97 週末の試合に向けて(ほか3校の様子)
途中まで采浜館を忘れてたとか、そういう事なかったです。
週末の土曜、日曜の準決勝と決勝戦を控え、今年の夏のF県4強が、最後の追い込みと調整を始めていた週初め。弘前高校では変化球打ちと150キロオーバーの速球打ちの打撃練習のおさらいとして、『金子くん』『桑田くん』『未完の最終兵器・改弐』との打撃練習を中心とした練習を行っていた。打撃偏重スタイルと言われる弘前高校野球部の現行スタイルらしい練習風景と言えた。
一方、明星高校のグラウンド。打撃練習場では。
『――くっ!!』
ピッチングマシンから放たれた高速弾を空振りする、明星高校ナインの姿があった。規定回数ごとに、バッティングセンターのように交代で練習を行っている。全員がそうではないが、レギュラーメンバーが中心となって、一台のピッチングマシンで練習を行っているようだった。その少しだけ無骨な作りのピッチングマシンには、幅の広い蛍光テープが貼られ、マジックで文字が書かれている。
【 仮想・山崎1号 】
蛍光テープには、そう書き込まれていた。
「……さすがに、こいつは慣れがいるな」
「アレ、何キロ出てるんだ??」「ギリ150キロくらいだったはずだ」
「160キロ台は出ないのか??」「普通のヤツでもなかなか無いぞそれは」
「機械でジャイロを投げさせるのにも、無理があるみたいだしな……」
順番待ちをしながら、それぞれに会話を交わす選手達。会話をしながらも、発射されるボールの独特な軌道を見て、人間が実際に投げた時のイメージを作り上げる。
目の前で稼働しているのは明星高校野球部で特別に購入し、つい先日に稼働を始めた、世にも珍しい、ジャイロボールを投げられるピッチングマシン。それの高速チューンナップ版という特別仕様機である。
県大会を勝ち抜くために特別に購入が決まり、納期が遅れに遅れた末、ようやく納入されたマシンだった。ジャイロボールを投げるピッチングマシン、というのは、とある中小メーカーの社長が『半ば趣味で』作って販売していたものだが、『ジャイロボール以外は投げられない』という仕様的な欠点がある機械だったため、『そんなもん何に使うんだ』と、発売以降、まったく売れなかったらしい。
――だが、今は少数ではあるが、いくつかの受注販売の実績を上げているらしかった。それも、可能な限りで高速弾を発射できる仕様のモノを。その理由は言うまでもない。
「ある意味、物凄く贅沢なマシンですよね……ジャイロしか投げられないなんて」
「いちおう、ジャイロ回転用の部品を外せば普通のピッチングマシンとして使えるんだよ。まあ、少なくとも来年までは、あの仕様のまんまだけどな。……メンテ費用が高くつくのが、難点なんだが……ボールも傷むし、維持コストが最悪のマシンだよ」
コーチと監督が、打撃練習をしている選手を見ながら、ボヤキにも似た思いを口にしていた。県大会を勝ち抜くための、特別仕様機。ボールの軌道とタイミングに慣れる、という意味では一般の変化球対応のピッチングマシンと変わりないのだが、このマシンは『たった一人のピッチャーを攻略するため』だけに購入されたものだと考えると、苦い思いを抱かざるをえない。将来的には普通のピッチングマシンとして使えない事もないから……という半ば無理やりな理由で、どうにか予算を通したモノだ。明星高校野球部の本気が表れている備品ではあるが、それだけ『弘前高校の化け物』が、厄介極まりないという証明でもあった。そして、『弘前高校の化け物』に対し、正面から立ち向かう覚悟の表れでもある。
「映像では限界があるからな……これで軌道に慣れれば、打てない事はない」
「問題は反応速度と、コースの読みですけどね。ホンモノはもっと速度が速いですし、マシンよりも器用に投げ分けてきますから」
それでも無いよりは遥かにマシだ、と。皆が理解した上で練習を行っている。去年の公式試合……夏の県大会決勝、そして春先からこちらの練習試合では、山崎の高速ジャイロにまともに当てられた打者は、ただの一人もいなかった。この現状を打破しなくては、また肝心なところで山崎に、完全に抑えられてしまう。あの『化け物』への、苦手意識を払拭するためにも、この特別仕様機は必要なモノなのだ。
「問題は……納入が遅れた事で、あまり練習時間が無い事だが。ああ、まったく……他所より、ウチの方が先だろうに。試合の順番からいけば」
「発注順ですからね。予算を通すのが遅れたのが痛かった……メーカーが小さいだけに、生産速度が遅いみたいですから。……ともかく、週末まで無理をしない程度にやらせましょう。疲労がたたって雲雀ケ丘に負けては、元も子もないですからね」
そりゃもっともだ。あの【 仮想・山崎1号 】には、けっこうな元手がかかってるからなぁ。と、また苦笑いを浮かべる。
雲雀ケ丘に勝ち、そして弘前高校にも勝ち、今年の夏の甲子園への切符を手にする。それでこそ元が取れる、というものだ。申し分の無い勝ち方で去年の雪辱を晴らす事で、利子もしっかり取り立ててやらなきゃなと、軽口を叩きながらも選手の様子を真剣に見る二人。
「雲雀ケ丘……悪いチームじゃないが、ピッチャーは並だ。女子の力で、遅い男子選手並みの球速を出すのは、かえって凄いが……2巡目を待つまでもなく、ウチの打線が火を噴くだろう。打点勝負でウチは勝てる。普通にやればな」
「竹内、川埼の両選手とも、球種も速度も、情報は充分ですしね。特徴も掴んでます。今までに練習試合を組んだ事は無いですが、現場のイメージ修正でどうにでもなるでしょう。5回コールドとはいかないかも知れませんが、7回コールドはあり得ます。ウチの投手陣は去年よりも仕上がっているし、打撃陣も申し分無い。攻撃も守備も地力はこちらが上です」
雲雀ケ丘は地力を出しさえすれば、勝てる相手だと、そう評する二人。KYコンビや弘前高校のような、ある意味で非常識な相手でもなければ。そのようにチームを仕上げてきたのだ。
野球名門校と呼ばれ、スポーツ特待枠を持つ私立・明星高校。実力で王座を奪還すべく気合い充分に、本気で最後の追い込みと最終調整を行う姿が、そこにあった。
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そして、雲雀ケ丘高校のグラウンドでは。
「当てるだけじゃなく、飛ばす方向を意識して!!」
「長打が難しいなら、守備の隙間を抜くの!!」
「守備側もキャッチの体勢を考えて!!フォローもね!!」
「「はいっ!!」」
打撃練習と内野守備の練習を兼ねた、打撃中心の練習を続ける、雲雀ケ丘野球部ナインの姿があった。県下唯一の、女子高による夏の全国高校野球選手権大会へのエントリー校にして、今期の夏のベスト4の一角。目立った活躍は去年の夏の県予選からだが、彼女たちの本気さと、その実力を侮る者はすでに、県内の高校野球関係者には存在しない。
学校の敷地の境界を兼ねるフェンスの外側には、偵察部隊と思われる他校生徒、一般の観客、そして数人のスポーツ取材記者の姿が見受けられた。
「……マウンドまでの距離が近いな。ソフトボール並みか」
「ただでさえ、雲雀ケ丘にはマシンもないしな」
「木村の速球打ち対策か……本気みたいだな」
「しかし打撃戦とはいかんだろう。守備力が肝になる」
「明星の打撃陣は、今年も中々だ。それを抑え込めるか……」
記者達から、それぞれの感想が漏れる。去年の夏の県予選、そして山崎 桜のインタビューをきっかけとした、秋季大会以降の注目度。それらによる、これまでの雲雀ケ丘女子の野球部の活躍、実力向上の経緯を知っているが故の、真面目な状況分析によるものだった。そこに『女だてらに、どこまでやれるか』という目線は、もうほとんど残っていない。
これは、山崎 桜、北島 悟のKYコンビを擁する弘前高校が、去年の夏の甲子園、夏の全国高校野球選手権大会で数々の記録と伝説を残し、『大あばれ』と表現するのが最も適切だ、と言われるような無茶苦茶な活躍を見せて準優勝という結果を残した事にもよる。あの弘前高校のKYコンビの片割れ、山崎 桜をして『強敵だった』と言わしめた雲雀ケ丘女子。数多くの練習試合をこなし、県外からの有力校との試合を行った事もある。もちろんすべてに勝利した訳ではないが、負けっぱなしという事でもない。そして、常に勇戦し、試合を重ねるごとに強くなる雲雀ケ丘女子の姿に、魅せられる者も多く存在した。
雲雀ケ丘女子野球部、今年の新入部員を含め、総勢52名。去年の3年生が抜けてなお、その力を大きくした雲雀ケ丘高校最大の運動部の全員が、一丸となって勝利のために研鑽を続けていた。
なお、余談ではあるが……弘前高校ほどではないが、雲雀ケ丘高校の入試倍率も、今年は前年比で若干上がったらしい。伝統ある、品行方正な女学生を育む女子高という評価のほかにも、ある種のブランドイメージを得つつある雲雀ケ丘女子の、この先がどうなるかは……誰も知らない。
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また、采浜館高校の野球部グラウンドでは。
「カバー範囲を理解しとけよ!!速い打球が来るからな!!」
「「はいっ!!」」
いわゆる『KYシフト』を敷いた状態での、右中間への速い打球を捕る守備練習を繰り返し練習する采浜館野球部の姿があった。エースを含む主力投手の二人は、オーバースローからの外角低めへの投球練習を繰り返し行っている。どちらの投手も本来はスリークォーターからの投球が本来のスタイルである。これらが何を目的とした、何に対する対策としての練習なのかは、ここ最近のF県高校野球事情を知る人間から見れば、一目瞭然の内容だった。
「……飯坂工業戦を参考にした、KYシフトの練習か」
「飯坂工業よりも上手くできれば、ひと波乱あるか……??」
守備練習を見ているスポーツ記者から、そんな声が上がっていた。昨年から現在までの戦績、試合の様子やスコアを見た上での、次の試合の予想は『弘前高校の圧倒的有利』という見方が大勢を占めている。しかし采浜館高校の等々力 監督は、笑顔で自信満々なコメントを返してくる。その根拠が『KYシフト』の有効活用だとすれば、このシフトの効果如何では健闘以上の結果も期待できるかも知れない……と、そう思えなくもないと思えるように感じた。
仮に采浜館が健闘の末に敗れようとも、KYシフトの効果によっては決勝戦のチームの作戦にも影響が出てくるだろう。どのような結果が出ようとも、一定の興味を持って観戦できる試合になりそうだと、そう思いながら練習を見守る面々だった。
そうして采浜館高校野球部の練習は、大会中の練習らしく、少し余裕を持って終了した。はたして週末には――どのような結果が出るのであろうか。
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再び、明星高校にて。
「よーし、周り、誰もいないな」
「シート、オッケーです」
陽が落ち、夜間練習時間になった後、明星高校では恒例となった作業が始まる。投球練習場(どこにあっても一括りでブルペンとも呼ばれる場合もある)の、外側から見られる場所に目隠しのシートを張る作業だ。いちおう屋根のある練習エリアではあるが、日中は通気の関係もあって通常の方法で使用している。今から始まるのは、まだ公開したくはない、つまり一般公開前の技術練習、覆面練習、投球テストの類だ。
しかし投手の覆面練習という手段は、国内の試合で行う事はさほど多くない。その理由も、もちろん大雑把には予想できる。おそらくは、エースピッチャーの新球種の類だろう。そしてそれを秘密にする理由も想像できる。事前にバレれば、打たれる可能性の高い相手の存在するチームとの試合が間近に迫っている場合だ。
なお、明星高校のこの覆面投球練習は、春季大会直前からずっと続いている。そしてまだ覆面練習が続いているという事は、おそらくその新球種は、まだ披露されていないのだ。
で、あれば。秘密を守りたい対象は限られる。春季大会に参加しておらず、なおかつ夏の甲子園予選……この夏の県予選に参加している高校。弘前高校の他には無い。
――シートの向こうの練習場から、ボールがキャッチャーミットを叩く音が響く。が、音からはその球種が何であるのか、窺い知る事はできない。
「……さて、あの向こうの『取って置き』は、いつ披露されるのかね」
「雲雀ケ丘の打線次第、じゃないかね」
期待ともボヤキともとれる、そんな会話をかわすスポーツ記者たち。その日も明星高校野球部の練習は、いつものように続けられた。必勝を期した、情熱をまとって。
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そして再び、雲雀ケ丘高校。
「いちおう確認するけど……誰にも見られてないよね??」
「大丈夫です!!」「友達にも見張ってもらってますから!!」
雲雀ケ丘野球部主将、野崎 美琴の声に、元気よく返事をする部員たち。
雲雀ケ丘高校の中庭、旧校舎と新校舎の間のスペースを無理やり利用して作られた、急造のブルペンでは、練習のサポートについている部員といっしょに休憩を取っている、通称『 秘密兵器 』の姿があった。なお、2レーンあるブルペンの片方のレーンでは、申し訳程度の照明の元で、今も別の『 秘密兵器 』が、投球練習を続けている。
「それならけっこう。でも、気を緩めないでね。スポーツ記者も入れちゃダメだからね。マトモな記者なら事情を話せば黙っててくれると思うけど……油断は禁物よ」
「「はいっ!!」」「「肝に命じます!!」」
部員の返事に、大きくうなずく野崎。
「できれば弘前と当たるまでは秘密にしておきたかったけど、相手が明星じゃ、出し惜しみしてる余裕なんか無いだろうし。翌日に試合なら、バレるにしてもまだマシ。次の勝率を上げるために、全員出すからね。仕上がりはいい??松本、緒方、白露」
「任せておいて下さいよ!!気合いで投げ抜きます!!」
「立ち上がり優先で仕上げています。問題ありません」
「はい!!精一杯、がんばります!!」
それぞれに性格の表れる返事を返す1年生ピッチャー達だった。彼女らの返事に満足そうにうなずき、野崎はブルペンに向き直る。
「高山!!無理しないでよ!!ケガだけはしないでね!!」
「わかってますよ。わたしは昼間も普通に投球練習してますし、変化球の練習だけですから」
2年の高山から、落ち着いた声が返ってくる。キャッチャーに目を向けると、軽くうなずきを返してくる。どうやら調子に問題は無さそうだった。
会話の内容を整理するに、雲雀ケ丘女子野球部は次の試合で『奥の手』として、1年生を含めた予備投手を全員投入する作戦を採用するつもりのようだった。普通に考えるなら相当の実力者でもない限り、1年生の投手を重要な試合に投入する事は無いのだろうが。準決勝の継投に起用するあたり、実戦に耐えうる実力を持っている、という事だろうか。
「それにしても、アンタ達みたいな即戦力が入学してくれて、本当に助かったわ」
「いやー、アタシの頭じゃ、今年の弘前は無理そうだったんで」
「甲子園を目指せて、入学できそうなのは雲雀ケ丘だけでしたよ」
「いえ主将、私は雲雀ケ丘が最初から第一志望でしたから!!」
ミキおめー、一人だけいい子ちゃんかよ!!裏切り者には罰を。ちがいます!!別に裏切ってなんかいません!!――などと、たちまちブルペン脇が騒がしくなる。そんないつもの光景を見ながら何となく安心を感じる、主将の野崎だった。
――勝ちたい。でも、相手は明星。どうなるかは分からない。しかし、いずれにしても。悔いだけは、残さない。全力で試合に当たって、そしてゲームセットの瞬間を迎える。それこそが、雲雀ケ丘女子野球部の心意気。前部長の大滝さんから受け継いだ魂だ。そのために、今のチームの持てる力を、すべて出し切ると――そう、心に誓う、野崎だった。
「それじゃ、あと少しだけ流したら、整理体操して今日は終わり!!明日の練習に疲れを残さないようにね!!かすり傷以外のケガは、絶対禁止!!」
「「「はいっっっ!!」」」
元気よく返事を返す部員達。
決勝進出を賭けた土曜日の試合まで。もうあと、わずかな時を残すのみ。球児たちの熱い夏が、いよいよその熱さを増していくのを実感せざるを得ない、とある夏の日の一幕。
お互いの思いを交わすその時まで、時は静かに、過ぎてゆく。
後から急いで書き足したという事もないです。
それはそうとして、毎度の校正チェックありがとうございます。ミス無しを目指してがんばっていこうかと思っております。今後とも寛容な気持ちでよろしくお願いいたします。
ギリギリいつもの時間に更新なんとかなりそう??ダメかな??→ダメでした(あきらめ)。
まだ少しあちこち修正の余地がありそうな気もしますが、細かい修正は後にします。とりあえず更新で。




