96 週末の試合に向けて(弘前高校)
あまり間隔が開かないうちに投稿ー
「やっぱ明星だろうなー。でも、もしかすると分からないよな雲雀ケ丘も」
「明星ほどじゃないけど、準全国レベルの学校は倒してるみたいだし」
「ピッチャーは3年の竹内さんだったよな。去年の試合で投げてきた左の人」
練習の合間の休憩時間に、そんな会話が俺達の間で交わされている。決勝に出てくるのが明星にしろ、雲雀ケ丘にしろ。それは日曜の決勝戦であって、まずは土曜日の采浜館高校戦を勝ち抜かねばならないのだが――
「なー山崎、お前って雲雀ケ丘の子達と仲いいんだろ??どんな感じ??」
「いちおう竹内さんがエースですね。身長も少し伸びて体も少し大きくなったんで、その分パワーも増してるみたいですよ。でも控えの川埼さんも実力的には拮抗してるみたいだし、実際は竹内さんと川埼さんの二枚看板と言ってもいいんじゃないですかね。どちらも肝心なのは『コントロールがいい』という事なので、失投は期待しない方がいいですよ。ま、そんな感じですかねー」
土曜日の采浜館高校の話題を自然にスルーして山崎に質問を投げかける、松野キャプテンの問いにスラスラと答える山崎。これでも山崎は目上の人間に敬語を使うくらいの事はできるので、平時はちゃんと3年の先輩に敬語を使って会話できるのだ。試合中などでテンションが上がりまくっている時は、限りなくタメ口に近いギリギリな口調になる事もあるけれど。
そして今現在も『次の対戦相手の采浜館高校』を無視しているような会話が続けられているのは、やはりウチの野球部の、采浜館に対する認識の現れだろう。
一言で言えば、完全にナメている。
――うん、これは表現が悪いな。実力を軽んじて……いや、実力が足りていないと……いやいや、実力があまり大した事がないという分析結果が……えーと。ここはひとつ、対戦校に対していちばん容赦の無い発言をする事で定評のある、ウチの女帝こと山崎に聞いてみよう。
「なあ山崎、『采浜館高校を評すると』どういう感じになるんだろう??」
「ウチの県の一般的かつ平均ギリ上の実力を持った野球部。名門と言うにはギリギリすぎる、『いちおう実力校です』と言える野球部かなあ」
うん、それかな。
とにかく『ウチの県では』『弱すぎはしないけど』『強豪と評するには迷う』『強いと言えなくもない』と、少しずつ、こま切れに表現したくなるような……ちょっと微妙な実力を持った野球部、という感触なんだよなあ。
確かにベスト4の進出高校なんだけど、もともとウチの県は一部の実力校以外は微妙な実力の学校が多いわけで……地域ぐるみで強豪地区、というワケじゃないからな。去年の俺達が、うまい事立ち回って勝ち抜いたくらいだし……というか、とりあえず年度ごとの実力のバラつきが大きいはずだ。県内の中学野球の有名選手は野球の実力のある学校に進学する事がほとんどだし、それも上の実力校から順に埋まっていくという、ありがちな状況だ。采浜館は『歴史的に見れば』実力のある学校、野球部らしいんだけど……県外の有力選手をスカウトしてくる程ではないようだし、どうも去年ほど強くはないらしいというウワサ。そして去年は春大会での結果が振るわなかったためか明星と同じブロックに配置されており、準決勝までにグラウンドの露と消えた。俺達の記憶にはまったく残っていない。
正直、采浜館高校の今年度ベスト4進出は『相手に恵まれた』という感触がぬぐえない。そして当校としては、『去年とほぼ主力が変わらない』編成なため、『去年のチームより弱い』というウワサを聞いただけで、興味を失ってしまいがちになるのも仕方ないのだ。ウチは主力が去年より強くなっちゃってるのだし。守備が上手くなったしな。
「あと、采浜館は監督の……等々力カントク??小物感がスゴイんだよな……」
「それな。悪人とかじゃなくて……こう、勘違い系のザコっぽいというか」
「かませ犬っぽい」
「「「それだ!!」」」
どいつもこいつもヒドイ言い分である。
もちろん、かませ犬とか言いやがったのは山崎だ。そして山崎の発言をたしなめる気が起きない俺がここにいる。あの監督のインタビュー動画を見た人間で、采浜館を侮らずに立ち向かえる人間はそうそう居ないのではないか、というくらいに面白キャラ的な空気というかニオイを漂わせてくる人だった。今年の采浜館と対戦したチームの中に、『油断』を理由に負けたところがあったとしたら、その要因の一つは間違いなくあの監督だ。
「最新のインタビュー動画と写真で『問題ありません!!分かってますから!!』とか笑顔で言ってたけど、なんかこう、囲碁でも将棋でも対戦格闘ゲームとかでも時々いる、『わかった!!』とか言って、実は全然わかってない系の人みたいな雰囲気を漂わせているというか……秘密兵器とか秘策とか、何かあると思う??」
「采浜館、女子選手って登録されてたっけ??」
「いや、確かマネージャーまで男子のはずだ」
「選手の中に、出身不明のナゾ選手とかは??」
「いや、普通に中学野球でそれなりの成績がある……情報を検索できるような選手しかいなかったと思うけど。もちろん最優秀レベルは居ないんだが。そーいうのはみんな明星とか、もっと上の方に行っちゃってるからな」
「つまり秘密兵器なんかいない」「普通って事じゃね??」
いちおう情報の相互確認を行う俺達。そして『普通にやってれば普通に勝てるんじゃないのか』という、ある意味で失礼な結論に到達した。俺達も出世したものだと感心する。
「まあ明星と雲雀ケ丘を気にするのが自然だよなぁ」
「まあ、あたしとしては、雲雀ケ丘に頑張って欲しいとは思うけどね」
「ほおー。やっぱり女子友だち的なやつで??」
やはり山崎も友達に勝って欲しい、的な気持ちはあるのだろう。弘高野球部は飯坂高校ほどではないものの、明星とも交流練習とかをした事はあるが……空気的に、友達付き合いになる感じには至らなかったからな。山崎は専用のグループSNSで雲雀ケ丘の女子野球部と友だち付き合いをしているようだから、気持ちは雲雀ケ丘に向いているのだろう。
「まあね!!ときどき遊びに行ってるし、あの子達の本気さ加減も知ってるから。とはいっても、特別に技術指導をしてあげられる程じゃないんだけど。……実力的には明星の方に分があるとは思うけど、雲雀ケ丘だって本気よ!!きっと奥の手を出してでも勝とうとしてくるはず!!」
「「「奥の手だと?!」」」
何やら聞き捨てならない言葉が飛び出したぞ。
「そうよ。ありがちと言えばありがちな、そしてチーム全員の余裕と本気と信頼が無いと使えない、秘策というものが――――あるような、気がする」
「「気がするだけかよ!!」」「「あてずっぽうか!!」」
ときどきロマン主義的な何かを気取る山崎の、いつもの戯れ言のようだった。
「もしも知っていたとしても、アンタたちには言えないわ!!」
「「「お前は誰の味方なんだよ」」」
尋問を受ける囚われの敵軍の将、みたいなセリフを言う山崎。俺達は同じチームの仲間のはずなのに、何を言っているんだコイツは。
「だってあたし、スパイとして潜入してるワケじゃないから。身内の情報を売るようなマネはできないわ。見損なわないでもらいたい!!」
「あ、なるほど。……え……??」
「分かるような、分からないような……」
「いや、コイツ何言ってんの??」
「コイツにとっての身内とは何なのか」
「学級裁判案件なのではないか」
たぶん山崎が言いたいのは『野球選手としての倫理観』みたいなものなのだろうが、言葉だけを取ると、コイツが俺達の仲間なのかどうかを疑いたくなる。もうちょっとコトバを選べよお前、と言いたくなる俺達だった。
「ともかく、誰がどんな技術や作戦を持っていようと、それに対応するためには己の実力というものが必要なのよ。余計な事を考えずに、自分に足りていない技術を磨く事ね。どちらが出てくるにせよ、もう日曜日まではもうすぐそこ。体験型の学習でがんばるわよ!!変化球も速球も、慣れと感覚維持が必要なんだからねー!!」
とりあえず采浜館は気にしない、という方針のようだった。
そしてすでにコーチとしての口調になってしまっている山崎に、あちこちから『げええ』という声が上がる。ここから交代で始まる、『あの練習』の事を思い出しての事だ。
『 あの 』練習。ある意味、特に変わった練習ではない。ごく普通の打撃練習、ピッチングマシンを使った打撃練習。だがしかし、その対象物が『金子くん』でも『桑田くん』でもなく、『 未完の最終兵器・改弐 』となれば話は別だ。もちろん金子くん達との練習もあるのだが。問題は『 未完の最終兵器・改弐 』の相手だ。
未完の最終兵器・改、ではない。『 改弐 』である。
また改良??が加えられたのだ……山崎の手によって。常に球種を微妙に変化させ、気まぐれに容赦なくビーンボールを投げてくるキラーマシンが……基本的な能力はそのままに、地味にスペックを上げてきているのだった。もちろんそれは、未完の最終兵器の一番の売りの能力、『 球速 』である。
もともと球速が150キロ前後の高速ボールを投げてくるという能力が売りの、速球対応専門と言っていいマシンなのだが、怪しげなチューンナップにより、今や球速は安定して150キロ台後半を叩き出し(スピードガンで計測したので、ほぼ間違いない)場合によっては160キロに達する高速弾を放つ事もある気がする。もちろんこれはヤツの気分次第(もちろん未完の最終兵器の事だ)なので、よく分からないのだが。
ウチの野球部で使用できるピッチングマシンのうちで、最も早い高速弾を放てる事には違いない。『金子君』も『桑田君』も、基本的には変化球打ち練習用のコンパクトピッチングマシンであり、パワー型ではないのだ。そして、明星の木村投手の速球対策のためには、あのマシンと勝負して速球に慣れておく必要が…………たぶん、あるのではないかと思われる。
ピッチングマシン相手の練習で『勝負』という表現はどうなのか、と思わないでもないが、アレを相手にした時は常に真剣勝負なのだ。年経たモノには魂が宿る……とはよく言うが、ヤツがどのような経緯をもって持ち込まれたのか、それを知るのは山崎だけだ。俺達に分かっているのは、ヤツには何らかの魂が宿っている……という事だけである。これは、あのキラーマシンを相手にしてバッターボックスに立った人間にしか分からない現実。ホンモノの殺気を受けた事のない人間には、分かってもらえるとも思えないし、無理に分かってもらおうとも思わない。現場に立った人間だけが理解していればいいのだから。ヤツは隙を見せれば襲い掛かってくる、野生を隠した檻の中の獣だ。
ウチの投手で150キロ台の速球を投げられるのは山崎だけだし、山崎をひたすら打撃練習の投手として使うほどに、弘高野球部に余裕などある訳も無いのだから、あのキラーマシンを相手に速球対応の練習するのは当然だと、理屈として部員の誰もが理解している。明星の木村投手は、殺気はともかく速度だけならヤツに匹敵する球速の球を投げてくる強敵であるからだ。……もっとも、木村投手は背中を向けたら襲い掛かってくるような野獣というわけではなく、理性ある高校球児という事で信頼はしている。その点が大きな違いだろう。
「本番で精神的な余裕を作るためにも、練習では少しくらいヒドイ目に遭ってた方がいいのよ。ケガしない程度に、精神的に少しくらい死んでおきなさい。精神的に死んで生き返って練習するのが、真剣な稽古というものよ!!」
「おっしゃっている事は分かるのですが、なにやら山崎先輩が地獄の獄吏のようにも思えますね」
「「……一休は本当に命知らずだなぁ」」
サラッと『あんた鬼ですか』みたいな事を言えるメンタルの強さ。これがプロの坊主見習いという事なのだろうかと、仲間である一年生から、少しばかり恐れを抱いた視線を受けている。
「いえ、地獄の獄吏は拷問を受けてバラバラになった死者を、呪文ひとつで元通りにして延々と拷問を受けさせる能力があると言うではないですか。それを思い出しただけです。『どうせ本当に死ぬわけじゃないし、とっとと死んどけ』という空気感が何となく」
「地獄のせっかんと同じにするなよ!!」「イヤな気分になるだろ!!」
「そうです。ここは天国ですよ」「清水おまえ」「感謝の気持ちがハンパねぇ」
パンパン、と手を叩いて雑談を止めさせる山崎。
「はーい、『未完の最終兵器・改弐』は、鬼でも悪魔でもありませーん。たまにビーンボール投げてくるだけの、皆さんのお友達でーす。悪口はけっこう聞かれてるものよ??気をつけた方がいいんじゃないかなー??」
「「「すいませんでしたぁ!!」」」
皆でそろって、打撃練習場へ向けて頭を下げる。謝っておかないと後が怖い。未完の最終兵器は僕らのトモダチ。悪口を言っちゃダメ。少なくとも聞こえる所では。160キロのビーンボールとか、絶対にゴメンだものな。
ハイレベルの練習に付き合ってくれるトモダチに感謝と反省の気持ちを抱きつつ、俺達は練習開始のための準備運動を始めるのだった。雲雀ケ丘や明星も、きっと同じように頑張っているに違いないと。そう思いながら。
弘前高校野球部の視点での、週末の試合に向けての日常でした。
次回もあまり間隔が開かないように投稿できると思います。その次からはよく分かりませんが。
毎度毎度の間違い探しみたいになっておりますが、間違いが無いように注意して投稿していきたいと心がけております。間違い以外にも問題点らしきものが見つかれば、その都度ご指摘いただければ幸いです。ユーザーデバッガーはスタッフ様です。ありがたや。
更新速度は安定していませんが、どうぞお気楽にお付き合いください。よろしくお願いいたします。




