95 この先へのそれぞれの思い
人それぞれです。
夏の全国高校野球選手権大会、F県の県予選4回戦が行われた、日曜の夕方の事。県内県外を問わず、あちこちで弘前高校を話題とした会話が交わされていた。スポーツ記事を仕事として書いているスポーツニュースの関係者はもちろんの事、多数の草の根SNSでの高校野球ファンによる、あるいは地元の弘前高校野球部ファンの個人的な意見交換や討論、雑談などが。そして、間接的、直接的に弘前高校、あるいはKYコンビに関わる者達も、最新の話題について意見を交わしていた。
「……弘前高校は、順当に勝ち上がったか」
「残るは4校。実力的にいけば、明星との一騎打ち、でしょうな」
「去年の弘前高校みたいなのが居なけりゃな……」
「あと3校は特に変わった選手はいないようですよ」
「じゃあ、だいたい決まりだろう」
「KYコンビが好きに暴れたら弘前の優勝だ」
大阪のとある建物の一室で、そんな会話が交わされていた。半袖や七分袖の白いワイシャツとスラックス、夏用の涼しそうな組み合わせでありながらも、上下の身だしなみはしっかりとしている男たちの集団。話題の中心は弘前高校の試合、その中でもKYコンビという通称で呼ばれている、山崎と北島の両名の事のようだった。
「で、あの二人の調子はどうなんだ??」
「めずらしい事に、今日の試合じゃ山崎の1本だけだそうですよ」
「何ぃ?!ついに10割じゃなくなったのか?!どんな状況だったんだ」
「いやいや。相手投手が失投するまで、本塁打が出なかっただけです」
「結局、安打率は10割のままだとか」
「明日までには、記事がまとめられるでしょうな」
そんな会話の中で飲み物が行き渡り、会議らしきものが始まった。
「では、あの二人のU-18代表入りは、確定でいいですな」
「もう去年から決定しとるようなもんだろ。秋から木製バットを振っとるみたいだし」
「それはいいが、あの二人にちゃんと連絡いっとるのかね」
「今年の会場は台湾だぞ。パスポート持っとるのか、あの二人」
「持ってなかったらしいですよ。申請費用はこっち持ちで、取得するように連絡はしておいたはず、ですが……」
「そこ、ちゃんと確認だ。あと嫌味にならない程度に催促もな。申請忘れてました、じゃあ困るからな。親御さんに連絡を取っとけよ。菓子折り持って直接な」
進行役は黙ってホワイトボードに書かれた議事項目にチェックを入れ、一同は手元の資料に目を向ける。
「で、ホントに調子は問題ないのか??最近の様子は記事でしか知らんが」
「あの連中、5月の予備選考選手の強化合宿に来なかったからな……」
「強化合宿に来なかった理由は何だっけ??」
「確か『1年生の訓練を優先する』だったかな。普通は技術レベルアップのために、招聘選手は合宿に参加するもんなんだが……あの連中はよく分からん」
「あの二人を中学時代に鍛えた指導者は見つかったのか??代表コーチに呼べんのか」
「捜してはいるんですが……まだ見つかってませんね。どこにいるのやら」
しばらくの間、会話が途切れる。
「……まあ、あの連中に限れば、強化合宿で強化できるのかどうかも不明だが」
「こちらとしては、新一年よりも他の代表候補を訓練して欲しいくらいですな。新入生にどんな訓練をしていたんだか。聞きましたか??ウソかホントかよく分かりませんが、あの二人が中心となって、秘密特訓とやらを施してたようですよ。それで新入生が見違えるほど使えるようになったとか」
「日本代表を強化して欲しいよな。U-18の金メダルは悲願とも言える」
「U-18での優勝……今年こそ……いけるはずだ」
「山崎の出場許可を取り付けましたからな!!」
「正確には、女子選手の登録許可ですが。ま、山崎専用枠ですな」
「試験的な試み……という事になってますが、まあ、『怖いもの見たさ』かも知れませんね。ウワサの化け物が現実に存在するのか、存在するとしたら、どんなシロモノなのか。自分達と比較してみなけりゃ、実感できませんよね……現物を見たらビックリするでしょうけどね、対戦国の選手達は」
くっくっくっくっ。
押し殺したような、喜色のこもった笑い声が、一同の間にこだまする。
関係者の誰もが『日本代表はU-18ワールドカップで優勝した事が無い』という事実を悔しく思っている。アジアカップでは優勝した事もある。日米高校野球交流戦でも、勝利した事はある。しかし、U-18ワールドカップでは優勝した事は一度も無く、前回は銅メダルすら得られなかった。そしてU-18ワールドカップでは、近年アメリカが連覇しまくっている。この連覇を止めるのは交流戦で勝利した事もある、日本であるべきだ、という思いがある。そして今年は山崎が、北島がいる。非常識なレベルで打ちまくるスラッガーが、世界最速レベルに迫る剛速球を投げる化け物がいる。目にモノ見せてやるぞ、日本高校球界の最終兵器をぶち込んでやるぞと。見ようによっては邪悪な笑みとも取れる笑い顔を浮かべる、代表選出委員会の面々の姿がそこにはあった。人間、手持ちのカードが強いと自然に、悪い顔になってしまうものかも知れない。
「……そこで、少々問題があるのですが」
その声に、笑い声がピタリと止まった。
「……あの二人。KYコンビですが、5月の強化合宿は不参加でした」
「ああ、そうだな」
「理由は、『新入生の訓練のため』です」
「ああ、そうだ」
「想像するに、『高校野球の公式大会』を優先した練習、チームづくりをしている……最優先にしている、という事だと思われます。人数も、即戦力も少ないですしね」
「まあ……そうなるか」
「1年生の強化は、夏の全国選手権……甲子園大会はもちろんですが、来年春の選抜……春の甲子園大会に焦点を当てているものと思われます」
「そりゃそうだろう。春のセンバツは3年生が引退した後の、秋季大会からスタートだ。普通は2年生が主力だが、弘前高校は2年生が4人だけだろ。自動的に1年生が戦力になる。3年が抜けたら選手は14人だからな」
「F県の秋季大会ですが、現状で9月の第一週から開始の予定になっているようです」
部屋に、沈黙が訪れた。
「……今年のU-18の、日程は」
「最終決戦、と言うべきスーパーラウンドですが……9月の二週に入ったところまで予定されています。各地の開催球場ですが、球場はドーム球場ではないものがほとんどですので、雨天順延によるスケジュール遅れの可能性を考えると、9月二週末までは日程がズレ込むかも知れません」
「……えーと。あの二人、秋季の県大会を優先して、ワールドカップの途中で帰ったり……すると、思うか……??」
「去年の秋は人数不足で不参加でしたから。春のセンバツ出場の機会は、今年が最後になります。KYコンビの二人ともが欠場していると、初戦敗退の可能性もありますから……仮に『春夏連覇』とかの野望を掲げてたりした場合、春の優勝……参加のチャンスをつぶすような事は……しないかも、しれませんね。あくまで可能性ですが」
さきほどよりも深く、重い沈黙が部屋に訪れた。
「……県の高野連に、すぐ連絡だ」
「日程変更を要求する。9月の三週からにしてもらおう。週末からだぞ」
「公欠扱いの平日試合は……あまりやりすぎると、突き上げを食らうな……」
「いちおう国体の日程も、できるだけ外せるように要請しておけよ。弘前高校が夏の甲子園に出場したら、国体に呼ばれる可能性は充分にある」
「国体って9月末からでしたよね??日程合うんですか??」
「国体だけは3年生も参加するだろ。あそこは3年を含めれば2チームできる。3年と1年の下位メンバーで国体には参加してもらおう」
「それってどっちもギリギリの人数ですよ。ケガ人が出たら没収試合になるやつでしょ??秋季大会に予備人員なしで参加したりはしませんよ!!」
「国体には女子マネを選手登録しとけばいいんじゃないか??」
「得点の無い公開競技だからって、ひどい事を言ってますなアンタ」
わいわい、ガヤガヤと、ざわめきつつ。人数の少ない学校が上位に進んだり国際大会の代表選手が選出された場合の不具合に対応できるようにするべきだ、とりあえずは弘前高校の校内年間行事と公式参加行事を調べとけ、みたいな話で、本件はひとまずの落ち着きを見せた。とりあえずワールドカップのスケジュールは変更できないから周りを合わせろよ、という事で。細かい部分はさて置いて、一同の『U-18ワールドカップで金メダルを取りたい』という気持ちは共通であり、目的意識がハッキリと同じ方向を向いているがゆえの、まとまりだった。同じ目的のために有効な方針を形作ってゆく、そのための話合い。これぞ正しい会議の在り方だろう。
「あの二人が、春のセンバツにどれほど興味を持ってるかに、よりますな」
「夏の選手権大会で大あばれしてますからなぁ……どうですかな」
「単に『紫紺の大優勝旗を校長室に飾りたい』くらいのつもりで、ちょっと参加するつもりかも知れませんよ??」
「近くで記念写真を撮ってみたい、とかね」
ははははは。そりゃさすがに気楽すぎませんかね、と。和やかな笑いに包まれて、その日の代表選考会議は、終わりを迎えていったのだった。
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【 F県 準決勝進出校 私立・明星高校 】
「うーん……どういう事なんだ……」
「これ、どう見ても『クソボール』なんですけどね」
「大きな変化もしてないし、速度も遅い。すぐボールって分かるっスよ……」
「なんで打つのか、よく分からねーっスわ」
野球部専用ミーティングルームでは、午前の弘前高校・飯坂工業高校の試合の、山崎および北島の打席の動画が、繰り返し流されていた。
「これ、見送ってるのは一打席に1球だけっスよね」
「俺なら2球は見るわ……」
「見えてるはずなのに、なんで打つんだコイツら」
部員達から、それぞれに声が上がっていく。総じて『コイツらの考えが分からない』という意見にまとめられるようだった。監督、コーチもほぼ同じ感想である。
「それと、打った打球、飛んでませんよね。あくまでコイツら基準でですが」
「シングルヒットなら、四球で歩いたっていっしょだと思うんだが」
「詰まってるわりには飛んでるが……でもやっぱ飛んでないな」
「バットの打点が悪いな。届いてないんじゃないのか??さすがに物理現象をどうにかする能力は無いみたいだ。コイツらも一応は人間だったか」
ははは、と小さな笑い声。
「カットで粘る場面でしょうに、なんで無理やり打つんですかね」
「わからん……分からんが、分析は続けよう」
結果『まだよく分からないし、今後の方針も未定』という事に落ち着いた。
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【 F県 準決勝進出校 県立・雲雀ケ丘高校 】
「うーん……山崎さん、調子、悪い……??」
「投球と守備からすれば、そうも思えないけど」
「無理やり打ってるようにしか見えないなぁ」
雲雀ケ丘女子野球部の部室では、部員がノートパソコンの画面の前に鈴なりになっていた。映し出されているのは、今日の弘前高校・飯坂工業高校の試合の、山崎および北島の打席の動画。打席の場面だけ編集された動画が、繰り返し流されている。
「やっぱアレだよ。『どんな球でも打って飛ばしてやる!!』ってやつ」
「山崎さんなら、あり得るね。そういう人だもん」
「でもこの投球はどうなの??実際は敬遠なのかな??そのわりには、バットが届く所にしか投げてないような……」
「KYコンビが打つ事を前提として、バットの先ギリギリに投げてる……??そうだとすれば、制球力がヤバいね。あの二人に、わざと打たせてるってのが」
「監督の指示かな。島本監督だっけ。だとするともう、『打者の能力分析』というより、『山崎さんと北島くんの性格分析』って感じの勝負になってるよね」
「性格で攻略しようとしてるのか……いちおう、どうにか打ち取るための作戦って事だよね。この作戦、ウチでも使えるかな」
「ええー??竹内センパイってそんなにコントロール良かったっけえ??失投してスタンドに打ち込まれるのが関の山でしょ。山崎さんの最終打席みたいにさ!!」
「高山てめー、ケンカ売ってんのかよ!!」
などと騒がしい、あるいは姦しいとでも言うべき会話の中、だいたい真実を言い当てている雲雀ケ丘女子野球部。飯坂工業高校とは別の意味で、山崎と個人的に付き合いのある人間ならではの状況分析だから、だろうか。
「まあともかく。これは検討課題として取っておきましょう。今日はここまで」
「そうよね。でもまあ、あのKYシフトは一考の価値ありね」
「あの守備シフト、その名称でいいんだ」
そんな会話がなされ、その日のミーティングは終わっていった。
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【 F県 準決勝進出校 太平洋大学付属・采浜館高校 】
「――よし、分かった!!」
「おお、分かったんですかっ!!」
「どういう事なんですか、カントク!!」
采浜館高校の野球部監督、等々力監督は自信満々にこう言い切った。
「――今のKYコンビは、オーバースローからの外角低めに弱い!!」
「「「……おお…………」」」
監督の言葉に、小さなどよめきのような部員の声が続く。
「まあ、考えてみればシンプルな答えだ。今までうまくいきすぎたために、打ち気がはやっている結果でもあるんだろう。木製バットに切り替えて、バットコントロールの壁にぶつかっている可能性もあるしな。……それに、外角低めは飛ばない。これは投球術としても常識の範囲だ。あのKYコンビといえど、例外では無かったという事だな」
「「なるほどぉ」」「「さすがです監督!!」」
部員から監督の考えに追随するような声が上がった。
「よし、KYコンビには外角低めギリギリを中心に、KYシフトだ!!なあに、ウチは飯坂工高よりも実力は上なんだ。飯坂よりも、もっと上手くできる!!あの二人を打ち取る事ができれば、弘前高校には勝てる!!今年の甲子園の出場キップは、ウチがもらうぞ!!」
「「「おおお――――!!!!」」」
監督の声に元気な声を上げて続く、陽気な部員の姿がそこにあった。
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【 F県 準決勝進出校 県立・弘前高校 】
「……采浜館高校……普通??他に表現のしようがない……」
「監督の口ヒゲが立派だよな。他は特に何も」
「あの監督、キャラ濃いよな」「印象のすべてを持っていかれる」
「チームはウチの県の標準だよな」「どう見ても飯坂工業の下位互換」
「これまだ見るわけ??采浜館の試合」「もう飽きた」
「そんな事より、明星高校と雲雀ケ丘の動画を観ようぜ」「さんせー」
弘前高校はいつも通り、特に緊張の様子も無かった。それぞれの予想、思惑、想いを胸に。時間は刻一刻と過ぎていく。
夏の全国高校野球選手権大会、F県地方予選の準決勝、そして決勝戦は、次の土日に迫っている。次の週末には、夏の命運を決める試合が行われる。また言うまでもなく、準決勝の組み合わせの抽選は本日の夕方に――すでに行われており、対戦相手の組み合わせも決まっているのだ。少々の対策を考え、今までに身に着けた技術を発揮するのみ。もう、ジタバタする時間など残されていないのだから。
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【 準決勝 再抽選結果 】
第一試合( 9:00開始予定) 弘前高校 対 采浜館高校
第二試合(12:30開始予定) 明星高校 対 雲雀ケ丘高校
次の土曜日、この二試合の勝者が、翌日に優勝を賭けて戦う。そして翌日の決勝戦の勝者が、夏の甲子園への出場キップを手にするのだ。それぞれの学校の球児達は、次の対戦相手を、そして最後の試合の相手を見据えて、気力を切らさず日々の練習に向かうのだった。
――――この夏にかける想いの全てを込めた試合が、近づいてくる。球児たちの、その情熱を込めた試合を一目観ようとする者達の。――数多の想いが渦巻く、試合が。
毎度毎度の誤字報告機能の活用、まことにありがとうございます。今後も見つけたらよろしくお願いいたします。更新速度は安定しておりませんが、適度に更新していきたいと思っております。
……短い経験則ですが、更新する時に迷いがある時は、ちょっと待った方がマシな文章になる事が多い……けれど、なんかもうどうしようもなくまとまらない時は『直すのは後にしよう』的な感じにもなります。品質的にも安定しておりませんが、寛容な気持ちでお付き合いくだされば幸いです。
そりゃそうと、ようやくプロ野球に観客が導入……でいいのかな??されて、雰囲気がプロ野球っぽくなってきました。見てても楽しいです。高校野球も早くなんとかなってくれるといいですね。もちろん、安全第一で。責任なんて誰も取れませんからねー。平和がいちばんです。
※この話が表示されない、というような連絡があったので、一行追加して編集投稿してみます。




