98 前座
ちょいと急いで投稿しますー
【 F県TV専用 実況席にて 】
バックネット裏に設営された実況席。わずかばかりの日よけの下で、今日の準決勝の実況担当と解説担当の二人が、放送の最終テストを兼ねた、試合直前の実況を行っている。
「――両校のグラウンド練習が順調に進んでいきます。第■■■回、全国高校野球夏季大会、F県代表選抜の準決勝。雲もまばらな快晴の今日、激戦を勝ち抜いた4校が、この県営球場にて明日の決勝進出を懸けて戦うその瞬間が、刻一刻と近づいてきています。解説は惜しくも準々決勝で敗退した、飯坂工業高校監督、島本 和也監督にお願いしています。実況はF県TVのスポーツ担当アナウンサー、私こと東田でお送りします。島本さん、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「お久しぶりですね、島本さん」
「お久しぶりです。……去年までは県のTV中継は、決勝戦だけだったと思いますが……今年は準決勝からなんですね。ついこの間まで知りませんでしたよ」
「はい。前年度の夏の弘前高校の大躍進の影響ですね。一部のネット関係のスポーツメディアでは、2回戦から放送していた所もあるようです。当局では予算と人手の関係で準決勝から、となりましたが。それでもこれだけの予算と放送枠が確保されたのは、当局のスポーツ部としては大きな事件でしたね。視聴率も順調なようです。特に今日の準決勝は全国からの注目を集めるKYコンビを擁する、知将・平塚監督が率いる弘前高校。県下の古豪たる采浜館高校、そして野球名門の明星高校、さらに県下唯一の女子高による参加でありながらベスト4に残った雲雀ケ丘高校と、注目度は抜群ですから。今日の中継の視聴率が最終的にどれだけ伸びるのか、局の方でも注目されていますよ」
「県下の高校野球ファンが増えた、という事はウチの学校でも実感していますよ。一般観客もそうですが、応援してくださる方々が以前よりも多くなりました。ありがたい事です」
「それでは少しの間、両校の応援団の様子を見てみましょう――。スタンドのリポーターへ、カメラをどうぞ」
少しばかりの沈黙の後。
「………………もう、いいですか?」
「はい。スタンドのカメラへ切り替わりました。私達はしばらく休憩です」
「しかし……去年も思いましたが、甲子園の実況席をマネているんですかね、ここ。壁なし、むき出しの実況席って……日よけがあるだけマシですが……」
「給水はこまめにお願いします。それと……事と次第によっては、島本監督には明日も解説をお願いする事になると思うので、そこもよろしくお願いします」
「ええ、話は聞いています。しかし……慣例通りというか、例年通りなら、準決勝で負けたチームの監督のいずれかが、決勝の解説を担当するはずですが、なぜ私に??」
「それがですね、弘前高校と、雲雀ケ丘高校……いずれの監督も、『解説は務まりそうにないので、試合に負けたとしても辞退させていただきたい』との返事を、すでにいただいていまして……」
「雲雀ケ丘の監督は、まあ……話によれば、顧問を受け持っているだけの先生という話ですからね。しかし、弘前高校の平塚先生までですか? 充分に解説ができそうだと思いますけれど。……いや、じっくり考えるタイプみたいですから、試合のテンポに合わせてしゃべるのが難しい、と判断したんでしょうか」
「正直、今日の準決勝の学校の監督でいけば、明星の藤田監督が最も適任と思うんですけどね。雲雀ケ丘が明星を下す結果になると思いますか? 島本さん」
「それは……難しいでしょうね。順当にいけば、地力の差で明星が勝ちあがるとは思いますが……これは私に限らず、大方の予想もそうなってますよ。そして、今日の第一試合も、弘前高校が勝つと……あの、ですね。采浜館高校の、等々力監督は……」
「……その場合、実況9割7分、解説3分という感じになるかと」
「厳しいですか」
「あまり的外れな事を言われても困りますし、当局としても解説者に恥をかかせるような事はしたくありません。……それに、実況解説がネタとして、どこかのSNSで炎上爆発しないかと心配になります」
「そこまでですか」
「私もスポーツ担当として、何度か采浜館には取材に行ってるんですが……まあ、個人的な感想……ですけどね。今日の試合も何かこう、悪い方向で予想を外すような采配をするのではないか、と心配で」
「……采配が逆方向にハマって、弘前高校打線に蹂躙されるような?」
「表立っては言えませんが、何だったら7回までのコールドゲームで弘前高校の勝利に昼飯を賭けますよ。うな重二段重ねでどうですか」
「それ実況中には、絶対に言わないでくださいよ……それに私も弘前高校が勝つと思ってますので、賭けは成立しませんな。今年の弘前高校は打撃力の維持はもちろんの事、守備の連携能力の向上に加え、1年生を中心にバント関係の小技も身に着けてきている。KYコンビを除いたとしても、互角以上にやりあえるでしょう。順当にいったら采浜館高校の勝利は難しいでしょうね。ウチの野球部がやっても、普通に勝てると思いますよ。賭けるとしたら、采浜館高校がどれだけ健闘できるか、という方向でやった方がいいでしょうね」
「それだ!……やっぱり、解説は島本さんが適任ですよ」
「いちおう予定は空けてあります。あとは試合の結果次第で」
実況席の二人がそんな会話をする間にも両校のグラウンド練習は終わり、審判の合図とともに選手が集合、礼を交わして試合が開始された。本日の第一試合、弘前高校と采浜館高校の試合である。第一試合の開始時刻から試合が完全に終了するまで、『完全生放送』と銘打って放送が開始された注目の試合は、弘前高校の攻撃から始まったのだった。
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――――おおおおおおおお
三塁側スタンドからの弘前応援団の応援に加え、外野を除いてほぼ満席の観客席から、試合を見守るほぼすべての観衆から、大きな歓声が響いた。示し合わせたわけでもないのに、誰もが同じように声を上げる。その理由は明白で、今日という日の試合を観るために集まってきた高校野球ファンであるならば、にわかか否かという点に関係なく、話題となっていたネタが目の前に現れたからだ。
【 KYシフト 】という呼称が固定されつつある、変則的な守備シフト。内野、外野のいずれもが極端にライト側へと移動する守備シフトだ。弘前高校の第一打者、山崎 桜がバッターボックスに入るのと同時に、采浜館高校の守備陣が素早く移動していく。
弘前高校の主砲である山崎・北島への対策として、飯坂工業高校によって編み出され、前回の試合で運用された結果、山崎の最終打席への失投を除いてKYコンビ両名の本塁打を完全に防いでいる上、ほとんどの打撃をシングルヒットに抑えている守備シフト。弘前高校を相手にしなくてはならない多数の高校野球部においては、最新のトレンドワード扱いされているシフトでもあった。
開始直後から絶好の舞台が始まった。
スタンドのいずれかを問わず、観客のボルテージは急激に上がっていった。
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【 F県TV専用 実況席にて 】
「……これは……ウケていますね。観客すべてが、采浜館の守備シフト形成に歓声を上げています!! 弘前高校のKYコンビと言えば、現在の高校野球界での全国トップと言って過言ではない選手ですから、この両選手に対する『専用シフト』となれば、話題性抜群なのは分かります! 島本さん、このシフトの生みの親としては、どう思われますか?」
「……うーん……アレ、大丈夫かな……いや、全然大丈夫じゃないな……」
「えっ? ――おおっと、第1球、大きく外へ外れた。捕球もギリギリです……島本さん、『大丈夫』とは? どういう事ですか?」
「ああいえ、今の投球は緊張のあまりの暴投だと思いますが……バックネット裏の実況席から見てると本当によく分かるんですけどね、あの『KYシフト』の肝心な部分、どうも分かってないんじゃないかと……」
「と、言うと?」
「キャッチャーはまだともかく、ピッチャーが、もう分かってないと思うんですよ。アレじゃ一発打たれますよ、きっと」
「えっ?!――第2球、外角低め! 打った――!! 打球ぐんぐん伸びる! センター方向、バックスクリーン脇に飛び込んだ!!
「あちゃー。やっぱり、打たれたかー」
「山崎選手、応援団からの歓声を受けつつ、悠々と塁を回っていきます! ……ところで、島本監督。『KYシフト』の『肝心な部分』について、ですが」
「えー……実況は基本的に公平性を保つ、という事になっていると思いますが……この放送、ベンチでは受信されていませんよね? 規則の上では大丈夫のはずですけど」
「あ、はい。問題ないはずです」
「こういうのは、試合中の当人は『自分で気づかないと』いけませんからね……。あのですね、あの『KYシフト』ですけど……シフト自体は、ただの守備シフトに過ぎないんですよ。肝心なのは、『投手の制球能力』なんです。ウチの学校も采浜館と戦う可能性を考慮して、采浜館の投手の解析はやってましたけどね。手前みそになりますが、ウチの山根を超えるような、ボールコントロールの職人はいなかったと思いますよ」
「つまり……今、打たれたのは『 失投 』という事でしょうか」
「それは、『やるべき事を理解した上での投球』という前提条件がつきますね。ですが……単にマウンド上のピッチャーを見ているだけでも、第1球の投球を見ても何も言わなかった……もうじき第2打者が出ますが、伝令が無いから間違いないと思いますが……采浜館ベンチの様子を見ても、間違いないでしょう。たぶん分かってませんよ」
「うーん……特別にミスがあったようには、見えませんでしたが……」
「KYコンビに『ライト方向へ打ってもらう』投球としては、全然ダメでしたね」
「はい、弘前高校第2打者、西神選手がバッターボックスに入ります。島本さん、今の話の続きはまた後で、お願いできますか? 話しても問題なければ、ですが」
「はい。おそらく4番打者の北島選手の時に、『分かってない』事が確認できると思いますよ。あくまで解説としての見解ですが、第1打者の山崎選手と同じような投球をすれば、場合によってはレフトスタンドに打球が飛びます。少なくとも4番までは打席が回る事は確定してますからね。続きはその後で」
「――打った!!打球は右中間、ライトとセンターの間!!西神選手は1塁でストップ。余裕を持って出塁です!!」
「置きにいったボールを打たれた感じですね……想定外の一撃で、動揺しているのかもしれません。想定外……なんでしょうね、たぶん」
「采浜館としては、まずはランナーを一人でも少なくしたいところ。ですが1塁ランナーの西神選手、リードは小さく走る気配はまったくなし。着実にランナーをためる雰囲気を感じます」
「対する弘前高校は、いつも通りですね。開始直後に精神的なアドバンテージを得てリードを得る、というのは弘高野球部の常套手段です。精神的に持ち直せるかどうかで、序盤の流れが決まりますよ」
※※※※※※※※※※※※
そして、ノーアウトでランナー2塁1塁。4番の北島がバッターボックスに入ると、再びスタンドから大きな歓声が上がる。
三遊間にはサードのみを残し、レフトも空け、二遊間とライト方向へと人を集めるKYシフト。ピッチャーはベンチの監督をチラリと見て、バッターへと向き直る。
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【 F県TV専用 実況席にて 】
「おおっと、采浜館高校、再びKYシフトです。ピッチャー、サインをよく確認して……」
「――ダメだこりゃ」
「ええ?!まだ投げてませんよ?!」
「投げなくても分かりますよ。めちゃくちゃ遠くに投げない限り、たぶん一撃浴びます」
実況と解説が、そんな会話をしている間に。ピッチャーが第一投を投げ――
「打ちました!!打球は、センター方向!!これは、スタンド入るか――」
「『レフト寄りのセンター方向』ですね。つまり、シフトがほぼ役に立っていません。采浜館が『よく分かってない』事の証明です……残念ながら」
「……スタンド入りました!! これでノーアウトで4点! KYコンビの二人を軸にした、いつもの弘前高校打線が炸裂しています。えー、……采浜館のKYシフト……投球が『 間違っている 』という事でしたが、飯坂工業高校の投球と、どこに違いがあるのでしょうか?」
「細かく解析した関係者なら、だいたい気づいているとは思うんですが……基本的には、山崎・北島の両選手の『 体格 』に合わせて、バットが届くギリギリの距離で、低めいっぱいに投げてるんですよ。ただし、『ボールの入射角』に、充分に注意してね」
「入射角、ですか」
「基本的にはボール球です。ですが、当てられない事はない。だから打ちに来てくれるんですが……入射角を間違えるとね、飛ばせてしまうところを通過してしまうコース……ボールの軌道を通過する可能性があるんです。ほんの一瞬だとは思いますが。簡単に言うとですね、この投球術において、右投げの投手がギリギリの軌道を攻めるには、【 オーバースローで 】【 ベースプレートの左端から 】投げるのが最低条件になるんですよ。もちろん、ピッチャーから見ての左端です」
「……クロスのラインは駄目だ、という事ですか?」
「はい。角度が大きく、速いクロスラインのボールが打ちづらいのは、打者の視界における単位時間あたりのボールの横変化が大きくなるため、軌道が読みづらくなるのが利点なのです。ですが、あの二人に関してはあまり意味がない……少なくとも、ウチではそう判断しましたよ。あの二人は、ボールを『どこで打てばいいのか』という事を理解して、スイングを柔軟に変化させている、とね。ボールの軌道を瞬時に判断して、どの場所で当てればいいか……これはストライクゾーンの話じゃなく、『どの地点ならバットの芯に当てられるか』という……ちょっとワケの分からない判断の話です。信じられないかも知れませんが」
「……およそ、高校生のレベルではないという事だけは、分かります」
「細かく説明しようとすると、図が必要になるんですが……とにかくですね、少しでも『バットの芯が当たる軌道』を、ボールに通過させてはいけないんです。要は『物理的に飛ばせないけれど当てられる場所へ投げる』というのが理屈です。理想は完璧なコントロールができる左投手に、外角低めへ投げさせる事ですよ。あいにくウチの投手陣では技術的に可能な左投手がいなかったので、オーバースローで、プレートの左ギリギリを踏んで投げるようにさせましたが……采浜館の主力投手は皆、右投げでしょう??あんなプレートの右寄りを踏ませている時点で、いつ打たれてもおかしくありませんよ。投球角度も安定していないというか……あれじゃ、バットが物理的に届かないボールを無視されるか、当たる軌道に入ったボールを狙われるだけです。とてもギリギリを攻めているようには見えませんね。打球がどこへ飛んでもおかしくはない」
「そういう理屈でしたか……では、あのシフトは?」
「右打者へ向けて外角低めギリギリいっぱい、打者に近い位置でバットの先端に引っ掛けさせたら、もう打球は右方向にしか飛びませんよ。基本的には『打ってこい』という、挑発の意味合いで採ってるシフトですし、『当たってもここら辺にしか飛ばない』ようなクソボールを、わざわざ打ってもらってるだけですから」
「そうだったんですか?!」
「そして、職人芸レベルの制球力を持った、ピッチャーのボールコントロール頼みの作戦です。失敗したら一撃もらって当然、くらいのリスクを背負ってやって欲しいですね。投球の肝心な部分を理解してなければ、どうなる事やら」
「…………采浜館の、等々力監督は……」
「判断が問われる場面ですね。押さえるべきポイントに気づいて指示を出すか、あきらめて敬遠策でも採らせるか。あるいは選手の自由裁量に任せるか。中途半端がいちばんいけないでしょう」
「……今後の状況を、見守りましょう」
※※※※※※※※※※※※
――結果。
準決勝の第一試合は、【 弘前 19 ― 2 采浜館 】という、17点差による5回コールドという結果に終わる。
試合の消化速度はほぼ予定時間通りであり、グラウンド整備や大会運営関係者等の昼食休憩を挟み、第二試合は予定通りの時刻から開始される事となった。
また、今日の中継を見ていた関係者、または資料映像として録画していた関係者を中心にして、『 KYシフトの仕組みと実効性 』『 物理的優位を心理的な駆け引きにどう紐づけるか 』といった議題で、あらためて技術検討会、討論会のようなものが各所で行われる事になったという。
――また、采浜館高校の試合内容、特に監督の采配などに関してコメントを残そうとする人は、ほぼいなかったらしい。それが憐れみの気持ちによるものか、身代わりになってくれた者への感謝の表れだったのかは、謎のままである。なお、采浜館高校の等々力監督は、試合後のインタビューにおいて、次のように語っていたという。
「全部わかりました!!次は勝ってみせます!!」
――以上が今年度の夏のF県予選、準決勝の午前に行われた第一試合。県内の一部高校野球ファンの間で『 前座 』と呼ばれる事になった第一試合だった。
だいぶ遅くなりました。前にもやったような、引きだけの回みたいな。でも次の回はまだ書きあがっておりませぬ。少々お待ちください。
ちょっとチェック甘く投稿していきますので、不具合があれば順次修正していきたいと思います。お気楽な気持ちで読んでいただければ幸いです。誤字など発見されましたら、余裕のある範囲で連絡などお願いいたします。
暑くて余裕が出ないんじゃよー。とか言い訳してみる。寛容な気持ちで、のんびりお待ちくださいませ。




