばかりの視線。
「……あー、つまり。問題は『その他の皆さん』が、ちゃんと打って塁に出られるか、という点だと。山崎は言いたいみたいですよ、皆さん。皆さんの打席にも、当然ながら投げて来ますからね。当たり前だけど」
「「えぇ――」」「「えええ――」」
俺の言葉に、イヤそうな鳴き声を上げる仲間達。勝敗の行方は君たちにかかっている、とか言われて。奮い立つほどに闘志みなぎる連中でもない、という事だ……基本的に、メンタルコントロールが他人任せなんだよなぁ、ウチの連中。
3年2年は去年の夏の甲子園で、満員と言っていい大観衆に囲まれた経験もあるし観客や舞台のプレッシャーで体が硬くなる事もないと思うけど。『キミらが何とかしろ』と言われるのには、慣れる事が無いのかもしれない。
「ま、そういう反応は予想してたわ」
山崎がマネージャーを手招きして、差し出されたタブレットを受け取る。
「そんな皆さんに、これから『 ある種の究極の打撃 』の参考動画を見てもらいます。これでキミたちも、明日のヒーローだ!!なんと見るだけで明日の打率アップ!!するかもよ!!」
うさんくさい催眠商法みたいな事を言い出した山崎。ちょこちょことタブレットを操作して再生する動画を探している。
――と。その時。
『……あの……平塚先生、よろしいでしょうか』
コンコンコン、とノックの音が響いた後。
控えめな声に続いて、部室のドアが細く開かれる。
聞き覚えのある声。たしか教頭先生の声、だったと思う。
「あ、はい。何でしょうか?」
「……すみません。平塚先生と……山崎さん、北島くん。ちょっと、お客さんが」
……??お客さん??インタビューとかなら、すでに終わったし。明日の決勝戦を控えて、こんな変な時間に訪ねて来るようなスポーツ記者とか、居ないと思うんだけど。
「お客さん、ですか?」
「……ええと……F県テレビの、局の関係者の方が、ちょっと、ですね。ともかく、一緒に校長室まで来てください。いえ、ミーティングが終わってからでもいいんですが。ともかく帰宅前に、ちょっと面会を」
室内の一同が、タブレットを持った山崎に集まる。
今日の練習は終わり、シャワーも着替えも終わってミーティングもほぼ終わり。おそらく山崎の訓示みたいなものが終われば、今日は解散。山崎が用意していた『謎の動画』を見て解説を聞けば終了。たぶんそんな感じだ。つまり山崎の判断待ちである。
「――じゃ、これは明日にしましょうか。練習が必要なモノでもないし」
と。わずかな謎を残して、今日の部活動は終わった。
本当に見るだけで打率がアップする動画ってあるのかなー、などと仲間達が話しつつ、部室から去っていく。そんな仲間を見送り、消灯した部室に施錠して、平塚先生と教頭先生は歩き出した。
「なんの話かな?またコメンテーターの仕事かな?」
「明日は決勝戦だから、それは無いだろ」
そんな会話をしつつ。腹減ったな、何の話か知らないけど早く話終わらないかな。晩飯何かな。などと思いながら、先生の後について行く俺達。
「お腹減ったねー。校長室に、お高いお饅頭とか置いてないかなー」
「やめれ。余計に腹が減るだろ」
とにかく早く帰って晩飯くいたい。
そう思いつつ校長室に向かう俺達なのだった。
※※※※※※※※※※※※
――校長室に着いた俺達が解放されたのは、それから約2時間後のこと。
状況説明による時間経過とともに機嫌が悪くなってゆく山崎を見て、ひたすら頭を下げまくっていたテレビ局の人達だったが。それは状況説明だとか今後の対応だとか謝罪だとかの内容が気に入らないのではなく、空腹が加速度的に進んだためだ、という事を俺は知っていた。
――最終的に和菓子洋菓子の詰め合わせの大箱を何箱も手に入れた山崎(と俺)は、ちょっと上機嫌で家に帰って行った。当分の間、おやつに困る事は無いだろう。
世間的にテレビ局の仕事がどうだったか、という話は俺達には本当のところ、よく分からない話だ。しかし山崎の素のバカ話で高級菓子が山盛りもらえるなら、またこんな機会があってもいいんじゃなかろうか、と。山崎じゃないけど、くだらないトークで報酬がもらえるようなバイトが転がり込んで来ないかなぁ、などと考える俺なのだった。
年末の雑事が迫ってくる今日この頃。とりあえず少しでも更新しておかねばと思い何とか。
次回はもう少し早めに。少しばかり気長にお待ちくだされば、と思います。どうか御容赦をば。
それはそうと毎度毎度の誤字修正機能の活用など、まことにありがとうございます。今後ともゆっくりとお付き合いくださいませ。当作品は読者さまの優しさで支えられております。




