94 同じ思いを交わす
戦友の事は、よく分かっているものさ。
――観客の、歓声が聞こえる。
高校球界、全国区でのヒーロー、山崎 桜と、北島 悟の一打に。攻撃力自慢の弘前高校打線の攻撃力に。ときおり見せる、KYコンビの守備連携に。応援団からの、一般観客席からの歓声が、声援が飛ぶ。
そして、その強敵を相手に、逃げず、食い下がり、勝利を目指す、飯坂工高ナインのプレーに。
鋭い打球に、上がった打球に、必死に走り飛びつき、食らい付き、追いすがり、得点させまいと抗う姿に。どんな凡庸な当たりであろうと一打ごとに必死に走り、進塁しようとするその姿に。そのプレーを見る者すべてから、歓喜と激励の声援が飛ぶ。試合は去年のようなコールドゲームになる事は無く、圧倒する点差がつく事なく進行している。
「――やるなあ、飯坂工高。素晴らしい気合いと集中力ね」
スポーツドリンクを飲みながら、そんな言葉を口にする山崎。
山崎と同じように、俺もマウンドで投げている飯坂工高の投手、山根さんの投球を見る。山根さんは今年3年生の飯坂野球部員だ。つまり――
「ああ。あの女子観客にアピールできるのは、この夏が最後。最高の集中力も出るさ」
山根さん……飯坂工業高校ナインとは付き合いがそこそこあるので、同じ高校の知り合いくらいの感覚だから、こう呼んでしまったりするのだが……彼等3年生の気持ちは、ある程度なら理解できる。
夢にまで見た女子応援団。そして儚い夢と消えた女子同級生。女子高との学校統合は早くとも来年の春になるであろうし、野球に興味を持ってくれるJK集団と高確率でお近づきになれる、またとない、そして最大の、最後の機会にさえなろうとしている、この試合。みっともない所など見せられない、見苦しいところなど見せられない。男として、男子高校生として、今この時こそが全身全霊を込める瞬間なのだぞと、そう感じる気持ちは良く分かるのだ。
加えて、1塁側スタンドの女子高生集団だが……あの観客の問題点にも、俺達は気づいてしまっているのだから。
――そう、『 観客 』なのだ。
あの1塁側内野スタンド、純正の飯坂工高応援団の隣ぐらいにいる、おそらくは統合先の女子高生徒と思わしきJK集団だが――厳密に言えば、飯坂工業高校の応援団では、ない。試合が始まって少しすると。俺達も気づいてしまった。
――あ、これタダの『 観客 』だ――と。
「……あれ応援団じゃなくて、タダの観客じゃないの??」
ポツリと。山崎がそう言った時、誰も反論のような言葉を発しなかったのは……それは誰もがそう思っていたからだと思う。
ストライクが入ると歓声が上がる。打球が飛ぶと歓声が上がる。ファインプレーがあると歓声が上がる。アウト一つに歓声が上がる。これらに飯坂工高、弘前高校の区別が無かった。
それに加えて。山崎が打席に立つと、ひときわ大きな歓声が上がる。ついでに俺が打席に立っても歓声が上がる。そしてそれらすべての歓声が、とても嬉しそうに、楽しそうに聞こえるのだ。
――なんか去年の、弘前高校にわか応援団に、とてもよく似てる――
もう面白けりゃなんでもいいや、的な雰囲気を感じるのだ。祭り好きな県民性を表しているかのように。
……いや、野球に興味のある野球観戦JKとかが増えるのは大歓迎だし、県内の野球ファン人口が増えるのはとても良い事だとは思うのだけれど。飯坂工高の応援団じゃなかったのかよ、だったらなんで1塁内野スタンドに陣取ってるんだ、右打者の顔とかが良く見えるからそこに座ったのかよ、と言いたくなるような、『ほぼ完全にタダの観客』な女子高生集団。野球観戦女子ではあっても飯坂工高の応援団ではない。
どう考えても観戦のメインは山崎(と、たぶん俺)で、あとは試合が面白ければ何でもいいや、という『物見高い観客』である。そう判断せざるをえない。
――つまり。
統合先の野球部といえど、無条件で応援してもらえるわけでは無く。『良いプレー』あるいは『盛り上がるプレー』に対して歓声や声援がついてくる、という実力主義社会の縮図のような観客という事なのだろう。声援が欲しければ、とにかくアピールしないといけないのだ。
「なんという世知辛い女子学生の集団」
「甲子園の外野席の客みたいだな。内野スタンドに座ってるけど」
弘前ベンチの誰かが言った言葉に、俺も心でうなずいた。
だからこそ。だからこそだ。
より一層、飯坂工高野球部は、必死にならざるを得ないのだろう。贔屓のチームのファンでないのなら、そのプレー内容、高校野球としてのアピール内容、好感度が高くなるプレーによって【 魅せる 】事が必要なのだから。その結果、そのプレー姿勢が、今現在の試合の内容に表れている。
山崎と、この俺に、一度も見え見えの敬遠策を採ってはいない事。そして、俺達を打ち取るための全力を振るっている事。この二つは、アピールポイントとして特に大きい点だろう。良くも悪くも、我らが平塚監督率いる弘前高校は全国区での有名高校になりおおせているし、県下のスポーツ関係者、流行りものが好きな人間ならば老若男女を問わず知らぬ者はいない。当然ながらKYコンビと呼ばれる、山崎 桜と、北島 悟(俺の方は名前まで覚えていてくれる人は少なかろうが)の名前も、相当な認知度だろう。
現代の高校球界で知らぬ者のいない強打者二人を相手に、逃げずに勝負する。この点だけでも、観客の評価点はかなり高くなっているに違いない。
「いやー、でも本当によくやってると思うのよね。島本監督もロマンとかドラマ的な話とか好きな人だしねー。『あのシフト』だけど、飯坂工高か島本監督の名前がついたりするんじゃない??今年いっぱいくらい」
などと言っていた山崎の評価は部分的に微妙だが、それでもやはり高評価だ。山崎自身がロマン好きな部分があるので、島本監督の、ある意味で『攻撃的守備』とも言えるシフト(守備陣形)については好感触なのだと思う。そしておそらくは、そのシフトのために出されているであろう、投球指示にも。
――名づけるのであれば。【 KYシフト 】とでも呼ぶべきだろうか。……翻訳の仕方では問題が発生する名称かも知れないので、そのうち『飯坂シフト』とか『島本シフト』とか呼ばれる事になるのかも知れないけれど。
などと考えている間に。山崎がネクストサークルから、バッターボックスに歩いていく……それとほぼ同時に、外野の一部と、内野の野手が移動していく。
レフト、センター寄り。センター、ライト寄り。サードは二塁の脇に、ショートとセカンドとファーストはそれぞれ前後に分散して、一塁二塁の間を埋めるような位置につく。三遊間とレフト方向は外野までガラ空きだ。
『『『おおお――――』』』
応援団ではない観客から、この試合何度目かの歓声が上がる。この守備シフトはランナーが一人もいない場合に限って使ってくるものだが、ランナーに対する余裕がある場合は、これに近い守備シフト……つまり、三遊間を可能な限り無視する守備配置になる。
こういった極端な内野守備位置の変更シフトは、打者の打撃データから『打球が飛んでくる可能性が高い場所』を割り出して使用するもので、主に海外のプロリーグで使われる事が多い。
というか、『打球の打撃方向と着弾点のデータ』などというものを集めるのは、年間に多くの公式戦を行うプロのリーグでもなければ無理な話で、しかもプロ在籍歴が長くベンチ入りする事が多い有力選手でもないと、まともに使えるデータは集まらない。
普通に考えれば、中学野球時代のデータすらまともに存在せず、去年1年の試合データしか無い、しかも公式戦は夏の甲子園大会しか参加していない、という弘前高校の打撃データなぞ打球方向の分析データには役立つ訳もない。
そして山崎に至っては打撃数の半数以上が本塁打という訳のわからないデータな上、山崎も俺も臨機応変に右にも左にも打ち分けているので、極端なライト方向寄りシフトなど、どれほどの効果があるかと。1イニング目の山崎の打席に、いきなりこの『KYシフト』を見た野球関係者は、そう思った事だろう。だが。
――カキィッ!!
外角低め、外へ大きく外れるボールを、山崎のバットが打ち返す。
ボールは飛びつこうとする内野手の上を鋭く通過し、ライトとセンターの中間をすり抜けて、フェンス手前の地面で跳ねた。
『『『おお――!!』』』
『『おおお…………』』
観客その他の、打球を見た人間の口から、大きく分けて二種類の歓声が上がった。
ひとつは、『いい打球が飛んだ』という、試合を気楽に楽しむ観客から上がった、楽し気な歓声。
もうひとつは、『また島本監督の想定範囲内に収まった』という、野球関係者から上がった、驚きの声だ。
そう。この試合、山崎も俺も、打率10割のまま。しかし、本塁打は1本も打っていない。そして――打球はすべて、ライト方向に飛んでいるのだ。
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フェンス外側、観客席その他の、色々な場所で。
「おいおい、どうなってんだ?!また二塁打だぞ!!」
「あの山根って投手、何か特別なボールを投げてるのか……??」
「打ち取る投球で、打たせたい方向に投げるのは当たり前だが…………ここまで想定内に収まるか……??いや、KYコンビを打ち取ろうとしている以上、何らかの確信があるのか……」
カメラを構え、あるいは三脚とビデオカメラ、もしくはスマホで動画を撮っている取材カメラマン、ひいては他校の偵察メンバーから同じような声が上がっていた。
今までにKYコンビがホームラン以外の打球を打った事など、相応にある。しかし、去年の夏の甲子園大会の直前から、KYコンビの二人は『ほぼホームランしか打ってない』と言ってもいいくらいに本塁打を量産しており、今期の夏大会県予選においても、安打のほとんどは本塁打だ。ちなみに二人とも今年の打率は10割であり、打てない打席は明らかに敬遠された打席である。
ゆえに、『二人合わせて、いまだに本塁打が1本も出ていない』という今日の試合は、高校野球に詳しい人間にとってはまさに『異常事態』と言ってもいい状況だった。
「いやまあ、しかし。どちらかというと『打たされている』仕組みだな……」
「やはり投球か??打者にはどう見えているんだ??」
「基本的にはボール球のはず、なんだが……そうは見えてないのか??」
「いずれにせよ、これは事件だぞ……」
「島本監督は、KYコンビの弱点を見つけた……のか??」
高校野球関係者を中心として、ざわめきが広がる。試合の行方とは別に、この『対KYコンビシフト』の勝負の行方が、どうなるのかと。そこに注目する視点が生まれていた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「どーだった??山根さんの制球力は」
ベンチへと戻ってきた山崎に、調子はどうだったかと聞いてみる。
「いつかは失投するにせよ、もうちょい先そうねー。いちおう2打席目から1球だけは見送ってるんだけど。コントロール完璧よね。いつから投球サイボーグになったのかしら。休みの間に改造手術でもしたのかな」
「さすがに一般市民の手が届く医療技術は、そこまで進歩してないと思うぞ」
山根さんは、高校球児として注目されるレベルで球速の速い球を投げるわけでもなく、変化球のキレがある訳でもない。ただ、制球力だけは職人芸の域に達している人だ。自分にとって無理のない速度の球であれば、本当に狙った所に投げ込める技術を持っている。キャッチャーさえ優秀ならば、間違いなく相応の実績を残せる職人だと言えよう。
そして山根さんは、この試合が始まってからずっと、山崎と俺には『ただ1点のみ』を狙って投げ込んでいる。必ず同じ場所を通過する球を、機械のように正確に。俺達がこの試合でホームランを1本も打てていないのは、それが理由だ。
「あのー。ちょっといいですか」
清水がスポーツドリンクを差し出しながら、何か聞きたそうにしてきた。
「どうかしたの??」
「山根さんの球、どこか特殊なんですか?その……今日はまだ、お二人とも、1本も出てませんし」
ざわり。と、1年生の方から小さなざわめき。あと「うわっこいつ聞きやがった」みたいな声が聞こえてくる。まあ、意訳すると「今日は打ててないじゃん?」みたいにも聞こえなくはない。本人が気にしてたとしたら口にしちゃいけない類のやつだよな。
「ボール自体は、ちょっとドロップ回転がかかっただけのボールよ。変化量は少ないわね。ホームランにできてない理由は簡単で、『バットの先端部分にギリギリ引っかかる場所』で打ってるから。当然ながら先端部分は『バットの芯』から外れてて反発力は弱いし、去年と違って今のバットは木製だから、芯を外すと飛ばないしね」
「……それって……山崎先輩の読みの、裏をかかれている、と……」
「いや、単に物理的な距離が遠いんだよ」
つい、横から口を挟んでしまう俺。
「ええー?!遠いって、バットが届かないって事ですか?!」
「そーよ。違反打撃しないように立って振って、バットがギリギリ届く距離。あたしにも、悟にも、そういう場所に投げてきてるのよ。しかもオーバースロー気味の投げ方をして、その1点しかバットが当てられない所に投げ込んで来るのよね。レフト方向へ引っ張るとか、できないギリギリで。それも第1打席からずっとね」
「あれスゲー名人芸だよな。職人芸と言うべきか。制球力の鬼だな。まあ、引っ掛けるのがギリギリの球なんて、木製バットじゃ飛ばせないよ」
驚きの声を上げる清水に、山崎と俺が山根さんの職人芸的な投球を解説する。と、ざわついていた1年生組が静かになり……スッ、と。一休こと安藤が手を挙げていた。
「それはコース的に、いわゆる『ボール球』というやつでは?」
「そうとも言うわね」
「まあな。見送ればボールだな。たまに見送った時はボール判定だし」
一休の質問に、肯定で返す俺達。続けて質問する一休。
「見送り四球で出塁したり、カットで粘って失投を待つという選択肢は……」
「無いわね。打てるボールはストライクよ!!」
「そんな事で、あの観客の支持を得られると思うか??」
即座に反論する俺達。
今日の飯坂工高ナインの力の源は、あの女子学生集団の『観客』の『歓声』だ。この試合における勝負とは、『観客アピールで勝つ』事と言いかえる事もできる。さあ、打ってこいと言わんばかりの布陣と職人芸の投球から、逃げるような事はできないのだ。
我々は、かけがえのない時間に情熱を注ぐ高校球児であるとともに、弘前高校野球部の、この先10年の活動資金を背負うエンターテイナーとも言えるのだから。というか、山崎がこんな挑戦状じみた作戦を採られて、正面から立ち向かわない訳も無い。そして、山崎が『やる』のなら、俺が一緒にやらない理由も無いのだ。なにせ俺達は『コンビ』だからな。
打てるボールが来るならば、打って勝つ。理想は正面から堂々と相手を倒す横綱相撲だ。
「飛ばないボールを承知で打ってるのか、コイツら……」
「……島本監督は、先輩達の性格が分かってて、この作戦を採ったんですね」
「まあ、流れ的には勝ってますし、特に問題も無いのですが」
「さすが友達付き合いをしてきただけの事はあるなあ」
「挑発されたら素直に乗ってくる奴らだしなー」
そんな声が上がる、弘前高校ベンチだったが。
俺ら別に間違ってないよなあ、と。顔を見合わせる、山崎と俺だった。
そして試合は大きな変化を迎える事なく、進んでいった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「――いや、あいつら打撃性能がおかしいだろ」
飯坂工高ベンチで、小さくつぶやく島本監督。
(……山根は、ちゃんと仕事をしてる。打ったとしても、ライト方向にしか飛ばせないコースへとボールを投げてくれている。山崎も北島も、バットが届く場所に来るボールなら、とりあえず当てて飛ばそうとするヤツだって事は分かってた。専用シフトで挑発すればなおさらだ……。ここまではいい。しかしなあ……いくら1点のみにボールが来ると分かっていたとしても、タイミングは毎球ずらしてるし、芯をはずした先端部分なんて、何回も打ってりゃ打ち損ないは発生するのが普通なんだ。それを……内野ゴロは1打も無し、しかも外野守備の薄いところを狙っているかのように、毎度毎度、上手い所へと打ち込んできやがって……打撃ミスという言葉が辞書に書いてないのか??)
じっと、三塁側ベンチのKYコンビを見る島本監督。
(いや……それでも制御しているのか、飛ばない打球を……ボールのタイミングを見切った上で……いっその事、ショートとサードを二遊間ではなく、ライトに追加したいくらいだが……ルール上それは無理だからな。圧倒されず、まともな試合にはなっている。しかし、決定打になるものが無い。ウチは決して弱いチームじゃないが……KYコンビ以外を抑えきる全国級エースの存在も無ければ、弘前高校を上回る、全員が打ちまくるような打撃力も無い……そして、おそらくもう、時間切れだ……)
ちらり、と。スコアボードを見る。もうすぐ3アウト目を取り、イニングが終わろうとしている。
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【スコアボード状況 6回裏】
飯坂 0 1 1 2 0 2 | 6
弘前 2 1 2 3 0 1 | 9
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やり方としては、間違いではなかった。飯坂工高野球部の信念を曲げず勝負し、弘前高校野球部の、得点力を減少させ、まともな試合として成立させる事ができた――だが、ウチの方の得点力が、足りない。あるいは、鉄壁の守備力が。山崎、北島につながる得点源をつぶすだけの守備力が。それゆえの得点差だ。
いや、KYコンビを除けば、互角。守備力を含めれば、互角以上。しかし、KYコンビが『普通の強打者レベルの打撃力』となったとしても、あの二人を含めれば、あちらの方の得点力の方が上だ、という事。むしろ3点差なら、上手く立ち回ったとも言える。
弘前高校は去年よりも守備力が上がったとはいえ、それでも守備連携や攻撃連携などはまだレベルが高くはない。それでも得点力の点で弘前高校の打撃偏重スタイルの得点力を上回るには少し及ばなかった。それがこの結果だ。――そして、この点差で7回ともなれば、弘前高校の採る戦法は一つしかない。
3アウト、チェンジが宣言され、守備についていた飯坂ナインがベンチに戻って来る。今から7回表、飯坂工高の攻撃に切り替わるのだ。そして、弘前ベンチから伝令が球審へと走っていった。
球審が確認し、場内アナウンスへ連絡が届く。
守備位置変更のアナウンスが流れる。
『――弘前高校、守備位置の、変更を、お知らせします。ショートと、ピッチャーの、守備位置を交代します。ピッチャー、背番号6、山崎 桜 さん』
観客から、大きな歓声が上がる。今日の試合で、いちばん大きな歓声が。
「……出て、来ましたね」
「そうだな」
部員の誰かが発した言葉に、島本監督は短く答える。
「すみません。俺達が、もっと点を取っていれば……」
誰かがそんな事を言うと。島本監督は部員に向き直り、一通り見まわして、こう言った。
「――おいおい、まだ試合は終わってないぞ。あと3回もあるんだ。たとえ山崎の球を打ち崩して点差をひっくり返すのが非常に困難だとしても、だ――バットに当たれば飛ぶのが野球のボールだし、山崎だって非常識な球を投げてる訳じゃない。消える魔球を投げてるわけでも無いし、金属バットをへし折る時速500キロのボールを投げてるわけじゃないぞ。たかが160キロのジャイロボールだ。しかも三遊間には山崎がいない。内野安打だってあり得るんだ。勝利の目が無くなったわけじゃあ、ない。忘れているかもしれないからもう一度言うが、あのボール、バットに当たれば飛ぶんだぞ」
「「「…………」」」
部員は黙って、島本監督の言葉を聞く。
「ここで『どうせダメだ』なんて気持ちで山崎に対してみろ。……それこそ、悔いが残るぞ。最高のスイングをして、空振りしたのなら仕方がない。だがな!!怯えてバットを振りそこなったり、審判がボール判定を出すのを期待して見送るなんてのは、問題外だ!!奇跡なんてものは狙って起こせるもんじゃないが、起きる時は起こるべくして起きる!!我々に今、出来る事は!!限界まで力を振り絞る事だけだ!!お前らにマウンドの山崎がどう見えているかは、俺には分からん。だが、野球のルールと順守すべき信念において、対戦相手から逃げる事も、手を抜いて勝利を目指す事をあきらめる事も、許されてはいない!!お前らは野球選手だ!!高校球児だ!!野球のルールと信念を守る事を前提として、この誇るべきグラウンドに立っている!!たとえ倒れるにしても、前のめりに倒れて、そしてくたばれ!!最後まであがけ!!分かったか!!」
「「「――はいっっ!!!!」」」
島本監督と、飯坂工高野球部員の気合いの声が、一塁側ベンチを震わせた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「――気合い、入ってるなあ」
「ウチがリードしてるしな」
飯坂ベンチの気合いの声を聞いて、いつものように会話する俺達。
「あたしは全国最強クラスと言っても過言ではない投手だし、ここで一発飛ばせば飯坂工高のヒーロー間違いなし。あの女子学生集団からもキャーキャー言われる事は確定でしょうね。まさにピンチはチャンス」
「お前は高校野球界のヒーローであると同時に、最高額の賞金首でもあるからな。そりゃあ首を取ったらモテモテ間違いなしだろうよ」
チームで当たらないと仕留められないような、大物賞金首だとは思うが。今の山崎からホームランを打ったらいくら、みたいな賞金を懸けるとしたら、いったい幾らになるのだろうか。100万円かな。
などと考えている間にも山崎が、オーバースローからの全力に近い球を投げ込む。松野キャプテンの構えるミットから快音が響き、観客の歓声が上がった。練習投球はもうじき終わりだ。
「――さあ、今の全力を見せてみろ、飯坂ナイン!!一人一打席はあるぞ!!」
今度はこっちの勝負の番だぞと、テンションを上げる山崎だった。あと3イニング、おそらくは全力で投げ込む事だろう。しかし調子に乗ってくると相変わらず悪役じみたセリフを口にするのは、いかがなものだろうか。
「怒られないようにしてくれよ」
「アンタも守備はしっかりね。当たる時は目をつぶってたって当たるし、バットに当たればボールは飛ぶんだからね!!」
オッケー。守備は任されたー。と、軽く応える俺と仲間達。基本的にやる事は、先ほどまでと同じである。ただ、三遊間の守備力が落ち、ピッチャーの投球力が恐ろしく強化されただけだ。野手の仕事としては、ほとんど変わらない。
俺達は全力で試合を行い、勝利を目指す。そしてついでに観客にキャーキャー言われる事も目指す。それが正しく一般的な高校球児の姿というものだ。そしてそれは飯坂ナインも同じ。頭上のスタンドに座す女子観客の、黄色い声援をものとすべく全力を尽くしているに違いないのだ。立場は違えど、俺達の目指すところは同じ。全力をもって勝負しよう――準決勝進出と、女子の黄色い声援を賭けて。すべては俺達の、プレーの先にある。
そうして俺達は、飯坂工業高校との試合を乗り越え――4回戦を突破した。
妙に長いような、短いような文章量になってしまいました。あと更新間隔の長さを更新してしまいました。待っていて下さった方々、申し訳ありません。
書きたい事が掛けていないんじゃないかなぁ……という気がしなくもないのですが、とりあえず現状で投稿しておきます。
毎度の誤字報告機能の活用など、本当にありがとうございます。今後ともよろしくお願い致します。当作品は第八回のコンテスト最終選考で落ちましたが、今後とも、ゆるーく筆者のテイストで更新していきたいと思っております。お気楽な感じでお付き合いいただけると幸いです。次回からはもう少し早めに更新できるようにしたいと思いますので、どうかよろしく。




