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100 比類なき偏る解説

なんかトータル111話目で閑話以外で100話目らしいんだけど特に何もなかった……

 とある高校の、日曜の昼過ぎ。

 最も暑い時間の運動を安全のために避ける、という名目で部活動をサボ……中断している学生たちが、風通しのいい格技館で、テレビの高校野球中継を見ている。

 正確には、CMが終わるのを、じっと待っていた。このCMが終わった時、我らの県の地方テレビ局が、音声切り替えミスに気付いて正常な放送に戻っているか、それともミスに気付かず、楽しい放送事故がまだ続いているのかどうか。そこが気になっているのだ。


 もちろん、楽しい放送事故が継続されているのを待っている。学生だから当然だ、とも言える心理だった。そして地方企業のCMが普通に終わると、再び放送が始まった。夏の全国高校野球選手権、我らが県の県予選、準決勝の第二試合の続きだ。


『………………』


 解説の声が、無い。もしや、完全にマイクの音声関係がダメになったのか。学生たちの間から、ざわめきが漏れ始めた時。わずかな音を聞きつける。


『……サクッ……シャリ……』

『……シャリ……ガリ……』


 えっ何、これ何の音、と。そう思った次の瞬間、回答は示された。


『……んはー。やっぱ、夏はソーダ味よね!!』

『炎天下のゴリゴリ君は、たまらんなぁ』


「「…………」」「「こいつら……ゴリゴリ君を食ってやがった……」」

 思わず、そんな言葉が出てしまう、テレビの前の学生視聴者達。


 なお、映像としてはCM中のプレーの解説なのか、放送席の映像が入ってしまっている。島本監督が(CV:山崎 桜)、そして東田アナウンサーが(CV:北島 悟)という感じで話している風になってしまっているので、声の不自然さを差し引いてしまえば、まるで実況席の二人がアイスキャンデーを食べながら実況しているようにも幻視できる、そんな不思議な光景となっていた。


「いい環境の実況だな!!」「炎天下でプレー中の選手を前に、けしからん」

「俺もゴリゴリ君くいてーなぁ」「誰か買ってきてくれるヤツいねぇ?」

 テレビの前では、そんな声が上がったりしていた。


 もちろん、本物の実況席に座っている二人は麦茶くらいしか飲んではいないだろう。アイスキャンデーを食べたりしているのは観客席で余裕ぶっこいている、KYコンビを含めた学生観客の面々だ。おそらくは試合後の御褒美という事で、アイスの差し入れ等が弘前高校野球部の部員に配られていたのだろうと思われる。日よけの無い観客席なら、このくらいは別におかしな事ではない。単に映像と音声が変に合成されているだけなのだ。


『……さーて、まずはエース竹内さんに、どこまで投げさせるか』

『そりゃ、得点されない限りは続けさせるだろ?』

『竹内さんを可能な限り長く使うためには、あまり続けて投げさせてはダメよ』

『どういう事だ?』


 画面は試合中の選手の様子に切り替わり、どうやらアイスを食べ終えたらしいKYコンビの二人が、試合の解説を始めていた。正確には観客席で試合を観戦しながら感想を口にしているだけなのだが。


『竹内さんは左投げのサイドスローだし、男子と比べて遅い球速に変化球が加われば、けっこう打ちづらくはできると思うけどね。それも慣れの問題よ。まともにいけば、2巡目からはバンバン打たれると思う』

『相手が相手だしなぁ』

『基本的に、同じ球種、同じ速度の球を、同じバッターには2度と投げないような組み立てが必要ね。継投策を最高に活かすためには、そのくらいしなくてはいけない』

『しかしカットである程度の耐球をするっていう手段も使えるだろ』

『だからこその、あの1年生軍団ね』

『どういう事なんだ山崎』


 どういう事なんだ山崎、と。口にしたり心の中でつぶやく、テレビの前の学生視聴者達。あちこちでリレーされているのは、学校前のコンビニへ買い物に出かけるための注文票のようなものだった。どうやら何人かが手分けして、次のCMの時間に買い出しに出かけるようだ。


『外野の三人だけど、基本的にリリーフタイプなのよ』

『立ち上がりの速いタイプって事か』

『投球練習だけで、ほぼ全開で投げられるようには調整してるはず』

『投球的なスタミナは無いが、決め球がある、っていう事か』

『そういう事。もちろん、弱点はある。作戦上の弱点ね』

『作戦上の弱点?』

『雲雀ケ丘の今日の守備は、外野が特に弱い。外野へ飛ばさせないための手段は二つ。打者を三振に切って落とすか、それとも凡打を打たせて内野で処理するか』

『そりゃそうだな』

『しかし雲雀ケ丘のピッチャーの投球速度は比較的遅く、かつ、スタミナもそれほどではない。つまり、慣れれば見切られやすく、かといって球数が少ないため、遊び球をあまり使えないという事よ。特に、ワンポイントリリーフの場合はね』

『……ボールカウントを取られるような球は、かなり少ない……意図的には投げて来ないって事か。当てられない所へ投げてくる事が少ないとなれば、狙いがハマれば厳しい事になりそうだな』

『それもあって、絶対に球筋に慣れさせる訳にはいかない。だから――』


 ――ここで突如として画面が切り替わり、県内の地方企業CMが流れ始めた。もっとも何の前触れもなく切り替わったように見えたのは、単に正常なアナウンスがされていないというだけの事であるのだが。


「「あぁ――もう!!」」「「いいところだったのに!!」」

「しゃーねえ!!買い出し行け!!」「5分でな!!事故るなよ!!」


 数名がメモを持って、ダッシュで格技館を飛び出して行った。全力疾走のトレーニングと言えなくもない。帰りは荷物のオマケつきというハードなものだが、二人一組で走らせているところを見ると、ある程度は事故防止の事を考えているのだろう。もっとも、心配しているのは人間ではなく、荷物アイスの方かもしれない。


 ――そしてCMが終わる直前に買い出し部隊が汗だくになって戻ってきた時、ちょうど試合の中継が再開された。買ったアイスが配られる中、相変わらずの解説も再開された。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 イニングが進み、2回表、ワンアウトでランナー二塁一塁。

 ここまで互いに無失点。だが雲雀ケ丘としては先取点を奪われる可能性が非常に高いピンチの場面。そして1回の表も無失点に抑えたものの、ランナー二人を出すというギリギリの状況。つまり、打者はすでに一巡し、雲雀ケ丘エースの竹内投手の球筋に、早くも慣れてきた明星打線が火を噴くか、という危機的とも言える状況だった。


『……ここね。とりあえずライトの緒方さんをピッチャーとチェンジ』

『……おい、本当にライトとポジションチェンジしてるぞ。なぜ分かった』


 ホントそれな、と。アイスを開封するテレビの前の視聴者も思う。


『なに、簡単な推理だよ。ワトソン君』

『お前はいつから名探偵になった』

『ある意味で当たり前ではあるけれど、雲雀ケ丘としては得点が難しい以上、1点もやれない。今現在、二塁一塁にランナーがいる以上、守備スキルが高く、肩の強い竹内さんをライトに入れるのは順当な判断ね。ちなみに緒方さんはシュッとしたイケメン系の宝塚風女子で、去年の田中さんのポジションに収まるとウワサされている注目株よ』

『最後のやつ、重要な情報だったの?何の注目株なの?』

『そして緒方さんにはリリーフ投手としての決め球がある』

『さっきの質問はスルーかよ』

『決め球以外にも、嫌がらせポイントはあるけどね』

『そのポイントとは』

『すぐに分かるわ』


 投球練習を終えた緒方投手が、打者に対して第一投を投げる。その投球フォームは、さきほどまでの投球練習をしていた投球モーションとは違っていた。


「「「右サイドだ――!!」」」


 テレビ視聴者から声が上がる。さっきまでの投球練習は斜め上から腕を振り下ろす、よくあるスリークォーターの投球フォームだったが、今はかなり体を低めにしての、右サイドスロー。交代前の竹内投手が左サイド投げだった事を考えれば、左右真逆の角度からの投球という事になる。しかも投球姿勢も低く、打者からの感覚がかなり狂わされるであろう事は、去年から県内で増殖している、にわか野球ファンでも容易に想像できた。


 そして。


 コキィン、と。明らかに浅い打撃音とともに、ショート前へと遅い打球。それを軽々と処理したショートは素早く正確に三塁へ送球。サードはそのまま流れるようにして二塁へと送球し、キレイにダブルプレーが決まった。


『フフフ。キレイに決まったわね』

『――おい!!今のは!!』


 笑う山崎。驚く北島。明らかに、今の投球に何かがあったと思わせるリアクション。だが、テレビ前の視聴者には、それが何なのか理解できない。固唾を呑んで、あるいはアイスを口に運ぶのを中断して、二人の解説を待つ。


『あれこそが、緒方さんの決め球よ』

『ナックルボールじゃねーか!!』


「「「なんやてぇええ?!」」」

 視聴者から声が上がる。

 かなり有名な、『 魔球 』としても知名度の高い変化球。それを雲雀ケ丘の1年生女子投手が投げた。そして即座に成果を上げた。その事実に対する驚きの声だった。視聴者が驚きの声を上げる中、テレビ画面では、さっきの投球がスローモーションで再現されている。


「おお……横にすべった後に、落ちた……か?」

「まさに魔球だ……」「雲雀ケ丘の緒方……覚えたぜ……」


『ふっひっひっひっ。サイドスローからのナックルボール。たとえ低速始動だとしても、高校生にはそう簡単に打てまいて』


 また、テレビからは悪そうな笑い声の解説……ではないコメントが流れていた。解説だったら公平な立場での発言をするべきなのだが、今現在のテレビ視聴者が聞いているのは、解説のような体を装っている感じになってしまっているだけの、学生観客の感想である。そして次の瞬間、北島の落ち着いた声が聞こえてくる。


『――なるほど。そういう事か』

『……あら。何が分かったのかな?悟』

『最初から、おかしいとは思っていたんだ』

『最初から、ですって……?』


 何やら寸劇が始まっていたようだった。


『思えば、対戦相手とガチでやり合う事を無上の喜びとしている野球バトルジャンキーのようなお前が、ウチの1年の特訓に余裕を作ってまで、雲雀ケ丘に遊びに行っていたというのが、そもそもの疑問だった』

『……女子野球友達なんだから、不思議じゃないんじゃないかしら?』

『他にも不可解な点はあるぜ。まあ、口調から気づいた事だが……妙に雲雀ケ丘の内情に詳しいところ、とかな』

『……会議室アプリで、しょっちゅう話をしてるし?』

『彼女らの技術面やシフト構成なんかで詳しすぎるだろ』

『……言いがかりの範疇じゃないかな』

『極めつけが、さっきの一言だ。【 あれこそが 】と言ったな』

『………………』

『雲雀ケ丘野球部も、甲子園出場を本気で狙っている。いくら友達とはいえ、ライバル校の有力打者であるお前に、新しい球種を教える訳がない。真っ当な流れとしては、試合で初めて披露して、ドヤるのが当然というものだろう』

『……それで、何が【 分かった 】のかしら?』

『ただ遊びに行くだけじゃなく、【 技術指導 】をしていたな?』

『………………』

『正確に言おう。あのナックルの投げ方を教えたのは、お前だな!!山崎!!』


「「「えええええええええええ!!!!」」」


 テレビ視聴者の口から、一様に驚きの声が上がる。

 そしてよく聞けば、テレビからも小さく「「ぇぇぇぇぇ」」という声が聞こえてきていた。おそらくはKYコンビの周囲にいる弘前高校野球部の声だろう。


『……ふふふふふ……はぁーっはっはっはっ!!』


 テレビから、山崎 桜の高笑いが聞こえてきた。


『どうやら言い逃れは効かなそうね、高校生探偵君』

『これって、実は探偵が真犯人だったとか、そういうのだろ』

『まあそんな事はともかくとして』

『流すんかい』

『あたしが手塩にかけた、我が雲雀ケ丘女子野球部!!簡単には勝てぬと知るがよい!!』

『お前いったい何なのさ』



 最後に北島が言った一言は、テレビ視聴者の心に浮かんだ言葉と、まったく同じものだった。


 わざわざライバル校の戦力を強化するために出向いて技術指導をする高校球児など、全国中探せば他にもいるかもしれないが、普通に考えてレアすぎるにも程がある。そこにはどんな思惑があるのか、いったい何を考えてそんな事をしたのか。そして、山崎 桜が技術指導をした結果とは、緒方投手のナックルボールの事だけなのか。


 その疑問の答えは、今後の解説にて語られるのかも、しれない。テレビの前の視聴者は、ただ、想いを一つにしていた。


【 どうかテレビ局がこのまま放送事故に気づかないでください 】と。

更新に時間かかってスミマセン。

筆者もビックリ。ちょっと今忙しいからもうちょい後で、今はイライラしてるから妹の方の話でも書いてストレス発散しよう、でもかなりダメな話を書いちゃったから掲載できないなー、とかやってる間に、なんか1か月近く経過してましたのん。本当にビックリです。


何かを計算していた訳じゃないので、文章量が多くはなかったり、以前のように前後編でもないのですが(流れ的にそれっぽくなっていたとしても)いつものように、お気楽に楽しんでいただけたら、と思います。


見捨てないで訪問してくださっていた読者様方には、本当に感謝しております。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。次回更新の速度はもう少し何とかいたしますので、どうぞよろしく。

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― 新着の感想 ―
[一言] ずっと待ってましたよ。更新ありがとうございます。このまま最後まで放送事故でお願いします。
[良い点] 見棄てる訳ないですよ(^_^) 更新楽しみにしてますね。
[良い点] 待ってました!! 今回もとっても面白いです!
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